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仲田くんの星の元運命論
作: ハルメク



高校一年生、男子、仲田くんは現在進行でカツアゲをされている。同級生の男子に呼び出されて、いきなり胸ぐらを掴まれたのである。
「早くだせよ、仲田」

髪を整髪料で固めている同級生は眉間にしわを寄せ仲田くんに言う。仲田くんは
「・・・うん、ちょっと待って」
と言ってごそごそと制服のポケットをあさりチェック柄の財布を取り出した。そして貴重な二千円札を同級生男子に渡した。

仲田くんにとってこのようなことは日常茶飯事。財布の中身を全て献上するのは当たり前になっている。しかし、小金を渡したところであの同級生が満足するわけがなくどちらにしろ中身は全て渡さなくてはならないのだった。

「はあ、・・・はあ」


放課後の帰り道、仲田くんは二回続けて嘆息した。過去のことや今日のことが次々と思い出されてくるので溜息一回では足りないのだった。
過去、何回恐喝されたことか。その被害額はいくらに上っているのか、仲田くんは考えたくもない考えから逃げる。彼が向かっているのはよく放課後の暇つぶしに寄るデパートだった。客通りが少ないので何となく落ちつく。だから仲田くんは気に入っていた。
やはり客通りは少ない。
デパートは閑散としていた。二階の通路にある木製ベンチが仲田くんの指定席だ。すぐ横には自動販売機があり、背後には硝子塀とその下に広がる一階の婦人服売場。いつもの眺めで、今日初めての平穏を得る仲田くん。デパートでお金を払わずに何かを得ることが出来るのは仲田くんぐらいのものである。
がしゃん、と自動販売機の取り出し口に缶コーヒーが落ちた。仲田くんはそれを取り、ベンチに座り、プルを開ける。

「ん・・・、・・・ふう」

仲田くんは一口飲み、中空をぼうっと眺める。 そして
「ふッ」
と自嘲のような感じでそれも自分にしか解らないように鼻で笑った。
彼は今日のカツアゲの事を思い出したのだった。自分が滑稽で、頭に浮かんだそれを払拭したいがため、いや殆ど反射で自嘲したのだった。
そういう星の元に、だとかそういうのは嫌いだった。

(その星の元に生まれたから僕はカツアゲされなくてはいけないのか・・・、そんなの不条理だ)
仲田くんはそう思う。しかし、なぜ仲田くんがあの同級生にカツアゲをされるのかという根本を考えようとしても答えは出ない。だから仲田くんは悲観的な星の元運命論を展開せざるを得なかった。
僕はずっとこのままなのだろうか?
「あのう、すみませんが・・・」

仲田くんが俯いて考えていた時、そんな声をかけられた。
顔を上げると白髪混じりの頭をした男性が中腰姿勢で仲田くんの前にいた。年齢は六十代前後の男性が仲田くんをのぞき込んでいた。服装は紺色のスーツ。紳士風の男性だ。
「え・・・、はいなんでしょう?」

仲田くんは訊ねられたことに気付いて返答する。
「申しにくいのですが、」
年を重ねた顔を苦そうに歪めて男性は言った。
「お金を融通しては戴けないでしょうか?」


申し訳ないという顔を体現した顔。仲田くんは殆ど反射でその顔に応えた。
「あっ、はいちょっと待って下さい・・・」
仲田くんの躊躇の無い返答に男性は驚いた。
貸せ、と言った方がその返答に、窮した様子の無い返答に驚くのもおかしいかったが断れると思っていた男性には意外だった。それにましてや現代の高校生である。男性としては他の一般人に借りたかったがデパートには殆ど人が見あたらなかった。周りを歩いてみたが、歩けども人とは出会わずふと見つけた人が仲田くんであった。男性は仕方なく仲田くんに訊ねたのだった。
仲田くんの方はと言えば日々絶えずにこういう文句に出会っているので身体がそれに反応しただけだった。ポケットをごそごそと漁り、自分の財布を取り出す。
しかし、中身がなかった。そうだった、財布の中のものは全てあの同級生に持って行かれたのだったと仲田くんは思い出す。
「あ、あのすみません・・・、今お金持ってなくて、すみません・・・」
「いえ、そんな・・・、謝らないで下さい。私が悪いのですから」
男性は謝る仲田くんを手で制して言った。
「実は、会社に連絡を入れないといけないのですが・・・、私携帯電話を持たないので公衆電話を使うしかないんです。不覚ながら会社に財布を忘れたみたいで」

