路地にて1
「あー……面倒くせぇのがいるなぁ」
勇者に言われた通り、門まで戻って仮身分証を返すため来た道を戻り、そして人通りの少ない裏路地のようなところに差し掛かった時だった。
「…‥そうみたいだね」
俺が唐突に足を止めると、同じくそれに気付いたようで、勇者が少しだけ緊張を含んだ声を上げながら、スッと剣をいつでも抜けるように構える。レフィだけは特に何も気にした様子もなく自然体である。
――こちらが立ち止まるや否や、突然現れたのは、数人の男達。
男達はそのまま道に広がり、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、俺達の前後を三人ずつの計六人で塞いだ。
彼らの手には各々武器が握られており、その切っ先はこちらを向いている。どう見ても仲良くお茶しようぜ、って雰囲気ではない。
まあ、突然と言っても、コイツらが付けていたことはとっくに気付いていたのだが。マップに思いっきり敵性反応あったし。どうしたもんかと悩んでいたら、一歩出足が遅れちまったな。
「なあオイ、俺達そこ通りたいから、出来ればどいてくれるか。あと、気付いてないようだったら教えてやるが、刃のいけない方向がこっち向いてんぞ。刃物は人に向けちゃいけませんって誰かに教わんなかったか?」
「へへ、悪いな、坊主。俺達みぃーんな悪いところの生まれだからな。誰もそんなことを教えるヤツはいなかったんだ」
男の中の内、一人だけ武器を構えていなかったリーダー格らしい一際身体のデカい男が、一歩前に出てニヤリと笑みを浮かべそう答える。
「さ、痛い思いしたくなかったら、大人しく金、置いていくんだな。テメェがお金持ちちゃんなのは知ってるぜ」
「さっきの換金の様子でも見てたのか?なら、俺があれだけの魔物を倒せる実力があるとは思わないのか?」
「テメェみたいなガキにあんな大物倒せる訳ねぇだろ。大方、どっかのヤツが倒した魔物を、盗むなり何なりしたんだろ?」
あぁ……うん。大物ね。
名:ドルガ
種族:人間
クラス:上級斧戦士
レベル:47
HP:1601/1601
MP:198/198
筋力:350
耐久:432
敏捷:210
魔力:91
器用:132
幸運:111
スキル:斧術lvⅣ、危機察知lvⅢ
称号:人殺し、強姦魔、狂戦士
それにしても、力があるとは、いいものだ。この男、人間にしてはなかなか強いが、それでも程度が知れている。
普通なら焦りそうな場面ではあるが、しかし分析スキルで彼我の実力差が圧倒的ということがわかっているため、何の焦燥も浮かばない。
歴代の方々が、力を得た途端慢心しちゃう気持ちがわかっちゃうね。
ただ、ちょっと面倒臭い状況ではある。まだ観光を楽しみたいところだし、ここで問題を起こして街を追い出される、というのもあまり面白くない。
全員ぶっ殺して死体をアイテムボックスにでも投げ込むか、とも一瞬頭に過ぎるが、しかしこんなチンピラ程度をいちいち殺すのもアレだし、それこそ誰かに見られたら面倒だ。
俺が黙っていると、それを図星とでも勘違いしたのか、身体だけはムダにデカいくせにステータス的にはネルよりも劣っているリーダー格の男が、機嫌良さげに言葉を続ける。
「あと、そっちの肉付きの薄いガキは人間だが、お前とそこの銀髪の嬢ちゃん……魔族だろ?」
「……へぇ?どうしてそう思ったんだ?」
「世の中にはなぁ、人間か人間じゃないかを探る魔導具ってもんがあるんだよ。悪いが調べさせてもらったぜ?」
まあ、俺もレフィも確かに人間ではないことは確かだ。
何だ、そんな魔導具があったのか。
「それで、魔族だったらどうするんだ?」
「へへ、魔族ってのは人間の敵でなぁ。俺達が魔族に何をしようが誰も気にしないし、そんで魔族が俺達に手を出そうものなら、この街の衛兵全員が敵に回るぜ。黙っていてほしければ、有り金全部置いていけ。ついでに、そこの魔族の嬢ちゃんもなァ。まだまだガキだが、ツラは悪くねぇ。たぁーっぷり、気持ち良くしてやるからよ。ま、その時には俺達無しじゃ、生きていけない身体になってるかもしれねぇがな!」
