恐怖!!ダンジョンの怪!!
城の内部へと入った勇者は、少し仄暗い廊下を警戒しながら、先へと進む。
壁はシンプルだが、どことなく荘厳な柱やシャンデリアによって装飾されており、品の良い雰囲気が漂っている。
今のところ索敵スキルに敵の反応はないが、しかし油断は出来ない。ここはすでに、敵の本拠地なのだ。
そうして進んでいくと……これは、石で出来ているのだろうか?まるで、今にでも動き出しそうな程に精巧に作られた甲冑が、ズラリと壁に並べられている廊下へと出る。
その甲冑達の手に握られるは、これまた石製の剣。
「うわ……」
率直に言って、非常に不気味だ。そのヘルムのスリットの奥に覗く闇がこちらを見ているんじゃないかと、そんな嫌な想像がネルの頭に浮かぶ。
非常に気が進まないが、ここで止まっていても仕方がないので、若干ビクつきながらも歩を進めていき――そして、違和感に気付く。
「あれ……?さっき、こっち向いてたっけ……?」
ふと後ろを振り返った時、気のせいか、今まで通り過ぎた甲冑のヘルムが、全てネルの方を向いているように見えたのだ。
「……ま、魔物の反応は感じないし、き、気のせい、気のせい」
そう自分に言い聞かせてネルは再び前を向き直り――そして、いつの間にか目の前に一体の甲冑が立っていることに彼女は気付いた。
「キャァっ!?」
思わずそんな悲鳴を上げると同時、身体に染み付いた動きで聖剣を振り抜く。
流石と言うべきか、咄嗟の動作だったのにもかかわらずその太刀筋は見事なもので、石製の甲冑は胴体から真っ二つになる。
ス、と上半身がずれ、ドサリと廊下に沈む。
「な、何なんだよ、もう……」
その甲冑の中を覗くが……しかし、そこには空洞だけが広がっていた。
敵の反応もなかった。じゃあ、今のはいったい誰が……?
ぞわりと背筋に冷たいものが走る。
「…………」
ネルは、不気味さ故から足早に廊下を抜ける。
長い長い一本道をどこまでも進んでいき、しばらく歩き続けたところで、前方に再び甲冑の並んだ廊下が現れ、「あれ」と彼女は足を止めた。
先の廊下の左右には石製の甲冑が並べられ、そして道の中央には胴体から斬られ、上半身と下半身で真っ二つになった甲冑があり――つまり、先程通ったはずの廊下と同じ。
「ヒィッ――」
そのことに気付くと同時、突如廊下に面した扉がバタンバタン、と次々に勢いよく開いていき、その奥から何か、這いずるような音と総毛立ちそうになる気味の悪い呻き声が聞こえてくる。
『ああアあアアあァあアあア……』
『グぎエあぎギアギエア……』
『ぐるアルるあるルるるる……』
バクバクと心臓が跳ねる。
呼吸が、浅くなる。
あまりの気味の悪さにネルは思わず一歩後退り、そしてトン、と何かにぶつかった。
ネルはぎくりと身体の動きを強張らせ、恐る恐ると首を後ろに回していき――。
――彼女のすぐ真後ろには、大きく裂けた口で、ニタニタと笑っている巨大な女の顔が浮かんでいた。
「キャアアアァッッ――」
勇者の悲鳴が、城にどこまでも響き渡った。
* * *
「ハハハ、これだけ上手く引っ掛かってくれると、仕掛け人としては嬉しいもんだな」
こうして、真っ当に罠に引っ掛かってくれているのを見ていると、とてもありがたい気分になってくる。力を入れて改造した甲斐があったってものだ。
きっと、自分の城をダンジョンにしている世の魔王も、こうして見事に罠に引っ掛かってくれるのを見て喜んだことだろう。今なら彼らの気持ちがすごいよくわかる。
ムダに鷹揚な態度で接する魔王がいるが、恐らく彼らは、自分が必死に考えた罠にこうして引っ掛かってくれるのが嬉しくて、それを突破してきた者たちに思わずそんな態度を取ってしまうのだ。きっとそうだ。
と言ってもまあ、罠というよりは、今回の仕掛けは全てダンジョンの魔物によるものではあるのだが。
勇者の周りで起こったポルターガイストっぽい現象は、当然そんな心霊的なものではなく――いや、むしろ心霊的で合っているのか。
これらを起こした者の正体は、俺が新たに召喚したダンジョンの魔物『レイス』である。実体を持たない魔物で、身体が半分透けており、幽霊そのものを想像してくれればいい。
俺が召喚したレイスは三体で、それぞれ『レイ』『ルイ』『ロー』と名付けた。別に俺がそう指定した訳じゃないのだが、三人とも少女――それもイルーナより幼い外見、大体三歳から四歳程の見た目をしている。何故なんだろうな、マジで。またレフィに小児性愛者って呼ばれそうだからちょっと勘弁してほしいのだが。
