作戦変更
「あの男……随分と芸達者なのだな。流石、ネルが従者だと嘘を吐いてわざわざ連れて来ただけはある」
仮面の男が去って行った方向を見ながら、カロッタはそう言った。
「えっ……き、気付いてたんですか!?」
「フフ、それぐらい、もちろん気付くさ」
元々、ネルは自分が平民出身であるためか、そういう従者などといったものに頼らず、全て自身の手で行う子だったのだ。
それが、急に従者などという男を連れて来たために、不審には思っていたのだが……それも納得だ。
チラリと、あの仮面の男が兵士達の懐に飛び込む前に立っていたところに視線を送ると、そこの地面が足の形に大きく抉れている。
相当な脚力がなければ、ああはならないだろう。
実力者である、というのはわかっていたことだが、しかしその実力の一端が垣間見えた思いだ。
昨日、彼が隠れ家へと入って行く際にその正体を探ったのは確かだが、しかしそれでわかるのは相手の種族とこちらに敵対する意志があるかどうか、それと相手の持っている装備の詳細のみであり、どれ程の強さを持つのか、ということはわからないのだ。
まあ、実はその種族さえも間違っているのだが、そのことを彼女が知らないのは、教会と魔王のお互いにとって良かったことだろう。
――今の一瞬の攻撃を見る限り、あの男は自身や勇者であるネルに近い実力を持っているだろう。いや、それどころかさらに上かもしれない。
冒険者で言えば、確実にアダマンタイトクラスは超え、オリハルコンクラスの実力を持っていることさえ考えられる。
とするとあの仮面は……自身の実力が露呈すれば確実に俗世間が放っておかないために、それが煩わしくて正体がバレないよう被っているのかもしれない。
今回は国の危機であるため、仕方がないから顔を隠して、手を貸しにネルと共にこの場に現れた、と。
その人格に関しても、ネルが連れていることからして間違いはないだろうし、あの子供と戯れる様子を見ていれば、悪人ではないということはすぐにわかる。
……あれだけの実力の者が在野にいると言うのであれば、教会としては是非とも勧誘しておきたいところであるが……彼の意志を尊重して、勧誘はやめておくとしよう。
カロッタは、勝手な勘違いをして、勝手に魔王に対する尊敬の念を抱き始めていた。
「で、でも、あの、カロッタさん。ウソを吐いていたのは別に、教会に対して悪いことを考えている訳じゃなくて――」
「わかっているさ。なかなかに高潔な精神を持った男だ。恐らく、王都の危機に黙っていられず、しかし正体が露わになるのも憚られて、あのように正体を偽っているのだろう?」
「えっ、こ、高潔……う、うん、まあそんなところです」
魔王に対して謎の高評価を下すカロッタを不振に思いながらも、ネルは違うとも言えず曖昧に返事を返す。
「ま、あの男の素性は今更聞きやしないさ。それより今は、やらねばならんことがある。――フィー!グイ!」
そうカロッタが言うと同時、彼女の傍にスッ、と顔を隠した二人の女性が現れる。
「「両名とも、ここに」」
彼女らは、カロッタの護衛である。
その実力的には、カロッタの方が圧倒的に強く、護衛はいらないと彼女自身は固辞していたのだが、しかし聖騎士という組織のトップに立つ彼女を単身にさせる訳もいかず、彼女のさらに上に立つ者の言葉によって、仕方なく護衛させていたのだが……今回は、それが役にたったと言えるだろう。
「すごかったですね、あの男。私、さっきの動き目で追えなかったですよ」
「フン、それより私は、カロッタ様に失礼なことを言った、ネル様によってそこにゴミのように転がっている男を、何度後ろからぶち殺してやろうと思ったことか」
そう溢す二人に、カロッタは指令を下す。
「無駄口を叩くな。聞け。現刻をもって作戦を開始する。すぐに待機部隊に合図を送れ」
「よ、よろしいので?」
「騒ぎが大きくなり過ぎた。夜まで待っていたら、確実に後手に回る。急げ、時間が勝負だ。一気に騒ぎを起こし、一気に王城まで踏み込むぞ」
「「ハッ!!」」
「……どれ、私も一芝居打つか」
彼女らがすぐにその場から去って行ったのを見てから、カロッタはそう呟き――いまだ熱の冷めやらぬ様子の民衆の前へ毅然と立った。
「諸君!!私はファルディエーヌ聖騎士団所属の聖騎士、カロッタ=デマイヤーである!!」
その凛とした声に、民衆は彼女の方へと顔を向け、自然と耳を傾ける。
「見ろ!!これが、今の王都の現状だ!!」
そう言ってカロッタは、倒れたまま誰も助け起こそうとしない兵士達の方をビッと指差した。
「現政府が行っているのは、まさに圧政そのもの!!このまま彼らが政権を握った場合、どのような未来が待っているかは推して知るべし、だろう。――だが、そんなことはさせん!!王都の明日は、我々の手で取り戻す!!」
彼女の言葉に、熱に浮かされたままの民衆が、雄叫びのような歓声を上げる。
それは、熱狂故だろうか。彼女の持つカリスマ故だろうか。誰も彼女の言葉に、疑問を挟もうとする者はいない。
「聞け!!我々教会は、これから王都をあるべき姿に戻すための戦いを行う!!勇気ある者は、武器を持て!!神の御意志は、我らと共にあるぞ!!」
『ウオオオオオオオ――ッッ!!』
そこで民衆の興奮は頂点に達し、皆高らかに拳を天へと振り上げたのだった――。
この民衆いっつも雄叫び上げてんな。




