ダンジョンの本領発揮
「……まあ、そう簡単にはいかないよな」
マップを確認しながら俺は、そう呟いた。
例の俺が接触した男は、どうやらこちらの脅威をちゃんと感じ取ってくれたようで、俺が消えるなりすぐさまテントを飛び出し、自身の部下を叩き起こして、そして本当の総大将らしい者が眠っているテントへとすっ飛んでいった。
だが、俺と出会ったことを知らない他の人間は、その男のことを気が狂ったとでも思ったらしく、まともに取り合ってはもらえずテントを追い出されたようだ。
そのまま男は、周囲の制止も振り切って自身の率いている部隊だけを撤退させ、この森から離れていった。
賢明な判断だ。他人にどう思われようが、生き残ったヤツが勝ちだからな。
「……あのな、ユキ。何故普通に帰って来とるんじゃ?」
「いや、さっきは警告しに行っただけだったからさ」
「……ならばそうじゃと先に言ってくれ。結構気を遣ってお主を送り出して、それでお主が帰って来るまでは、ずっと起きて待っていようとか気を遣っておった儂が、馬鹿みたいではないか」
頬を赤らめ、むくれたようにむすっと不機嫌そうな表情を浮かべるレフィ。
不覚にも、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「まあまあ、そうむくれるなって。悪かったよ。その代わり、面白いモン見せてやるからさ」
そう言って俺は、マップをレフィにも見えるように可視化する。
このダンジョン関係者以外に可視化する機能は、どういう基準かはわからないが、対象に一定以上の信頼があると使えるようになるらしい。レフィは未だ侵入者扱いなのだが、少し前から俺が許可すればメニューを見れるようになっていた。
そうして彼女に見せたのは、マップに関連して開いている別枠の表示。
「これは……その侵入者とやらか?」
「そう。ウチに襲いに来ようとしたバカなヤツら」
そこに映っているのは、先程の野営地の様子。眠そうに立っている夜番の兵士のマヌケ面までバッチリである。
これは、『イービルアイ』というダンジョンモンスターによるものだ。野球ボール大の一つ目に羽が生えたような容姿をしており、その目ん玉が捉えた映像をこちらに送る能力を持つ。
要するに、遠隔カメラだな。さっき帰る前にあの辺りにいっぱい置いておいた。例の男が総大将のところに詰めかける様子も、これで見ていた訳だ。
非常に便利なヤツらではあるのだが、しかしコイツらはどうやら無生物魔物――いわゆるゴーレムのようなものであるらしく、ダンジョンの魔力を動力源としているため、ダンジョン領域内でしか運用することが出来ない。
まあ、それで十分なんだけどな。基本的に俺、この森から出る予定ないし。異世界旅行とかしてみたいと思う気持ちがあるのは確かだが、流石に自身の心臓と言えるダンジョンコアをここに置いたままどこかへ行く気にはならないし。
さて、俺が警告したのにもかかわらず、残ったコイツらは、つまりこちらと敵対する気満々のヤツらという訳だ。
もしかしたら全く別の目的でここまで来たのかもしれないが、どっちにしろすでに俺の縄張りに入っていやがる。
親切にも「ここは俺ん家の敷地ですよー」と教えてやったのに、なおも居座るということは、それはつまり不法侵入だ。しかも武装済み。
ならばもう、こちらも身を守るために遠慮せずともいいだろう。憐れな彼らには、思う存分罠の実験台、もとい、正当防衛させていただくとしようか――。
* * *
歩哨の兵士の一人が、ふと疑問の声を上げる。
「……あれ、何だ?いつの間に朝になってるんだ?」
その問い掛けに、隣にいた別の兵士が答える。
「ハハ、何言ってんだお前。寝ぼけたか。まだ、夜、の……」
その兵士は、最後まで言葉を話すことが出来なかった。
何故なら、背後にいたまた別の兵士に、心臓を貫かれたからだ。
「て、敵襲だ!!囲まれているぞ!!」
