キル・ユー
マリアは回転式拳銃の銃口をこめかみに当てると、静かに目を瞑り、優しく、引鉄を引いた。
――カチンッ
撃鉄が瞬間的な速さで動き、乾いた金属音が小さく弾けた。彼女が目を瞑ったまま長い息を吐くと、室内に張り詰めた静寂と緊張が、少し緩んだ。
冷えた部屋――銃身は一際、冷たかった。マリアは目を開くと、前方を睨み、不敵に笑った。
「あんたの番だよ」
マリアは拳銃を、メアリーに渡した。受け取った右手が、微かに震える。
手のひらにしっかりと収まったそれは、ずっしりとした重みがあった。その銃――スタームルガー・ブラックホークは、メアリーの死んだ父親の物だった。幼い頃、父に「決して触れるな」といわれたそれを握りしめていると、震えは右手から全身へと伝染していき、やがて心臓までもが震えているような錯覚を覚えた。
「もうやめてよ!」
幼いマイケルが顔をくしゃくしゃにして叫んだ。声にならない嗚咽を口から漏らし、涙を流す。
「マイケル、泣かないで……」
オリヴィアは優しい声でそういうと、マイケルをなだめた。「悲しいけれど、約束だったんだもの……約束は守らなきゃならないのよ……」。左手で、頭をそっと撫でてやる。
「そうさ! やめることなんかねぇ!」
大きなダミ声が室内に響く。ジェイクだ。
「マリアはメアリーから頼まれたとおり! あのクズ親父をその銃でぶっ殺したんだ! お前を救ってやった! 殺した後、その銃でロシアンルーレットをやる、っつう条件付きでな! 約束は守らなくっちゃあならない! そうだろう? 優等生のメアリーちゃんよぉ!」
「やめなさいジェイク! マイケルが怯えるでしょう!」
オリヴィアのヒステリックな怒りの声が、ジェイクの笑いを遮る。
「……わかったよ。オリー」
ジェイクが渋々といった様子で黙る。メアリーは改めて、銃を握り直した。撃鉄を震える親指で起こして、自らのこめかみに、銃口をあてがう。人差し指をゆっくり動かして引鉄に触れると、荒れた息をぐっ、と止めて、ギュゥッ、と目を瞑り――
引いた。
――カチンッ
「ッハァーーーーーー」
堰を切ったように息が吐かれると、メアリーは肩で呼吸を繰り返した。涙目で銃を差し出すと、マリアは左手で受け取った。
「……」
彼女は怯えた様子などは一切見せず、毎日の家事をこなすが如く平然と、撃鉄を起こし、こめかみに当てた。目をゆっくり瞑り、息を吸う。
マリアは、どちらが当たってもいいと思っている。
――カチンッ
目を開けると、銃をメアリーに渡した。
その銃には、弾が六発入る。しかしそのシリンダーには、ダミーカートリッジが五発分入っており、実弾は一発しか入っていない。
もう、三発分打った。
あと、三発。
メアリーは胸に手を当てて、呼吸を整えた。前に目をやると、窓から差す光が長方形の光溜まりを作っていて、そこだけが暖かそうだった。彼女がへたり込んでいる木の床の上は、残酷な程に冷たくて、そこまで行ければ暖かいだろうに――メアリーは、そこから一歩も動くことができなかった。
やがて彼女は撃鉄を起こすと、銃口を頭に向けて、撃った。
瞬間に、様々なことが立て続けに起こった。少しの火花が散ったかと思うと、凄まじい轟音と共に黒金の弾が、メアリーの頭を貫通した。銃からは白い煙が――揺れる彼女の頭からは赤い煙が、ほぼ同時に噴出して、宙に舞った。
彼女の身体がどたりっ、と倒れこむと、すぐ後、銃はごとりっ、と床に落ちた。
メアリーは死んだ。
――マリアも、マイケルも、オリヴィアも、ジェイクも。彼女と一緒に、死んだ。
*
メアリーは、父親を殺した後に自殺したとみなされた。
幾人もの人格を宿した、依り代であった一つの身体は、一つの墓穴に埋葬された。