死霊の宴3
俺はアイテムボックスから破塞を抜き放ち、それを握ったままネルのいる上空まですぐに移動すると、ス、と翼を消して一気に急降下する。
「えっ?うわっ――」
「オラァッ!!」
数秒もせずに地上が近付き、翼を消したままであるためロクな減速もしていなかった俺の身体は、そのままものすんげー勢いで地面と激突した。
激しい土埃が舞い、全身を襲う強烈な衝撃。
着地と同時に振るった大剣の衝撃で、ゾンビどもが紙吹雪のように吹っ飛んでいく。
「おっ、おにーさん!?」
「よぉ、元気そうだな」
すっくと立ち上がり、爆心地の中心でニヤッと笑ってそう言うと、勇者はぷくっと頬を膨らませた。
「も、もう!!ビックリしたじゃないか!!」
「そりゃ悪かった、なッ!!」
ブオン、と野球バットのように大剣を振り被り、のうのうと襲って来ていた残りのゾンビどもをかっ飛ばす。うむ、今のはホームランだな。
今の一撃だけではトドメまで至らないが、しかし少しは時間が稼げるだろう。
「ほら、ネル。飲め」
その内に俺はアイテムボックスを開き、その中から上級マナポーションを取り出して勇者へと投げつけた。
分析スキルで見たところ、勇者のステータスはMPがほぼ空になってしまっていたからな。恐らくは、字面的にゾンビにメッチャ効きそうな聖魔法でも使っていたのだろう。
「えっ、あ、ありがと――ってこれ上級マナポーション!?すっごい高級品じゃないか!!」
「あー、そういうリアクションいいから。緊急事態だろ?」
「あ、う、うん、そうだね。わかった、ありがたくいただくよ」
そう言って勇者はグビッと中身を飲み干してから、「うぅ、苦い……」と顔を顰める。
ただ、その効果は確かなもので、徐々にだが確実に勇者のMPが回復を始めている。
「よし、大丈夫そうだな。そんじゃ俺、なんか犯人っぽいの見つけたから潰してくる。後は頑張れ」
「すっごい重要なことをサラッと言ったね!?でも、それなら僕も――」
「お前はここを守るんだろ?」
そう俺は、勇者の背後の教会を指差す。
マップで確認した限りだと、教会の中にいたのは――大勢の子供達と、怪我をして逃げ遅れたらしい者達。
勇者がこの場にいなければ、この者らはとっくにゾンビの腹の中か、ゾンビの仲間入りを果たしていたことだろう。
「ッ、そうだ。僕はここを離れられない。……魔王、お願い。僕は何でもするから――」
「ん?今何でもって言ったな?」
「……えっ」
「その言葉、しっかり聞いたからな?後でちゃんと何でも聞いてもらうからな?」
「あ、え、えっと、その」
「何だ?もしかしてやっぱナシとか言いたいのか?勇者のくせに前言を翻すのか?」
「う、うう……わ、わかったよぉ、な、何でも聞くからぁ。で、でも、あれだからね?あ、あんまり……え、エッチなのは駄目だからね?」
泣き顔になって言う勇者に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。
「ん?何言ってんだ?」
「……へ?」
「俺は単に、街が落ち着いたら、また観光案内してもらおうと思っただけだぜ?いったい何を想像したんだ?」
担がれたことにようやく気付いた勇者は、途端に顔を真っ赤にし、こちらに向かって聖剣を振り回す。
「ううううう、バカ!!バカまおーっ!!」
勇者の剣閃をヒョイヒョイと躱してから俺は、空中へと飛び上がる。
「ワハハハハ!!あ、そうだ、レフィにはここに来るように言っておくから、困ったらアイツに頼っとけ。言っておくが、レフィはお前が思っているより相当強いからなー!」
「知らないバカぁ!!さっさと行っちゃえ!!」
* * *
俺はレフィのいた上空まで戻り、「レフィー!!そこから西に行ったところで、ネルが泣き顔浮かべて困ってるから、ちょっと助けてやってくれー!!俺、犯人潰して来るからー!!」と大声で叫び、グ、と彼女がサムズアップしたのを見てから、背中の二対の翼を羽ばたかせる。
同時、グオン、と一気に飛行速度が加速し、全身を風圧が襲う。
どんどんと流れていく風景。
街中を超え、外壁を超え――やがて、俺の視界がヤツらの姿を捉えた。
三、四……六人か。
思っていたよりは少ないが……まあ、何人だろうが潰すだけだ。
「フッ――」
隠密を発動しながら地面スレスレを飛行していた俺は、そのまま急襲を仕掛ける。
飛行の速度ままに、握っていた破塞を振り被って――一閃。
武器に伝う、手応え。
