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世界で最も死ぬべき10人

作者:すねじい
1.発端

  『あなたが、世界で1番死ぬべきだと思う人間を記入して、送信ボタンを押して下さい』

 これは、インターネット上のあるサイトにて行われた質問である。

 サイトを開くと、この質問が画面一杯に広がり、記入欄と送信ボタンだけがあるシンプルな作りだ。

 このサイトは、今からおよそ3ヶ月前から確認されており、日本だけでなく世界中で公開されている。その質問の関心度から、アクセス数はあっという間に1億を超えた。

 やがて、ブログやツイッターなどでも評判になり、日を追うごとに注目度は高まっていった。

 そして、アクセス数が10億を超えた時、ランキングと題され順位が発表された。順位は以下の通りである。

第10位 『フレディ・レイスター 48歳』
 妻と幼い2人の息子を殺害し、更に捕まるまでの14日間で、11人もの女性を強姦し、内4人を殺害。
 懲役160年を言い渡され、現在服役中。

第9位 『金田譲一 42歳』
 17歳の時、あるアパートの住居に侵入し、住人の女性を何時間にも渡って強姦した後、殺害。その数日後、違うアパートの住居に侵入し、同じく住民の女性を強姦後に、殺害した。2人の女性器は痛々しく裂傷しており、機能を失っていたそうである。
 出所後結婚し、現在妻と娘の3人暮らし。

第8位 『アーサー・レイク 27歳』
 当時交際中だった女性を口論の末殺害。やけになったアーサーは、近くの小学校に侵入し、銃で14人の子供と、1人の教職員を殺害。警察官との激しい銃撃戦の末、腹部と右腕を撃たれたが、一命を取り留めた。
 死刑判決を受け、現在服役中。

第7位 『パトシリア・ロビンソン 38歳』
第6位 『レオ・ロビンソン 40歳』
 満月の殺人夫婦と呼ばれる大量殺人犯。それぞれが非常に嫉妬深い性格で、そのどちらかが、異性と親密に接してる姿を目撃したりすると、すぐにその相手を、暴行や嫌がらせをして遠ざけた。
 そしてある満月の夜、ついに凶行が行われる。嫉妬に狂った2人は、今まで親密に接したと思われる相手を、無差別に殺傷していった。パトリシアは女性11人、レオは男性20人、合わせて31人もの人間を殺害した。
 逮捕された2人は、死刑判決を受けた。離れ離れになる事を泣いて拒んだが、現在別々の地域で服役中である。

第5位 『張李明 59歳』
 裕福な家庭の生まれだが、生涯異性に好意を持たれる事のなかった張は、12人の女性を約3年間自宅に監禁し、暴行と強姦を重ねた。最後は監禁してる部屋に有毒ガスを発生させ、全員殺害しようと試みる。奇跡的に生き残った1人の女性は、今後まともな生活を送れる事はないだろう。
 死刑判決を受け、現在服役中。

第4位 『ポール・レンツィ 51歳』
 麻薬組織を取り仕切るマフィアのボス。警察も恐れるほど巨大な組織で、迂闊に手が出せないでいる。逮捕にきた警官10人の内8人を殺害し、2人を自身の組織の一員にしてしまった事件は、世界的にも有名である。
 現在も組織のボスとして君臨している。

第3位 『ルイス・ヤングマン 36歳』
 150人以上の幼女、少女を強姦したとされる罪で逮捕された。しかし、物的証拠の不足と、ルイスの父が有名な議員だった事から、不起訴処分となり釈放された。現在は実家にて生活中。
 2ヵ月前、ルイスに強姦されたとされる9歳の少女が、飛び降り自殺した。

第2位 『アルベルト・ルーニー 75歳』
 20世紀最悪のシリアルキラーと呼ばれる男。20歳から32歳までの12年間で、幼児から大人まで、80人以上もの人間を殺害したとされる。殺し方は至って残酷で、手の指を1本1本ナイフで切り落としたり、目の中に硫酸を流し込んだりと、目を覆いたくなるような方法ばかりである。また殺害した少女の遺体を、家族に送り付けるといった異常行為もしていた。
 逮捕されたルーニーは、自身の殺害方法に対して、

 「色んな人間の、色んな反応を見てみたかったから」

 と語っていたそうだ。
 懲役300年を言い渡され、現在服役中。

第1位 『エール・ジークベルト 66歳』
 ある国の首相で独裁者と呼ばれる男。首相就任後、他の勢力や敵対勢力を次々と粛清し、自分の意見に従わない者を容赦なく処分、処刑していった。
 独裁政治は10年以上も続き、エールが死に追いやった人数は600万人を超えるとされ、国家は徐々に縮小していった。
 貧困による餓死者も多数見受けられるが、独裁政治は留まるどころか更に拍車がかかり、現在まで終わる気配は見えていない。

 この順位が発表されると、その注目度は更に勢いを増し、新聞やニュース番組でも取り上げられるようになった。職場や学校などでも話題になり、気が付けば世界中から関心を集めるようになっていた。

 尚、誰がどのような目的でこのサイトを作成したかは不明である。

2.異変



 3月25日 月曜日

 ランキングが発表されて1週間後の月曜日の朝、あるニュースが新聞の一面を飾った。

 ”殺人犯フレディ・レイスター、獄中で死亡”

 ランキングで10位になった殺人犯の突然の死亡。このニュースに世間は、サイトと何か関係があるのでは?と思わざるを得なかった。

 ニュースによると、刑務作業中に複数の受刑者にリンチにあったとの事で、看守が止めに入った時には、既に息はなかったらしい。

 しかもその遺体は、”無惨”の一言で、殴られすぎて原型を留めなくなった顔に、滅多刺しにされた体、全身の骨折は80箇所以上にも上っていたという。

 この日ペンキ塗りの刑務作業に準じていたレイスターは、サイトのランキングを見たという受刑者と、その仲間数人から殴る蹴るの暴行を受けた後、全身を刺されて死亡たという話だ。

 『因果応報』、天罰が下ったのかもしれません、と言う言葉で文章は締められていた。

 刑務作業中にそんな事が出来るのか?

 看守達は何をしていたのか?

 などの疑問の声は上がったが、あのランキングを見て感化された血気盛んな受刑者と、強姦事件を忌み嫌う看守が協力してやったのだな、と納得する者がほとんどだった。

 この時点で、サイト運営者による第三者の力が働いた、と考える者はいなかったのだった。

 サイトはただの犯罪者嫌いの暇人が作ったのであって、そんな力があるわけがない。作った本人も今頃は予想以上の反響にビックリしてるさ、という結論に落ち着いた。

 しかし、その翌日に、またもや1人の遺体が発見される事態となる。



 「パパ行ってらっしゃーい」
 「うん。行ってくるね、愛奈」

 金田譲一は5歳になる娘を抱きしめると、妻に手を振り、自宅を出て会社に向かった。

 眩しい日差しを背に駅へ向かい、電車に15分乗り、歩いて10分の所にある工場。そこがこの男の職場になる。

 社会復帰して早8年。妻とは出所して1年後に入った今の職場で知り合い、その半年後に結婚した。娘も生まれ、今では1児の父親として毎日を充実した気分で過ごしている。

 過去に重罪を犯した男は、もう過ちは繰り返すまい、と神に誓って、この8年間を生きてきた。今日も額に汗をにじませ働き、人生を精一杯謳歌している。

 最近の金田譲一の楽しみといえば、娘の成長を見守る事と、上司の娘と体を交わす事であった。

 2ヵ月前、上司の娘が援助交際をしているとの噂を聞きつけた金田は、早速真意を確かめに向かった。

 噂通り、中年の男とホテルに入っていく上司の娘を見て、金田はニヤッと笑った。

 人間の本質は中々変わるものではない

 午後6時

 仕事を終えた金田は、自宅とは違う方向へ向かいながら、妻にメールを送った。

 『今日は残業で遅くなりそう。ごめんね。愛奈にパパがおやすみって言ってたって伝えといて』

 その後、今度は今から会う女にメールを送る。無意識に顔がにやけてしまっていた。

 『今日もよろしくね~。援交の件は父親に内緒にしといてやるからさ』

 金田はそのまま街中へと消えていった。今からまたお楽しみの時間がやってくる、と期待に胸を膨らませながら。

 翌日、金田の勤める工場の倉庫で、1人の女性の悲鳴が上がった。

 女性が見たものは、天井からロープで吊るされていた成人男性の遺体だった。顔にはビニール袋を被らされており、両手は後ろ手に縛られていた。そして背中には、ナイフで彫ったと思われる、このような文字が刻んであった。

  『ご家族の方へ

    この男に裁きを下しました

      どうかお許し下さい』



 3月26日 火曜日

 ”東京都港区の工場倉庫に男性の遺体”

 ニュースは、朝から金田譲一の事件で持ちきりであった。報道では”さん”付けで呼ばれていた金田だが、過去に2人の女性を強姦し、殺害していた事、その後社会復帰していた事は周知の事実で、皆冷ややかな反応だった。

 あいつは殺されても仕方ない

 多くの人間がそう思っていた。更生して社会復帰したはずの男に、同情の声は聞こえてこなかった。

 連続で起きた殺人犯の死亡、そしてそれがランキングに入った2人である事、人々はこの2つの事件が無関係とは思えないでいた。

 最初に殺されたフレディ・レイスターと違い、金田譲一が殺された状況の異質さは、とても無関係だと説明できるものではなかった。

 世間は事件の背後に何か潜んでいる、と思い始めていた。

3.確信



 「金田も殺されたのか?」
 「いったい誰がやったんだ?」
 「絶対あのサイトの開設者だろ?」

 街行く人の会話からは、同じ内容が何度も繰り返し話されていた。通勤時、休憩時間、食事時、更には遊んでる時やデートの時まで、今回の事件が必ず話題になるほどだった。

 既に注目度は世界規模となり、海外でのニュースも、

 ”日本の元犯罪者の男性 何者かに暴行を受け死亡”

 と、どこもトップ記事で扱っていた。

 正体はわからないが、正義ある者が、犯罪者に鉄槌を下しているに違いない。

 次は誰が?

 きっとこれだけでは終わらない。それは世界中の誰もが思っている事だった。人々は、得体の知れない何者かの次の行動に、大きな関心を寄せていた。



 3月27日 水曜日

 「気分はどうだね?」
 「良くないに決まってるだろ」

 アーサー・レイクは、質問する医師のサムエルに対して、冷たく言い放った。

 16人もの尊い命を奪ったこの男は、死刑判決を受けて現在刑務所に服役しており、後は執行を待つのみである。この日は定期診断の日で、自身の独房に医師のサムエルが訪れていた。

 「薬がないと頭がおかしくなりそうなんだ。コカインでいいから頼むよ」
 「認められない。キミに薬は逆効果なんだ」

 アーサーは重度の薬物依存症で、彼女と揉めたのも、いつまでも薬を辞めない事を責められたからだった。

 「本当に頼むよ先生!」
 「無理だと何度も言ってるだろ。キミは被害者の方に対して申し訳ないという気持ちはないのか?」

 アーサーが服役してから1年が経った。その間も口に出るのは薬の事ばかり。そんなアーサーに対し、サムエルは心底うんざりしていた。

 「どうせ俺は死刑になるんだ。だから悪いと思う気持ちはないね。俺はちゃんと死んで罪を償うじゃないか?何が問題なんだ?いいから早く薬をくれよ」

 サムエルはフーッと深いため息をついた。この男には何を言っても駄目だといった感じで。

 そして禁断症状でそわそわしてるアーサーに目を向け、独り言のように呟いた。

 「その前に死ぬかもしれないがな……」

 サムエルの言葉に、アーサーの動きがピタリと止まった。薬物の事以外は一切の興味を示さない男だが、この意味深な発言には、反応せざるを得なかった。

 「どういう意味だ?」
 「キミが知る必要はない。さあ、今日の診断は終わった。私はこれで失礼するよ」

 去っていくサムエルを見送りながら、頭の中で先ほどの言葉を繰り返し唱えていた。その言葉の意味をアーサーが知るのは、これからすぐの事である。

 ”その前に死ぬかもしれない”



