初戦闘
翌日。
俺は、玉座の間手前の洞窟にいた。
「よし、やるか」
メニューを表示させ、その中の『ダンジョン』の項目を開く。
ここに来たのは、確認を後回しにしていた『ダンジョン』の機能を使ってみるためだ。ダンジョン管理するため魔王にされたはずだったのに、まだ一回も使ってなかったからな。
居候となったレフィは、まだ玉座の間で寝ている。自分の分の布団も出せ!とうるさいので出してやったら思いの外気に入ったらしく、さっきも、どうやったらそんなことになるんだとツッコみたくなるような格好で爆睡していた。
まず使用するのは、ダンジョン領域の拡張。
範囲の設定を求められたので、この洞窟を選択すると――。
「……おぉ、すげえ」
なるほど、これがダンジョンの魔力ってもんか。
眼に見える変化は何もないのだが……空気が変わった、と言えばいいのだろうか。さっきまではただひんやりした夏場に快適そうな空間に、どことなく居心地の良い空気が漂っている感じだ。
急激に変化すると、流石にわかるもんだな。
メニューでマップを確認してみると、ちゃんとここもダンジョン領域となっている。いいね、これからどんどん拡張していこう。
ダンジョンの階層を増やすのは……ちょっとDPが足りんな。また今度にしよう。
ちなみにDPに関してだが、朝見るとすんごいことになっていた。
恐らくレフィが、俺の配下ではなく侵入者扱いとなっているからだろう。昨日最後に見た時点だと500DPを切っていたのに、今じゃすでに2000DPを超えている。ガッポガッポだ。住むと言い出した時にはどうなることかと思ったが、これなら悪くない、いやそれどころか相当良い。その分アイツの相手をする必要があるが、この様子なら笑顔で相手してやるとしよう。
「とりあえず何か召喚してみるか」
ぶっちゃけ、あの覇龍様がいればもう他は何にもいらない気もするが、せっかくなので『ダンジョン』の項目の中にあるモンスターカタログを開き、目を通していく。
最初だし、まずは一番DPの掛からないヤツを召喚してみるか。
そう考えた俺は、数多のモンスター名が掛かれたカタログの、一番下にある名前をタップする。
すると突如、目の前に光の粒子みたいなものが集まり始め、一つの形を成していき――やがて光が晴れたその先にいたのは、真ん丸ボディに透き通る青の身体。大きさは小さく、小型犬より一回り小さいぐらいのサイズ。
――スライムだった。
「おぉ……予想以上に可愛いぞコイツ」
ツンツンと突いてみるとそれに合わせてぷるんと身体を揺らし、そして俺が召喚者だと理解しているらしく、指にじゃれついてくる。なかなか愛らしい。まるで家で飼っていたペットの犬みたいな感じだ。
「よし、お前の名前は今日からシィだ!」
名:シィ
クラス:無し
種族:スライム
レベル:1
HP:11/11
MP:2/2
筋力:15
耐久:37
敏捷:26
魔力:11
器用:52
幸運:110
スキルポイント:0
スキル:捕食lv1、再生lv1
称号:魔王の眷属
うむ、弱い。流石と言うべき最弱だ。
だがいい。可愛いから許す。コイツはウチのペット枠としよう。
脳内ウィキによると、どうやらコイツら、ダンジョンのモンスターというのは、ダンジョンの魔力を主食としているためエサがいらないらしい。
最高じゃないか、世話をしないでいいペットだなんて。いや、まあ、本来はモンスターをどんどん召喚していった時に、いちいちエサを用意しなきゃならないような状況を防ぐためなんだろうが。
……………あ?ちょ、ちょっと待て、今気づいたけどコイツ、よく見ると俺よりも幸運値が高いんだが……。
……ま、まあ、あれだ。逆に考えるんだ。俺の運が低いんじゃない。他が高いから相対的に低く見えるだけなんだと。スライムより低いんじゃない、スライムが高いだけなんだと。
うん……。
と、自身の圧倒的な運の無さにちょっと落ち込んでいると、突然こちらへと地面を這って近付き、スリスリと俺の足に身体を擦り付けて来るシィ。
「お前……もしかして慰めてくれているのか?」
ポヨンポヨンと跳ねて、肯定の意を示すシィ。
な、なんて可愛いヤツなんだ。かつてこれほどまでに愛らしいペットがいただろうか。
……うん、そうだな。俺が間違ってた。運の値なんて関係ないよな。だって、こうしてシィと出会うことが出来たんだから。
そうだ。俺は不幸なんかじゃない。不幸とは本人がそう思ってしまった時にそうなるんだ。
それに、いつも不幸であれば、何か良いことがあった時、相対的にその喜びが増すことになる。そう考えてみれば、むしろ俺は他より幸運なんだ(?)。
ありがとう、シィ。俺は一つ、宇宙の真理を解き明かしてしまったよ。
よし!今日はもう検証なんてやめだ!せっかくシィが来てくれたんだ、だったら今日は親睦を深めるべきだよな!
