孤児院にて2
「皆、ちゃんと並んでー!並ばないとよそってあげないからねー!」
孤児院の少し広い中庭に置かれたテーブルの上で、勇者がビーフシチューをお玉でかき混ぜながら、前の子供達に向かってそう言う。
『はーい!!』
子供達は素直に返事をして、お椀を持って列を作る。
「ほぉ……?良い匂いだな。これは何と言う料理なのだ?」
「ビーフシチューって言うんだそうですよ。詳しくは彼が全部作ったのでよく知りませんが……いっぱい作ってありますし、カロッタさんと……フィルニさん、でしたよね。あなたも食べますか?」
「そうだな、少しだけいただこうか」
「……じゃあ、私も一口だけいただきましょうか。すみませんねぇ、本当に。お客様ですのに……」
「いえ、気にしないでください。彼も言っていましたが、僕達は突然押し掛けた身ですので、これぐらいは」
そう会話が交わされる近くで俺は、デカい肉の丸焼きを子供一人が食える分に切り分ける。
その様子が物珍しいようで、子供達はただ肉を切っている俺の手元をじぃっと見詰めている。……いや、これは肉を楽しみにしているだけだな。
ビーフシチューに肉の丸焼きはどうなのかと思わなくもないが、まあ、どっちも美味いからいいだろう。
ちなみに何故ビーフシチューなのかと言うと、米が無いためだ。ホントはこういう時の定番、カレーを作りたかったのだが、しかし流石に穀類まではアイテムボックスに入れていなかったので、ならばルーだけでも大丈夫なものをと考え、ビーフシチューを作ってみた訳だ。
「よし、次の子お椀持ってこーい」
「はーい!おにいちゃん、カッコイイ仮面被ってるね!」
「お!お前、見る眼あるな。一枚増やしてやろう」
「やったぁ!!」
喜ぶ幼い少女のビーフシチューがよそわれたお椀に、肉を乗せる。
まあ、一枚増やしてやると言いつつ、結局皆一枚多いのだが。俺の仮面を褒めれば肉が増えると皆学習しているので。
フッ、まあ今はその程度の認識かもしれないが、しかしそうして褒めている内に、いつか本当にこの仮面の魅力に気が付くことだろう……。
そんな長く俺、ここにいないけど。
それと、クッソどうでもいいことかもしれないが、今の俺の仮面はフルフェイスではなく口元だけ開いている仕様のものだ。
ネルと台所に引っ込んだ時に、後で俺も食えるようにと予め変えておいた。飯時にうっかり邪魔だと外してしまって、それで顔がバレたらアホらしいからな。
というかぶっちゃけ、そこまでして顔を隠す必要性もないかもしれないが、でも仮面の男ってなんかカッコいいじゃん?
俺の行動原理の大半は、そんな浅はかな思考回路から成り立っています。
「……しかし貴殿、良かったのか?この肉、魔物肉のようだし、そっちの料理も香辛料をふんだんに使っているだろう?相当に金が掛かっていると思うが」
俺は、子供達が「おいしー!!」と喜びの声を上げる様子を眺めながら、肩を竦めて答える。
「これぐらいの魔物は特に苦労せずとも狩れるしな。それに、香辛料の方は……まあ、自家製?みたいなもんだから、そこまで金掛かってる訳じゃねぇんだ」
なんせ、DP製のビーフシチューの素を使っているので。
それに……イルーナ達と暮らしているせいだろうか。子供があんまり不憫な生活を送っているのを見ていると、何だか辛く感じるようになってしまった。
前世じゃ、そんなに子供好きって訳じゃなかったんだがな。
完全にただの自己満足だが……目につく範囲で、子供は助ける方針で行こう。
と、バーベキュー気分を味わうために中庭で料理を振る舞っていたからだろうか。孤児院の表の方から、ガヤガヤとした声が聞こえて来る。
「おい……なんかすげぇ良い匂いしねぇか?」
「あぁ。初めて嗅いだが、美味そうな匂いだ。あぁ、腹減ったなぁ……」
見ると、いつの間にか表の通りに結構な人だかりが出来ており、こちらの様子を羨ましそうに眺めていた。
……ふむ。
ちょうどいいかもしれんな。
「ネル、ちょっとこっちも頼む」
「えっ?うん、わかった」
俺は場を勇者に任せると、人だかりの方へと向かう。
「……テメェら、腹減ったか!」
『……オ、オオ!』
彼らの前に腕を組んで仁王立ちし、そう問い掛けると、一瞬怪訝そうな表情をするもすぐに俺の意を組んだらしく、声を張り上げる人だかり。
「肉、食いたいか!?」
『オオオオ!!』
その言葉に、テンションが上がる人だかり。
「いいだろう、ならば食わせてやる!!手伝え!!」
そう言って俺はアイテムボックスを開き、ででん、と魔物の死体をそこに出現させる。
『オ、オォ……』
いきなり現れたその魔物死体に、今度はちょっとビビる人だかり。
解体した肉は全部孤児院にやるつもりだったんだが、実は俺も肉、食いたかったのだ。もう一度解体するのは面倒だったので我慢していたのだが、いい具合に人が集まっているので、解体作業はコイツらにやらせてしまおう。
「シチューの方はもうないが、肉だけならこの通りまだまだある。けど、まだ解体してねぇ。食いたかったら働けテメェら!」
俺がそう言うと、人だかりの中から数人の者が前に出る。
「任せろ!今は店を閉めてるが、俺は肉屋だ。食わせてくれるってぇならこの腕、存分に振るってやるぜ!!」
「俺も解体に回ろう。これでも元冒険者だ、こういう作業には慣れてる」
「じゃあ、切り分けたものは私が焼いて料理するわ!食堂でいつもやっているから、任せてちょうだい」
「なら俺は、それを置く皿を持って来よう。家にデカいヤツが何個かあるんだ!」
そうしてそれぞれが自分達で分担を決め、仕事に取り掛かり始める。
「よーしテメェら!食いたかったら働けよー!そうしたら嫌ってぇ程食わせてやる」
そんな彼らの前で俺は、ただ偉そうに腕を組んで口を出す。実際、食材を提供したという功績があるから偉いのだ。
フハハハ、働け、愚民ども。
―そう、やって来た者達にそれぞれ仕事を手伝わせていたからだろうか。
人だかりが出来ているのを見てさらに人だかりが集まり、その増えた規模に合わせて俺がさらに魔物肉を追加するため、また仕事が増えてガヤガヤが大きくなっていく。
そしてそのガヤガヤを聞きつけたのか、どこからか人が集まり出し、その増えた人数に合わせて魔物肉を俺が増やして、その彼らに解体を手伝わせる。
――いつの間にか孤児院の周りは、お祭り騒ぎの様相となっていった。