 「おい、パトリシアに会わせてくれよ。俺達は一緒にいないとダメなんだ……」

 レオ・ロビンソンは、力ない声でブルーノ看守長に哀願した。ブルーノは無言で通り過ぎ、また別の受刑者の元へ向かっていった。

 嫉妬に狂って20人もの男性を殺害し、パトリシアと離れ離れになって早3年。未だ頭の中は、パトリシアの事で一杯だった。

 独房から看守を見つけては、会わせろ、と叫ぶ毎日。今日も朝から声が枯れるまで叫び続けた。

 ここまで思っていても顔すら見る事ができない。レオは、神は何て残酷なんだ、と怒りを感じていた。

 もはや自身が殺した人達の事など忘れていて、愛する人に会えない自分が、いかにかわいそうか、嘆くばかりだった。

 妻子ある男性、恋をしていた男性、翌日デートを控えていた男性、それぞれ楽しい人生を歩んでいた、20人もの男性の幸せを一瞬にして奪っても、頭の中は自身と、パトリシアの事しかない。

 ”パトリシアに近づいたから”

 この一点だけがこの男の殺害動機であり、パトリシアのためを思って、と言えば全て正しいと考えている。

 正しい事をした俺が、何故ここまで苦しい思いをしなければならないのか、と反省の気持ちは微塵もなかった。

 そんなレオを、収監初日から見続けているブルーノは、こんな男が世の中に存在するのか、と驚愕した。

 ブルーノが勤務している刑務所には、毎日様々な理由で囚人が訪れる。金銭目的、人間関係のもつれ、復讐など、囚人にも囚人なりの理由があってここへ来ており、理由は自己的ながらも、まだ納得できるものだった。

 しかしここまで身勝手な理由で収監された者はいない。しかも、未だ反省の色はない。

 どんな罪人にも救いの手はあると考えていたブルーノだが、この男に対しては考え方を改めざるを得なかった。

 ”この男は死んで生まれ変わらなければならない”



 「ねえ、サラ。私の事好き?」
 「え、ええ。もちろんよ、パトリシア」
 「じゃあ私とずっと一緒にいたいと思う?」
 「うん、そうね……」
 「そっか、よかったー。ずっと一緒にいましょうね」

 そう言うと、パトリシアは満面の笑顔でサラと共に食堂を後にし、監房に戻っていった。パトリシアに手を引かれ、後ろを歩くサラの顔は、異常なほど引きつっていた。

 以前パトリシアの愛情を受け止めなかった囚人がどうなったか、サラも良く知っている。フォークで目玉をくり抜かれ、その目玉を口の中に押し込まれた、前パトリシアの恋人の顔は、今でも頭に焼き付いて離れない。

 パトリシアは非常に思い込みの激しい性格で、少しでも相手が自分に気のある素振りを見せると、途端に相手の事で頭が一杯になってしまう。極度に身勝手な性格と相まって、相手も自分の事で頭が一杯になるまで付きまとう。そして、自身の愛情に応えなかった相手に対しては、凄惨な仕打ちを行う。

 サラがパトリシアに気に入られた理由は、食堂の順番を譲ったからというだけだった。パトリシアが起こした事件を知っていたサラは、目をつけられないようにしよう、と思っての行動だった。

 それから毎日のように付きまとわれ、少しでも迷惑そうな顔を見せると、たちまち鬼のような顔になるパトリシアに、サラは緊張して、顔が引きつってしまう。。

 既にパトリシアの頭の中に、殺した11人の女性も、レオの事も残っていなかった。

 サラは1年3ヶ月後に仮出所を控えている。それをパトリシアが知ったら自分はどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。

 サラは今日も緊張と不安に満ちた生活を送りながら、心の中で願っていた。

 ”お願いだから早く死んでよ……”



 3月28日 木曜日

 「号外!号外です!」

 週も中間に差し掛かり、気のせいか足取り重く歩く人々の耳に、ハスキーで大きな声が聞こえてくる。声のする方に目を向けると、30代くらいの短髪の男性が、大きな事件を伝える号外を配っていた。

 そこには、

  8位 アーサー・レイク

  7位 パトリシア・ロビンソン

  6位 レオ・ロビンソン

 ”3人の死刑囚 獄中で何者かに襲われ死亡”

 とでかでかと書かれていた。全く別の場所に収監されていた3人が、それぞれ同日、同時間帯に殺害された事を伝えるものだった。

 号外を受け取った人々は、驚きの声を上げ、興奮に満ちた表情に変わっていった。

 「これは、すごいな!」
 「マジかよ!」
 「おい、こんな事ってあり得るのか!」

 スーツ姿のサラリーマンは、同僚と顔を見合わせ、若者はヒーローが現れたかのように興奮し、歓声を上げた。中には、サッカーのワールドカップの時のように、見知らぬ人同士でハイタッチをする光景も見られた。

 これでランキングの中の下から5人が死んだ事になった。ここまでわずか4日間の出来事である。

 ”何者かに”

 この何者かがサイトの関係者である事は明白だった。しかもとてつもない強大な力を持った何かであるという事。

 この後、1位まで殺害する気だというのは、誰が言うまでもなく、皆わかりきっていた。



 ”今の所、順調です”

 「そうか、不備はないか?」

 ”ええ”

 「残り5人。ここからが大変だな。万全を期して遂行してくれ」

 ”はい、了解しました”

4.病気



 「こんな事は今すぐやめさせるべきです!」

 捜査本部の会議室に、入社5年目を迎えた若手警官、川原の怒号が響く。

 「落ち着け川原」

 それを上司の赤木がなだめる。

 今回の件を政府も警察本部も黙認している。川原には、それが納得できなかった。

 確かに死んだ5人は、殺されても仕方ないほどの事をしたかもしれない。しかし、殺してもいいという事にはならない。

 何より、既に刑に服している犯罪者や、罪を償った人間に対し、このような行為をする事は、自身の正義に反していた。

 「赤木さんは納得できるんですか?」
 「……」
 「こんなの、ただの身勝手な殺人と変わらないんですよ?」

 川原は、やり場のない怒りを赤木にぶつけた。赤木は俯いたまま考え込み、その後川原を見て言った。

 「じゃあどうする?俺達に何かできるのか?」
 「……」

 赤木の冷静な一言に、川原の勢いが止まった。川原自身、今回の事に関して、自分達にはどうする事もできない事くらいわかっていた。

 「俺らには何もできない。結末を見守るしかないんだよ」

 バン!

 川原は会議室に置いてある机を勢いよく両手で叩いて、会議室を出て行った。



 3月29日 金曜日

 張李明のいる国は、悪人に厳しい国として知られている。捕まった犯罪者は即日判決を受け、すぐに刑が執行される。

 張は逮捕後、2週間で死刑判決を受け、4日後に執行の予定となっていた。

 張は60歳を間近に控えた男で、禿げ上がった頭頂部からわずかに残った髪は無造作に乱れており、太鼓のようなお腹をしている。顔はお世辞にも整っているとは言えず、口の周りにはびっしりと、吹き出物が出来ていた。

 一目で女性が近寄りたくないであろうと思わせる容姿をしていた張は、畳2つ分ほどの狭い独房の中で、最後の時を待っていた。

 張は逮捕されてからほとんど口を開くこともなく、裁判官や警察に自身が犯した罪について話されている時も、まるで他人事といった感じだった。

 初めて女性と肉体関係を結んだのが56歳の時。両親が死んで、1人息子だった張に莫大な遺産が入った。その遺産で女性を買った。女性はお金に困っていた19歳の大学生で、聡明で美人だった。

 その女性に心奪われた張は、遺産の3分の1ほどを費やして、毎日のように会いに行った。張は後に、この女性が初恋の相手だった、と語っている。

 女性が大学を卒業すると連絡が取れなくなった。失恋したと傷心した張は、手当たり次第に綺麗な女性を買い、肉体関係を結んでいった。

 その数は100人以上に上り、中には再び会いたいと思う女性も少なくなかった。その女性とまた会えるまでの間は、違う女性を買い時間を潰した。

 しかし所詮お金で結ばれた関係。遺産が尽きた張には何の価値もなくなる。気が付けば遺産はほぼ底を付き、残っていたのは広大な土地にある豪邸だけになっていた。

 その時、恋をしていたのは22歳のモデルを目指す女性で、2日後に会える予定になっていた。しかし女性に会えるだけのお金が残っていなかった張は、正直にお金はないけど会いたい、と告げた。

 女性とはもう7回会っている。もしかしたら女性も、少なからず自分に好意を抱いているのではないか?と思っての発言だった。

 しかし、女性からは当然の言葉だが、張にとっては信じられない言葉が返ってきた。

 「悪いけど、お金のなくなったあなたとはもう会えないの。払えないならもう連絡してこないでね」

 張はこの言葉で人間としての理性が切れた。

 すぐに折り返し、

 「さっきのは嘘だ。本当はいつもの倍出せる」

 と伝え、あっさりと態度を改めた女性を家に呼び出した。

 女性が家に来ると興奮を抑え、先にシャワーを浴びるよう促した。その間、張の頭の中では、女性と永遠に過ごす事が決まっていた。

 シャワーを浴びて戻った女性が、髪を拭きながら

 「じゃあいつも通り、先にお金払ってくれる?」

 と言うと、

 「ああ、わかってる」

 と答え、厚みのある札束袋を女性に差し出した。中にはただの紙切れが数百枚入っているだけだった。

 この時、女性が中身を確認をしなければ行為が終わってから、女性が中身を確認したら今、と思っていた。

 結果は、

 「一応中身を確認させてね」

 女性は札束袋を開け、中身を確認した。

 「ちょっと何よこれ!ただの紙切れじゃ……」

 言い終わるのも待たずに、女性の頭を鈍器で叩いた。その叩きようは、死んでしまっても構わない、と思っているかのような強さだった。

 女性が目を覚ましたのは5時間後だった。気が付くと手足を縛られ、教室ほどの広さの、薄暗い部屋に閉じ込められていた。頭に激痛がして、殴られた事を思い出した女性は、大声で叫んだ。

 声は室内に響き渡り、無情にもかき消された。絶望した女性は室内を見渡した。

 すると部屋の隅っこに、同じく手足を縛られた綺麗な女性がいたのを発見した。

 女性はすぐに、ああ、この人も私と同じなのね、とわかった。もう1人の女性はまだ気絶しているようだった。

 そこへ張が現れ、その後は……

 そして監禁された女性が12人になってから半年ほど経った時、見た目に綺麗さがなくなって貧相になった女性達を見て張は、一度全て一掃してしまおう、と考えた。それからまた好みの女性を監禁したら良い、と考えた。

 そして部屋に有毒ガスを発生させ、自身はその間、食事を取りに行っていた。帰ってきたら死体を処分し、新しい女性を探すつもりだった。

 しかし、思惑通りにはいかず、奇跡的に1人の女性が部屋から脱出し、警察に駆け込んだ。この時脱出したのが、最初に監禁された女性だった。

 女性はその後、脳に障害がある事がわかり、時折錯乱状態に陥った。そして監禁されてた事を、地獄のような日々だったと語っている。

 「張、食事の時間だぞ」

 看守長の楊は、昼12時キッチリに、張のいる独房へと食事を持って行った。

 楊は看守になって17年目のベテランで、看守長になってから5年目になる。張が収監されてから、張への見回り、食事の管理は、全て楊が行っていた。

 「ほら、食事を受け取れ」

 食事の乗った皿を差し出しても、張は受け取る気配がない。

 楊はまたか、とため息交じりに息を吐いた。張が収監されてから10日間。毎日、毎食、この調子だ。そして、業を煮やした楊が部下を呼び、独房の鍵を開けると、

 「俺は悪くない。俺をバカにした女達が悪いんだ」

 と繰り返すのである。それを軽くあしらって、楊は食事を置いて、張の独房を後にするのが日課なのだ。

 その後独房内を覗くと、張は食事をガツガツと食べていた。

 楊はその様子を見守ると、看守達が使用する休憩室へ戻り、マグカップにコーヒーを注いだ。それを2つテーブルに置くと楊は椅子に座り、向かいに座っている男に話しかけた。

 「それがランキング5位の張です」

 向かいの男は小型のモニターを見つめている。そこには、食事を終えて横になって寝ている、張の姿が映し出されていた。

 「そうか。存在はもちろん知っていたが、実際に見るのは初めてだな」

 男は感慨深そうにモニターを見ながら言った。男は身長180近くある均整の取れた体格で、帽子を被っていた。帽子の下から見える顔付きは、一定の者にしか表れない、独特の厳格さがにじみ出ていた。

