魔王、冒険者になる
「それにしても、人間の街もなかなかに面白いものじゃ」
周囲をキョロキョロしながら、興味深そうにレフィが呟いた。
「お?何だ、今まで来たことなかったのか?」
そう、頭上に問い掛ける。
彼女は何だか肩車が気に入ってしまったらしく、大道芸人のショーを見た後もずっと俺の上に乗っかったままだ。どうやら、他人を見下せる高さにいることが気分良いらしい。覇龍様らしいお言葉である。
時折、微笑ましそうにこちらを見るヤツらがいるが、彼らにコイツが何を思っているのか教えてやりたいところである。
「うむ。燃やしに訪れたことはあっても、こうして真っ当に街の中を歩くのは初めてじゃな。今まで興味の欠片も無かったしの」
「あぁ……うん。なるほど」
まあ、前に相互不干渉の約定を結んだとか言っていたしな。機会も無かったのだろう。
……それを考えると、今こうして俺と同行するのはその約定に違反するんじゃないかと思うのだが……いや、あれか。先に破ってるの向こうだもんな。だから問題ない。うん。
「それとお主、儂の太ももに興奮するのは別に構わんが、もう少し表情を引き締めてくれんか。何を考えておるのか丸わかりじゃ」
「こ、ここ興奮しとらんわ!!」
「おにーさん……」
隣を歩く勇者が、残念なものを見るような顔で俺を見る。
やめろ、そんな目を向けるな。ちょ、ちょっと太もも気持ちいいと思ってしまっただけだ。
俺はゴホンと咳払いしてから、努めて何事もなかったかのように勇者に問い掛ける。
「それで、ネル。そこまで詳しくは知らないんだが、冒険者ってのは何するヤツらなんだ?」
「おにーさん、そんな急に真面目な顔を浮かべても誤魔化せませんからね」
「…………」
勇者が俺を「おにーさん」呼びするのは、街中で「魔王」とは呼べないので、他の呼び方を検討した結果、何だか俺が近所のおにーさんぽいって理由でそうなった。
まあ俺、一般人だからな。そう言われても仕方ない。これから魔王としての威厳を身に付けていくとしよう。
レフィの方は普通に「レフィ」だ。最初勇者はレフィをちゃん付けで呼んだのだが、凄みのある笑みで脅され、普通にレフィと呼ぶようになった。
そして一緒になってレフィちゃんと言った俺は、顔面を殴られた。非常に痛かったです。
「まあ、おにーさんの性癖は置いておくとして、冒険者だったね。冒険者の仕事は、基本は魔物の討伐かな。それ以外にも護衛とか、貴重な薬草の採取とか。それと、さっきレフィが言っていたように他種族ぶっ殺しまくりってことはないから」
ふむ。あれか。モン〇ターハンターのハンターみたいなもんだと考えればいいのか。
「む?そうなのか?儂を襲いに来た冒険者は数え切れん程いたぞ?」
「お前、魔物と間違われてたんじゃねえの」
皆が恐れる覇龍様だし。
「失敬な奴らじゃ。根絶やしにしてやろうか」
「何で襲われたのかは知らないけど、頼むからやめて」
* * *
――そうして三人で雑踏の中を掻き分け、進むこと数十分。
やがて、一軒の建物の前にたどり着く。
「おぉ……ここがギルド会館か」
会館には、ひっきりなしに人々が出入りを繰り返しており、それなりに活気を感じさせる。
「よし、そんじゃ早速行こうか」
「おにーさんってあれだよね。全然物怖じってものを知らないよね」
「此奴は阿呆じゃから、そういうとこ鈍いんじゃ」
「フッ、バカめ。そんな浅はかな感情に俺は囚われんのだよ」
そう言い放って俺は、若干ワクワクした思いを抱きながら開けっ放しの扉を潜って室内に入った。
――同時に包まれる、喧騒の音。
騒がしく、やかましく――そして、心地良い。
いいな、この雰囲気。悪くない。
見た目が幼いレフィと、それよりも歳は上だが未だ少女の範疇の勇者を連れているこちらに一瞬だけ視線が集まるが、しかしすぐに興味を失い、彼らは仲間達との談笑に戻り、酒らしい飲み物を酌み交わす。
どうやらここは飯処が隣接しているようで、人の多さもそれが理由のようだ。今昼飯時だしな。
そのまま会館の中を進み、やがて突き当りのカウンターの前で立ち止まる。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
存外に丁寧な対応をするカウンターの向こうの受付嬢に、勇者が答える。
「こっちの二人の登録をお願いします」
「ええっと……こちらのお二人様ですか?失礼ですが、そちらのお嬢様も?」
俺の肩を降り、隣に並ぶレフィの方を見て、怪訝な表情を浮かべるおねーさん。
まあ確かに、そういう冒険者をやるって年齢でもなければ外見でもないからな、レフィは。
本当に見た目だけは、深窓の令嬢とかって言葉が似合うヤツなのだ。
「何か言いたげじゃな?」
「なんでもない」
と、横で話している内に、勇者が話を進める。
「そうです。二人の身元は私が保証します」
そう言って、再び例の印章を受付のおねーさんに見せる勇者。
「それは……畏まりました。ではお二人方、そちらの魔導具に片手を乗せてください」
おねーさんが示したのは、カウンターの一角にいくつか設置されていた、金属製のゴツい機械っぽい見た目の魔導具。
俺とレフィは、促されるままにそれぞれその機械の平になっているところへ手のひらを乗せる。
すると、ヴー、と印刷機の稼働音みたいな音がして、ちょっと魔力が吸われたか?と思うと同時、スッと何かの板のようなものが機械から飛び出した。
取り出してみると、その板のようなものは、先程渡された仮身分証と同じカードサイズで、赤銅色をしており……川、だろうか?そんな印象を受ける、何かの紋様のようなものが表面に刻まれていた。
「はい、これで登録は終了です。そのプレートがお二人の身分証となりますので、無くさないようお願いします」
「随分簡単なんだな?」
「そうですね、昔はもっと複雑だったのですが、それですと基準を満たせない方がいて冒険者の数がなかなか増えなかったので、こうやって魔力を登録するだけの今の形となりました」
「へぇ……」
俺の疑問に、おねーさんが答える。
あれだな、派遣社員みたいなもんか。
――その後、受付のおねーさんによる冒険者の心得や、制度などの説明を一通り聞いて、冒険者登録は終了した。
「おい、レフィ。終わったぞ」
途中から完全に夢の世界に旅立ってしまっていたレフィを揺り起こす。
「…………む」
目をくしくし擦る彼女の可愛らしい仕草に苦笑を溢してから俺は、もらった身分証をもう一度眺める。
何となく……顔がニヤつきそうになる。
こういうのは何歳になっても嬉しいもんだ。ガキっぽいとか思わないでいただきたい。
「さ、これで正式に街には入れるようになったから、あとで仮身分証返しに行くからね」
「おう、サンキューな、ネル。助かった」
ここから、冒険者となった魔王の、神秘的で怪奇的で――そして心躍るような冒険譚が紡がれるのだ。
そう、新たな冒険が、今、始まる……ッ!!
始まりません。




