孤児院にて3
肉の脂が爆ぜ、香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
ガハハ、と笑い声が飛び交い、いつの間にか誰かが持って来ていた酒を皆が酌み交わす。
どこかからやって来た吟遊詩人が、自慢の唄を披露し、それに人々が喝采を上げ、子供達もまた、いっぱい食べて元気になったのか、はしゃぎ回って俺の教えた鬼ごっこをして遊んでいた。
その中で俺は、酔っ払いどもに混ざって肉を食ったり、子供達と一緒に騒ぎ回り、そして勇者は俺に振り回されるか子供達に振り回されるかして、困り顔を浮かべながらも子供達が怪我しないようにと一生懸命に面倒を見ている。
近くで腕を組んで立っているカロッタがその様子に苦笑を浮かべ、孤児院の保母さんがニコニコと微笑ましそうに皆のことを眺めていた。
――今孤児院の周囲では、王都の深刻な現状が嘘かのように、陽気な雰囲気が漂っていた。
やはり、人が人足らしめんとするために、食い物というものは重要なファクターなのだろう。
食というものは密接に生物の『生』と関わっている。それが確保出来なければ、自身の生存権を賭けて生物は争わなければならない。
人が人として大らかにいるためには、まず腹が満たされていることが必要なのだ。
「おにいちゃん、つーかまえた!!次おにいちゃん鬼ね!!」
「うわっ、捕まっちまった。よーし、そんじゃあ――ほい、じゃあ次ネルが鬼な」
「えっ、僕もやるの!?」
「よしお前ら、逃げろ!!このねーちゃんが次鬼だからな!!」
キャー、と歓声を上げ、孤児院の庭を逃げ回り始める子供達と俺。
勇者は困ったように笑ってから、しかしすぐに「よーし、待て、皆ー!」と子供達を追い掛け始める。
――そうして、宴会のような雰囲気で、予想以上に大規模になってしまったちょっと早い昼食会を行っていた、その時だった。
「――どういうことだ、これは?余剰食糧は全て国が管理する、というお触れを見ていないのか?」
――奥から、人だかりを押し退けるようにして唐突に現れる、四人組の兵士。
あれだけ騒がしかったのが嘘のように静まり返り、一転して険悪なムードが流れ始める。
見ると、集まった人だかりのほとんどが険しい目で兵士達へと視線を送っており、彼らが今王都市民にどう思われているのかがよくわかる光景だ。
だが兵士達は、そんな視線を物ともせず、まっすぐ騒ぎの中心にある孤児院の方へと歩み寄る。
……あれだな、むしろすごいな、コイツら。どんな強靭なメンタル持ってやがるんだ。
「フンッ、国のために戦っている我々を差し置いて、随分と良いものを食っているようだな。誰だ、この食糧を国に隠していた反逆者は?」
その彼らの前に、一歩前へ出ようとした俺だったが――それに先んじて、カロッタが男達の前に立つ。
「反逆者、か。随分な言葉を使うもんだな?これは私が自分で狩った獲物だ。それをどうしようが、私の勝手だろう?」
どういうつもりだと怪訝に隣を見るも、彼女は任せろ、とでも言いたげに、チラリとだけ俺の方に視線を送ってから、再び前へと向き直る。
俺の隣では、勇者が険しい表情を浮かべながら、いつでも武器を抜けるようにと自然体の構えを取っていた。
「大問題だ。今王都は食糧難でな。皆が協力しなければならばい状況なのだ。それを、こんな勝手に食われたら困る」
「ほう?私の知っている限りだと、軍に接収された食糧がまともに民に分け与えられている様子は無いのだが?」
「さて、どうなのだろうな。私はそちらに関しては携わっていないので、何とも言えん。しかし、余剰分の食糧は軍事物資として回収しろと国から命を下されているのは確か。ここにある残りの物は全て回収させていただこう」
その言葉に、民衆の四方八方から「ふざけんな!!」「好き勝手やりやがって!!」とヤジが飛ぶが、男がジロリとそちらを睨み付けると、すぐに鎮静化する。
「そうだ、なんなら貴様も、この食糧と一緒に我々がみぃーんなで美味しく食べてやろうか?騎士の出で立ちをしているが、それよりは娼婦の方がお似合いの身体付きをしているぞ?」
下卑た視線を送りながら、クズ丸出しのことを言うリーダー格の男の言葉に、ゲラゲラと笑う取り巻きの兵士達。