 「処刑は4日後です。それまで待っても変わらないのでは?」

 楊は遠慮がちに男に言った。男はすぐに首を横に振りながら答えた。

 「それでは遅いんだ」

 楊もわかっていた事だが、こんな事をしていいのか?という疑問がいつまでも消えないでいた。そんな心境を察したのか、男は楊に顔を向け、子供を諭すような口調で、

 「こいつらは病気なんだ。病気はこの世からなくなってもらうのが望ましい。今回の行為に疑問を持つ必要なんてないんだよ」

 そう言うと、男は自分を落ち着かせるように、初めてマグカップに手を伸ばし、コーヒーを一口飲んだ。そして立ち上がり、

 「では行ってくる」

 そう言い残し休憩室を後にした。楊は扉が閉まるまで、男に敬礼し続けていた。

 男は張のいる独房の前で立ち止まると、小さな覗き窓を開け、努めて明るい口調で発した。

 「やあ、張君」

 張は振り向いて男を見た。初めて見る男の顔に疑心暗鬼な様子で、体を小刻みに震わせている。

 「誰?」

 張の、質問とも呼べない雑な質問に男は、

 「私は王というものだ。初めまして。キミがいつも世話になっている、楊の上官だよ」

 丁寧にそう答えると、続けて張に質問をし返した。

 「死刑は4日後だが、今の心境はどうかな?」

 死刑と言う言葉に、張は激しく動揺して取り乱した。

 「俺は悪くない!俺は生まれてから女にバカにされるだけの人生だった。あんたに俺の気持ちがわかるのか!?」

 王は激しい口調で訴える張を、冷静な顔で見据えていた。

 「なあ、俺が如何に恵まれてこなかったかわかるだろ?処刑なんてやめさせてくれよ……」

 王は黙って独房の小窓から1枚の写真を見せた。そこには生き残った女性の、現在の姿が映っていた。張はその写真を見るなり、

 「世の中の女が、みんなこんな不細工なら良かったのにな。誰だか知らないがこの女もかわいそうだよ。俺もこの女も被害者さ……」

 張は自らの手で監禁し、殺そうとまでした女性の事を覚えていない様子だった。

 女性の体はガリガリに痩せていて、手足は骨の上に僅かに肉が乗っているといっただけの感じだった。体は自傷行為により、無数の傷跡が出来ていて、顔は別人のように光を失っていた。

 そうなったのも、全てお前のせいだというのに……

 王は怒りと悲しみとやるせなさとが混じった感情に陥り、その場を後にした。耳元には張の、死刑をやめてくれ、という声がしばらく聞こえてきていた。

 去っていく王の帽子には、警察官である事を示す、金色のワッペンが光り輝いていた。

 翌日、張は独房内で死亡しているのが発見された。

 死因は有毒ガスによる、中毒死だった。



 3月30日 土曜日

 「ボス、大丈夫ですか?」

 マフィアの幹部サルゴが、ボスであるポール・レンツィに心配そうな目を向けた。ポールは落ち着き払った様子で、葉巻に火をつけて答えた。

 「何がだ?」
 「いえ、あの、最近よからぬ動きがあるみたいなので……」

 サルゴは言葉に詰まった。ボスを心配する事が、どれだけ侮辱に当たる事かわかっていたからだ。そんなサルゴの頭を鷲掴みにして、頬を一度叩いた後、ポールは野太い声で言い放った。

 「くだらねえ気を回す前に、少しでも組織を大きくするために動け、考えろ。それがお前達の使命だ。わかったな?」
 「りょ、了解です、ボス」

 サルゴはふてぶてしく葉巻を吸うボスに背を向けると、振り返る事無く、急いで部屋を出て行った。

 その姿を横目で確認すると、ポールは一度深呼吸をした。そして自分に気合を入れるように、拳を握り締め自分の頬を殴った。痛みが頬に広がり、ボスとしての覚悟が芽生える。

 今朝、5位の張が死んだというニュースが入った。次は4位である自分に来るという事は、言われなくてもわかっている。

 今までどんな相手でも力でねじ伏せてきた。街のゴロツキ、対抗する勢力、警察、更には政府でさえ、力で黙らせてきた。

 しかし今度の相手は得体が知れない上に、今まで見た事のない強大な力を持った相手である事は理解していた。

 巨大な力を持った何者かが、俺を殺しに来る

 今度ばかりはさすがのポールでも、不安がない、というのは嘘になる。実際昨日は珍しく中々寝付けず、毎日抱いていた女も、昨日ばかりは抱く気にはなれなかった。

 だが、ボスが威厳を失ったら組織は崩壊する。ポールは内心不安に駆られているのを悟られないように、部下達には必死に虚勢を張って、立ち振る舞ってきた。

 俺を誰だと思ってる?この国を牛耳るマフィアのボス、ポール・レンツィだ

 恐らく今日の夜か、遅くても明日中には来るはずだ。来るならこい。返り討ちにしてやるぜ

 大柄な体に黒い肌、スキンヘッドになった後頭部に虎の入れ墨を携えて、男は敵が来るのを待った。

 「今日は冷えるな」

 空が暗くなり、薄着のコートでは肌寒く感じる。ポールは組織の大きな収入源の1つである麻薬の密売のため、車で港へと向かった。

 ポールの乗っている車両を囲むようにして、100台以上もの部下が乗った車と、麻薬の入ったトラックが走っていく。

 その車内、ポールは目を閉じ、久し振りに昔を思い出していた。

 犯罪が多く、治安が悪いこの国で孤児として育ち、物心付く頃には数人の仲間を引き連れて悪さばかりしていた。

 毎日のように他人の血を見ては、ああはなるまい、と強く願って生きてきた。常に奪う側でいるために、他人を徹底的に蹴落としてきて、気付けば数百人を束ねる麻薬組織のボスになっていた。

 40の時には自分を捨てた両親を探し出し、激しい拷問の末、殺害した。この時、苦痛に満ちた両親の姿を見ながら、俺はこんなに成功したんだ、と見せつけるために、高級なワインを飲みながら、何百枚もの札束を部下にバラまいた。両親はその光景を見た後、息子に頭を撃たれて海に捨てられた。

 罪悪感も悲しみもなかった。欲しいものは力ずくで手に入れ、気に入らない者は誰であろうと手にかけた。例えそれが実の両親であっても。

 今では組織の規模は大きく膨れ上がり、構成員は3千人を超えた。全て自分の力で手に入れた力に、ポールは大きな自信を持っていた。

 ポールは閉じていた目をカッと見開いて、力強い眼差しで車内から見える夜の景色を見渡した。

 昔を思い出す時というのは、人生の大きな分かれ道の瞬間が迫っている時だ。今回は自分の生死。生きるか死ぬか、大きな分かれ道だ。しかも今までにない規模の力が、自分の命を奪いに来ている。

 負けるかよ。今までも命の危機は何度もあった。今回自分の前に立ちはだかるかつてない脅威にも、必ず勝ってみせる

 港へ向かい始めてから30分

 車はいよいよ港へと近づいていた。ポールは脱いでいた白い高級感あふれるコートを身にまとい、降りる準備を始めた。

 この時ポールはまだ気付いていないが、周りを走る部下の乗った車両が、徐々に減り始めていた。

 「おい、奴らはもう来ているか?」

 ポールは車を運転する部下のグレイヴに聞いた。グレイヴは即座に、

 「いえ、まだみたいです」

 とだけ答えた。その声が少し震えているのが、ボスであるポールにはすぐにわかった。震えている原因は、次に狙われれているのが、自分が運転する車に乗っている組織のボスだとわかっているからだろう。もしかしたら次の瞬間にも、ボスの命を奪いに襲いかかってくるかもしれないのだ。恐れる気持ちは十分に理解できた。

 グレイヴは組織に入って8年になる34歳の男だ。元々街のチンピラだったが、度胸の良さと男気のある性格を買って、ポール自らが組織に迎え入れた。そのグレイヴですら今回は恐れで声が震えてしまっている。ポールは心配するな、と言わんばかりに、運転中のグレイヴの肩をポンと叩いた。グレイヴは頭を少し下げ、お礼の気持ちを態度で示した。

 ポールの乗った車は港へと着いた。その周りを50台以上の車が取り囲む。ポールは緊張した面持ちで、まだ来ていない取引相手を待つ事にした。

 今回の取引相手は、10年以上も付き合いのある隣国の船員達だ。いつもなら先に着いて待っているはずなのに、今回は待ち合わせの20分前に、もうすぐ着く、という連絡が来てから、一向に音沙汰がない。

 待ち合わせの時間は既に過ぎている。段々とイライラしてきたポールは、取引相手に電話を掛けた。数回のコール音の後、電話は留守番電話に切り替わった。

 『キミは死ぬべき人間だ』

 聞いた事もない男なのか女のかわからない異様な声がして、ポールはビックリしてすぐに電話を切った。額には汗が滲んでいる。

 「ボス、すぐにここを離れましょう」

 グレイヴが察知したようにすぐに車に乗り込み、その場を移動した。

 「港を離れて、アジトへ戻れ」

 ポールは瞬時に冷静な頭に切り替え、指示を出した。

 奴らが来たのだ

 先ほどまでの”奴ら”というのは船員達の事を指していた。しかし今、ポールの頭の中にある”奴ら”というのは、自分を殺しに来た未知の敵の事を指していた。

 車は来た道を素早く引き返し、アジトへと戻っていく。その周りを来た時と同じく、数十台もの車両が取り囲む形で走っていった。

 一見緊急事態にも思えるが、ポールは既に落ち着いていた。電話にこそビックリしたものの、近い内に敵が動き出す事くらい予想済みだ。どの場面でかはわからないが、こういう時が来るのはわかりきっていて、準備は万端だった。

 自身が築き上げた巨大なアジトには、数千人もの部下が武器を持って待ち構えている。ポールはそこで迎え撃ってやろうと考えていた。

 ポールはもっとスピードを上げるよう、グレイヴに命令した。グレイヴはアクセルを踏み、アジトへの道を急いだ。

 およそ行きの時に比べて、半分近い時間で戻ってきた。アジトの地下駐車場へ車を停めると、待ち構えている部下へ指示を出そうと、勢いよく車を降りた。

 しかし、アジトには誰1人見当たらない。それどころか、周りを走っていた部下の乗った車両が1台も到着してこない。余りにも予想していなかった展開にポールは呆然と立ち尽くしている。

 いつからだ?この違和感を感じたのは

 ポールは強烈な不安感に襲われ、大声で部下達の名前を叫んだ。

 「おい、サルゴはどこへ行った!?ディックはどこだ!?アラン出てこい!?」

 こんな事があるのか……

 1時間前までは確かにいた、2千人以上もの人間が一瞬にして消え去っていた。消えたのか、それとも殺されたのか、それすらわからないまま、自分の傍にいるのは運転手のグレイヴだけになっていた。

 グレイヴはそんなボスの姿を、ただ黙って見守っていた。やがてボスが振り返り、己に問いかけてきた。

 「なあ、これは一体どういう事なんだ?」

 初めて見るボスの焦り不安がる顔に、グレイヴは返答の言葉が見つからなかった。ただ黙って、ボスの次の行動を待った。

 「取りあえずここを出るぞ」

 身の危険を感じてからの、行動の速さは流石だった。だからこそこんな危険な生き方でも、今まで生きてこられたのだ。

 グレイヴは唯一憧れたボスへ、感謝の気持ちを込めながら、決心してボスへ告げた。

 「ボス、申し訳ないです……」

 グレイヴの突然の言葉の意味を、ポールはすぐに理解できた。ポールが想定していた、最悪の事態の1つだったからだ。

 朝、サルゴが脅えていたのは、運転中、グレイヴの声が震えていたのは、

 ボスである俺を裏切っていたからだったんだな……

 敵の規模を考えるに、今までにないほど巨大な組織である事はわかっていた。だからもしかしたら、部下が買収される可能性もある事を頭の片隅に入れてあった。まさか、こんなに早くとは思わなかったが、驚いたが、想定していなかったわけではない。

 全てを悟ったポールに、グレイヴが声を震わせて話しかけた。

 「ボス、すいません。本当にすいません。気が済むわけないけど、俺をこれで殺してください」

 グレイヴは拳銃を取り出し、持ち手をポールに向けて差し出した。 

 「気にするな。俺の力量が足りなかっただけだ」

 ポールは内心腹が立っていなかったわけではないが、他の部下達に比べて一層の忠誠を見せるグレイヴを、責める気にはなれなかった。しかも、今はそれ以上に気になる事があった。

 「なあグレイヴ、今回の黒幕は誰なんだ?」
 「……」

 グレイヴは俯いたまま答える気配がない。

 「どうしても言えないのか?」
 「すいません……」
 「ボスの最後の頼みだとしてもか?」
 「はい……」

 こいつをここまで口止めするのは並大抵の事ではない。ポールはグレイヴの忠誠心を知っていたからこそ、もう何を言っても無駄だと理解した。

 「わかった。もういい」
 「ボス、本当に今までありがとうございました……」

 グレイヴは最後にボスへ一礼すると、アジトを出て行った。これで、大型のショッピングモールほどもある巨大なアジトには、ボスであるポールしか残っている者はいなくなった。

 ポールはどこへ逃げても無駄だと悟り、このアジトを死に場所に決めた。

 しかし、ただ黙って死ぬつもりはない。向かってくる者は1人でも多く道連れにして、この世を去ってやる

 誰もいなくなったアジトで1人、ポールは自分に気合を入れていた。

 気合を入れたポールの背後に、1人の人影が現れた。



 ルイス・ヤングマンは部屋の片隅で1人震えていた。薄暗い部屋には、テレビとベッドが置いてあるだけだった。

 テレビ画面の金髪の女性アナウンサーは、5位の張が獄中で死亡した事を伝えている。そして張がどのような犯罪を行ったか、詳細に話し始めた。

 画面を見つめながらルイスは、恐怖で頭がおかしくなりそうになっていた。ここ2日は、食事もまともに喉を通らない。

 直に自分も張みたいに殺される、という事が脳裏に重くのしかかり、何も手に付かないでいた。しかし、ルイスは恐怖の他にもっと大きな感情が生まれていた。

 自分はこの男より悪い事をしたのか?