* * *
そうしてしばらく、新たな仲間、シィと戯れていたその時、突如マップが勝手に開き、敵性反応を示す。
「グルルルゥ……」
と同時に耳に届く、洞窟の出入り口の方から聞こえる、獣のような唸り声。
すぐさま顔を上げた俺の視界に映ったのは――一つの身体に、狼を悪魔チックに崩したような首を三つ持ち、そしてその三つの首全てがこちらを威嚇し、顔を凶暴そうに歪めている、『魔物』。
身体は大きく、大型犬をさらに一回り大きくしたぐらいのサイズだ。
名:無し
種族:三ツ首犬
クラス:無し
レベル:32
分析が、敵の情報を読み取る。
これが……魔物か。
コイツも、俺よりレベルが高いためかステータスが読み取れない。
初の侵入者に、緊張が身を包む。
と、その時、流石はモンスターと言うべきか、シィがちょっと怯えながらも、敵を威嚇するように俺の前に出る。顔なんてないのだが、何となく三ツ首犬を睨んでいるような様子だ。
どことなく、ポ〇モンバトルっぽい構図である。
「おぉ!頼もしいぞシィ!!」
モンスターらしい勇ましさを見せるシィに思わずそんな声を漏らすと、任せて!といった感じで、プルンと揺れるシィ。
……そうだよな、相手が格上だろうが関係ねぇ。俺達の道を阻むものは、排除するのみだ!
いいじゃねぇか、下剋上から始まる物語。
それに俺、ポ〇モンはあまり育てないで、圧倒的格上を頭脳と技で倒すのが好きだったんだ。
お前の生き様、俺に見せてくれ!!
「よし、ゆけ!シィ!電光石火だ!」
稲妻の如し、とは流石にいかなかったが、シィは俺の指示に従い、果敢に敵に向かっていき、ポヨンと跳ね――。
――が、三ツ首犬が鬱陶しそうにペシッと払った前足に弾かれる。
吹っ飛ばされたシィは、そのまま洞窟の壁にぺしゃりと叩き付けられ――そして動かなくなった。
「ッ!?うわああああぁぁッ、テメェウチの子に何してくれとんじゃああああぁぁァァッッ!!」
普通に考えて、俺が一番弱いモンスターをと召喚したため、圧倒的格上である三ツ首犬に敵う訳がないのだが……完全に頭に血が昇っていた俺は半ば逆ギレの様相でそう怒鳴り、警戒も何もかもかなぐり捨て、ただ怒りの赴くまま勢いよく突っ込み、ヤクザキックのような前蹴りを敵の胴体に叩き込む。
クソ犬ッころは俺の攻撃を避けるつもりもないのか、全く反応を示さず―――そのまま胴体を爆発四散させ、肉片となった。
「…………は?」
飛び散った血や臓物が、辺りを赤く染め上げる。
それを全身に浴びながら、さらに追撃をぶち込むつもりだった俺は、予想外の結果に思わず怒りが薄れ、一瞬冷静になる。
……え、終わり?マジ?
なかなかグロい肉の塊となったクソ犬は完全に死んでいるらしく、ピクリとも動かない。
生き物を殺したことに特に感じることはなかったが、ただ頭に困惑が浮かぶ。
これは……どういうことだ?
確かにレフィの時のように、魔族となり鋭くなった五感がビンビンに危機を伝えて来るようなことはなかったが、レベル差が30もあるから俺よりは強いのだろうと思っていたのだが……。
――もしかして、俺の攻撃なんて効きゃしねぇ!ってつもりで不動の構えを貫いているのだと思っていたが、そうじゃなくて、動きに付いてこれなかっただけ、とか?
俺のステータス、比べるものが無いからわからなかったが、実は結構高いのか?
そう思い、もう一度自身のステータスを確認する。
名:ユキ
種族:アークデーモン
クラス:魔王
レベル:12
HP:2320/2320
MP:6900/6900
筋力:672
耐久:701
敏捷:574
魔力:915
器用:1273
幸運:70
スキルポイント:17
固有スキル:魔力眼、言語翻訳
スキル:アイテムボックス、分析lv1、体術lv1
称号:異世界の魔王
DP:2250
レベル差のある敵と戦ったためか、ステータスがかなり上昇している。スキルにも体術が増えている。
幸運値については無変動だが……それは今は置いておくとして、この数値は俺の想像以上に高いのかもしれない。
……いや、まあでも、まだまだ上には上がいるしなぁ。ウチにも一体超生物が住んでるし。
あんなのがゴロゴロいたら堪ったもんじゃないが、それでも調子に乗って、レフィに勝負を挑んで灰になったという、脳筋魔族の仲間入りはしたくない。
ステータスが高いからと言って、慢心して、「バカな、そんなハズは……ッ!?」とか言って殺されるのがゲームの悪役の辿る王道パターンだ。せっかくの二度目の生をそんなアホなことして散らすのは勿体なさ過ぎる。
―――と、しまった、そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「シィ!」
ステータスウィンドウを消し、慌てて吹っ飛ばされた愛しのペットの下へと向かうと、幸いなことにどうやらHPは全損していなかったようで、シィはスキルの効果か少しずつ身体を再生させている最中だった。
「よかった……」
俺はそんなシィを前に、安堵の息を漏らす。
ごめんな、無茶させちまって……。
流石に初戦の相手がアレは、無理があったよな。
だが、シィは俺を心配させないためか、大丈夫だよ!と言いたげにプルンと揺れる。いや、さっきからシィが何か反応する時は全部プルンと揺れるだけなのだが、実際そう感じるのだから仕方がない。
シィはウチのペットだ。ペットは戦闘をさせるもんじゃない。愛でるものだ。戦闘は俺がやればいい。
そうだ。もっと冷静になろう。さっきのクソ犬っころも結局、感情のままに戦っちまったし、それじゃその内足を掬われるかもしれない。
あれだ、「ステイクール」を標語に行こう。今の俺に必要なのはそれだろう。
そんなことを考えながら俺は、シィが身体を復活させるまでその場に座り込んだのだった。