侵入
「おにーさん!!おにーさんはもっと、僕の扱いに気を遣ってもいいと思う!!」
「わ、悪かったって。で、でもほら、飛ぶ前に一応、声掛けたじゃねえか」
「『声上げるなよ。バレるから』で、僕にいったい何を察せって言うのさ!!」
はい、すみませんでした。ぶっちゃけちょっと確信犯でした。
「そ、それよりほら、衛兵が来てるっぽいからさ、と、とりあえず続きはあとで」
ぐい、と顔を近付け詰め寄る勇者に俺は、上半身だけ仰け反らせながら、話を誤魔化すように彼女の背後の方を指差す。
恐らく俺達の声を聞き付けられたのだろう、上空からパッと街中を見た時に埋めたマップに敵性反応が映り、そしてそちらの方からガチャガチャと鎧の金属部分が擦れる音が聞こえてくる。
ちなみにマップなのだが、随分前にダンジョン領域でなくとも敵性反応を表示出来る機能をアクティベートしており、マップさえ埋めておけばこうしてすぐに敵の位置がわかるようになっている。
最近ちょっとわかってきたことなのだが、このマップを表示する機能はどうやら、空間に存在する魔素に干渉することによって地形を知り、そして敵となり得る存在の位置情報を得ているようだ。
イメージとしては、イルカが使うという超音波や、漁船や軍艦に積まれているアクティブソナーが近いかもしれない。
DPを支払うことによってその効果が得られるようになるのは、多分俺の身体に備わっている、魔素に対する感応能力自体を改造しているのだろう。
つまり俺は改造人間なのだ。人間じゃないけど。
「イーッ!」とか鳴き声上げるべきだろうか。
「……チッ……こっちだよ、おにーさん。付いて来て」
お兄さん、女の子が舌打ちするのはよくないと思います。
そのままスタスタと早足で歩き出した彼女の後ろを俺は、若干ホッと胸を撫で下ろしながら同じように歩き出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
カツン、カツン、と石畳の道を歩く二人分の足音が反響し、脇に立つ建物の壁に吸い込まれ、消えてゆく。
他に音という音は聞こえず、そして俺達以外の人影も一つ足りとも見つからない。
「……静かだな」
周囲をキョロキョロと見渡しながら歩いていた俺は、思わずそう呟いていた。
まだそこまで遅い時間でもないのに、通りは完全に静まっており、閑散とした空気が辺りを包んでいる。
街の規模としては、俺とレフィが観光した、確か『アルフィーロ』って言ったか?よりはこちらの方が圧倒的にデカいものの、しかし活気という活気がないせいで、何だか物寂しげな印象を受ける。
「ちょっと前はまだ、この時間帯でも活気があったんだけどね……多分、皆身の危険を感じて、家の中にこもってるんだと思う」
「まあ、そうだろうな。彼らにとっちゃ、死活問題だろうし」
実際に見たことはないので偏見かもしれないが、イチャモン付けられて、クソみたいな理由で捕まったりや、斬り捨てられたり、なんてこともあったことだろう。
軍事統制下ってのは、そういうもんだ。前世は史学科専攻だったもんで、その辺りはよくわかる。
「王都の現状は聞いていたんだけど、実際に見るともっとヒドい状況だね……ねえ、おにーさん、僕今気付いたんだけど、それ何被ってるの?」
「え?そりゃ変装だよ、変装。俺、魔王だし。教会なんて敵っぽい勢力に顔覚えられたくねえからよ」
俺が被っているのは、細い線のような両眼の下、左眼の下に星、右眼の下に雫が垂れた意匠が施され、そして口の部分がニヤァと大きく笑みを浮かべている、どことなくピエロを彷彿とさせる白の仮面だ。
これ、DPカタログで色々変装道具を出していった時に、一目見た瞬間に気に入ってしまい、アイテムボックスに放り込んでおいたものだ。
ぶっちゃけ、コイツを被っているとあんまり前が見えないのだが、しかし我慢して被っている。なんせ、変装のためだからな。仕方ない。
……はい、ウソです。ただデザインがかっこよくて被ってます。ただデザインがかっこよくて被ってます。大事なことなので二回言いました。
「顔を隠しても意味ないと思うんだけど……というか、ホントに大丈夫なんだよね?魔王を連れて来た、となったら、僕の方も大分マズいんだけど……」
「大丈夫大丈夫、余裕だ」