 自分は死ななければいけない人間なのか?

 という疑問の感情である。

 確かに自分は、人から恨まれて当然である事は理解している。死んで欲しいと思う人間も、いくらかは存在しているだろう。

 だが、誰かを殺めたわけではない。ランキングに乗った10人の内、誰も殺めてないのは自分1人だ。残りの9人は、何人もの命を奪っているから殺されても仕方ないが、自分は違う。

 自分が今回、あいつらと同じように殺されるのは間違っている……

 ルイスは改めて、自分が死ぬべき人間でない事を、自分に言い聞かせた。

 ルイスは議員の父と、元教師の母から生まれ、何不自由なく生活してきた。おまけにルックスも良く、お金も持っているルイスの元には、数多くの女性が寄ってきた 

 そんなルイスに変化が訪れたのは、30を目前に控えた29の時である。

 当時交際していた9人の女性の内の1人が、自分が浮気相手の1番下だという事を知って激怒し、ルイスの恥ずかしい過去を他の8人の前で暴露した。

 ルイスの性癖や学校でお漏らしした事、好きな女の子のスプーンを舐めた事など、ルイスが思い出したくもない過去ばかりだった。

 女性はルイスと1番古くから付き合いのある同級生だった。

 これを機に9人の女性はみんなルイスの元を去った。それどころか、街を出歩けば後ろ指をさされて笑われる始末。ここから屈辱の生活を強いられる事になり、精神的に落ち込み、仕事も辞めるはめになった。

 そんな時、変わらず接してくれたのは、近所に住む5歳にも満たない女の子だった。

 ルイスが落ち込んで歩いていると、

 「お兄ちゃん、元気ないけどどうしたの?」

 と話しかけてくれた。ルイスは女の子に心惹かれ、毎日の楽しみをこの少女に見出すようになっていた。気付けば30になっていたある日、少女を言葉巧みに騙し、公園のベンチ裏で強姦していた。

 以降少女しか愛する事が出来ず、5年間で150人以上もの少女を強姦した。目を付けた少女が自分に迷惑そうな態度を見せると、容赦なく体を傷付けた。

 1人の少女が親に相談した事により事件が発覚したが、ルイスの父が全力で逮捕を阻止した。当然、疑問の声、怒りの声は上がったが、ルイスの父が地元の警察幹部と親交の厚い、党でも有数の力のある議員になっていたため、その声はかき消された。

 ルイスはその後、生まれ育ったこの実家に戻ってきて、静かに暮らしていた。サイトを最初に見つけた時も、誰が入るんだろう?と他人事のような気持ちだった。

 ランキング発表の時は、ピザを食べながら呑気に傍観していた。3位の名前を見て、食べていたピザを全部吐き出すほどの衝撃を受けた。

 その後、次々とこの世から去っていくランキングに乗った者たち。ここ最近は生きた心地がしない。毎日震えながら生活していた。

 この日も朝、5位の張が死んだというニュースが流れた。何者かに殺されたらしい。明言はしていないが、殺されたに決まっている。あと1人、あと1人で自分の番だ……

 もはや頼れるのは父しかいない。ルイスは自分の命を、父に助けてもらおうと試みた。父なら、あの時と同じように、きっと助けてくれると信じて。

 母はルイスが強姦事件で連行された後、行方をくらました。教師だった母は、良心の呵責に耐えられなかったようだ。

 恐らく父も、ルイスに何も口出しできないという事情がなければ、ルイスを見捨てていただろう。

 ルイスもそれはわかっていた。しかし、全てを失った自分には、もはや父しか頼れる者はいない。父の弱みを最大限に利用して、これからも生きてやると決めていた。

 そして18時を過ぎた頃、仕事を終えた父が帰ってきた。

 いつもより早く帰ってきた父に、ルイスは泣きついて言った。

 「父さん、助けてくれよ。俺はもうすぐ殺されてしまうんだ。父さんもわかっているだろ?」

 父は予想通りな息子の行動に、冷ややかな反応だった。足元で泣いて見せるルイスを見下ろして、ため息をついた。

 1年前と同じだ

 こいつは1年前も同じく、事件をもみ消してくれ、と泣きついてきた。そんな事は不可能だ、というと、いつものお決まりの言葉が返ってきた。

 「父さん、あの時の事バラしてもいいの?議員としての面目が潰れるんだよ?」

 この言葉に父は逆らえず、やむなく事件のもみ消しに係った。容易な事ではなく、多くの信頼を失った。仲間もいなくなった。それでも、せっかく築き上げた今の地位、はては全てを失いかねないルイスが握っている弱みには、絶対に逆らえなかったのだ。

 25年前

 ルイスが小学生の時、父が1人休みの日があった。ルイスは学校に行ったが、体調が優れず早退して家に帰ってきた。

 鍵は開いていたが、父の姿が見当たらない。家中を探し回り、父の書斎を覗いた時、ルイスは目撃してしまった。

 自分の父が、自分と同じ年齢ほどの女の子と性行為をしている姿を。しかもよく見ると、女の子は今日学校を休んでいた同級生だったのだ。

 ルイスは急いでその光景を写真に収め、大切に保管した。

 いずれ役立つ時が来ると確信して

 初めて弱みを使ったのは14歳の時、デート代欲しさに父を脅し、1万ドルを手に入れた。それ以来事あるごとに、ルイスはこのネタで父をゆすってきた。30を超えてからは、それが更に酷くなり、父も戦々恐々としていた。

 父は一生息子の食い物にされる事を覚悟していたのだ。

 ルイスももちろんそのつもりで、今回の事態に陥ってから、父に何とかするように頼み込んでいたのだ。

 足元で泣きじゃくるルイスに、父が言葉を掛けた。

 「ルイス、今日で終わりだ」

 ルイスは父の言葉が、今日で悪夢は終わりだ、と言っているように聞こえた。何とかしてくれたのだ、と嬉々とした表情で顔を上げて父の顔を見た。するとすぐに、それが過ちであった事に気付いた。

 父の沈んだ顔を見て、ルイスは荒い口調で問い詰めた。

 「父さん、どういう意味だよ?」
 「……お前は今日で終わりなんだ。俺にはお前を助ける事はできない」
 「警察に俺を守るように言ってくれよ!?」
 「……できない」

 父が自分と縁を切りたがっているのはわかっているルイスは、父がわざと何もしていないのではないかと疑った。そこで更なる脅しで、父の心を揺さぶりに掛かった。

 「どうせ死ぬなら、父さんのアレをバラしてやる」

 これを出せば、どうしてもあの事を知られたくないであろう父は、必死に何とかしてくれるだろうと思っての発言だった。しかし父からは想定外の言葉が返ってきた。

 「好きにしろ」
 「え?」
 「勝手にしたらいい」

 予想外の父の言葉に、ルイスが戸惑っていると、突然家のドアが開いた。

 ルイスがビックリしてドアの方を見ると、顔をマスクで隠した数人の男達が入ってきた。

 「な、何だよお前ら!?一体誰な……」

 ルイスはあっという間に腹を殴られ、連れられていってしまった。息子が連れられていってるというのに、父はまるで興味なしといった感じで見ていた。

 父の元には1人の男が残り、父に敬礼のポーズを取った。

 「ご苦労様です」

 男の言葉に、父は小さく頭を下げた。男も小さく頭を下げると、では、と言ってドアに手を掛けた。

 「ありがとうございました」

 そう言って父が深く頭を下げると、男はドアを開けて出て行った。誰もいなくなった家で1人、父は心の中で息子にお別れの言葉を掛けていた。

 (ルイスさよならだ。元はと言えば俺の過ちから、お前をおかしくしてしまったのは本当に申し訳ないと思っている。だけど今のお前は、もはや病気だ。自分の悪い所を見る事ができない病気なんだ。1度生まれ変わらないと治らない所まで来ている。……俺はこれからあの過ちを神に許してもらえるように、1人で精一杯街のために頑張ってみるよ。だからお前は、罪を清算して、神に許してもらえた時、また生まれてきなさい)



 午後11時 アジト地下駐車場

 ポールが振り返ると、そこには見るからにひ弱そうな男が立っていた。ポールはすぐに殺してしまおうと銃を構えたが、現場にそぐわない男の見た目に、一瞬手が止まって考えを巡らせた。

 「何だお前は?」

 ポールは、自分を殺しに来たとは到底思えない男に、ぶっきらぼうに聞いた。

 「……ルイス・ヤングマン」

 小さな声でぼそっと答えた男の名前を聞いて、ポールはハッと気がついた。

 「お前……3位の奴か?」
 「……」
 「何でお前がここにいる?目的は何だ?」
 「わからないんだ……」

 ルイスは首を横に振ってそう答えた。その言葉に確信の持てないポールは、引き続き銃をルイスに向けたまま、質問を続けた。

 「じゃあ誰に連れてこられた?」
 「それもわからない……。今日の夕方、いきなり家に何人かのマスクをした男達が入ってきて、腹を殴り、僕を連れ去った。気付いたら目隠しをされて、ここにたどり着いていたんだ。恐らく睡眠薬を僕に飲ませたんだろう。頭がクラクラする」
 「その男達は、今どこにいる?」
 「多分近くにいるよ。すぐ外で車から降ろされ、ここに入るよう言われたんだ」
 「それだけしか言われなかったのか?」
 「……」

 ルイスが目を逸らしたのを、ポールは見逃さなかった。こいつは嘘を付いている。ここへ連れてこられた目的を隠している、と確信した。

 「嘘は良くないぜ?ボーヤ」

 ポールは銃の引き金に手を掛け、ルイスを睨んだ。ルイスは今にも泣きだしそうな顔をしている。

 「ここへ来て何をすべきか、お前は聞いている。そうだろ?」
 「……」
 「答えないなら殺すしかない。どうせ俺もお前も助かる見込みはないんだ。今すぐ死ぬか、後で死ぬかの違いだ」
 「……」
 「そうか、わかったよ。じゃあな」

 ポールはもう殺してしまおうと、ルイスの頭部目がけて銃を構えた。と次の瞬間、

 「あ、あんたを殺すよう言われてきたんだ!」

 ルイスが大声で叫んだ。ポールに驚きはなかった。そんな事だろうと思っていた。

 「目的は同士討ちか……」

 ポールが小さく呟いた。世間からは目の前のひ弱でロリコンな男と、自分は同類と思われているんだな、と改めて気付かされた。

 ポールは一度下ろしかけた銃を再びルイスに向けた。

 「じゃあな、ボーヤ」

 午後8時 

 「この2人かね?」

 看守が差し出した写真を見ながら、老人が枯れた声で聞いた。看守は無言で頷くと、写真を取り上げ、牢の鍵を開けた。

 「もう、外に出れる事はないと思ったんだがな。人生は何があるかわからんものだ」

 老人は手錠を掛けられた後、2人の看守に両腕を抱えられ、刑務所内を出て行った。

 外に出ると大層な数の警備員やスーツを着た男達が並んでいた。その中の1人の男が老人を見かけるなり近づき、何やら指示を出している。男は高そうなスーツを軽やかに着こなしており、気品を感じさせる男だった。

