執務室にて
「クソッ!クソクソッ!!」
ダンと机を叩く。
リュート=グローリオ=アーリシアは、自身に充てられている執務室で悪態を吐いていた。
先程もたらされた報告。それは、彼が主導で行った遠征の失敗。それも、敵前逃亡した部隊以外は、文字通りの全滅という、最悪の結果だ。
その逃げ帰った部隊の騎士団長はもうとっくにクビにし、騎士団を追放した。
この失敗の意味は大きい。
今回の遠征の目的には、多分に利益が絡んでいた。言わば投資のようなもので、「自分にこれだけ投資すればこれだけの利益を約束しますよ」と投資を募り、そしてその財産のほぼ全てをスッた訳だ。
当然信用はなくなり、今後の活動に大きく差し支えることは間違いない。
しかも、勝手に軍事行動を起こしての失敗だ。これが成功すればまだ「上手く行ったから」という理屈で押し通すことも出来るが、失敗してしまえばそういう訳にもいかない。普通に考えれば軍法会議ものであり、彼が王子であるためそこまではならないだろうが、露呈すれば糾弾は免れない。
そうなれば、彼が国王となった際に従わない貴族連中も多数出てくることだろう。
どうにかこの失敗を挽回せねばと、リュートは焦っていた。
「どうされますか?この前の規模で敵わないとなりますと、もっと増員する必要がございますが、しかしこれ以上兵を動かすと国王様がお気付きになられる可能性が――」
「そんなことは言われなくともわかっている!!」
部屋にいたもう一人の男に、思わずそう怒鳴ってからリュートは、「フゥ……」と深呼吸し、気分を落ち着かせる。
「…………そうだ、数で行ってダメだったのであれば、少数精鋭で向かわせればいい。冒険者はどうだ?オリハルコン級のヤツらがいただろう」
「彼らは今、別件で出払っております。それ以下の者達では、軍で敵わなかったことを鑑みるに、力不足であると思われます」
「チッ……なら、アレがいただろう。教会が確保したアイツが」
「それは……勇者のことでしょうか?しかし、アレはまだ教育中で、それに教会所属ですので、こちらの都合で駆り出すとなると、かなり足元を見られるかと」
「フンッ、どうせ求めてくるのは金だろう。聖人の皮を被った守銭奴どもめ。この件が上手くいけば莫大な利益が出る。それに噛ませてやると仄めかしておけ」
「畏まりました。仰せの通りに――」
* * *
「ハァ、何でこんなことに……」
森の中を進みながら、少女――ネルは、そう呟いた。
彼女は、勇者である。
田舎の村で母親と暮らしていたところ、ある日教会の神父様を名乗る者が現れ、「君には勇者としての資質がある」と、彼女を勇者としての道に誘ったのだ。
勇者。
それは、昔から伝わるおとぎ話に出てくる登場人物で、悪い人達をその聖なる力で懲らしめる、英雄のことだ。
母親からそのおとぎ話を聞いて、幼い頃からその存在に憧れていた彼女は、その話を聞いた時、一にも二にもなく飛びついた。
自分が勇者になれば、困っている人達を助け、そして貧しい家庭ながらも彼女を育てるため、日夜身体を酷使して働く母親の負担を減らしてあげられるかもしれないと思ったのだ。
そうして彼女は、勇者としての道を歩み始めた。
勇者としての訓練は、非常に厳しかった。騎士団の団員にボロボロになりながら戦闘訓練を受け、宮廷の魔術師を名乗る老人から、少し気を抜けば夢の世界に旅立ってしまいそうになる魔法の講義に必死に耐える日々。
そんな毎日を過ごしてきた彼女は、それなりに自身の実力に自信を持っていたし、そして今回初めて勇者としての活動を言い渡された時も、その自身の実力を認められたようで、単純に嬉しかった。
彼女に下った指令は、森の奥に住む人間を数多殺している魔族を討伐せよというもの。
初の指令ということで、気合もたっぷり、装備も教会から支給される良い物を揃えて、その森へと向かった彼女であったが……。
「ヒッ……」
「ゲギャッギャッ」
何かバサリと音が聞こえ、ネルが思わず身構えると同時、巨大な鳥が一羽、空へと飛び立って行った。
「もうっ……何なんだよ、いったい……」
思わず、泣きそうな声を漏らすネル。
――勇者と言えど、普通の少女である彼女は、ビビりだった。