「……あと、中に入れるのダメだ、って言われたら、ちゃんと諦めてね?無理強いは出来ないから」
「わかってるわかってる。安心して任せておきたまえ」
その時は、こっちはこっちで勝手に動くだけだからな。
というかまあ、中に入れてくれるのであっても、俺は勝手に動くだけなのだが。
この教会勢力と足並みを合わせる必要はない。俺が欲しいのは、王子を彼らが打倒した、という実績とだけなので、それ以外のことはどうでもいい。
ならば別にここまで来なくとも、といった感じだが、しかし情報は欲しいからな。むしろそのためだけにここまで来たとも言える。
まあいい、とりあえず相手がどう動くのか見てから、俺もどうするか決めよう。
「全然安心出来ないんだけど……とりあえず、着いたよ、おにーさん」
ちょっと不安そうにしながら勇者が足を止めたのは――裏路地に軒を連ねる、一見するとただのボロ屋のような建物の前。
彼女は躊躇することなくその玄関口へと立ち、ボロボロの扉を独特で一定のリズムでノックする。
すると、すぐに扉の向こう側からくぐもった男の声が返って来る。
「――果てへ」
「紡ぐ」
と、次にカコッとドアノブの少し上辺りが横に開かれ、そこからヌッと腕が伸ばされる。
「シギルを」
勇者は懐から以前にも使っていた例の印章を取り出し、それを腕へと手渡した。
数瞬の間を置いてから、やがて確認が取れたのか、再び男の声が返ってくる。
「……お待ちしておりました、勇者様。無事のお戻り、何よりでございます。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、お顔の確認が出来る者をお呼びいたしますので、今しばらくお待ちください。規則ですので、どうかご了承を」
その言葉を最後に、扉の向こうから人の気配が遠ざかって行った。
彼らのやり取りに俺は、一人感動の呟きを漏らす。
「おぉ……今のカッコいいぞ、秘密組織みたいで」
「……おにーさん、そういうのは思っても口に出さないでいてくれるかな」
へい、すんません。
「――ネル!」
と、その時、ボロボロの扉が突如壊れてしまうんじゃないかというぐらいの勢いでバタン!と開かれ、中から一人の女性が飛び出して来る。
「あっ――カロッタさん!」
その女性は飛び出して来た勢いのままに勇者を抱き締め、そして勇者もまた彼女の腰に腕を回した。
怜悧な相貌で、スタイルも良く美人だが、しかしどことなく気が強そうな、勝気な印象を受ける女性だ。
勇者の身に着けている装備と同じ意匠の軽鎧を纏っているのを見る限り、この女性もまた教会の関係者なのだろう。横に剣も佩いているし、例の聖騎士というヤツかもしれない。
「心配していたのだぞ、一時期は行方がわからなくなっていたし……それに、王都の警戒が厳重になってしまい、外部との連絡手段がほぼ絶たれてしまっていたからな。よく内部まで入って来られたものだ」
その怜悧な相貌に慈愛を浮かべ、まるで妹を心配する姉のような慈しみの視線で、勇者に言葉を掛ける女騎士。
「ごめんなさい、指令に失敗しちゃって……」
「いいんだ、元々上から強要された、無茶な指令だったからな。ネルが無事なら、それでいい」
指令ってのは……あぁ、ウチに来たヤツか。
普通に温泉入って帰ってったもんな、お前。
「えっと、それでカロッタさん、この人を紹介しておきたいんですけど……」
「……この男は?」
そう、勇者に促されてようやく俺の存在に気が付いたらしく、勇者に回していた腕を解き、先程までの勇者に対するものとは違いジロリと警戒の眼差しをこちらに送る女騎士。
どうでもいいけど、女騎士と言われて条件反射でくっ殺って単語が頭に浮かんでしまう辺り、俺は大分毒されているのだろうか。
「僕の……じゅ、従者、だよ。ちょっと前から縁あって一緒にいるんだ。信用出来るし、すごく腕が立つから、今回のことでも役に立つんじゃないかな、と思って連れて来たんだけど……」
「どうも、従者ワイだ」
女騎士に向かって、片手を上げて挨拶する。
「……本当に信用出来るのか?おかしな仮面を被っているが……」
「う、うん、おかしな仮面は被ってるけど、で、でも、悪い人じゃないから……」
おう、俺の超絶カッコいい仮面に文句があるなら聞こうじゃないか。




