夕刻の街
夕刻。
太陽が地平線の彼方へと消えていき、反対側の地平線に月が顔を覗かせている。
夕闇から夜へと変わっていく、束の間の時間帯。
通りの人影も幾分か少なくなり、ゆったりと流れてゆく人混みに、背景に溶け込む喧騒のBGM。
昼間の騒がしい様相と打って変わった、一種幻想的な風景を織り成す街の中を、またその風景の一部と化して、西日に照らされ伸びる影が、二つ。
穏やかな、心地の良い雰囲気の中を俺は、レフィと共に昨日の宿へと戻るための帰路についていた。
勇者とはすでに別れ、また明日お昼前に領主館の前で落ち合うこととなっている。
何だかんだ言ってアイツ、結構俺達といるの楽しんでいるんじゃなかろうか。「また明日」って自分から言ってたし。
もしかしたら勇者としての日々の訓練で、あまりこうして息抜きする機会は無かったのかもしれない。今度ウチのダンジョンに遊びに来たら、それなりにもてなしてやるとしよう。
「――でも、あれじゃな。ダンジョンの彼奴らがこの場に居らんのが、少しばかり残念じゃな」
「まあなー、アイツらいたら、もっとどんちゃん騒げて楽しかったろうな」
きっと、イルーナがはしゃぎながら路地を駆けて行って、リューがそれを慌てふためいて追い掛けていき、その後ろをレイラがニコニコしながら見守っているのだ。
リルとシィは……うん、街が騒ぎになる未来しか思い浮かばないな。レイス娘達も。
そう言考えてから俺は、フ、と笑う。
「? 何じゃ」
「いや、お前がそう言うとは思ってなくてさ。ちょっと意外だったから」
「……確かに、の。儂が、他者がいないことを残念に思う日が来るとは……」
そう、何だか自分でも不思議そうな表情を浮かべるレフィ。
そんな彼女に、俺は肩を竦め、言葉を返す。
「ま、俺はこうして二人でのんびり歩くのも好きだぞ。お前と二人だけ、ってのも久しぶりだしな」
「そ、そうか。……ま、まあ、あれじゃな。こう、なかなかに面白い感覚じゃ。お主と出会ってからまだ半年も経っておらんのに、数十年分ぐらいの密度を感じるわ」
「お前、今もダンジョンじゃ結構ぐーたらしてるくせに、よく言うぜ」
「儂が以前の寝床にいた時は、普通に日がな寝て過ごすってこともザラにあったからの」
「……今の生活でマシな方ってどういうことよ」
「うむ、今の儂は結構頑張っていて、いっぱいいっぱいじゃから、家事を手伝わないのは仕方のないことなのじゃ」
「いや、どんな理論だそれは」
そう、彼女に向かって苦笑を溢す。
――と、そんな心地良い雰囲気で二人歩いていた、その時だった。
絹を裂くような、女の悲鳴。
発生源は――近い。
ス、とそちらへ視線を向けると、路地裏の方から、水商売をやっていそうな恰好の女が転がり出るようにして通りに現れ――さらにその後ろから、女を追うようにして目が完全にイッちゃってる男が現れる。
その男の手に握られているのは――血濡れの、ナイフ。
「あ、アあぁあ、アアあァ、ぁアああ」
……チッ。
ったく……良い気分だったってのに。
「水を、差すなってんだ、よ!!」
俺は下に落ちていた石ころを拾い上げると、ブオン、という風切り音を鳴らしながら、それを男の頭部へと投げつける。
見事、俺の投げた石ころは相手の額に吸い込まれていき、バゴンと鈍い音と共に血飛沫が飛ぶが――。
「げぇっ、何だ、アイツ?」
男は不意の攻撃に体勢を崩し、そのまま派手に背後に倒れるも、何だかキョンシー染みた気持ち悪い動きでのそりと立ち上がる。
ぶっちゃけ、死んでもおかしくないような勢いでドタマに石ころがぶつかったはずなのに……気絶するどころか、普通に立ちやがった。
「……ふむ。ユキ、魔力眼で彼奴を見てみろ」
「へっ?お、おう」
レフィに言われた通り、魔力眼を発動して頭のトチ狂った男の方を見ると……何だ?こいつ。全身が魔力で縛り付けられてやがる……?
「見えたか?――恐らくあの男、もうとっくに死んでおるぞ」
「えっ……マジ?」
「うむ。昔、死霊使いの者と戦ったことがあるが、其奴の使っておった死霊が、あんな感じに魔力でガチガチに縛られておった」
「……なるほど」
つまり、あれか。
アイツ、ゾンビか。
何とかウィルスで動いている訳ではなく、俺が例の呪いの魔剣にしたように、身体を魔力で縛り、支配下におくことで操る――つまりマリオネットみたいな感じか?
ならば、操っている者がいるのだろうが……しかし、索敵に敵性反応はない。
……まあいい、とりあえず今は、コイツをどうにかしよう。
何とかウィルスが原因なら、脳天吹っ飛ばすなり首の骨を折るなりすれば倒せるだろうが、しかしコイツは魔力で動いている。恐らく首から上が無くなっても動くだろう。
「レフィ、以前はどうやってソイツら倒したんだ?」
「術者ごと燃やした」
「お、おう」
汚物は消毒ですね、わかります。
……あれだな、魔力で動いてるってんなら、その魔力、俺がさらに上書きするか。
攻撃されたことで標的を変更したのか、グルンと気持ちの悪い動きでこちらに顔を向けてから、それこそゾンビのような動きで襲い来る男を、俺は脚を掛けてすっ転ばし、地面に転んだソイツの頭蓋をガシッと掴む。
瞬時に俺は魔力を練り上げると、それを男の頭蓋へと無理やり流し込んで行く。
すると、その男を支配していた魔力から大きな反発を感じるが――その程度じゃ、止められないぞ。
「ウ、アぁ、ア……」
魔力を流している間、男はビグビグと身体を痙攣させ――やがて俺が完全に掌握すると、まるで糸の切れた操り人形のように、ピクリとも動かなくなった。




