突撃!隣の異世界街、ツヴァイっ!!
「さあ、やってきたぞ!街!!」
俺は両手をグンと天に向かって伸ばし、そう高らかに叫ぶ。
そんな俺の様子を見て、田舎者だとでも思ったのか、同じ方向に進む人間達がクスクスと笑う。
「ちょ、ちょっとやめてよ、おにーさん。恥ずかしいでしょ!」
「フッ、馬鹿め。恥ずかしいというそんな陳腐な感情ぐらいじゃ、俺のこの迸る衝動は止められんのだ!!」
「え、ええぇ……」
「諦めろ、勇――じゃなくてネル。此奴が無駄に気分が高揚しまくっておる時はもう、諦めて放っておくしかないぞ」
恥ずかしげな様子で小声で俺を諫めようとした勇者に、レフィがこちらを呆れた様子で見ながらそう言う。
フッ、よくわかっているな、レフィ。異世界の街に来て、テンション上がるなという方が無理な話なのである。前回はそれどころじゃなくて観光も出来なかったからな。
ちなみにここは、以前俺が襲いに来た例の街と同じ街だ。上から見た時に随分と立派に感じたあの外壁も、こうして下から見るとなお一層立派に見える。
まあ、俺の城には劣るがな!
「よし、行くぞ、お前ら!!」
「あっ、ま、待って!」
そう言って、意気揚々と歩き出した俺だったが……しかし街へと入る門の手前で、スッと伸びて来た槍に進行を阻まれる。
その槍の先を辿ると――そこにいるのは、門番らしい兵士。
「……なあ、おっさん。俺、この先に行きたいんだが。その槍どけてくれるか」
「身分証」
「あ?」
「身分証を見せろ。それが無ければ街には入れない」
えっ……マジ?身分証?
こっちの世界、そんな文明発達していないくせに、防犯意識だけは一丁前に育ってやがんの?あるとしても、せめて通行税ぐらいじゃねえのかよ。
まあ俺、一文無しだから、その場合でも通れないんだけど。
「でも、おっさん、向こうのヤツらは素通りさせてるじゃねえか」
「あの方達はここを何度も通ったことがあって、顔見知り。対してお前は知らない怪しい奴。それと、おっさんって言うんじゃねえ。俺はまだそんな歳じゃない」
そう言って、鎧のヘルムのスリットから、ジロリと胡乱げな視線を送って来る兵士のおっさん。
そ、そんな……まさかこんなところで最大の障害とぶつかるとは……。
「クッ……俺の野望も、ここで終わり、か……」
「もう、だから待ってって言ったのに……」
と、慌ててこちらまでやって来たネルが、何やら懐から出した……印章か?のようなものを兵士のおっさんに見せる。
「教会の者です。彼らは僕が旅の間に同行することとなった者達。ちゃんとした物はこちらで発行しますので、仮の身分証の作成と通行許可を願います」
「そのシギルは……ハッ、畏まりました。少々お待ちください」
その印章を見て、少しだけ驚いた表情を浮かべたおっさんは、すぐに俺の時とは違って真面目くさった顔になり、そう言って詰所のようなところに入って行った。
「今、何出したんだ?勇――じゃなくてネル」
「教会が発行してる特別な通行証だよ。一応勇者をしているのに、自由に国内を行き来出来ないようじゃ、意味がないからね」
ごく当たり前のようにそう言う彼女に、俺はしみじみと溢す。
「お前……世間知らずだけど意外とやるなぁ」
「……今の君に世間知らずって言われるのは甚だ遺憾なんだけど。あと、呼び方本当に気を付けてね?」
俺達が彼女のことをネルと呼んでいるのは、どうやらコイツが勇者という身分を隠したいらしく、名前で呼ぶように徹底しないと街まで連れて行かないと言われたからだ。
まあ、色々しがらみもあって面倒くさそうだしな。気にするのも無理ないだろう。
「へいへい、わかってますよ。なぁ、レフィ」
「うむ。それぐらいお安い御用じゃ」
「……ホントに大丈夫かなぁ」
そうして詰所の前で待つこと数分、先程のおっさんがカードサイズの木製のプレートを二枚持って現れる。
「お待たせいたしました。ほら、お前達。聖騎士様がいらっしゃるから通してやるが、仮身分証の場合は問題を起こしたら一発で外へ放り出すからな。そこのところ、ちゃんと理解しておけ」
聖騎士ってのは……勇者のことか。
なるほど、所属としてはそれに当たる訳だな。
「はいはい、どうも、おっさん」
「うむ。助かったぞ、中年」
「……お前ら、次からは絶対中に入れねぇからな」
