王城へ
――これは、むしろチャンスなんじゃないか?
アクション映画ばりの動きで、王都の屋根の上をピョンピョン飛んで行く男に追い付き、俺を煩わせたツケを支払わせてやろうとしたところで、ふと思いとどまる。
今俺は、いい感じにネル達から離れることが出来た。あのまま教会に、どこかの部隊に組み込まれて身動きが取れなくなるのは嫌だったので、どこかのタイミングで離れたかったのだが……今がその好機ではなかろうか。
そしてあのピョンピョン野郎は、どうも王城に向かっているらしい。このまま後ろを付いて行けば、敵の本拠地の内部まで勝手に案内してくれるかもしれない。
あの騒ぎだ、コイツを捕まえても教会が反旗を翻したと判断されるのはまず間違いなく時間の問題だろうし、どうせコイツも末端だろうから、捕まえても大した情報は得られないだろう。
ならばもう、このまま尾行を続けた方が、俺にとって益となるはずだ。
そう判断を下した俺は、心ピョンピョン野郎に攻撃を仕掛けることをやめ、ただその後ろを隠密を発動させ続けながら、一定の距離を取って追跡していく。
屋根を蹴飛ばし、中空に身体を躍らせ、次の屋根に着地する。
ぶっちゃけ、躓きそうになって下に落ちそうになったのもしばしばなのだが、コツを掴んでからはパルクール染みた動きでどうにか追跡を続けられている。
翼を出すことも考えたが、万一隠密が見破られてしまった場合マズいからな。俺の姿を見られるまでならまだいいが、魔族であるということまでバレてしまうと、せっかく人間を装って王都に潜入した意味がなくなる。徒労にはしたくない。
……そう言えば、全然関係ないことなのだが、俺ってまだ魔族の括りでいいのだろうか? 種族進化を果たしてから種族が『魔王』になった訳だが、『魔王』は魔族の範疇に入るのだろうか?
……まあ、人間、獣の特質を持つ獣人族、人に近い形態を持つドワーフやエルフなどの亜人族、そしてそれ以外の種族が魔族という分類分けをされているそうなので、一応大きな分類としては魔族には入るか。
亜人族と魔族の区別は曖昧なそうだが、しかし広く認知されていて人型であれば亜人族の範疇に入るらしい。あと、血の気が多い戦闘種族だと魔族に分類されることもあるようだ。
まあつまり、魔族ってのは余り物の総称らしい。
聞き齧った限りの知識だと、魔族ってのは何だか、まとまりのない集団ってイメージがあるのだが、それは恐らくこの辺りのことが理由なのではなかろうか。
魔族に定義される者の数が多過ぎて、その行動規範に一貫性が無い訳だ。
また、レフィ曰く魔族はどいつもこいつも脳筋野郎ばっかりだそうだが、その魔族の中核を為す『悪魔族』や『翼人族』などといった種族が『力至上主義』の価値観で生きているそうで、そのため自然と魔族全体がその価値観に従うようになっているらしい。
そのことを考えるに、個々の種族で見れば、全部が全部戦闘民族って訳でもないのだろう。
ウチにも魔族であるレイラがいるが、彼女は脳筋とは対極にいるような存在だしな。まあアイツ、結構不思議ちゃんだし、特別そういう子だというだけの可能性は否めないが。
ただ、そのレイラに聞いた限りの世界情勢だと、今現在の魔族のトップに立つ者が、このままでは人間の一人勝ちになってしまうと危惧し、今までいがみ合っていた亜人族や獣人族との共同歩調を取り始め、随分と理知的に魔族を取り纏めているそうなので、やはり魔族と一括りにしても内部には様々な者がいるのだろう。
その内、魔族の国にも行ってみたいものだ。
と、そんなことを考えながら追跡を続けていると、やがて王都の中心へと辿り着き――遠くからずっと見えていた、王城の近くへと辿り着く。
白の壁を持つ、随分と立派で華美な装飾のある城だが……フッ、勝ったな。
若干優越感を感じつつもヤツの後ろを付いて行くと、ピョンピョン野郎は心ピョンピョンするのをやめて地上に降り、しかし王城の正面扉からは入らず、城壁に設置された裏口のようなところから城壁内部へと入って行く。
裏口に入ってすぐには一人の衛兵が立っており、覗き魔は着ていたフード付きコートを開いてソイツに何かをチラリと見せてから、すぐに歩みを再開し近くにある王城の内部へと入るための扉に向かって行く。
俺は城壁をひょい、と跳び越え、なるべく音を出さないようにして城壁内部に着地し、さらに男の後ろを追う。
城壁内部に生えていた芝を踏み分けながら、男の入って行った扉の前に立った俺は、フゥ……と一瞬息を整えてから、あえてカチャリと普通に扉を開けようとし――あれ?
