地下牢にて
分析スキルを見るに、この男が国王で間違いない。まあ、そんなものに頼らずとも状況から見れば自明の理だが。
「俺は……そうだな。こういう者だ」
一瞬だけ、近くの少女が完全に眠っているのを確認してから俺は、バサリと背中の翼を出現させ、国王に見せつける。
「ッ……貴様、魔族であるか。混乱に乗じて私の首でも取りに来たのか?……だが、もう私を殺しても意味は無いぞ」
自嘲気味な笑みを浮かべてそう溢す国王。
「アンタを殺しても意味が無いのは知っているし、元々俺もアンタを殺すつもりなんかねぇ。殺すならとっくに殺している。むしろ助けに来てやったんだ。感謝しろよ」
「……魔族が、か?」
「魔族、であるのは確かだがな。別に俺は魔族の走狗って訳じゃない。――俺は『魔王』だ。魔境の森に住む」
「ッ……なるほど、貴様が例の……」
俺の言葉に、鋭くこちらを見定める国王。
その表情には、ボロボロであってなお、一国を治めていた王としての風格が窺える。
「猶更わからぬ。何故そんな男がこんなところに来たのだ?」
「俺だって来たくて来た訳じゃない。けど、我が家の敷地内にちょっかいを出して来る人間のアホどもが多くてな。その首魁がどうも、この国の王子っつーみてぇだから、我が家の安寧のために潰しに来てみたら……この騒ぎだ」
肩を竦めてそう言うと、国王は少しだけ笑みを溢した。
「フッ、それは災難だったな。……しかし、そうか。あの馬鹿息子は、やはりあの地へ手を出していたか……」
「子供の躾ぐらいちゃんとやってくれ。俺にとって、このまま王子に味方する連中に政権が渡られると困る。また人間どもを送り込まれても厄介だからな。故に俺は、再びアンタがトップに立って、人間どもの手綱を取ってもらいたい。だから、助けてやる」
「……なるほど。明瞭明確な理由であるな。だが……」
疲れたようにそう言った彼は、そのまま檻の前から離れると、横の壁に背中を預け、ストンと腰を下ろした。
「……私は、愚王だ。息子が、どんどんおかしくなっていくことに気が付いていながらも、何もすることが出来ず、結局このような事態まで引き起こしてしまった。……そのような男に、皆を束ねる力があると思うか?」
「それがアンタに出来なきゃ、俺はこの国の人間を無数に殺すことになるぞ。アンタのバカ息子は、どうやら俺のところの土地が欲しいようだが、そこに住まう俺としては当然ながら許容出来ない。俺の安寧を脅かされる訳だからな。――だから、殺す。躊躇なく」
「……つまり、ゴチャゴチャ言う前に、『やれ』、と貴様は言う訳だ」
「ま、端的に言うとそうだ。どちらにしろ、街のヤツらはアンタが復権するのを望んでいるぞ。もう今日の夜には、教会の聖騎士どもと愉快な仲間達が、アンタを救出するためにこの城に強行突入してくる」
「教会が?」
怪訝そうな表情を浮かべる国王。
「その辺りの事情は知らん。ただ王子派とは敵対したそうだから、ソイツらが政権を握ると自分達に大きな被害が出る。それ故の救出作戦だ。――故に、アンタがここで老後の人生を送るつもりでも事態は動くし、振り上げられた拳は叩き付けられる。そして、それを止められる者は数少ない」
俺がそう言うと彼は、重苦しそうに呟く。
「……そうか……そうだな……子の犯した後始末は、親がせねばなるまい、か……」
幾ばくか逡巡した様子を見せてから、フゥ……と深く息を吐き出し、そしてすっくと立ち上がってこちらと対面した国王の瞳には、すでに先程までの疲れた様子とは裏腹に、強い光が浮かんでいた。
「……いいだろう。私を、ここから出してくれるか」
「結構。……あぁ、それと、当然だがアンタが俺と敵対しようものなら、その場合にも俺はアンタを殺すし、アンタに与する者も殺す。……この子が悲しむ結果になるのは、嫌だろう?」
俺がそう脅すと国王は――何故か、フ、と口元に笑みを浮かべた。
「……何だよ」
「いや……そこは、私の娘を殺す、と言って脅すのが、普通の者だろうと思ってな」
「…………」
今の俺は、何とも言えない表情を浮かべていることだろう。
「全く、娘にとっての勇者が魔王であるなど、面白い戯曲もあったものだ。……そうだ、一つ言い忘れていた」
「あん?」
すると、一国を治める王は――深々と。
本当に深々と。俺に、頭を下げた。
「娘を救っていただき、感謝いたす」
そう言った彼の顔に浮かんでいたのは――ただ一人の、父親の顔だった。
「……フン、目に付いただけだ。それより、さっさと行くぞ。あんまり長居して増援が来られても困る」
そう言って俺は、グイ、と牢屋の鉄格子を捻じ曲げ、人一人分が通れる隙間を作る。
と、ほぼ同時にその時、上の方から何やら微かな喧噪が響いて来るのを、魔王の超聴覚が捉える。
……倒れている兵士が見つかったか?
まあいい。最重要目標も無事確保して、もう隠密する必要性も無くなった。
ここからは思う存分、溜まったフラストレーションを解放させていただくとしよう。
仮面の奥でニヤリと笑みを浮かべた俺は、アイテムボックスを開き、中から最近の相棒『罪焔』を取り出す。
自身が引き抜かれたことに、刀から喜びの感情が返って来る。全く、社畜魂旺盛なヤツめ。
……いや、あれか?ただ単に、敵の血を吸えるのが嬉しいだけか?あれ、コイツ、呪いの魔剣時代からあんまり性格変わってない……。
……他を呪いに引き込もうとしなくなっただけ、良くなったと考えよう。
ちなみに全く関係ない話だが、今の仮面は、口元だけ見えているものではなく、フルフェイスの顔全体を隠すタイプのものだ。王城に潜入する前に取り変えておいた。
何となく俺、仮面ってこっちの方が好きなんだよね。
「歩けるな?」
「あぁ」
「なら、娘はアンタが抱えて行け。俺が道を作ってやる」
俺がそう言うと国王は、牢に出来た隙間からこちらに潜り抜け、すぐに駆け寄って自身の娘を抱き上げる。
「傷一つなくなっている……そうか、先程のはエリクサーだったのか……」
「は?エリクサー?いや、ただの上級ポーションだが」
「? だから、エリクサーだろう?今では都市に一本出回るかどうかの品だが……そんな貴重品を娘に使用してくれたこと、誠に感謝する。後で相応の礼は弾もう」
その言葉に俺は思わず、愕然、といった表情を浮かべた。
……な、なるほど。上級ポーションという名前に騙された。いや、というか、レフィが「ま、それぐらいは常備しておくべきじゃな」とごくごく当たり前のように言うもんだから、世の戦闘職諸君はこれぐらい普通に持ってるもんなんだと勝手に勘違いしていた。
そんな高価なモンだったのか、これ。道理でやたらめったらに効能が高い訳だ。納得である。
……ま、まあ、いいか。効果が高い分には困ることは無いし。有用な分には一向に構わん。
……でも、あれだな。ちょっと、魔境の森以外で使うのは、これからは自重するか。
苦笑を浮かべながら、そんなヘンな決意を固めた俺は、娘を抱いた国王を伴い、騒ぎが大きくなりつつある地上へと向かって行った。




