王城内部
キィ、と扉が開く。
「ん?何だ――」
「お、おい、どうシッ――」
扉の向こう側にいた兵士が、独りでに開いた扉に不信を持ち、こちらにやって来たところにその首筋へ手刀を叩き込む。
急にガクリと倒れた仲間に、もう一人いた兵士が慌てて近付いて来たので、ついでにソイツの顎にハイキックをお見舞いし、意識を刈り取る。
ガシャリ、と鎧が床に倒れる音が響くが、しかしその音に気が付いてこちらにやって来る者はいない。
これで、目撃者はいなくなった。それ即ち隠密である。
これぞ、古来より伝わる隠密技術――『積極的隠密』だ!!
フッ、素晴らしい……新たな技を会得してしまったな。
隠密スキルを発動していれば敵を倒す必要もないように思うが、しかし隠密スキルは空間に違和感を持たれ注視されたり、魔力の流れに不信を持たれたり、そして使用者が激しく動くと効果が薄くなってしまう。
この辺りはスキルレベルが上がることでどんどんバレにくくなっていくのだが、完全な透明人間にはなれないということだ。
まあ、スキルレベルが10になっても、例えばレフィなんかが相手だとまず間違いなく簡単に見破られるだろうがな。
今の兵士は、独りでに開いた扉に不信を持っていたので、あのまま何もせずにいたら存在がバレてしまっていただろう。
――現在、潜入は順調だ。どうしようもない位置にいる兵士はこういう感じで積極的隠密の餌食になってもらい、俺が探索するのと平行してイービルアイも使用しているので、城の内部のマップがどんどん埋まっていき、内装を丸裸にしていっている。
ただ、一つ問題があるとすれば……肝心の地下牢への道が、なかなか見つからないということか。
俺がいつも使用しているマップ。コイツが便利であることは否定の余地も無しなのだが、しかしその仕様上俺が一度視界に収める、ということが必要になる。
そのため、扉の先に何があるかはわからないし、流石にマップのないところは敵性反応も映らない。隠し通路の類も見つけることが出来ない。その辺りは自身の目で確認するしかない。
その内、ダンジョンのレベルが上がって行けばゲームのような自動マッピングも可能になるかもしれないが……まあ、どっちにしろそれは今じゃない。
加えて、この城は敵が内部に入り込んだ際のことを想定しているのか、中々入り組んだ道をしており、ついでに魔術的な仕掛けが施されているようで、少しマップから眼を離すと気付いた時には同じ場所に戻っていたりするのだ。
恐らくは、我が家にいるレイス娘の一人、ローが使用する精神魔法と同じようなものが仕掛けられているのだろうが……こんなん、ここで暮らしているヤツら不便じゃないのか?いや、絶対不便だと思うのだが、その辺りどうしているのだろうか。
…‥もしかすると、その魔術的仕掛けの対象外になるような魔道具でも、持っているのかもしれんな。一国の王城だし、それぐらいの装備があってもおかしくない。
そう思って、倒れている兵士の死体(死んでない)を分析スキルを発動しながら漁っていくと……お!ビンゴ。
兵士の内ポケットに入っていた、薄型カード。
認証の魔導具:これを持っている限り、特定のエリアにおいて通行阻害の魔法を無効化する。品質:B−。
これは恐らく、兵士達の身分証か。名前と階級が表面に刻まれているのを見る限り、ドッグタグのようなものだろう。
これがそのまま、城の内部を自由に通行するための通行証の役割も果たしている訳だ。なかなか考えられてんな。
コイツは、ありがたく俺がいただいていくとしよう。
――と、漁るのをやめ、立ち上がったその時だった。
カチャリ、と近くの扉が開き、そこから現れる、一人のメイド。
眼が合う、俺とメイドさん。
「…………」
「…………」
俺の脳内で流れる、眼と眼が合うBGM。
隠密は……しまった。漁るのに夢中になっている内にいつの間にか切れている。
彼女は俺から下に視線を逸らし、倒れている兵士を見て、その近くに立っている俺へと再び視線を戻してから、スゥ、と息を大きく吸い込むと――。
「…………キャ――」
「うわぁ!?ま、待て!」
叫び声を上げようとしたメイドさんの口を、慌てて塞ぐ。
「いいか、落ち着け。頼むから、騒ぐな。わかったな?」
そう言うと彼女は、従わないと殺されるとでも思ったのか、青い顔をしながらこくこくと首を縦に振る。
メイドさんが落ち着いたのを見てからゆっくりと手を離していくと、彼女は震える声で言葉を紡いだ。
「こ、こ、殺したの、ですか……?」
