魔法のお勉強
「…………」
「あらー?どうしたのですかー?魔王様ー」
玉座の上に足を置き、身体を床に垂らして、ぐでーんとだらしない姿勢をしていたその時、俺の頭上から声が降って来る。
「――あぁ、レイラか。いや、これがよ」
そう言って俺は、読んでいた本を上に見せる。
「あら?それは……魔術回路の本ですかー」
そう、俺が持っていたのは先日街で買った、魔術回路の本であった。
新たな俺の武器、罪焔を作り出すことに成功したので、今度はそれに埋めるための魔術回路を、と気合を入れ、こうして研究している訳だが……気合を入れても、残念ながらわからんものはわからん。
初級中級上級と買った訳だが、その初級ですら、何と言うかこちらに最初から一定の知識があることを前提として書かれている節があり、その前提の知識が著しく欠けている俺にはもう、頭の中がハテナで埋まりつつある。
というか、まず何より魔法理論とか言われても知らねーし。俺の魔法、イメージすれば何でも出来る方式だから理論もクソもねえし。
罪焔を害悪武器――もとい、世界最強の名剣へと仕上げるために、斬った場所から敵が燃え上がるような魔術回路を組み込みたいのだが、まずその前の時点で躓いてしまった。
「よければ、私がお教えいたしますがー」
「えっ――これ、わかるのか?」
ガバッと身を起こす。
「えぇ。私は元々、そういう魔法に関するお仕事を生業にしていましたのでー」
「是非頼む」
彼女の提案に俺は、二つ返事で頷いていた。
* * *
「いいですか、魔王様ー。以前、一度言ったことがあると思いますがー、現在の一般的な魔法は、どのように発動しているのか、ということ、覚えていらっしゃいますでしょうかー?」
「ええっと……詠唱で魔法の骨格を組み上げて、そこに魔力を流し込むことで魔法として完成させる、だったっけ?」
「そうですー。そして魔術回路というものは、その骨格の部分を文字や紋様で表し、何かに刻み付けることで詠唱の代わりを果たし、そこに魔力を流し込んで魔法を発動する、という訳ですー。原初魔法で表すなら、魔法を発動する前段階の想像の部分を、全て図面に起こす、といった感じですかー」
「……なるほど。今の説明はすんごい分かりやすかったんだが、何でその程度のことをこんな複雑に書いてんだ、この本は」
というかもう、最初から全部レイラに聞いた方が早かったんじゃないか?
「まあ、魔法というものは使いようによっては簡単に武器となり得ますから、支配者層にとって誰も彼もが武器を持っている、というのは恐ろしいことなのでしょうー。なので、魔法が大衆に浸透しないよう、一般の者にはわからないようにわざと難解にしている、ということは考えられますー。魔族の場合は全員が魔法を使えるので、あんまり関係ない話ですがー」
――あぁ、なるほど。平民が武力を持たないように魔法の技術を規制している訳か。言わば一種の刀狩りだな。
その割には冒険者などという戦闘を生業にする者達がいるが、魔法の脅威性は『目に見えない』ところにある。要するに、冒険者などであれば武器をその手に持っているため警戒も容易だが、魔法の場合は相手が素手で何も持っていなくとも、人を殺す強い武器を持っていることになる訳だ。
確かにそれは、支配者層からしたら大きな脅威なのだろう。一定の統制を敷くのも理解出来なくはない。
「さて、その魔術回路の図面ですがー、これはいくつかの段階に分けられますー」
そう言って彼女は、俺がイルーナの勉強のために出したホワイトボードに、図面を書き込み始める。
「簡単なものから行きましょうー。例えば『ファイアーボール』の魔法ですと、『火球を生み出す回路』、『火球を制御する回路』、『火球を射出する回路』の三つに分けられますねー。さらに一歩踏み込んだ場合は、『射出した火球を制御する回路』や『射出した火球を変形させる回路』などを加えることも出来ますー」
彼女が言葉を言い終えた時、ホワイトボードには、一つの魔術回路が出来上がっていた。
「ほぉ…‥すごいな」
それぞれの回路が繋がり合って、一つの大きな回路を形成しているのか。
「フフ、これはまだまだ初歩ですよー。……今更ですが、この板本当に便利ですねー。もっと昔にこの板と出会いたかったですー」
――その後、レイラ教師による魔術回路の授業が続く。
前の彼女が書き上げた魔術回路のように、魔術回路はいくつかの回路を組み合わせて一つの回路として機能しているようだ。
ただ、この回路はどうやら、一筆書きが出来るように最初と最後が繋がっていなければ発動しないらしい。
確かに、俺自身が魔法を発動するために体内魔力を練り上げる時も、身体中に魔力を循環させないと発動しないからな。同じような理屈なのだろう。
そして、あまり回路が大きくなり過ぎても上手く魔力を循環させることが出来なくなるため、魔術回路にはコンパクトさと一筆で繋げられる回路の構築を求められるそうだが……。
「……これ、平面である必要はあるのか?」
「はい?」
「いや、これ、別に平面だけで考えなくてもいいんだよな?」
俺が考えたのは、平面に回路を作り上げるのではなく、3Dプログラミングのように、もっと三次元的な構築をすれば、魔術回路が大きくなってもコンパクトな構成にすることが出来るのではないかと思ったのだ。
そう、彼女に説明してから、しかし俺は途中で「いや、でもダメか」と言葉を続ける。
「流石にこれぐらい誰でも思い付くだろうし、ならそれじゃダメな理由があるんだろうな。何でもない、忘れて――レイラ?」
反応の無い彼女に怪訝に思ってそう問い掛けると、レイラは呆然としていたかと思うと突然ハッと我に返り、今度はいつもののほほんとした様子からは想像出来ないぐらい、物凄く興奮した様子で俺の両手を取った。
「ま、ま、ま、魔王様ー!!す、すごいですー!!それ、世紀の大発見ですよー!?」
「えっ、あ、お、おう?」
「な、なるほど、回路は平面に書くものだと完全に思い込んでいましたー!それなら確かに、コンパクトな魔術回路が構築できますー!!すみません魔王様、やることが出来てしまいましたー!!これで失礼させていただきますー!!」
「あ、わ、わかった」
そう言うと彼女は、元気よくトトト、と駆けて行き、与えられている自身の部屋へと入って行った。
「……続き、教えて欲しかったんだが」




