燈火の光
街の復興は、急速に進んで行った。
どうやらこの街は、以前にも幾度か危機を迎えたことがあったようで、その復興の手際にはなかなか手慣れたものがあった。
レフィが燃やして水浸しにした家屋も、魔法を使ってあっという間に瓦礫が撤去され、すでに建て直しに掛かっている。壊した請求とか来なくて助かったわ。
まあ、復興といっても別にゾンビが家を壊したりとかはしていないので、街に対する直接的な被害は火災で燃えた家やそれこそレフィがぶっ壊した家とかぐらいで、加えて街の者達総出で復興に当たったおかげか、翌日の夜には発生した死者は全員丁重に葬られ、そのさらに翌日の夕方――つまり今現在は、「復興祭」などという死者を弔うための宴と銘打ったバカ騒ぎが街全体で行われ、飲めや食えやの大騒ぎとなっている。
――そして、そんな様相の街の中、俺とレフィは今、騒がしい街の中心地、キャンプファイアーをやっている大広場の端っこの方で二人並んで腰かけに座り、買って来た屋台の食い物を食べていた。
ちらりと隣を見ると、イカ焼きのようなものを頬張っているレフィの頬をキャンプファイアーの揺れる炎が淡く照らし、彼女の神秘的なまでの美しさを際立たせている。
……あれだな、何となく浴衣を着せたくなるような光景だな。
「? 何じゃ?」
「いや、何でもない」
「そんなこっちを見詰めても、これは儂のじゃから渡さんぞ」
「それは残念」
彼女の言葉に苦笑を溢し、再び前へと顔を戻す。
中央の方では、大道芸人らしい者達が楽器を奏でてパフォーマンスを行っており、それを見て街の者達が、ワハハ、と笑い声を上げる。
こう、大人数で騒ぐ様子を見ているのは、悪くない。その様子を眺めているだけで、こちらの気分も幾分と高揚してくる。
今回は完全に、観光を邪魔された腹いせに潰しに行っただけだったのだが……まあ、その甲斐があったってもんだな。
ちなみに今回の事態の裏側は、まだわかっていない。現在例の黒尽くめを張り切って尋問中であるらしく、何かわかり次第すぐに教えてくれるらしい。ご愁傷様である。恐らく死ぬより辛い目にあっているだろうから、それで俺達の観光を邪魔したことはチャラにしてやろう。
何だかあっさり俺の言うことを信じてくれたが、俺がやったとかは思わないのか、と領主のおっさんに聞いてみたところ、「貴殿の実力なら、こんなまだるっこしいことをしなくてもこの街を滅ぼせるだろう?」と笑って返された。
何だかおっさん、どんどん剛胆になってきているな。
ただまあ、俺達はその結果を聞く前に一度、ダンジョンに帰ることにした。そろそろ帰らないと、残して来たアイツらが心配するだろうからな。
宿は良いところだったし、街も楽しかったが……まあ、何だかんだ言ってもやはり、我が家が一番なのは間違いない。帰ったら布団にダイブしよう。
情報については、その内勇者がダンジョンまで持って来てくれるらしいので、問題ない。いい加減帰らなくていいのか、と聞いてみたところ、こんな中途半端に放って帰ることは出来ないとのことだ。真面目なヤツ。
「あー……そうだ、レフィ」
「?」
「これ」
アイテムボックスを開いて、一つの物を取り出した俺は、彼女に「ソレ」を手渡した。
「む?これは……指輪、か?」
「あぁ。その……まあ、何だ。お前に良さそうなのがあったからな。買ってみた」
何だか照れ臭くなって、頭をぽりぽり掻きながらそう答える。
この指輪は、騒ぎの前、街を一人で探索していた時に露天商で見つけたものだ。
何だか怪しいばーさんが売っていたのだが、一目見た瞬間に「これ、レフィに合うんじゃないかな」と頭に浮かび、気付いた時には買ってしまっていた。
シンプルなシルバーのリングで、中央に淡い碧色のラインの走っている。そのラインが一か所だけ十字になっているところがあり、その中心には魔力が籠っているらしい、透き通る紅色の、小さく綺麗な宝玉が嵌め込まれている。
この指輪の俺が気に入ったところは、彼女の美しい銀髪に合いそうなデザインもそうだが、一番はその効果だ。
自在の指輪:対象の指の大きさに合わせ、リングの大きさが合うように自動的に変化する。品質A+。
このように、異世界らしく自動調節機能なんて便利なものが付いているため、もし仮にレフィが本来の龍形態に戻ることがあったとしても、壊れないで済むんじゃないかと思ったのだ。
ちょっと渡すのは気恥ずかしかったが……こういうのは早い内に渡しておかないと、だんだんだんだん渡し辛くなって、最終的に放置することになっちまうからな。せっかく買ったのに、それは勿体ない。
レフィは食い物を膝上の皿に置くと、受け取ったそれを両手で掲げてまじまじと見詰め――やがて何故か、くつくつと笑い出した。
「な、何だよ」
「いや……ところでユキ。こういうのはお主が儂の指に嵌めてくれるまでが流れではないのか?」
「えっ?あ、お、おう。そうだな。……そ、それじゃあ、失礼して」
スッと伸ばしてきた、彼女の細く白い指を片手でそっと掴む。その指が左手の薬指だったのは……たまたま、だろう。
俺は内心の動揺を押し隠しながら、もう片方の手で指輪を受け取ると、いつまでも触っていたくなるような滑らかな感触の彼女の指へと通していく。
レフィはそれが完全に自身の指に収まると、もう一度手を掲げてキャンプファイヤーの火の光に翳すようにして眺め、やがて満足したのか俺の方へと向き直り――。
「……嬉しいぞ、ユキ。ありがとな」
燈火に照らされ、柔らかに微笑む彼女のその表情に――不本意ながらも俺の心臓は、いつまでもバクバクとうるさいぐらいに高鳴り続けていた。
この回を書きたくて騒ぎを起こしたと言っても過言ではない。
次回、「あれ?ウチのダンジョン、こんなんだったっけ……?」




