死霊の宴2
「隊列を崩すな!!一匹たりともこの中にアンデッドどもを入れてはならん!!」
『オウ!!』
そう、ガムディアが部下へと咆え、部下達も負けじと声を張り上げる。
衛兵達は、領主館の門前で、いわゆる『ファランクス』と呼ばれる陣形を取り、彼らの構えた大盾でアンデッドの侵入を阻んでいた。
そこを、街の魔導士や冒険者達が協力してアンデッドを行動不能へと追いやり、逃げて来た市民の保護を行っている。
冒険者などは普段粗野で、衛兵のお世話になる者も多いのだが、しかし同じ街を愛する者同士。このような機会に力を振るわなければ意味がないと、張り切って亡者の退治に勤しんでいた。
その彼ら全体の指揮を行っているのは、ガムディア=ロストン。
彼は衛兵隊長にまだ就任したばかりで、実力主義が顕著にまかり通っているこの街において、最初はその実力を疑われ味方の衛兵達とも衝突することが多かったのだが、しかしその実直な性格と、指揮の正確さ、そして本人の確かな強さから、やがて衛兵のみならず街の者達からも一目置かれる存在となっていた。
「フッ――」
そして、その衛兵や冒険者達に混ざり剣を振るう街の領主――レイロー=ルルービア。
彼の部下が「危険ですからお逃げください!!」と必死に止めようとしてくるのを無視して、彼は街の避難所となっている領主館の最前線で戦っていた。
「ガムディア殿!様子はどうなっている」
「アンデッドどもの攻勢はだんだん弱まっておりますな。この付近の制圧は間近でしょう」
「了解した。ならば、あらかた住人の避難が完了したら、鎮圧に出るぞ。中央部の方が大分逼迫しているらしい。私も共に行く」
「……よろしいので?」
「私も元は、戦場に身を置いていた者。この老骨でもまだ、民のために剣を振るうことが出来る。それに……血が滾ってな」
レイローがそう言うと、ガムディアはニヤリと笑みを浮かべてから小さく頭を下げ、すぐに衛兵達の指揮へと戻って行った。
レイローもまた、住人の避難を手伝いながら、今回の事態についての思考を続ける。
アンデッドは生者に惹かれ、羨み、襲い来るものだが……しかし同時に、人の営みがあるような場所は生の光が強過ぎて、アンデッドが沸くことはないと言われている。
にもかかわらず、こんな数のアンデッドが発生したとなれば、それは十中八九何者かの陰謀によるものだ。
――これは恐らく、王国の者の仕業だ。
そう、レイローは結論付ける。
勇者の少女には言わなかったが、この街は元々かなり敵が多い。
まずレイロー自身が戦場上がりであるため、成り上がり者として昔からの貴族であった者からは爪弾きにされることが多い。
そしてここが辺境の街という地理上、魔物の生息域と面した部分が多く、それ故に自然と冒険者と兵の質が高くなり、今までも有事の際に大きな戦果を挙げてきたため、その功績に嫉妬している者が多いのだ。
加えて、前回の遠征の反対。賛成派の、遠征に派遣した兵の一切合切を失った貴族連中からしてみれば、レイローが妬ましいことこの上無いだろう。
それらの理由を鑑みれば、この街に手を出す理由など、腐る程にあるのだ。
魔王もこの街にいるが……しかし恐らく、あの男はこんな遠回りなことはしない。奴がこの街を潰したければ、その圧倒的な力を用いてただ暴れればいいのだ。
それに――異変は、魔王がこの街に来る前から起こっていた。
証拠はないが、ここのところ発生していたおかしな事件と今日のこの事態は、恐らく何らかの関連性がある。
――いいだろう。
私も貴族の端くれ。喧嘩を売ってくるのであれば、受けて立つ。
決意を固めたレイローは、スウ、と息を吸い込み――。
「――聞けぇ!!お前達!!」
――そう、腹の底から誰の耳にも届くようにと、言葉を吐き出す。
「この街は、昔から幾度も危機に見舞われて来た!!時には魔物の軍勢、時には出没した大盗賊団、そして時には他国の軍隊――だが、我々の街は、滅びなかった!!」
レイローの言葉に、逃げて来た者達も、戦闘を行っている最中の者達も、武器を振りながら耳を傾ける。
「そして今回また、この程度では我々の街、アルフィーロは滅びない!!武器を構えよ!!声を張り上げよ!!亡者どもから街を取り返すぞ!!」
『ウオオオォォ――!!』
頼もしい、まるで大地が轟いているかのような咆哮に、レイローの頬は知らず知らずの内に吊り上がっていた。
* * *