 老人は男から指示を受けると、護送車に乗り、刑務所を後にした。

 これから向かう先の事を考えると、嫌でも顔がにやけてしまう。老人は護送車内で1人、笑いを堪えていた。

 その後、個人ジェット機で国を渡り、更に護送車に乗り、目的地へ急いだ。老人と同行する警備員の内の1人、マルケスは不思議で仕方なかった。

 こんな老人が殺人鬼とは信じられない

 老人は身長160㎝にも満たない小柄な男で、一見優しい顔をした無害な男に見える。とても80人以上もの人間を殺したとは思えない風貌をしていた。

 目的地に着くと、老人は手錠を外された。その間、マルケス達数名の警備員は銃を構えて警戒した。老人はそんなマルケス達に笑顔を見せると、

 「じゃあ、行ってくるよ」

 と言って、目的のアジトへ入っていった。

 小柄な風貌をした怪物殺人犯、世界2位の嫌われ者アルベルト・ルーニーが最後の仕事へと向かった。

 ルーニーは2人のいるアジトの駐車場へと足を踏み入れた。そこには同族とは思えない2人が立っていて、1人のボーズ頭の男が、気の弱そうな男に銃を向けている。

 丁度良い場面みたいだ

 ルーニーはニヤリと笑い、2人を交互に見やった。

 突如その場に現れた小柄な老人に、ポールとルイスは同時に目を向けた。

 知っている

 俺はこいつを知っている

 あのアルベルト・ルーニーだ

 風貌の全く違う2人だが、この時のルーニーに対する思考は一致していた。2人ともルーニーの事はよく知っていた。

 それは、自分と同じくランキング者である事はもちろん、ルーニーが映画のモデルにもなっていて、犯罪者史上最も知名度のある人間だったからである。2人とも投票が行われた際、まずランキングに入るのはこの男だろう、と思っていた。

 銃をヤングマンに向けたポール、固まっているヤングマン、そして新たにやってきたルーニー。その中で最初に言葉を発したのは、最年長のルーニーだった。

 「初めまして、お2人さん。私の事を知っているかね?」
 「知らんという方が無理あるだろう?」

 即座にポールが答える。ヤングマンは依然固まったままだ。

 「あんたはここへ何しに来たんだ?誰かに命令されて、俺達を殺しにでも来たか?」

 ポールの質問に、ルーニーはニヤッと笑って答えた。

 「そうだとしたらどうするかね?ポール・レンツィ君」
 「殺すだけさ」

 ポールはヤングマンに向けていた銃口を、ルーニーに変更した。

 「まあ、落ち着きなさいよポール君。どうせ私達以外は誰もここには来ないんだ。ゆっくり話をしようじゃないか」

 誰も来ない

 それを聞いて少し安心したのか、それとも何か知っている様子のルーニーから何かを聞き出したかったのか、ポールが銃を下した。

 「そうだな。どうせ俺達はどこへ逃げても駄目みたいだからな。せっかくだからそれも悪くない」

 それを見てルーニーが、ポールとルイスに近づきながら話を始めた。

 「ありがとうポール君。私も君達の事はよく知っていてね。麻薬組織のボスであるポール・レンツィ君と、連続少女強姦事件の犯人ルイス・ヤングマン君。どうやら私も君達も、世間から相当嫌われているらしい。早く死んでくれと思われているようだ。ここまで5位までの諸君は全員死んだようだね。それも短期間で」
 「たった5日間でな」

 ポールが付け加えた。

 「キミ達は誰にここへ来るよう言われたのかね?」

 ルーニーが長く伸びた髭を触りながら、2人に質問した。

 「俺はそんな事言われていない。今日麻薬の取引があったんだが、部下に裏切らてここへ戻ってきただけだ。そしたらあの兄ちゃんがここへ入ってきやがったのさ」

 ポールはルイスを指差して答えた。ルーニーがルイスに目を向けた。

 「キミはどうなんだね?」
 「そいつは俺を殺しに来たらしい」

 ルイスに投げかけた質問にポールが答えた。それを聞いたルーニーは、またもやニヤッと笑った。

 「ほう、私と一緒か」

 場に一気に緊張感が高まった。ポールは下ろしていた銃を、再びルーニーへ向けた。それを見ても全く動揺した様子のないルーニーは、淡々とした口調で語り始めた。

 「隠しても仕方ないだろう?わかりきってるはずだ。今回の黒幕はどうやら私達に同士討ちをさせたいらしいね。私はキミ達2人を殺したら、望みをかなえてやると言われたよ。ルイス君、キミもそうなんだろ?」

 ルイスは黙って小さく頷いた。

 「あんたは今回の黒幕を知っているのか?」
 「さあ、そこまではわからないね。たださっきも言ったように、私もキミ達も世界中から死んで欲しいと思われている。誰が黒幕でもおかしくはないだろうね」

 一瞬の沈黙が流れた。

 「そうか。で、あんたは何を隠してる?丸腰でここへきたわけじゃないだろ?」

 ポールが銃をルーニーへ向けたまま冷静な口調で聞いた。この時も、横目でルイスの様子を伺っていて、ルイスは硬直してしまっている。ポールは用心深いのだ。

 そのポールがすぐにルーニーを殺してしまわなかったのは、長い経験の中で、この男には何かある、と思ったからである。その何かは、自分にとって生死を左右するものだと感付いていた。

 「さあ、早く言えよ。あんたは何を持ってここへ来た?」
 「さすがは麻薬組織のボスだね」

 そう言いながら上着を脱いだルーニーを見て、2人は驚愕した。

 ルーニーの腹回りには、巨大なタイマー式時限式爆弾が取り付けられていたのだった。

 「私はこれを付けられてここへ連れられて来た。全く酷い事をする連中だよ」

 そう言ってルーニーはククっと笑った。その姿を見て、ポールとルイスはこの老人がとても同じ人間とは思えないでいた。

 タイマーの数値は残り10分を切っている。ポールは銃を持っている右指に力を込めた。

 「おっと、撃たん方がいいよ。この爆弾は私の心音とシンクロしている。私の心音が途絶えたら、すぐに爆発するよう設定されているんだよ」

 ルーニーの言葉にポールはためらい、銃を下ろした。

 「ここから逃げるしかないわけか……」
 「それは難しいね。このアジトの周りには数千人もの武装集団が待ち構えている。少しでも外に出ようもんなら、銃でハチの巣にされておしまいさ。もしかしたらその中に、キミの部下達も混じってるかもしれないね」

 ポールはチッと舌打ちをした。

 「ここから出られるのは1人。どうしようかみんなで考えようじゃないか。誰が1人で出るか、をね」
 「この状況で1人で出られる奴なんかいるのか?どうせあんたの爆弾を使って、俺達3人を木端微塵にするつもりだったんだろうさ。事実あんたが入ってきた瞬間に、俺以外の奴なら撃ってただろうしな。例え誰かが1人で出ても、撃ち殺されて終わりだろ」
 「可能性は限りなく0に近いね。それでも1人でここを出る事が出来たら、連中は望みを聞くと約束してくれた。それを信じるかどうかだが……。キミ達はどうだ?」

 ルーニーの質問に2人は黙ったままだ。しかしタイマーの数値は止まらず進んでいて、既に8分を切っている。

 「賭けるしかないな……」

 ポールが小さく呟いた。ポールの呟きに続いて、ルイスが恐怖に歪んだ顔で小さく頷いた。

 「それじゃあ決まった事だしルイス君にも聞いておこう。キミは何を持っている?」
 「僕はこれを……」

 そう言ってルイスが見せたのは、小さなサバイバルナイフだった。

 「ハハ、キミは死んでこいと言われてるようなものだね」

 ルーニーは大口を開けて笑った。その無邪気な顔だけは、危険な殺人鬼の匂いは感じられない。

 「おい、笑ってる場合かよ!早くどうやって1人を選ぶか決めるぞ!?」

 ポールの怒号が響く。

 「心配しなくても方法は決まってるよ。最も早くて確実な方法がね」
 「それはどんな方法だ?」

 ポールがすかさず質問する。するとルーニーは髭に手を添えながら、ルイスをチラリと見た。

 「まあ、とりあえず1人いらない子がいるみたいだから、ポール君処分してくれないかい?」

 ルーニーの突然の言葉にルイスはもちろん、ポールも驚愕した。しかし修羅場をくぐってきた1人は、すぐに冷静さを取り戻し、1人に銃を向けた。

 「確かに人数は少ないに越した事ないからな。兄ちゃん悪いな」
 「や、やめて……。僕達は人類から嫌われた似た者同士、同類じゃないか?仲間みたいなもんだろ!?」
 「同類ならわかるだろ?俺達は自分の事しか考えられない病気なんだと。……じゃあな」

 ダッダッダッ

 「嫌だあ!死にたくないよ!!」

 ルイスはどこへ向かうともなく背を向けて走り出した。そのルイスの後頭部に的確に、ポールが撃った銃弾が突き刺さった。

 ルイスは前のめりに倒れた。頭部からはとめどない量の血が流れ、確認するまでもなく、死んだ事が確認できた。

 「さて、これで2人になったね。キミと私、どちらが生き残るか決めようじゃないか」
 「そうだな。時間も残り少ない。どんな方法で決めるんだ?」

 ポールの問いかけに、ルーニーはポールが持っている銃を指差して答えた。

 「それでロシアンルーレットをやろう。最も効率的に勝敗が決められる。どちらが生き残るか、後は天に任せようじゃないか」
 「あんたバカか?あんたが死んだらその爆弾は作動するんだろ?俺が勝っても俺は負け。こんな意味のないバカげた勝負を提案した奴は初めてだ」

 ポールは呆れた口調で言った。

 「ああ、心配しなくてもいいよ。実はこの爆弾、ある程度私が操作できるようになっていてね。私が死んでから爆発までの時間を調整できるんだ。ちょっと待ってくれよ……」

 ルーニーは爆弾の横側に付いている青色のボタンを、ポールに向けて見せた。

 「このボタンで私が死んだ後の爆発の秒数を伸ばす事が出来る。私の番になるたびにこのボタンを操作して、私が死んでも2分は爆発しないように設定しよう。私が負けた瞬間に急いで逃げれば間に合うはずだ。最も今の残りの時間は変えられないがね。さあ、早く決断しないと手遅れになるよ?」

 ポールがタイマーに目をやると、5分を切っていた。

 「……それともう1つ、あんたに銃を渡した瞬間、俺を撃つかもしれないよな?それも信じろと?」

 ポールは早口でまくしたてるように言った。

 「信じてもらうしかないね。というより信じるしか道はないんじゃないのかね?どうせこのままでは2人とも死ぬ結末になる。だったら一縷の望みに賭けてみたらどうかな?心配しなくてもそんなつまらないマネはしないよ」

 ルーニーはそう言い切ると、早くやろうとでも言わんばかりに、銃をクイクイっと指差した。

 「……わかった。やってやる。どの道それしかなさそうだしな……。先攻後攻決める時間ももったいないから俺からやる」
 「お好きにどうぞ」

 ポールは銃の中の弾薬を全て取り除いた後、1発だけ入れてシリンダーを回転させた。そして自身のこめかみに当てると、力強く引き金を引いた。凄まじい銃声音が室内に鳴り響くが、ポールの頭から血は流れていない。残りは5分の1となった。

 「ハアハア、さあ、次はあんたの番だ」

 ポールは銃をルーニーの足元へ転がした。ルーニーは銃を手に取ると、タイマーのボタンを数回押して、ポールにアピールして見せた。

 「よし、私が死んだ後の爆弾の作動を2分後に設定したよ。これで私が負けてもキミは逃げられるから安心しなさい」
 「余計な口は利かなくていいから早くやりな」

 ポールが苛立った様子でまくしたてた。ルーニーは先ほどまでとは違う真剣な表情になり、銃を自身のこめかみに当てた。

 「いやいや、どうにも緊張するね」

 ルーニーはしわしわになった小さい手で、引き金を力強く引いた。またもや凄まじい銃声音が鳴り響くが、ルーニーの頭からは血は出ていない。ルーニーは安心したようにフウッとため息をついた。これで残り4分の1となった。