味方を刺殺したその男はそう叫ぶと、何もない空間へと刃を向け、まるでそこに何者かがいるかのように剣を振り回し始める。
彼らは気付いていない。
隣に立つ者の見ている光景が、自身とは異なることを。
隣に立つ者の話している言葉が、自身が耳にしたと思っている内容と、全く違うものであることを。
俄かに騒がしくなる野営地。
何か異変が起こっていることに気付いた者達が起き出し、次々に松明の明かりが灯され、野営地全体が明るくなる。
「何事だ!!」
と、現れたのは本当の指揮官らしい男。でっぷりと太っており、一目で権力に物を言わせ立場を得たことを窺わせる風貌だ。
「わっ、わかりません!!皆が口々に別々のことを話してぃギっ――」
報告をしていた男が、唐突にバタリと倒れる。同時に首から上がずれ、ポトリと頭が落ち、そのまま指揮官の男の足元までゴロゴロと転がった。
「ヒッ、な、何だ!?」
「ああァあアああぁぁぁアアアぁあてててテテてききキきききぃキキ」
報告していた男の背後にいたのは、もう完全に錯乱しており、口をだらしなく半開きにして、血糊のたっぷり付いた剣をぶらんと手に持っている味方の兵士。
「お、おい、やめろ!だ、誰か!!この男を止めてくれ!!」
指揮官の指示に、周囲の兵士が慌ててその男を取り押さえる。
「何が起こっているんだ、いったい!!」
野営地は今や、完全な混乱状態に陥っていた。
その様子を見ながら、レフィが興味深げに呟く。
「ほう……幻惑の樹か」
「お、よくわかったな」
見ただけで原因を当ててみせたレフィに、俺は感心した声を漏らす。
俺が使用したのは、ラウシュギフト・バーム――別名『幻惑の樹』と呼ばれているらしい、樹だ。
能力としては、幻覚作用のある魔力を周囲に垂れ流し、周辺生物を惑わす力を持つ。
即効性はないため、魔物が相手だとすぐに気付かれ逃げられてしまうのだが、しかし人間は魔力にそこまで敏感ではない。
少しずつ少しずつ体内にその樹の発する魔力を蓄積していき、効き目に個人差はあるようだが、十分もすればもう、頭のイカれた狂人の完成である。
当然、自生ではなくダンジョン産の俺が植えたものだ。
これの便利なところはこの樹が罠扱いであることだろう。
ダンジョンによって設置される罠は、ダンジョン領域内であれば自由自在に使用することが可能となるため、この玉座の間にいながらでも遠隔操作が可能で、その樹から幻覚作用のある魔力を垂れ流しにさせるタイミングを計ることも出来る。こちらの警告に従わなかった時点で、すでに発動させておいたのだ。
ちなみに余談だが、この手の魔力に干渉するタイプの攻撃は、俺やレフィには効果がない。
それはどうも、俺達の方が魔力の保有量が圧倒的に高い故のことらしい。体内に濃密な魔力が渦巻いているので、外からもたらされるそれが干渉する余地がない、という理屈だ。
俺なんかは身体が魔力の素である魔素で構成されているらしいから、魔力による攻撃はダイレクトに効きそうなものなのだが、どうやら体内の魔力密度が高いとそういう余分なものは弾いてくれるようだ。一度だけ上級ポーションを用意してビビりながら試してみたが、全く効かなかったからな。
「じゃが、これだけでは全滅とはいかんのではないのか?」
「ま、これからよ。智謀の俺がこの程度で済ます訳がないだろう?」
「お主知っておるか?自分で自分を智謀という奴は大したことないのが常なんじゃぞ」
「じゃあ、あれだ。覇龍のレフィにボードゲームで負けが無いくらいの智謀ということにしておく」
「ま、まだこれからじゃ!あのげーむはお主に一日の長があるだけじゃからな!それに、さっきのゲームはまだ終わっておらん!!そう言うのであれば、早く決着をつけるぞユキ!!」
「はいはい、後でな」
むくれるレフィの頭をポンと軽く撫でて笑ってから俺は、次の罠の操作を始めた。




