死霊の宴1
「フゥ…‥何だったんだ、コイツは」
襲われていたらしいおねーさんが、ペコペコとこちらに頭を下げ、そのまま逃げるように帰って行くのを見送ってから俺は、ゾンビ野郎へと視線を下ろす。
「……儂も術者は感じんかったな。死霊術なぞを使う輩にロクな者はおらんから、何か陰惨な魔法でも使って、遠隔操作でもしておったのかもな。それか、完全に術者から制御が離れておったか」
「おう、いつになく辛辣だな」
「死者を弄び、それを戦闘の道具にするという発想がまず気持ち悪い。生理的に嫌悪を感じる。お主はそう思わんのか?」
「いや、全面的に同意だ」
そう彼女に相槌を打ち、とりあえずこの男の死体をどうにかするため近くの衛兵でも呼びに行こうとした――その時だった。
――突如、カン、カン、カン、と街中に響き渡る、鐘の音。
その音が鳴らされると同時、今まで遠巻きにこちらの様子を窺っていた通行人達が、急に慌ただしく動き始める。
緊迫した空気が、辺りを漂う。
「んあ?……なあ!何だよ、今の鐘は?」
「アンタ達、よそ者か!?今のは避難勧告だ!!何が起きたかはわからねえが、あの鐘が鳴らされるのは以前街に龍が襲って来た時と同じように、相当ヤバイ時だ!!アンタ達も、早く逃げろ!!」
たまたま近くにいた男に問い掛けると、男は一瞬だけ立ち止まり焦った様子でそう答えるや否や、すぐに逃げて行った。
「……次から次へと、何なんだよ、クソッタレ」
誰だ、いったい。俺達の観光を邪魔しているクソ野郎は。
ふざけやがって。何で俺達が来た時にそんな事態を起こしやがるんだ。見つけたら絶対に大剣の錆にしてやる。
「……人間の街も、なかなかに騒がしいところじゃな」
「全くだ。……レフィ、空から様子を見て来る。すぐに戻るから、ちょっとここで待っててくれ」
頷く彼女に見送られ、俺は路地の裏手へと入り人が周囲にいないことを確認すると、『隠密』を発動してから背中に翼を出現させ、紅色の空へと飛びあがった――。
* * *
「ハァッ!!」
ネルは聖剣を鞘から引き抜くと、その動作のままに、一閃。
母娘を襲おうとした男の首を斬り飛ばし、その身体へと蹴りを加えて地面に引き倒す。
首を失った男は、しかしどういう訳かその動きを止めることはなく、なおものそりと立ち上がろうとするが、ネルが上から剣を刺して押さえつける。
「早く逃げて!!」
「は、はい!!ありがとうございます!!」
幼い娘を胸に抱いた母親がすぐに逃げて行くのを確認してからネルは、剣の刀身を掴んで立ち上がろうとする首無しの男へと、即座に詠唱を唱え始めた。
「理から外れし者よ!!彼の地へと帰られよ!!『ターンアンデッド』!!」
詠唱が終わり、魔法が発動すると同時、首無しの男が強烈な光に包まれる。
「アガ、ア、ぐァ……」
その光が収まった後、男が完全に動かなくなったことを確認してから彼女は、次なる敵へと向かって走って行った。
――事態は、唐突に起こった。
ネルが魔王達と別れ、寝泊りしている教会へと向かう道すがら、暴漢が道で暴れている所に遭遇し、彼女はすぐにそれを鎮圧した。
襲われていた人達に感謝の言葉をもらいながら、暴漢を引き渡すため衛兵の到着を待っていた彼女だったが――そこで、想定外の出来事が発生した。
水月を完全に捉え、大の男ですら一発で悶絶し、行動不能になるような強烈な一撃を加えたはずだったその暴漢が――何事も無かったかのように、立ち上がったのだ。
そのまま再び襲って来た暴漢に、咄嗟のことで驚いたネルは、思わず聖剣を抜き放ち、気付いた時には男に斬撃を放ってしまっていた。
「マズい!!」と一瞬、冷や汗を掻いた彼女だったが――次の瞬間には、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
その身を斬られ、内臓を垂れ流しにしながらもなお――何事も無いかのように、動いたのだ。男が。
今ならわかるが、すでにその暴漢は、とっくに死んでいたのだ。
死んでいたから、腹から臓物を垂らしていようが、首から上を斬り飛ばそうが、関係なく動くことが出来る。
――彼らの正体は、『アンデッド』。
生者を羨み、妬み、生の光へと群がる、亡者。
決してもう戻れないのに、生きる者を襲い、その肉を食べることで、必死に生の光に縋ろうとする、憐れな者達。
その後も、似たような事態が街の至る所で発生したらしく――今では、この有り様だ。
いつの間にか街は――亡者で、溢れかえっていたのだ。
アンデッドは、厄介な存在だ。
その攻撃力は乏しく、動きも非常に緩慢だが……しかし彼らは魔物とは違い、元が人間であったりすることが多い。
そのため、仲間がアンデッドと化して襲って来ているのにもかかわらず、そこに面影を見出してしまって、攻撃することが出来ずにやられてしまうということが多々あるのだ。
アンデッドは、生に強い未練や執着があると、その思いの残滓に魔素が反応し、アンデッドとして蘇る、と言われているものの、いまだ詳しいことはわかっていない。
ただ、戦場跡や魔素が濃い地域だとその発生数が増大するそうだが――この街は、そのどちらも当てはまらない。
――何か、人為的なものが見える。
次のアンデッドを倒してからネルは、そう考える。
第一、こんなにアンデッドが発生すること自体がまずおかしい。見た限りだとアンデッドに襲われ、そして助けることが間に合わず亡くなってしまった者もまた、アンデッドと化してしまっている。
奴らは、そんなポンポン生まれていいものではない。そんな発生数が多いのであれば、墓地などは確実に地獄絵図だ。
つまりこれは、自然発生のアンデッドではなく、何か人為的な操作による発生である可能性が高い。
確証は持てないが……しかし、おかしなことが起こっているのは確かだ。
「…………」
こんな時、あの二人が近くにいてくれたら、と思わず頭に過ぎる。
脳裏に浮かぶは、にやりと笑みを浮かべる青年と、その彼を呆れた様子で、しかし微笑ましげに見詰める少女の姿。
きっとあの二人なら、彼女の不安な気持ちを笑い飛ばし、そしてあれよあれよという間に事態を解決してしまうのだ。
――ううん、頼ってばかりじゃ、ダメ。
まずは、自分で考え、そして自分で動かなきゃ。
今、最優先ですることは、一人でも多く、皆を救うこと……!!
聖剣を振り、聖魔法を惜しみなく放ちながら彼女は、決死の表情を浮かべ、悲鳴と怒号の鳴り響く街の中心部へと向かって行った――。
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一つだけ捕捉しておくと、ユキはレフィによって敵が死霊使いだとわかりましたが、ネルはただのアンデッドが街に溢れかえっていると思っています。