「いや、殺してない。よく見ろ、まだ息してるだろ」
まあ、実際は死にかけみたいなものなので見ても全然わからないのだが、しかし彼女はその言葉を信じたらしく少しだけ安堵したような表情を浮かべる。
「聞け、メイド。もう少ししたらこの城は騒ぎになる。巻き込まれたくなかったら早いところ仕事仲間を連れて逃げることだ」
「……も、もしかして、国王様とご息女をお救いに……?」
「え?お、おう、そんなとこ」
ご息女……?捕まってるのは国王だけじゃないのか。
頷くと彼女は、今度は一転して何故か深刻そうな顔を浮かべ、バッと俺の手を取った。
「お、お願いです!!どうかあの方達をお救いください!!」
「あ、う、うん、わかった」
「国王様方のいる地下牢への道はあちらです、どうか、どうか、あなた様に神のご加護を……」
* * *
メイドさんに正しい道を聞いたおかげで、その後は迷うこともなく、すんなり地下牢への道を発見する。
例の兵士から奪ったドッグタグも大きいだろう。不思議な感覚だったが、何と言うか視界が開けた、といった感じか。
恐らく仕掛けてあった魔法は、こちらが気を抜いた瞬間に脳の認識に阻害を掛けるような魔法だったんだろうな。
まあとにかく、地下牢への道は、外にあった。道理で城内部を探し回っても見つからない訳だ。
その前には見張りの兵士が二人いたが、彼らは積極的隠密術によって隠密された。完璧なアサシネイトである。殺してないけど。
ちなみに例のメイドさんは、一応見られる範囲でのマップでその動向を確認したが、素直に俺の助言に従って退避していった。
偉い人に俺の存在を告げ口されずに済んで幸いだ。
俺は、兵士がちゃんと無力化されているのをチラリと確認してから、ギィ、と堅牢な扉を開き、地下に降りていく階段へと足を進ませる。
少しだけひんやりとした空気に、鼻に突く饐えた臭い。
石製の階段になるべく足音を出さないように気を付けながら降りていき――そして、すぐにその音と声を聴覚が拾う。
何度も、何度も繰り返される、殴打の音と、その度に上がる、押し殺された悲鳴の声だ。
「いグッ、やっ、やめ、て……」
「へへへ、悪いなァ、王女様。国王様があんまり強情なもんでよォ。恨むんなら、口の固いお前の父親を恨むんだなァ?オラッ!!」
――やがて真下で俺の視界に飛び込んで来たのは、一つの牢屋の中で、下半身を大きくさせ、ハァ、ハァ、と荒い息遣いをしながら、半裸の幼い少女に向かって殴る蹴るの加虐に夢中になっている男。
「貴様ッ!!やめろッ、やめろォッ!!」
その隣の牢には、高そうな服を汚れ塗れにし、身体中をボロボロにしながらも、憎悪と激情をこれでもかと込めた視線をソイツに向け、血が滴り落ちんがばかりに歯を食い締める老齢に差し掛かっている男。
感情が、急激に冷えていく。
……あのクソは、殺そう。
俺は瞬時に移動し、いたぶることに夢中になっている変態クソ野郎の背後へと忍び寄ると――ザシュ、と一本だけ懐に忍ばしておいた短刀で、後ろから心臓の位置を一突きした。
「ッ、ガフッ……?」
「あの世で盛ってろ、変態野郎」
胸から刃を生やし、陶酔を浮かべた表情の口元から、血を吐き出した害悪な猿は、そのまま何が起こったのかも認識する間もなく。
まるで糸の切れた操り人形のように、その場にバタリと倒れ――そして、死んだ。
俺はそれを確認することもなく、その近くで身体を守るように小さく蹲っていた少女へとすぐに近付くと、虚空の裂け目を出現させ、中から上級ポーションを取り出して彼女の身体に無数に刻まれている傷へと慎重に振り掛けていく。
チッ……胸糞悪い。
何でこうも、クズってのはどこにでも沸くんだ。
「……ゆ、ゆーしゃさま……?」
一瞬だけビグリと身体を反応させた少女だったが、しかし俺が危害を加える存在じゃないとわかると、縋るような視線で、そう問い掛けてくる。
「……あぁ。もう大丈夫だ。よく頑張ったな」
頭を撫でてやりながら言葉を返すと、彼女は心底安心したような表情を浮かべ――そして、意識を手放した。
「……き、貴殿は……?」
隣の牢に入っていた男は、娘らしいこの少女が助かったことに大きく安堵したような表情を浮かべつつも、しかし突然の事態に付いて行けず、困惑の声を上げる。
俺は、半裸に剥かれた少女にアイテムボックスから取り出した一枚の毛布を掛けてやってから、フゥ、と息を吐いて隣の牢へと向き直り――。
「――よぉ、国王」
仮面の奥でニヤリと笑って、その男――国王へと話し掛けた。