カロッタは一瞬だけ眉を顰めるも、しかし何かを言い返すこともなく、悠然と腕を組んで立っている。恐らくは、ここで事を荒立てる危険性を理解しているのだろう。
……それにしても、何だ、コイツら?本当に国を守る兵士なのか?どう見てもチンピラそのものなのだが。
――いや、違うな。
これは恐らく、わざとだ。素行の悪い兵士を敵対勢力にぶつけることで、兵士に対してこちらから先に手を出させ、そして敵対の意志ありとして攻撃に移る。
教会は目を付けられていると言っていたし、今回を良い機会だと判断してわざとイチャモン付けに来たのかもしれない。
とすると、俺達の様子を窺っているヤツが……。
そう考え、マップを確認すると――ビンゴ。
付近の裏路地に、コソコソと隠れるようにしてこちらの様子を窺っている敵性反応が、一つ。
なるほど、道理でこんな、思わず殺したくなるようなヤツが送られて来た訳だ。
これは、俺達を怒らすための罠なのだ。
ならば俺は……先に、あの隠れているヤツを排除すべきだろう。
自身の中で結論を出し、すぐさま行動に移そうとした――その時。
「キャッ……」
ゲラゲラと笑っていた一人の兵士の腕が、近くにいた少女に当たり、彼女が持っていたお椀の中身が溢れる。
「アチッ……このガキィッ!!」
鎧にシチューを掛けられた不良兵士は、完全に自分からぶつかったのにもかかわらず、あろうことか腰の鞘から剣を抜き放ち、それを上へと振り上げた。
「なっ――」
――コイツら、そこまでするのか!?
焦りと共に俺は、大地を蹴り砕かんばかりに足に力を込め、中空を瞬間移動するような勢いで駆け兵士との距離を瞬時に詰めると、振り下ろされる寸前だった剣の横っ腹を右手で殴り飛ばす。
バギン、と鈍い音が鳴り、剣が中腹から折れ、その切っ先が地に転がる。
「へっ?フギィッ――」
さらに、反射的な動きで相手の顔面へ首をへし折らんとする威力の回し蹴りを叩き込み、人のいない方へと吹き飛ばした。
――と、手を出してしまってから、今のが悪手だということにハッと気が付く。
あっ、やべっ……思わず攻撃入れちまった!?
「ッ!?コイツッ、やりやがったなッ!!」
すぐに反応を示し、近くにいた不良兵士その2が抜剣して振るった剣を、もう仕方がないのでス、と半身をずらして躱し、そのままくるりと回転して今度は後ろ回し蹴りを相手の後頭部にぶち込んで無力化する。
さらに背後から、もう一人の兵士が襲い掛かって来ているのをチラリと横目で確認し、俺は応戦の構えを取るが――しかし俺が動く前に、不良兵士その3の身体は、勝手に真横に吹き飛んで行った。
代わりにそこに立っていたのは――拳を振り抜いた格好の、女騎士カロッタ。
「フンッ、ゲスが。貴様らなど剣を抜くまでもない」
鼻を鳴らし、手甲に付いた血をヒュッと払い落とす。
「貴様らッ、手を出したな!!すぐに潰グァフッ――!?」
と、リーダー格の男が喚きながら抜剣しようとしたところに、死角からネルが鞘に入ったままの剣をその首筋に叩き込んだ。
「もう……皆手が早いんだから」
延髄を強打されたクズ野郎は、そのまま意識を刈り取られ、ガクッと膝から崩れ落ち――地へと沈んで行った。
『ウオオオ―――!!』
もはや暴漢といっても差支えの無いような不良兵士どもを倒したことで、憤りを感じていた民衆が空気を震わす程の大歓声を上げる。
俺もまた、彼らと一緒に「ウオオォ!!」と雄叫びを上げ、両手を上に掲げて勝利のポーズでも取りたいところなのだが……そこまで時間に余裕は無さそうだ。
「すまん、後ここ頼む。それと、そのビーフシチュー溢した子に、新しいのよそってあげといてくれ」
「えっ、おにーさん、どこ行くの?」
「今、こっちを観察してた男が凄い勢いで逃げてった。それ捕まえて来る」
マップに映っていた敵性反応が、お前忍者か、とツッコみたくなるような動きで裏路地の壁を蹴って一気に屋根まで上り、そのままピョンピョン逃げて行ったからな。
もうちょっと、騒ぎが大きくなり過ぎてムダかもしれないが、アイツは捕まえとかないとマズいだろう。
俺はそう言い残すや否や、すぐに男が逃げた方向へと駆けて行った。