 「次は俺の番だ。さっさと銃をよこしな」

 ポールが銃を渡すよう手を差し出す。しかしルーニーは銃を渡す気配がない。それどころかかすかに笑みを漏らしているように見えた。

 「おい、聞こえてるのか!?早く銃をよこせ!」

 ポールが大声を張り上げてルーニーへ詰め寄る。すると次の瞬間、

 パーン

 銃声音の後、ポールの右の太ももからはおびただしい量の血が流れていた。

 血まみれになったポールの足を見て、ルーニーがニヤニヤと笑いながら近づいて行った。右腕には勝負に使っていた銃とは別の、違う銃が持たれている。

 「ハハハ、キミも素直な男だな。他人の言う事を正直に信じるなんて」
 「クソ!やっぱりブラフだったか」

 ポールは撃たれた個所を両手で必死に押さえている。

 「すまんねポール君。タイマーを操作できるなんて嘘さ。そんな事連中がさせるわけないだろう?普段の冷静なキミなら騙される事もなかったかもな」

 ルーニーは軽快な口調で話し、うずくまっているポールを見下ろしている。

 「仕方ねえな……。俺の負けだ。早く殺せよ。焦ってたとはいえ、あんたの嘘にすっかり騙されてちまった。あんたのその悪意のない口調にやられたよ」

 ポールは諦めたように地面に尻餅をついた。

 「さすがマフィアのボス、潔いね。さっき自分でも言ってたように、私達は自分の事しか考えられない病気だからね。最後まで人を信じてはいけないよ」
 「じゃあ最後に質問だ。何故銃を渡した瞬間俺を撃ってしまわなかった?何故1回だけ勝負に乗ったんだ?」

 ポールの質問に、ルーニーは笑顔を止めて答えた。

 「私は今回の事で、いかに自分が世界中から死んで欲しいと思われているかがわかった。私を見る刑務所の看守や医師や、ましてや自分と同じ受刑者でさえ私に軽蔑の眼差しを向けてくる。それからというもの、私は生きてて良いのだろうか?、という心境に襲われた。今日ここへ来る事を告げられた時も、自分とキミ達との同士討ちを狙ってるのは見え見えだった。私は死ぬべき人間……。私は死ぬべき人間なんだと深く理解した。だから1回だけ勝負に乗ったんだ。それでもし生きてられたら、最後まで自分の好きなように生きようと決めた。そして結果は先ほどの通りさ。だから最後まで嫌われ者として生きるよ」
 「……そうか。早くやりな。俺は部下達に裏切られたが、最後まで付いてきてくれた奴もいた。それだけで俺は幸せだったかもな。最後まで1人のあんたと違って」
 「ハハハ、その通りさポール君。1人でも想ってくれる相手がいて、キミは幸せ者だったよ」

 ルーニーはポールの残った左の太ももを撃つと、ルイスの亡骸からサバイバルナイフを取った。

 「さて、残りは2分を切った。それまで楽しませてくれポール君」
 「早くやれよ変態野郎。次会った時はぶっ殺してやる」
 「すまないね……。私の最後の……最後の相手をしてくれ」

 ルーニーは銃でポールの両腕を撃ち、一切の身動きを取れなくすると、ナイフを手に持ち、ルーニーの眼前に立った。

 「あー、そうそう、望みを叶えてやる、と言われた事だけは本当だよ。連中はそれだけは約束してくれた。キミならもうわかってるだろう?私の望みを。……じゃあ始めよう」

 その後、ルーニーはわずかな時間を惜しむように、最後の殺人を堪能した。ナイフでポールの至る所を傷付け、再び銃で体を数回撃ち、更にナイフで眼球をくり抜いた次の瞬間、ポールが絶命している事に気付いた。

 「……ふう、最後にありがとう」

 ルーニーは座り込み、ポールの遺体の胸元を、敬意を表すようにポンポンと数回叩いた。

 タイマー残り30秒

 「死ぬのは怖くないが、殺されるのは怖いものだな。まあ私の望みは叶ったから良しとしよう。最後に人を殺したいという私の願いを」

 タイマー残り15秒

 「仮にこのまま生きる事が出来ても、人を殺せないのなら何の意味もない。だったら最後に誰でもいいから殺したかった。それが叶ったから良しとしよう。……惜しむらくは、私より上の嫌われ者の最後を見れなかった事くらいか……」

 タイマー残り5秒

 「後は自分の頭の中が、一体どうなっているのか見てみたかったかな……」



 ”ルーニーがしっかり仕事をこなしてくれました”

 「そうか……。やはり同士討ちに仕向けたのは正解だったな。我々の仲間が自ら手を下すのは、精神的に負担が大きいからな……」

 ”残りは1人ですね”

 「ああ、世界で最も死ぬべき人間だ。世界の平和のために、よろしく頼む」

 ”はい”

5.最後



 いよいよ残り1人となった。

 ニュースでは死んだ者達について詳しい原因は触れられず、死んだ者達がどんな人間であったかが繰り返し報じられていた。

 それは案に、この人間達は殺されても仕方ない、と言っているようにも聞こえた。

 自宅の6畳一間のアパートでニュースをじっと見ていた川原は、決意したように立ち上がった。その姿を見上げる妻友美の目を見つめると、

 「すまん。明日から苦労かける」

 と言って自宅を出て行った。その姿を友美は、複雑な心境で送り出した。

 結婚2年目でお腹には新しい命も生まれるというのに。昔から頑固な人だとは思っていたがまさかここまでとは……。それでも私の選んだ人だから仕方がない、と自分に言い聞かせた。

 友美は気の乗らないまま、洗濯物を干し始めた。今日は雲一つない晴天だ。

 川原は自身の勤務する警察署に着くと、真っ直ぐに署長室へ入って行った。

 5分後、署長室から出てきた川原は、今から強盗事件の現場検証に行くという赤木と出くわした。

 「辞めるのか?」
 「……はい。やはり我慢できませんでした」
 「……そうか。元気でな」
 「短い間でしたがありがとうございました」

 赤木に頭を深く下げると、川原はそのまま警察署を後にした。

 川原が出した辞表の他に、1枚の紙が付けられており、そこにはこのような事が記してあった。

 『正義の形は人それぞれ違うが、俺はこんなやり方が正義とは思わない』



 3月31日 日曜日

 国の中心部に位置する場所の広大な敷地の中に、黄金に輝く邸宅が存在する。そこに世界一の嫌われ者、エール・ジークベルトは住んでいた。

 外装だけでなく内装も驚くほど豪華だ。巨人でも通るのかと思うほどの巨大な扉を過ぎると、一般家庭の住宅100軒分にも相当する広大な庭が広がり、そこを更に進むと、ようやく邸宅が見える。1万人でも住めるのではないかと思わせるほど、とてつもなく巨大な造りだ。

 中へ入ると黄金のじゅうたんが広げられ、地上から10メートル以上はあろうかという天井からは、豪華なシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。

 エールの邸宅を見た者は、とても現代に生きる人間が住む所とは思えない。まるで神でも生活しているかのようだ、と口々に語るほどだった。

 エールは普段この邸宅の中心部、通称神の部屋と呼ばれる場所で、食事や睡眠を取り、生活している。

 そして仕事の際は、エールの象徴である黄金色のリムジンに乗り、数百人の護衛を従えて出かけるのだ。

 首相15年目を迎えた今年、この国は全てエールの思うままになっていた。絶対的な権力、豊かな生活に豪華な食事、毎日違う女を抱ける贅沢。それはこの男にだけ許された特権だった。

 首相就任時から、外交を一切行わない政策と、反対勢力の排除を行い、従わない者は拷問の末殺害した。その様を反逆者として世間に見せつけた。

 その結果、今やエールに意見すら言える者はいなくなり、この国はエールのやりたい放題になっていった。

 結婚を目前に控えた花嫁を夫の目の前で奪い、夫を反逆者として拷問にかけた事もあった。

 空腹のため目の前で倒れた子供を、まるでゴミでも落ちていたかのように蹴飛ばした事もあった。

 それでも、この国でこの男に逆らえる者はいない。この国ではエールの言う事が全てであり、正義であった。

 そんなエールも、ここ数日は気分が優れないでいた。理由は言わずもがな、首相になって1番ともいえる危機に直面しているからだ。

 「いよいよ俺の番か」

 午前11時、神の部屋で目覚めたエールは、2位までの人間がすべて死んだというニュースを知り、小さな声で呟いた。

 エールはインターネットを立ち上げ、発端となったサイトを開いた。すると、今までに死んだ9人の顔が、バツ印を付けられて灰色になっており、1位の自分の顔に、次はお前だと言わんばかりに、nextと書かれていた。

 エールはサイトを閉じて深いため息を付いた。こんなに気分が優れないのは、首相に就任してから初めての事だった。嫌でも、自分も殺されるのではないか、という不安が襲いかかってくる。しかし、せっかく手に入れたこの力、この暮らしを奪われてたまるか、と決して今回の出来事に怯まない姿勢を見せていた。

 この国は既に自分の物だ。国内で自分に歯向かう者などいない。あるとすれば国外からだ。そう確信していたエールは、ここ数日、国外からの来客を一切禁止にした。数少なかった貿易を禁じ、国外からの来訪も禁じた。国内から出る事を許さず、国外から来る事も許さなかった。

 そしてたまたま訪れていた数少ない国外の者は捕らえて、事故と見せかけて殺すよう命じた。この時、国外の者を見つけた者には報奨金を出す、逆にかくまった者はきつい拷問にかけて殺す、と触れ回った。

 この時の報奨金は日本円にして約250円。お米が2週間分ほどしか買えない僅かな金額だった。

 それでも市民はありがたく思い、エールに感謝するほど、この国はエールによって支配されていた。

 この国は一部の権力者達が裕福な暮らしを約束されており、それを支える残り95%以上の市民の暮らしは、極貧の一言に尽きる。

 1日1食も満足に食べられない現状に、栄養失調で亡くなる者は後を絶たず、国の人口は15年前と比べて20%近くも減少していた。

 もちろん他外国は、この国に対して注意を示しており、連日のように批判的な報道を繰り返してきた。

 しかしその事を、テレビも持っていない一般市民が知る由もなく、残り5%の富裕層は現在の生活を奪われたくない事と、エールへの恐怖から、その声を無視し続けている。

 結果、この国は他外国から半ば見放された、独立国家と化していた。

 今回、自分が世界一死ぬべきだと思われていた事がわかり、エールは内心憤慨していた。

 私のすばらしさを知らぬバカ者共が、勝手に私のイメージを勘違いしている。私を知っている者は、私に死んで欲しいなどと思うわけがない。

 そうか……私を殺したい輩の陰謀で、ランキングを操作しているんだな

 これがエールの出した答えだった。自分の素晴らしさに嫉妬した、どこかの国の陰謀で、ランキングは捏造だと考えたのだ。そうでもなければ、自分が死ぬべき人間の1位になるわけがないと。

 この国は私の力で上手く回っている。市民もそれをわかっているからこそ、何も口出ししてこないではないか。どこかの島国の連中は、トップが不甲斐ないと、すぐに文句を言って辞任させるだろう?それが、この国、私にはない。つまり私は正しいのだ。

 本気でそう考えていた

 エールは今までに自分が行った事について振り返った。頭に浮かんでくるのは、自分を崇める市民の姿と、周囲の人間の笑顔ばかり。やはり私が死んでいい人間なわけがない。これだけ国中から好かれている首相など、世界中見渡しても自分しかいない。

 市民は私のために働き、私のために死ぬ事が喜びなのだ。この国で私に不満を持っている者などいるわけがない。

 この男は本気でそう考えていた

 12時近くになりお腹が空いたエールは、食事を取ろうと思い、部屋の外にいる執事へ食事を持ってくるよう命じた。

 しばらくして、食事を持った2人の執事がやってきた。運ばれてきたのは、市民が一生口にできないであろう豪華なものばかり。それをエールは当たり前のように食べ始め、当たり前のように残した。

 執事に皿を片付けるよう命じ、残した食事は好きに食べろ、と事も無げに言い放った。執事はまだ半分以上残っている食事の皿を片付けると、エールに敬礼をして部屋を出ていった。

 腹を満たしたエールは、わずかに抱いた違和感にこの時はまだ気付いていなかった。

 執事の自分を見る目が、いつになく敵意に満ち溢れていた事に。

 13時になると、部屋に現在お気に入りの女性達を呼んだ。どんなに忙しくても欠かした事のない恒例行事だ。

 66を迎えても、まるで初めて自慰を覚えた中学生のような精力で、毎日毎日女性を抱き続けた。もう歳のせいか、絶頂に達したという証拠が体内から放出されない事も少なくなかったが、女性の肌に触れずに寝る事は、1日たりともなかった。