――鍵が、閉まっていた。
……や、やっべ。そりゃ、そうか。開けた扉の鍵は普通閉めるか。俺も玄関の鍵はちゃんと閉めるもんな。
「……?誰だ……?」
だが、俺は運が良かったようだ。
中に入って行った男が、誰かが自身に用があって追って来たとでも勘違いしたのか、扉を開けてこちらに首を出す。
「ッ――」
咄嗟に俺は回し蹴りを放ち、相手の頭部に叩き込む。
男は蹴られた反動で強かに壁へと頭部を打ち付けると、当たり所が悪かったのか、一言も発することもなくそのまま意識を失い、中途半端に開いた扉にもたれかかるようにしてズルズルと倒れていった。
俺はすぐに扉の内部に入ると、そこに他の人間が誰もいないことを確認してから、気絶した男を引きずって内部に入れ、最後に扉を閉めた。
「……あ、あぶねー」
一息吐いてから、思わずそう溢す。
あえて無理やり突入しないことで、激しい音を出さず、相手に警戒を抱かせず、そのまま制圧するつもりだったのだが……やっぱり、素人が慣れないことはするもんじゃないな。
もっと蛇のおっさんみたいな感じのスニーキングミッションがしたかったんだが、現実はそう簡単には上手く行かないようだ。
あのおっさんがゲノム兵の間近を通っても、明らかに姿を見られているはずでも、存在を気付かれずに任務を遂行することが出来るのは、恐らく彼が特別だからこそのことなのだろう。素人が同じことをやったら、きっと数秒もせずにバレてしまうに違いない。
そう、あのおっさんが特別なのだ。そのことを忘れてはいけない。
……あれだな、きっと彼は、隠密スキル持ちなんじゃないか?その推測に一票入れとこう。
「――さ、て。この後どうするか」
とりあえず王城内部に潜入したはいいものの……ぶっちゃけ、先のことは何にも考えてません。行き当たりばったり精神です。
……ま、まあ、とは言っても、俺が王都にて為さなければならない目標は決まっている。王子をぶっ殺すことと、前政権を握っていた国王に復帰してもらうことの二つだ。
その二つを吟味するに、昨日の聖騎士達の会議の時にも思ったことが、俺は先に国王救出を目標にするべきだろう。
国王には二人きりで積もる話をしたいところだし、そして彼が死んで万が一王子派が実権を握ることになっても困る。
俺が王子派であれば、騒ぎになったらまず敵の首魁とも言える国王は殺す。もし救出されたりなどしたら、王子派に正統性は皆無になるからな。
というか、今でさえ何で生かしているのか謎なのだが……公開処刑でもするつもりだったのだろうか。
まあ、その辺りの思惑は俺にとって知ったことではない。まず俺が喫緊でしなければならないことは、国王の救出。
その国王の現在の居場所は確か、地下牢。
「地下牢に行くには……」
そう呟きながら、周囲を見渡す。
この部屋はどうやら、ただの通路の途中だったらしく、先に扉が一つある以外何もない。
……この転がってる男を尋問するような時間は無いしな。腐っても密偵っぽい恰好してるから、口を割るのには時間掛かりそうだし。それに俺、尋問技術とかないから間違って殺しちゃいそうだし。
というか、あんまりグロいのは無理なので。恐らくやってる俺も大ダメージを受ける。
……まあいいか。とりあえず隠密発動したまま中に入って、マップを埋めながら内部の探索を進めるとしよう。
後は、ダンジョン領域外で使える特殊性能タイプのイービルアイを数匹放って、様子を探るか。DPが高いのでそんなに数は無いのだが、まあ無いよりはマシだ。
そう結論を出した俺は、先に見える扉の取っ手に手を掛けた――。
ユキの若干のアホっぽさが垣間見えますね……。




