閑話:女子会
話をぶった切るように閑話を追加。
――ユキが、勇者と共に王都へ侵入を果たしていたその頃。
ダンジョンでは、レフィ、リュー、レイラの三人が布団の上で顔を見合わせ、ユキのいない今言いたいことを言う、いわゆる女子会が行われていた。
先程まではイルーナとシィも起きており、初めての女子会に興奮していたのだが、しかしもうおねむの時間となってしまい、シィはスライム形態に戻って愛用のクッションで、イルーナはレフィの膝を枕にして、それぞれ夢の世界へと旅立っていた。
「――そう言えばレフィ様、ずっと疑問に思ってたんすけど……ご主人の近くって、何だか安心しちゃうような、気分が休まるような、そんな空気漂ってないっすか?ご主人の近くにいるとウチ、いっつもヘンに安心しちゃうんすけど……」
「うむ。それは、彼奴の放つ魔力による影響じゃな」
「魔力の影響、ですかー?」
レフィの言葉に、リューより先にレイラが食いつく。
「生物が微弱に体内から発する魔力には、それぞれ個体によって微妙に差異がある。獣人族しかり、魔族しかり、そして龍族しかり、な」
「……確かに、私も他者からオーラ、と言うべきようなものを感じたことはありますー。なるほど、あれは魔力の影響だったんですねー」
「そうじゃ。その中であの男は、本人の少々抜けた性格でも反映されておるのか、リューの感じておるような、安心する……そして、人を惹きつけてしまう魔力を放っておる訳じゃ。それ故、イルーナなんか会ってすぐにユキに懐いておったし、この前来よった勇者なぞも、敵であるはずのユキを相手にして、すぐに警戒を解いてしまっておったしの。まあ、それは彼奴に害意がなかったのも理由かもしれんが。……あれはもう、一種の才能じゃな。スケコマシの才能」
膝上の、彼女を姉と慕う童女の頭を梳くようにして撫でてやりながら、レフィはそう言った。
「ス、スケコマシっすか」
「そう言う以外無かろう。仮に彼奴が女を騙す仕事でもしておったら、百戦錬磨じゃったろうな」
フン、と鼻を鳴らすレフィに、リューは苦笑を浮かべる。
「……それと、レフィ様、もう一つ気になってたことがあるんすけど……」
「何じゃ?」
「最近ずっとお付けになっているその指輪って、もしかして……」
イルーナを撫でていない方の手に付いている指輪を、リューが指差した。
「あー、う、うむ。まあ、その……ユキに貰った指輪じゃ」
少しはにかみながらそう言う彼女に、リューが「きゃーっ」と幼女達を起こさないような声量で黄色い悲鳴をあげ、そしてレイラが「ほー、やりますねぇ、魔王様ー」と溢す。
「と、ということは、もしかしてすでに、プ、プロポーズされちゃってたり!?いつの間にかそんなに進展が!?」
目の前の少女と今ここにはいない青年の仲が非常に良いことは、傍から見ていてもすぐにわかる事実だ。
二人から直接その想いの丈を聞いたことはないが、しかしいつも飽きずにケンカしていたり、二人仲良く遊戯で対戦し、騒いでいる様子を見ていれば、お互いがお互いを憎からず思っていることは間違いない。
指輪を嵌めている指も指だったし、故に彼らが街に行っている間に何かきっかけがあり、知らない内に仲が進展していてもおかしくない、とリューは内心で思っていた。
「い、いや、ただ単純に貰っただけじゃ。そういう訳ではない」
慌てて弁解するレフィの言葉に、リューはわかりやすくテンションを下げる。
「何だ、まだそこまで進展した訳じゃなかったんすね。でもでも、そういうものを貰ったってことは、ゴールまではあと少しなんじゃないっすかぁ?」
「……どうなんじゃろうな」
何だかはっきりしない様子の彼女に、リューは怪訝に思いつつも、さらに疑問をぶつける。
「というか、結局のところ、レフィ様はご主人のこと、どう思ってるんす?お二人の仲が良いことは見ていればわかるっすけど……」
そのどストレートな質問に、レフィは顔を赤くするでもなく、慌てた様子で誤魔化すでもなく、しばし口を閉じ――やがて何がしかの答えを出したのか、徐に口を開いた。
「……そうじゃな、わからない、というのが、正直なところじゃ」
「わからない、ですかー?」
レイラが聞き返す。
「……儂はの、お主ら」
そこで言葉を一度切ってから、銀髪の少女は続きを紡ぐ。
「ずっと、一人で生きておった。長く、長く、の。他者と言えば儂に挑んでくる敵であり、恐れて震える者はいても、友好的に振る舞う輩は、皆無じゃった。……そんな折に現れよったのが、彼奴じゃ。儂を恐怖するでもなく、敵視するでもない、ごく当たり前のように、普通に接してくるあの男が」
レフィの独白に、リューとレイラの二人は黙って耳を傾ける。
「儂にとって、それは初めての経験であった。今でこそお主らやこの童女がおるが、しかし他人と共に過ごす日々なぞ、少し前の儂であれば全く考えられんことじゃ。故に、その……彼奴に対して抱く感情も、想いも、全てが全て初めてのものばかりで、正直どう判断するべきなのか、どうすればよいのか、わからん」
二人から目を逸らし、少々恥ずかしげな表情を浮かべながら、彼女はそう言った。
まるで年頃の少女のようなその様子からは全く想像がつかないが……しかしその記憶には恐らく、世人には決して想像だに出来ないような、膨大な孤独の時間が刻まれているのだろう。
「……レフィ様は、ご主人と一緒にいて、今楽しいっすか?」
「そりゃあの。ここには面白いモンや変なモンもいっぱいある上に、ここの主がまず一番変な奴じゃからな」
おどけるようにそう言ったレフィに、レイラとリューがクスクスと笑いを溢す。
「確かに魔王様は、私もあまり見たことのないタイプの殿方ですねー」
「ご主人、ホントに面白い方っすもんね。……覇龍であるレフィ様も、苦労されてらしたんすね……正直、今すごい親近感湧いたっす」
「儂も、自身がこんな普通の女じゃとは思っておらんかった」
フッと笑みを溢すレフィ。
「レフィ様、ご主人とはどんな出会いだったんすか?」
「フフッ、それもまた面白い話じゃぞ。儂はあの時、初めてちょこれーとを食わされたの」
そうして、主のいないダンジョンの夜は更けていく……。