何故か知らないが青筋を浮かべるおっさんを後目に、俺達は今度こそ防壁の内側へと入った。
――途端に広がる、異世界の街並み。
まるでRPGの世界に入り込んだかのようで、否応無しに気分が高揚する。
隠し切れないワクワクを表情に浮かべながら俺は、両隣を歩く二人へと声を掛けた。
「さて、まずはお前ら――腹ごしらえだ!!」
* * *
「おい見ろ、レフィ。あれすげえ美味そうだ」
「おぉ、本当じゃな。お、こっちも美味そうじゃぞ」
「よし。両方行こう」
「うぅ……お金が凄い勢いで消えていく……」
せっかくだからと、食べ歩きをすることにした俺達は、道沿いに出ている屋台を勇者の金で片っ端から巡っていた。
これが、なかなか美味い。
使われている肉が魔物肉のようなのだが、俺みたいな素人ではなくちゃんとした職人が捌いているためか、魔力が肉全体に行き渡っていてムラがなく、一口一口にジュワァと味がしみだして、非常に美味しい。
レイラの料理とどっこいどっこいといったところか。
……それを考えると、レイラは何者なんだろうな、マジで。
料理も美味いし、家事も要領良くこなすし。
時々イルーナの勉強を見てあげている様子も見るのだが、教え方も凄いわかりやすく教師としても優れていた。
かといって以前にそういう仕事をしていたのかと聞くと、どうやらそうでもないらしい。
と言ってもまあ、俺としては負担が減って非常に助かってるから、彼女が何者だろうが何でもいいんだけどな。
リューは……うん。最近ちょっと手際良くなったよな。
ちなみにこうして堂々と顔を晒している俺だが、多分普通にしている分には正体がバレることはないと踏んでいる。
前の時は俺、背中に翼生やしたままだったし、魔力全開で周囲を威圧しまくっていたから、その時の俺と今の俺が同一人物だと気付くのは恐らく、しっかりと顔を見合わせた者達だけだろうと思う。
街の領主のおっさんとか。あと森に来た軍隊のおっさんとか。
レフィの方も、普段出しっぱなしの角と尻尾を消して、見た目だけは完全に人間の少女と化している。
その二つも消せるのに普段出しっぱなしにしているのは、何だかその二つは出していないと落ち着かないそうだ。
確かに俺も、急に腕一本無くなったら落ち着かなくなるだろうから、恐らくそんな感じなのだろう。
そうして「ねえ、もうちょっと手加減してくれない……?」と泣き顔の勇者を連れてレフィと共に腹を満たしていると、何やら人だかりと遭遇する。
「お?何かやってんな」
視線を凝らすと、どうやら大道芸人が魔法のショーをしているらしい。その規模は小さいが、しかし非常に緻密で繊細な魔法を使って、観客を楽しませている。
なるほど……あんな使い方があるのか。
俺の魔法、レフィの使うド派手なヤツを参考にしているから、基本コンセプトがバ火力のものばっかりなんだよな。
結構参考になるぞ、これ。
「む……見えん。ユキ!」
と、背が低くて見えないレフィが、そう言って俺を見上げる。
「はいはい。ほら」
俺はしゃがんでレフィの足の間に首を突っ込み、そのまますっくと立ち上がった。
「うむ。いいぞ」
「ご満足いただけたようで」
「……君達、本当に仲いいね」
そんな俺達を見て、勇者が呆れた様子でそう溢してから、言葉を続ける。
「それ、見終わったら一緒に冒険者ギルド行ってもらうからね」
「ギルド?」
「魔物の討伐とか、色んな仕事斡旋してるとこ。あそこだったら、特に素性も探られず身分証作れるからさ」
おぉ……なるほど。この世界にも漏れなくそんな組織があるのか。
いいぞ、これぞ異世界って感じだ。
「何じゃ、楽しそうじゃの」
頭上から不思議そうな声が降って来る。
「だってお前、冒険者ギルドだぞ。これはテンション上がらざるを得ないだろう」
「冒険者って、あれじゃろ?魔物とか他種族とかぶっ殺す奴らじゃろ?どちらかと言うとお主の敵に相当するんじゃないのか?」
「いや、まあ、そうなんだろうけどさ。こういうのは男の夢っていうか、憧れっていうか」
「?」
まあ、こういうのはやっぱり、男じゃないとわからないもんなのさ。
怪訝な表情を浮かべるレフィに苦笑を溢してから俺は、異世界の芸を心ゆくまで楽しんだのだった。
ボケに二人が回ったら、もう何者も敵いませんね。