 それはこの事態になっても変わらずで、昨日も一昨日も、約10人のお気に入りの女性と、一時を共にした。

 今日部屋に呼んだのは15人。いつもより不安を感じていたエールは、いつもより多くの女性の温もりを感じたいと思った。

 まず最初に相手をしたのは5人。5人の女性が、エールの体に次々と体を添え手を触れ、エールもそれに応えていく。

 その中の1人ジェシカは、結婚目前でエールに目を付けられ、夫の目の前で連れ去られた。ジェシカは絶望に打ちひしがられ、毎晩涙を流した。まるで奴隷のような部屋で毎日の生活を強いられ、唯一部屋から出られる時は、エールの相手をさせられるだけだった。

 ジェシカはもうここへ来て6年になる、ベテラン組の1人だ。呼ばれる事も少なくなり、多くの日々を奴隷部屋で過ごしていた。今回呼ばれたのは、実に46日ぶりの事だった。

 エールのお気に入りでなくなった女性はその後、奴隷部屋から出され裕福な暮らしが約束される……わけもなく、その後は更に酷い部屋へ移され、邸の奴隷として扱われ、一生を終える事になる。

 ジェシカも既に30を間近に控え、自分が直に用済みとなるであろう事はわかっていた。もちろん今日呼ばれた中でも最年長だった。夫の元へ帰りたいが、支配欲の強いエールが自分の物だった女を、男の元へ帰るとわかっていて自由にさせるわけがない。私は一生ここから出られないだろう。そもそも夫が生きているかもわからない。私も生きていても仕方がない。ジェシカは半ば諦めた気持ちで、ここ最近は過ごしていた。

 エールの相手を終えた15人は、最後にエールへ頭を下げると、虚ろな目で次々と部屋から出て行った。その姿に見向きもせずに、エールは部屋に備え付けてあるシャワー室へ入って行った

 最後にシャワー室のエールへ深く頭を下げると、ジェシカは部屋を出ていった。

 口元に少し笑みを浮かべて

 17時になり、再び腹が減り始めたエールは、執事へ食事を持ってくるよう命じた。執事はいつも通り丁寧な口調で、かしこまりましたと言うと、準備に向かった。

 その後食事が来るまでソファに腰を掛け、国外で不審な動きはないか軍へ確認の電話を取った。電話へ出たフィリップは、問題ありませんと力強く告げた。エールは安心して電話を切り、ベッドへ横たわった。

 フィリップが言うなら安心だ

 フィリップはエールが首相になってから、ずっと国外の動きを見張っている、この国を守る軍のスペシャリストで、エールが最も信頼する人間の1人だ。エールはフィリップに全幅の信頼を寄せており、2人きりで会う事もしばしばあるほどだった。

 そろそろ食事が来る頃だな

 安心したエールは腹の虫が鳴き始め、食事が待ち遠しくなった。手を洗いうがいをして、食事に備えて運ばれて来るのを待った。

 ここで、いつもとは違う違和感に気付いた。いつもは命じてから、遅くとも30分以内には持ってこられていた食事が、今日は40分経ってもやってこない。一向に執事が、部屋の扉を叩く音が聞こえてこないのだ。

 イライラしたエールは早く持ってくるよう、扉の方に向かって大声で叫んだ。食事の催促をするなど今回が初めての事だった。

 …………

 しかし、いつもは扉の外で、執事が常に2人待機しているはずなのに、返事が返ってこない。

 「おい、誰もいないのか!?」

 エールは立ち上がり、扉の方へ向かった。広い部屋のため、扉までは10メートル以上ある。

 私に手間を取らせるとは!

 心中穏やかでないエールは、執事を今日中に処分しようと考えた。1回でも信頼できなくなった相手とはすぐに縁を切る。これが彼のモットーだった。

 扉のノブに手を掛けると、勢いよく開けて叫んだ。

 「おい、聞こえないのか!?」

 この時もエールは、国内で反乱者がいるなどとは、微塵も考えていなかった。

 廊下に顔を出すが誰もいない。たかが食事を用意するのに、何故ここまで時間が掛かる?何故誰もここにいない?そんな思いから、執事に対する怒りが溢れてきて、我慢できなくなった。食事の催促と、執事へ処分勧告を突き付けてやろうと、食事を用意している配膳室へと向かった。

 配膳室はエールのいる神の部屋とは離れた、1階の奥にある。

 エールは鼻息荒く、ドカドカと歩きながら、腹立たしい執事の顔を思い浮かべた。2人いるが、名前はわからない。それ以前に顔すらはっきりとは思い出せない2人だ。用がある時は、おい、そこの、と顔も見ずに命令していた。

 エールはこれまでに40人以上の執事を首にしている。ほんの些細な理由や理不尽な理由がほとんどだった。首にされた者はそのまま邸を出され、路上生活者同然な一生を強いられる事になる。

 エールの執事は、厳しい関門を抜けた数少ないエリートで、この国ではごく一部の者しかたどり着けない領域だ。エールに気に入られれば豊かな生活が約束される、皆そう信じてここまでたどり着いたのだ。

 しかし現実は予想以上に厳しく、これまでに気に入られた者は、全体の1割にも満たない。残りの9割はエールの気分を損ね、坂道を転がり落ちるように、一般市民と同じ奴隷生活へと戻っていった。中には役立たずと手足を切られ、達磨のようになった執事もいる。

 それでも執事になるというのは、市民が豊かな生活を手に入れる数少ないチャンスで、執事を目指して必死に勉強する者が多かった。この国でまともな生活を手に入れるのは、宝くじで1等を当てるよりも困難な事だったのだ。

 配膳室の前へ着いたエールは、ドアのノブを回すなり、思い切りドアを蹴り上げて叫んだ。

 「おい、いつまで待たせるんだ!?」

 いつもは10人以上はいる配膳室には、誰の姿も見当たらなかった。さすがのエールもこれにはおかしいと思ったのか、呆気にとられている。

 ……まてよ

 今日の執事2人はいつからいるんだ……?

 エールの脳内に嫌な予感がよぎった瞬間だった。

 執事は突然に変わる。それはエール自身の指示で変える場合もあれば、邸内の者が適正不可と判断して変える場合もある。従って急に顔ぶれが変わっても、さほど気にした事がなかったのだ。

 エールは、最後に執事が変わったのはいつだったのか思い返した。エールの部屋で食事の皿を床に落として割った者がいた。その場で邸内を放り出した。確か背の高い色白の執事だったな。

 そうだ、2週間前だ

 それから今日の執事に変わったんだったな。どんな奴だったか、顔がさっぱり思い出せん。じゃあもう1人はいつ変わったんだ?そいつはいつからいる?

 誰もいない配膳室で、エールはこれまで考えた事のなかった執事について、脳をフル回転させて考えた。この時、今までにない不安感が襲って来た事に気付いていなかった。いや、必死に気付かないようにしていただけだったのかもしれない。

 それにしても、皿を落とすなどこれまでにあり得なかった事だ。いくら緊張していたとはいえ、この邸の執事になった者が、そんな単純なミスを犯すなど。

 ……まてよ

 あれは本当にミスだったのか?

 わざと落として割った……のか?だとしたら何故だ?何故そんな事をする必要がある。そういえば、皿を割った執事を追い出した次の日、もう1人の執事も変わっていたような気がする……

 もしかして、2人の執事は同時に変わったのか?

 エールの脳内に絶望的なビジョンが映し出された。

 そんなわけはない。国内の守備は万全だったはずだ。フィリップも言ってたではないか……

 自信はとうに消え失せていた。後は必死に自分に言い聞かせるのみであった。

 エールはフィリップに、すがるような思いで電話を掛けた。だがそれはすぐに、更なる絶望へと変わった。

 『この電話番号は現在使われておりません』

 「うわーーー!!」 

 配膳室を飛び出し、神の部屋へ走った。それはとても60を超えた男とは思えぬ速さだった。表情は来る時の怒りに満ちたものとは違い、今にも泣き出しそうな表情に変わっている。

 ガタガタ

 廊下を走るエールの耳に、はっきりと何かが動く物音が聞こえた。それは周囲全体から聞こえてくるものだった。

 驚いて辺りを見回すと、周囲一面に自分を睨み付けるような目が点在している事に気付いた。

 「何だお前達は!?」

 エールはどの目に向かって言っているのもわからずに、大声で叫んだ。目の者達は答えない。やがて顔がはっきりと確認できるようになり、エールは1人1人の顔を、顔を強張らせながら見ていった。そしてその中の1人を見て、自分の目を疑った。

 「……フィリップ?」

 フィリップが何故ここにいる?という疑問よりもフィリップが何故私を裏切る?という疑問が先にきていた。フィリップは、自分に敵対心を向ける無数の目と、同じ目を向けていた。

 「フィリップ、お前が何故……?」

 エールは弱々しい小さな声で言った。

 「お前にはこれ以上ないくらい良くしてきたつもりだ。それでも私を裏切るのか?」

 フィリップは黙ったまま、エールに敵意の目を向けていた。

 フィリップは40代後半になる男で、脂肪の少ない引き締まった体系をしている。その顔は軍人らしく、油断のない威厳に満ちた顔をしていた。エールが首相就任後まもなく、フィリップが軍の指揮を取る事になり、それからの付き合いだ。この国では数少ないエールが認める人間で、厚待遇で接してきたはずだった。

 エールはフィリップの裏切りには、心底動揺した。フィリップを見つめたまま、身体が硬直してしまっている。一方フィリップは背筋をピンと伸ばしたまま、依然としてエールに敵意の目を向けていた。

 フィリップにしてみれば、何故自分が裏切らないと思ったのかが理解できなかった。自分はずっとこの男を恨んでいたのだから。そして今日、ずっと抱いていた気持ちを解放したのだ。

 エールがフィリップを見て動揺してからしばらくして、2人の男が一歩前に出てきた。帽子を被っていて、顔の表情はよくわからないが、2人とも鼻筋が通っていて、表情に隙がない。

 一瞬見た事もない顔だと思ったが、すぐにどこかで見た顔だと訂正した。

 そうか、今日の執事の者か……

 「エール・ジークベルト。我々がここにきた理由はわかっているな?」

 向かって左側の男が言った。

 「私を殺しに来たのだろう……?」

 エールは力なく、小さな声で聞き返すように答えた。

 「もちろんだ。お前が今までにどれほどの事をやってきたか理解できるだろう?ここに集まった市民がお前にどれほどの恨みを抱いているかわかるだろう?」

 言われて初めて、自分に敵意を向けていた目の者達の正体が、市民だとわかった。

 「何故市民が……?」

 小さく呟くエールの言葉を聞いた2人は、この男はもう駄目だ、と思った。それはフィリップ含め、集まった市民も同じ気持ちだった。

 「私が殺される理由は何だ?どこの国の力が働いている?」

 この国で自分に恨みを持つ者はいない。そう考えているのが筒抜けの言い方だった。2人は答える事なく、服の上着から銃を取り出し、動くなと言った。そして右側の男が命じるように顎をしゃくると、数人の男がエールの手を縛り、口元をテープで止め、目隠しをした。その数人の男の中にはフィリップもいた。

 「フィリップ……何故だ……?」

 目隠しをされる直前、フィリップにすがるような目を向けるが、フィリップはその目を無視して作業を続けた。そして目の前が真っ暗になり、エールは自分がもう終わりだという事を悟った。理由もわからずに。

 そのまま腕を引かれ、どこかへ連れ出された。自分に付いて、多くの足音が聞こえてくる。数十名単位ではない。図れないほど多くの足音だ。

 何故フィリップが……

 連れて行かれる間も、フィリップが裏切った原因については全く見当が付かず、結果、他国からの命令で仕方なくという考えに至った。

 扉の開く音と共に冷たい風が体を通り抜けた。邸の外へ出たのだ。暖かい部屋で過ごしてきたエールには、まるで極寒の地に来たような寒さを感じた。

 外へ出ると、見えなくても感じ取れるほど、大勢の者がいる事に気付いた。吐息や小さなざわつきが、そこら中から聞こえてくる。

 そして一度手の縛りを外され、何かの棒を挟んで、再び後ろ手に縛られた。抵抗しようとさえ思えないほど、絶望的な事はわかっていたから、大人しく従った。

 そして先ほどの元執事だった男の大きな声が聞こえた。

 「これより、エール・ジークベルトの処刑を行う」

 その声に溢れんばかりの歓声が上がった。国中に響き渡るのではないかと思うほど大きなものだった。エールがその歓声が市民だとわかったのは、目隠しを外されてからだった。

 自分を取り囲むようにして、多くの市民が自分に敵意をむき出しにしている。それもエールには理解できなかった。自分の幸せ=市民の幸せと本気で考えているこの男には、市民の敵意がどこに向いているのかわからなかったのだ。