「あ、そうだったんですか・・・。じゃあこれを」
と仲田くんは財布が入っている方とは逆のポケットから携帯電話を取り出した。傷だらけの白い無個性な携帯電話だった。それを男性に渡す。
「ああぁ、どうもすみません、少しお借りします」
男性は携帯電話を受け取ると小走りに数メートル程離れて電話をかけた。
仲田くんはその間コーヒーをまた一口飲み、溜息をついて現代の日本の学校と欧米の学校を比較し、相違点を頭のなかで列挙していった。
日本は集団統一思想、個人主義と全体主義を継ぎあわせたような曖昧矛盾な集団。欧米は個人主義であり、一人一人独立自主性が高く柔軟な対応が出来る----。
自分の思考が混乱してきた時、男性が戻って来た。
「どうも有り難う御座いました。無事、連絡が出来ました」

男性は礼をしながら仲田くんに携帯電話を返した。
「いえ、いいんです」


「しかし、あなたのような青年はなかなかおりませんね今の時代」
男性は微笑んで言った。
「いえ、そんな・・・」
仲田くんは肩をすくめて言った。彼はお世辞に対して正面から受けれない、どうしても否定してしまう。

男性は微笑んだまま言う。
「良ければ、私と一緒に死にませんか」
唐突な質問、予想外の言葉。
「え・・・? あ、はい? あの・・・」

さすがの仲田くんもこの質問には答えに窮す。
「実は私自殺をしようとこのデパートに来たのです。なぜこのデパートかというと、ただたんにこのデパートが静かで落ち着くからです。崖だとか海だとかは少し怖いような気がしますからね・・・」 成る程、と仲田くんは思った。
「ああー」
と相槌をうちそうになるのを抑えて、
「なぜ自殺を、なぜぼくもなんですか?」
と訊いた。
「私十代の頃から自殺をしようと思っていたのです。私は厭世家でして、世の不条理さに辟易しておりました。しかし、十代のころの私には自殺する勇気がなかった。・・・親や姉弟がいたからです。家族のことが頭から離れず、私が自殺をする場面を思い描くとすぐに家族の顔が浮かんできたのです」

男性は滔々と話す。仲田くんは男性の顔を真摯に見ている。
「ですが、私が年をとる過程で親が死に、姉が死にました。もう家族はいません。妻もいませんので私は一人です。続けてきた会社も今、あなたに借りた携帯電話で後続の者に後を任せました。もう今私には自殺をする勇気があります。
あなたに同じものを感じたのが理由でしょうか。共に自殺をしたいとあなたと話しているうちに思いました。しかし、」
男性は諭すように続ける。
「あなたはまだ若いですね。あの頃の私のように死ぬ勇気がないかもしれません。最終の決断をするのはあなたです。私と共に硝子塀を飛び越えて自殺するか、あなたは生き、私が一人で死ぬかです。」
男性は全て話終えたようだった。
仲田くんはぼうっとしている。男性は仲田くんを見ているが仲田くんは男性を見ていない。
仲田くんは中空を眺めている

「ふッ」
と仲田くんは鼻で笑った。それは自分にしかわからないぐらいの自嘲。今までの自分を一瞬で省みた。
「ダメだな」
と思った。
「死にます、ぼく」

仲田くんはそう言った。
「そうですか・・・、やはりあなたも」
男性は憐憫の目をした。
「では死にましょうか」

仲田くんはベンチから立ち上がった。仲田くんの方が男性よりも身長が高い。
仲田くんと男性は硝子塀に手を掛けた。周りには誰もいない。いつものように閑散としている。
「自己紹介をしましょうか。最期ですし」

男性が横を向いて仲田くんに言った。

「仲田聡です」

仲田くんは硝子塀の向こうを見やったまま言う。
「私の名前は---」

有名企業の社長の名前と同じだった。
「逝きましょう」

二人は飛び降りた。頭から垂直に。
しかし下は婦人服売場だった。高く山積みされたバーゲン品の婦人服が広く並べられていた。
男性は救急車で運ばれるまでの間に仲田くんへこう言った。

「私が愚かでした。若い人に自殺を奨めるなど・・・。私が出来うることなら何でもしましょう、言ってください」

仲田くんは肩を竦めて謙遜気味に言った。
「いいんです」














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