「うわあ……ひでぇな、こりゃ」
街は、完全に混乱の様相を為していた。
俺とレフィが遭遇したゾンビ野郎。あれが街の至る所に出現しているようで、人間どもを襲っている。火の手もあちこちで上がっており、陽が完全に沈んだ今も、空が明るく染まっている。
まさに、ゾンビパニックものだ。
俺、ゾンビ映画は結構好きだったんだが、あれはフィクションだからこそ面白いのであって、現実でそうなったらただただ気持ち悪いことこの上無いな。臓物垂れ流しながら普通に歩いている姿とか、キモすぎる。やめていただきたい。
ただ、人間どももやられるばかりではなく、冒険者達だろうか、武器を持って反撃している者達が上から見る限りでも結構な数いる。
ちゃんと対処法も確立されているようで、ゾンビの手足をぶった切って動けなくしたところに、無理やり身体を抑えて口の中に何か液体っぽいものを流し込んでいる。
特別な液体らしく、それを流し込まれたゾンビどもはビクビクと身体を痙攣させてから、やがて身体の活動を停止させている。
なかなか手慣れた動きだ。やはり冒険者というものは、こういう荒事には滅法強いのだろう。
この様子であれば、事態が収まるのも時間の問題だろうが……狙いが読めんな。
レフィ曰く、コイツらは死霊使いによって操られた亡者であるそうだから、これは人為的な災害ということだ。
つまり、この街へ攻撃を仕掛けているヤツがいる訳だが――それにしては、攻撃が中途半端である。
これは、攪乱工作だ。
敵を混乱させ、指揮系統がマヒしている内に直接攻撃へと乗り出し、制圧する。
俺、リアルタイムストラテジー系のゲームが好きでよく遊んでいたのだが、その時にゲーム内で執ることの出来る戦略の一つとほぼ同じなので、すぐにわかった。
普通ならこの後、部隊を突入させるなりなんなりして制圧するのだろうが……しかし空から見ている様子だと、街を襲っているのはゾンビだけで、それ以外の者達が暗躍している様子はない。
敵はこの街を混乱させたい。だが街を攻略するつもりはない。
ということは、考えられる敵の意図としては……時間稼ぎがしたいってところか?
こんな大規模な時間稼ぎを行って、いったい何をしたいのか。
……何だかはっきりしねーな。騒ぎを起こしているクソ野郎をとっ捕まえれば話は早いが、索敵やマップを駆使しても見当たらないし――。
――いや、待て、視野が狭まり過ぎだ。
策を弄せば、その結果がどうなるか気になるのが人情ってものだ。ならば、敵はこの街の付近に必ずいるはず。
……何となく街中に敵がいるもんだと思い込んでいたが、よくよく考えてみれば、敵はゾンビどもを直接操っている訳ではない。
そして、攻めて来るつもりもないのであれば、騒ぎの起こっている街中に潜む必要もない。どこか見渡しのいいところから、策が上手くいっているかどうか街の様子をのんびり眺めていればいいのだ。
そう考えた俺は、魔王の超視力で街の外へと視線を巡らし――。
――いた。
街の外の、丘のようになっている場所。
一見すると何もないただの丘だが、しかし魔力眼のある俺には、その場に魔力の流れが人型に渦巻いていることが知覚出来る。恐らく、『隠密』のようなスキルか魔法で姿を隠しているのだろう。
――俺に、この街を手助けする義理はない。
義理はないが……なんか、ムカつく。
何よりアイツら、せっかくの観光を台無しにしてくれやがった。レフィとの楽しい時間を、潰しやがった。
ならばその報い、存分に受けさせねばなるまい。
魔王は自分勝手なのだ。恨むなら、俺が街にいる時にこんな事態を起こした自分自身を恨め。
――と、すぐにでもそのクソどもをぶっ潰しに行こうとした俺だったが、しかしふと眼下の街で、見知った姿が視界に入る。
「……ネル?」
それは、勇者の姿だった。
「あーあー、何やってんだ、アイツ」
見ると、無数のゾンビどもに群がられ、一人でヤツらを相手に切った張ったの大立ち回りをしている。
アイツだったら、あんぐらいの包囲、簡単に振り切って逃げ切れるだろうに。
……いや、違うな。
背後の……教会か?どうやら、そこにゾンビどもが入らないようにと、後ろを守るようにして戦っている。
マップを開いて確認すると……あぁ、なるほどな。
……まあいい。敵の姿は確認した。とりあえずクソどもの対処は後だ。
アイツに死なれるのはちょっと嫌だし、まずは、勇者に恩を大安売りすることから始めよう。