 「私は今日の処刑を取り仕切るグレッグ・ウォーリーと言う。ここにいるエール・ジークベルトは数々の神に背く行為を行った。従って今この場で処刑を行う」

 再び大歓声が巻き起こった。

 「エール・ジークベルト。自分が今から処刑される理由はわかっているな?」

 わかるわけがない、とエールは思った。聞いたグレッグも、わかるわけないよな、と心の中で呟いた。それでも形式的に聞いておかねばならなかった。何せ今から起こる事は、世界中が目撃する事になるのだから。

 「では、処刑を始める!最後に被告人に言いたい事がある者は前へ出るんだ」

 グレッグが最後まで言い終わる前に、周りを取り囲んでいた市民がこぞってエールの元へぞろぞろと近寄っていった。その混雑した人の波を、何人もの帽子を被った男がなだめるように抑え込んでいる。まるで開店直後のバーゲンセールのような光景だった。

 エールの前には、今まで見た事もない市民の怒りに満ちた顔と、聞いた事もない市民の不満に溢れた声が聞こえてきた。その様子に驚き、脅えながらもエールは思った

 これも命令でさせられているのだろうな。哀れな市民共だ……

 もはや弁明の言葉すらこの男には必要なかった。市民はエールに怒りをぶつけ、過去の悪行を暴露し、与えられた苦痛を訴える。

 その市民の様子を見ていたグレッグは。

 (そうだ。もっとこの男がしてきた行為を世界中に晒すんだ)

 と、心の中で呟いていた。

 押し寄せる市民の波は、秒ごとに勢いを増していった。怒りに身を任せ、目の前の首相を罵倒する。涙を流して訴える者も多数いた。

 そうだ、涙を流すのは効果的だ、とグレッグは思った。

 10年以上溜め続けた思いは、途切れる事なく首相に降り注いでいく。

 「お前に妻を奪われたんだ!」

 怒りに満ちた顔で男性が言う。

 「あなたのせいで子供が死んだわ」

 悲しみに溢れた顔で女性が言う。

 「お父さんを返してよー!」

 泣きじゃくった顔で子供が言う。

 グレッグはエールをチラと見た。その視線に気付いたのか、エールはこちらを恨めしそうな目で睨み返してきた。まるで、お前達が市民を騙しているのか、とでも言いたげだった。グレッグはその視線を無視して、再び前を向いた。

 やがてエールに殴りかかろうとした1人の男性が現れた。それを帽子を被った男達が必死で止めにかかった。男性は喚きながら抵抗している。相当な思いがあるのだろう。止めながら帽子の男は、男性の行動を仕方ないと理解した。しかし、手を出すのはイメージが良くない、と思い全力で止めた。

 これ以上は収拾がつかないな、と思ったグレッグは、

 「よし、これまでだ。市民は被告人から離れろ!」

 と叫んだ。しかしその声が聞こえないのか、気持ちがおさまらないのか、尚も市民は凄まじい勢いでエールに詰め寄る。グレッグは息を大きく吸い、

 「これまでだ!市民は離れろ!!」

 と今度は威圧するかのような大声で叫んだ。市民は渋々と、といった感じでエールの元から離れていく。去り際に不満を口にする者もいたが、大人しく指示に従った。

 市民が落ち着いたのを見計らってから、グレッグはエールの口元のテープを剥がした。

 「最後に何か言いたい事はあるか?」

 グレッグの言葉をしっかりと受け止めてから、エールは口を開いた。

 「私は……私は、今までこの国のために尽くしてきたつもりだ。国の繁栄のために知識をふり絞り、市民の幸せを考え日夜努力してきた。今日殺される事は本当に残念で遺憾である。どこの国の仕業かはわからぬが、市民を操り、私に手を掛けた罪は、この先どれだけの月日が流れても消える事はない。市民は私の気持ちが理解できているはずだ。お前達も被害者なのは変わりない。お前達の自由を奪った奴等を、私を今日このような目に合わせた奴等を、生涯許すでないぞ」

 ズレ過ぎているエールの演説は、集まった市民の怒りを若干和らげたようにも見えた。それほど的を得ていない内容だったのだ。

 最後まで自分を神だと本気で思っているかのような男に、少なからず同情した者もいたかもしれない。それほど頭のおかしい人間なんだ、という目を向ける市民もいた。

 その姿を、ジェシカは集まった市民の中の最前列で見ていた。私に抱かれるならお前も幸せだろう?と愛してる者から引きはがされ、この老人の相手をさせられた屈辱と苦痛に満ちた日々を振り返っていた。愛する者は2年前、栄養失調でこの世を去ったという事を先ほど知った。わかってはいた事だが、自然と涙が流れていた。

 その姿を、フィリップもまた最前列で見ていた。私に抱かれるなら娘も幸せだろう?と言われ、フィリップは娘を奪われた。エールの相手を数年させられた後、邸内で首を吊った姿で発見された。その報告を、エールから半笑いで聞かされた時、思わず銃で頭を吹き飛ばしてやろうと思った。しかし、まだ残っている大事な妻のため、唇を噛みしめて耐えた。ようやく終わるよ、とフィリップは天にいる娘に向かって呟いた。

 エールのバカげた最後の言葉を聞くと、グレッグは何も反応を示さずに右手を上げた。その合図と共に、4名の帽子を被った男が銃を構えた。

 エールは静かに両目を閉じた。



 エール・ジークベルト(本名ナパエル・エリン)は小さな片田舎で生まれた。両親はおらず孤児院で育った。孤児院と言っても名ばかりで、小さな収容施設に大勢の子供が詰め込まれただけの雑なものだった。満足に物も食べられず、真冬の寒い中でも、1枚の薄い布団だけで朝まで過ごした。

 10歳の時に数名の仲間と孤児院を飛び出し、盗みをしながら路上生活をするようになった。相変わらず苦しい生活だったが、あの狭い部屋にいるよりはマシだと思った。毎日のように仲間と協力して盗みを犯しては、生きるのを耐え凌いだ。

 そして1年近く経とうとしたある深夜、彼を大きく勘違いさせる、ある事件が起こった。

 いつものように仲間と協力して1人の男から盗みをしようと試みた。男は身長180はある大男だが、見るからに高級そうな物を身に付けており、この男からしばらくの生活費を賄おうと考えた。しかしそんな男がまともな人間だと理解できる知識のない子供達は、判断を誤った。男は持っていた銃で次々と仲間を撃ち殺していった。自分も殺されるのでないかと死を覚悟したその時、男は自らの銃が暴発して首筋を直撃し、この世を去った。

 気付けばその場で生き残っているのは自分1人。仲間は全て物言わぬ屍となっていた。

 仲間の死を目の当たりにした彼は、悲しみや恐怖の感情よりも、自分だけが生き残ったという優越感に酔いしれた。この時、自分が神から選ばれた特別な人間なのではないかと思った。そしてその思いは日に日に大きくなり、自分は神に選ばれた人間なのではなく、神そのものではないのかと思うようになった。

 それからは水を得た魚のように勉強し、20歳になると、自分の名前を神と言う意味を持つエールと、幼い頃に何かの本で見て記憶に残っていた、ジークベルトという苗字に変更した。

 議員になると勘違いは更に増長し、様々な汚い手を使い、立場を上げていった。その汚い手も彼にとってはそんな意識などなく、神である自分が行うのだから正当だ、と意にも介さなかった。

 自分以外の人間は、自分のためだけに生きるべきだと、自分の幸せが市民の幸せなんだと、本気で考えていた人生だった。市民がどれほど苦しんでいたか、最後まで理解できなかった。

 世界一死ぬべき人間と言われたエール・ジークベルトは、最後まで自分が殺される理由もわからず、生涯を終えた。

6.真相

 4月1日 月曜日

 全てが終わったと発表されたのは、午前7時丁度だった。テレビ番組のチャンネル全て、インターネットや新聞、その他メディア全ての記事が、エール・ジークベルトが処刑された事を伝えていた。

 1週間のあっという間の出来事だった。今日がエイプリルフールという事もあり、これはアメリカのテレビ局辺りが考えた、壮大なドッキリだと疑う人もいたが、最後のエールの姿が、インターネットを通じて世界中に公開された事もあり、真実と認めざるを得なかった。

 恐らく、嘘みたいな話だけど本当の出来事なんだという意味も込めて、今日という日を選んだのではないかと推測された。

 インターネットを通じて始まった、世界中を震撼させた今回の騒動について、各方面のメディアは一貫して肯定の姿勢を貫いてきた。それは日本だけでなく世界中でも同様で、少なくとも公の場で、否定的な意見を述べる者などいなかった。

 様々な噂が流れ、中には確信に近いのではないか?と思われる意見も出たが、結局真相はわからずじまいだった。

 4月7日 日曜日

 この日珍しく日曜に休暇を貰えた赤木は、インターネットの動画サイトで、ある男が投稿した動画を視聴していた。そこには何度も一緒に捜査をした事のある、見覚えのある顔が映っていた。懐かしい顔を見た赤木がまず感じた事は、少し痩せたな、だった。頬がこけ、顔からは生気が失われつつあった。この動画を作成するのに、投稿する事に、相当な葛藤があったのではないかと感じられる。

 「川原……」

 赤木は複雑な思いで動画をじっくりと見た。傍に用意してあったコーヒーに、最後まで一度も口を付けぬほど集中していた。

 かつての部下だった川原は、20分以上に渡り、今回の騒動について説明していた。

 2ヵ月前、会議室に呼ばれた川原は、数十名の同僚と共に、上司から今回の件には余計な首を突っ込むなと忠告を受けたと言う。この上司が自分だという事を知るのは、自分含め少数しかいないだろうな、と赤木は思った。

 今回の件とは?と問う川原に対し、上司は噂のサイトの事だと告げた。あんなの誰かが暇つぶしに作ったものではないのですか?と同僚が聞くと、上司は少し間を置いた後、

 「……今からあれは現実になる。その時に日本警察は関与してはいけないとお達しがきた。お前達は事が始まったら、表面上捜査をしているという体で振る舞ってくれ。尚この事に関しては他言無用だ」

 そう言って上司は1枚の紙を出した。連判状だ。上司は無言でこれにサインをしろと促した。集まった刑事達は最初戸惑ったが、最終的には川原含め、全員自身の指を切った血でサインをした。

 現実になる、とは死ぬべきと言われた人間が、本当にそうなるという意味だった。

 動画が15分を過ぎた辺りで、川原は少しためらった後、真相を語った。

 「今回の計画は、世界各国が手を組んで行った犯罪抑止プログラムです。悪い事をしたら必ず天罰が下る、という事が色んな人の心に刻まれた事でしょう。確かに抑止力としての効果が充分に働いた事は事実だと思います。……しかし僕は今回の事が正しかったとは思えないのです。刑に服している犯罪者、罪を償った人間を裁く必要があるのでしょうか?少なくとも私には、そこに正義があったとは思えないのです。みなさんはどうお考えですか?」

 そこまで言うと動画は終了した。最後に見せた川原の顔は、迷いのない男の顔に変化していた。これから孤独な戦いが始まるだろうな、と赤木は元部下の心配をしながら、インターネットを終了させ、その後、妻と共に食料品を買いに出かけた。

 赤木の運転で向かう途中、長男が今年から大学生でお金が掛かる、と助手席の妻は何度も呟いていた。赤木はしばらく趣味の釣り道具は買えないな、と思いながらも、明日からまた頑張る決意を新たにした。

 川原の動画を見た人は、肯定派、否定派に分かれて、日夜意見を交わした。動画は翻訳されて海外にも渡り、川原の起こした行動は、更なる論争の発端となった。

 正義の形は人それぞれ違う。これから先、今回の出来事が本当に正しかったのか、それとも間違っていたのか、決定するのは難しいかもしれない。

 『因果応報』という言葉が本当にあるのかはわからない。しかし、誰かに傷を与えると、確実に恨みを抱く人間が存在する事になる。

 今回死んでいった者達が死んで当然だ、とまでは言わないが、殺されても仕方がない、と思われるような行為をしてきた事は事実なのである。

 第1位 エール・ジークベルト
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