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テーマ短編’15

キル・ユー

作者: 木下秋

 マリアは回転式拳銃リボルバーの銃口をこめかみに当てると、静かに目を瞑り、優しく、引鉄ひきがねを引いた。




 ――カチンッ



 撃鉄が瞬間的な速さで動き、乾いた金属音が小さく弾けた。彼女が目を瞑ったまま長い息を吐くと、室内に張り詰めた静寂と緊張が、少し緩んだ。

 冷えた部屋――銃身は一際、冷たかった。マリアは目を開くと、前方を睨み、不敵に笑った。


「あんたの番だよ」


 マリアは拳銃を、メアリーに渡した。受け取った右手が、微かに震える。

 手のひらにしっかりと収まったそれは、ずっしりとした重みがあった。その銃――スタームルガー・ブラックホークは、メアリーの死んだ父親の物だった。幼い頃、父に「決して触れるな」といわれたそれを握りしめていると、震えは右手から全身へと伝染していき、やがて心臓までもが震えているような錯覚を覚えた。


「もうやめてよ!」


 幼いマイケルが顔をくしゃくしゃにして叫んだ。声にならない嗚咽を口から漏らし、涙を流す。


「マイケル、泣かないで……」


 オリヴィアは優しい声でそういうと、マイケルをなだめた。「悲しいけれど、約束だったんだもの……約束は守らなきゃならないのよ……」。左手で、頭をそっと撫でてやる。


「そうさ! やめることなんかねぇ!」


 大きなダミ声が室内に響く。ジェイクだ。


「マリアはメアリーから頼まれたとおり! あのクズ親父をその銃でぶっ殺したんだ! お前を救ってやった! 殺した後、その銃でロシアンルーレットをやる、っつう条件付きでな! 約束は守らなくっちゃあならない! そうだろう? 優等生のメアリーちゃんよぉ!」


「やめなさいジェイク! マイケルが怯えるでしょう!」


 オリヴィアのヒステリックな怒りの声が、ジェイクの笑いを遮る。


「……わかったよ。オリー」


 ジェイクが渋々といった様子で黙る。メアリーは改めて、銃を握り直した。撃鉄を震える親指で起こして、自らのこめかみに、銃口をあてがう。人差し指をゆっくり動かして引鉄に触れると、荒れた息をぐっ、と止めて、ギュゥッ、と目を瞑り――


 引いた。




 ――カチンッ



「ッハァーーーーーー」


 堰を切ったように息が吐かれると、メアリーは肩で呼吸を繰り返した。涙目で銃を差し出すと、マリアは左手で受け取った。


「……」


 彼女は怯えた様子などは一切見せず、毎日の家事をこなすが如く平然と、撃鉄を起こし、こめかみに当てた。目をゆっくり瞑り、息を吸う。



 マリアは、どちらが当たってもいいと思っている。




 ――カチンッ



 目を開けると、銃をメアリーに渡した。


 その銃には、弾が六発入る。しかしそのシリンダーには、ダミーカートリッジが五発分入っており、実弾は一発しか入っていない。

 もう、三発分打った。

 あと、三発。

 メアリーは胸に手を当てて、呼吸を整えた。前に目をやると、窓から差す光が長方形の光溜まりを作っていて、そこだけが暖かそうだった。彼女がへたり込んでいる木の床の上は、残酷な程に冷たくて、そこまで行ければ暖かいだろうに――メアリーは、そこから一歩も動くことができなかった。

 やがて彼女は撃鉄を起こすと、銃口を頭に向けて、撃った。





 瞬間に、様々なことが立て続けに起こった。少しの火花が散ったかと思うと、凄まじい轟音と共に黒金の弾が、メアリーの頭を貫通した。銃からは白い煙が――揺れる彼女の頭からは赤い煙が、ほぼ同時に噴出して、宙に舞った。

 彼女の身体がどたりっ、と倒れこむと、すぐ後、銃はごとりっ、と床に落ちた。




 メアリーは死んだ。




 ――マリアも、マイケルも、オリヴィアも、ジェイクも。彼女と一緒に、死んだ。





     *





 メアリーは、父親を殺した後に自殺したとみなされた。


 幾人もの人格を宿した、依り代であった一つの身体は、一つの墓穴に埋葬された。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  《キル・ユー》、ですね。読ませていただきました。  《love me do》同様、おもしろいタイトルですね……。読後に意味が分かると、ちょっと楽しくなります。  地の文の文章力、ほれぼ…
2015/05/05 08:23 退会済み
管理
[一言] 面白かったです!多重人格という題材が、すごく生かされたお話で、ひりひりするような緊張感もあって、密度の濃い作品という感じでした。 私もお話を作る時は、つい意外なオチばかりひねりだそうとする…
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