ギャハハ、と笑う男達を前に、俺は――。
「――――ア?」
「あん?――ングッ」
一歩で彼我の距離を埋め、フザけたことを口にするデカブツの首をガッと片手で掴み、そのまま中空に吊り上げる。
「あッ、グッ、かハッ――」
「……なぁオイ、言って良いことと悪いことって、あると思うんだ。頼むから、あんまりフザけたことを言わないでくれよ。俺の、女に、何をするって……?」
「テメェ!!」
仲間の男が、慌てて剣を振り上げるのをチラリと横目で見て、俺は掴んだ男をグンと振り回し、そちらに投げつける。
鈍い打撃音。
重なったまま二人は放物線を描いて吹っ飛んでいき、やがて背後の建物の塀へと強かに身体を打ち付けた。
「ヤロウッ――」
「語彙が乏しいんだよ、ボケ。もっと国語の勉強しろ」
もう一人の男の剣をヒョイと身を捻って躱し、お返しに側頭部へと回し蹴りを叩き込む。
三人目の男はそのまま蹴りの勢いでくるりと身体を回転させると、地面に頭から激しく激突して、動かなくなった。
「悪いけど、僕も君達は擁護出来ないな」
後ろを塞いでいた男達が一歩遅れて動き出すが、しかしそれを先んじて勇者が動き、鞘から刀身を抜くことなく当て身だけで二人を昏倒させ、そして流れるような動作で今、三人目を昏倒させていた。
へぇ……やる。
――一瞬で、立っている者は俺達だけとなる。
「チィ、クソッ!!」
まだ意識があったらしい、倒れていたデカブツがふるふると頭を振ってからのそり起き上がり、背中に背負っていた武器を抜く。
それは――斧。死刑執行人が使用する斧のような形状で、骸骨や骨を模した彫刻が全体に為され、なかなかに禍々しい見た目をしている。
同時に感じる、魔力の波動。魔力眼で見ると、その発信源は、あの斧だ。
「これを抜かせたこと、後悔しろ……」
名:ドルガ
種族:人間
クラス:上級斧戦士
レベル:47
HP:1502/1891(1601/1601)
MP:456/456(198/198)
筋力:552(350)
耐久:681(432)
敏捷:429(210)
魔力:211(91)
器用:132
幸運:111
スキル:斧術lvⅣ、危機察知lvⅢ
称号:人殺し、強姦魔、狂戦士
これは……さっきと比べて、大きくステータスが変化している?
憤怒と怨念の斧:殺し、殺し、殺し、そして殺した者の血と憎悪と怒りを浴び続け、やがて武器自体にその恨みと怒りが乗り移った斧。所有者を狂気に陥れるが、そのステータスを大きく増幅させる。品質A+。
……なるほど、あの斧の効果か。
男の方を見ると、狂気に陥った状態となったのか、いつの間にかその眼が紅く染まっていた。
「それは……魔剣!!」
焦った様子で、勇者がそう言う。
「魔剣?」
「何らかの魔法効果の掛かっている武器のことだよ。僕の聖剣も、魔剣の一種なんだけど……でも、あんな凄まじい負の圧力を感じる魔剣は初めて見た……ッ!」
彼女の頬を、ツー、と汗が流れる。
「へへっ……大人しくしていれば、殺しまではしなかったのによぉ……」
ゆらぁ、と陽炎のような動きで武器を構え、狂気を感じさせる笑みを浮かべるデカブツ。
「ど、どうする?あれはちょっと、マズいよ」
「落ち着け、勇者。焦ったらいいことないぞ。ほら、茶でも飲むか?」
「ふむ、一杯入れてやろうか」
「君達は落ち着き過ぎじゃないかな!?」
愕然とする勇者に肩を竦め、俺は虚空の裂け目を出現させ、その中に手を突っ込む。
――いいだろう。
そっちがそんなすごい感じの武器を抜いたのなら――俺が、ちょっと前に作った武器と、どっちが強いか比べようじゃないか。
なんか、テキトーにチンピラをぶつけるだけの予定だったのに、予想以上に話が膨らんでしまった……。