まあ、三人娘の容姿はいいとして、彼女らはそれぞれ得意分野が異なっており、レイは『念力』、ルイは『幻影魔法』、そしてローは『精神魔法』を得意としている。
まず、甲冑を動かしたのと最後の扉をバタンバタンやっていたのが、レイ。念力を操り、対象を触れずに動かしていたのだ。
次に、ロー。彼女が得意とする精神魔法とは、要するに幻術のようなものだ。これは、相手が平常だったり冷静だったりすると掛かりにくくなるのだが、勇者はかなりビビっていたため、恐らく簡単に魔法を掛けることが出来たことだろう。
こちらからだと、勇者はロの字をしている廊下を曲がり続けていたため、やがて最初の甲冑のある廊下まで戻って来たのだが、あの驚きようを見る限り、ローの精神魔法によって別の見え方をしていたはずだ。
そして、最後の口裂け女みたいな顔デカと、気味の悪い呻き声が、ルイ。それらは彼女の幻影魔法によって作り出された、偽りの存在だ。
ルイの使う幻影魔法のすごいところは、幻影に触れてもちゃんと質量を感じることだろう。一度触ってみたことがあるのだが、あれはなかなかに不思議体験だった。
勇者は『索敵』のスキルを持っているはずだが、それでも彼女らの存在に気付かなかったのは、三人娘は別に勇者をどうこうしようというつもりは一切なく、ただ単純にいたずら好きで、彼女をからかっていただけだからだ。
最近わかったことなのだが、索敵は相手にこちらに対する害意がないと、発動しないのである。
俺はその辺り、索敵とメニューにある『マップ』を並行して利用しているので対処が可能だが、しかし勇者にマップはない。相手がレイスである、ということに気が付かなければ、対処は無理だ。
まあ、普通レイスは現世に激しい憎しみを持った生物が、死後魔物化した存在であるらしいから、生者に対する憎しみ満々でめっちゃ害意持ちまくっているそうなのだが、ウチの子達は別に、最初からそういう魔物として生み出した訳なので、特に憎しみとかはない。ただのいたずらっ子達である。故に、これがレイスの仕業であるとは気付けなかったのだろう。
彼女らを出すのは、なかなかにDPが掛かった。本来ならそんな特殊能力など持っていない普通のレイスを出すつもりだったのだが、「あれ、こんな能力持ってるヤツもいるのか」と出現させられるモンスター一覧を見ていた時に見つけてしまい、もうなんか欲しくなってしまって、わざわざリルと狩りに出掛けて貯めたDPで召喚したのだ。まあ、その甲斐はあったがな。
うむうむ、今回のはダンジョン防衛策『お化け屋敷モード』と名付けよう。基本的に、敵を追い払うための策だ。
他にも色々と防衛策を考えておいて、敵の種類によって切り替える訳だ。『敵絶対殺すモード』とかも考えておこう。
いいぞ、楽しくなってきた。これぞタワーディフェンスゲームの醍醐味だな。
そうしてニヤニヤ顔で勇者の様子を見ていると、近くのレフィがジト目で俺を見上げる。
「お主……小児性愛者で加虐趣味とか、いよいよ救いようがないぞ」
「おいやめろ、そう言われると真性の変態みたいじゃねえか」
「おにいちゃん……そんなにいじめると、あの子がかわいそうだよ?」
俺とレフィの間に座り込み、一緒になって映像を見ていたイルーナが、咎めるような視線で俺の方を見る。
「い、いや、イルーナ、可哀そうって言っても、一応あれ、敵だからな?」
そう言いながら映像の中の勇者を指さすと――見ていない間にも三人娘のいたずらの餌食になっていたようで、いつの間にか勇者は廊下の隅っこでうずくまり、恐怖のバロメーターが振り切ってしまったらしく、しゃくり上げていた。
「あっ……」
「……ユキ」
「……おにいちゃん」
「…………わ、わかったって、そんな目で見るなよ。今から止めてくるから」
二人のジト目に耐えられず、俺はそう言って立ち上がり、逃げるようにして真・玉座の間と外を繋ぐ扉から、城の方へと出て行った。
まあ、あれだけ戦意喪失していれば、俺が直接向かっても攻撃してくるようなことはないだろう。
ったく、ギブアップが早いぞ、勇者さんよ。まだまだ肝を冷やす仕掛けをレイス三人娘と一緒に考えておいたってのに……。
結構Sっ気のある主人公。