一拍遅れて、まるでシャワーのように舞い散る、大量の血飛沫。
六人中五人は最後まで俺の存在に気付かず、下半身と上半身を泣き別れさせるが、しかし残り一人が攻撃の直前に気が付いたようで、大きく距離を取って斬撃を回避する。
「ッ、貴様ッ、魔族か!!」
その拍子にクソどもの姿を消していた魔法が解除されたらしく、「自分、怪しいヤツっす!!」と自ら主張しているような、見るからに怪しい黒尽くめの男の姿が、ボワリと闇から滲み出るようにして現れる。
「よく避けたな!!褒めてやる!!じゃあ、死ね!!」
回避した男へと俺はそのままの勢いで追い縋り、二撃目を叩き込む。
「チィッ……!!」
男は力で敵わないと見るや、すぐさま攻撃を受け流す方向に戦闘をシフトし、俺の大剣を腰から瞬時に抜き放った短剣で受け流す。
黒尽くめの肩口を斬り裂くことには成功するが、しかし致命傷には至らなかったようだ。そのまま黒尽くめはさらに距離を取り、俺と正面から相対した。
「何故、魔族が我々の邪魔をする!!」
「ハンッ!!テメェの胸にでも聞くんだな!!」
そう言い放つと共に破塞を構え、俺は一気に距離を詰めようとするが――しかし、一歩黒尽くめの方が速く動き出した。
「――出でよ、冥府の亡者ども!!」
そう、黒尽くめが叫ぶと同時、地面に出現する、青白い光を放つ魔法陣。
魔法陣の光は一瞬強まったかと思うと、すぐに収まっていき――やがて魔法陣が消えた頃、そこにいたのは、一目ですでに死んでいることがわかる魔物のゾンビ達だった。
その種類は多種多様で、狼のゾンビだったりクマのゾンビだったり、中には恐竜みたいなゾンビもいる。
一様にしてその眼からは生の輝きが消えており、身体も節々が腐っているが、しかしその動きは街のゾンビとは違いかなりスムーズで、それなりの強さがあるだろうことが窺える。
「ソイツらは街を襲っているアンデッドより二回りも三回りも強力だ!!姿を見られた以上、お前に生きる道はない!!ここで死んで行け、魔族ッ!!」
「……レフィがロクなヤツらじゃないって言っていた理由がよくわかるな」
――テメェら、こんなクソに言いように使われて、災難だったな。
安心しろ、俺が、一匹残らずあの世に送り返してやる。
「――気張れよ!!ゾンビどもッ!!」
俺は、自ら突撃を敢行し、敵のゾンビの群れの中へと突っ込んでいった。
――まず、一匹。
噛み付きの攻撃を仕掛けて来た狼ゾンビを蹴り飛ばし、宙に晒されたその身体を破塞で斬り裂く。
同時、反対側からの熊ゾンビの鋭い爪の攻撃を半歩身をずらして回避し、お返しにその首を刎ね飛ばす。
俺の足を取ろうとした、もはや何だかわからない魔物のゾンビを踏み潰し、トリケラトプスみたいなゾンビの突進を飛んで避けてから、その首筋に大剣をぶっ刺す。
流れるように。
叩き斬り、捻じ伏せ、蹴り飛ばし、二つに裂く。
捩じ切り、殴り飛ばし、叩き付け、細切れにする。
街に溢れているヤツらよりは強いといえど、所詮はゾンビ。そこに生前の精彩さはなく、どことなく動きがぎこちない。
そんな相手に苦戦する程、この魔王の身体はヤワじゃない。
――テメェらがまだ生きていたら、苦戦したかもな。
「チッ……化け物が」
「させるか!!」
さらにゾンビを追加しようとする黒尽くめの元へと駆けだした俺だったが、その時黒尽くめがニヤ、と片頬を吊り上げる。
「バカめ!!突撃しか能の無い――何ッ!?」
「見え見えなんだよ、三下ァッ!!」
俺が魔物ゾンビに気を取られている間に仕掛けておいたのだろう。地面にいつの間にか仕掛けられていた設置型の魔法を、通り掛かりに練り上げた魔力をぶつけることで破壊する。
これは、『ディスペル・マジック』という魔法破壊用魔法だ。
仕組みとしては単純なもので、相手の魔法を構成する魔力へと自身の魔力を大量にばら撒いて干渉し、その構成を歪な形にすることで、魔法の成立自体を阻止するといったもの。
その仕様上、ディスペル・マジックを使うと一度に大量の魔力を使用することになるが……その一度だけで、十分だ。
何かの魔法が仕掛けられていたことも、魔力眼によって文字通り見え見えである。俺を相手に、魔法で不意を突けるとは思わないでいただきたい。
「このッ――」
「遅ぇッ!!」
魔法が失敗したことを悟るや否や黒尽くめはすぐに回避しようとするが、しかし、一瞬の驚愕で初動が遅れ――先に俺の大剣が、黒尽くめの身体を貫いた。
クイックブ〇ーダーニキかな(ボソリ)。




