ピクニック2
「何だレフィ、俺が怖がらなかったことがそんなに不満か?」
「ぬぐぐ……どんな神経しておるんじゃ、お主は」
悔しそうな表情を浮かべるレフィ。
最初こそ人力ならぬ龍力の覇龍コースターに戦々恐々としていたが、しかし絶叫好きの俺。「あれ、これ、普通に楽しくね?」と気付いてからは、俺の絶叫は歓声に変わっていった。
「フッ、俺にはあの程度、恐怖足り得んのだよ」
「最初物凄い怖がっていた奴がよう言うわ」
勝ち誇った表情の俺に、レフィがさらにぐぎぎと表情を歪ませる。
「ねぇー、おにいちゃん、おねえちゃん、早く食べようよ。イルーナお腹空いちゃった」
「悪い悪い。レフィも飯にするぞ。――さ、いただきます」
「「いただきます」」
「いただきますー」
「い、いただきますっす。慣れないっすね、これ……」
いただきますは俺が言っていただけなのだが、気付いたらウチの食前での共通の挨拶になっていた。まあ、悪いことじゃないしな。新人君達もちょっとずつ慣れて行けばいいさ。
「わあ!からあげさんだ!からあげさんがいっぱい!」
弁当かごを開け、その中に自身の好物であるからあげが山盛りに入っているのを見て、イルーナが歓声を上げる。
「おう、いっぱいあるからたくさん食べていいぞ」
ちなみにこのからあげ、食材は『ロックバード』という、体表面が岩のような羽毛で包まれており、敵が現れるとデスボイスみたいな声で歌のように嘶きながら攻撃してくるという色んな意味でロックな魔物の肉だ。
その味は淡泊ながらも噛むと肉汁がジュワァと溢れ出し、かなり美味しい。
「うむ。やはり魔物の肉は美味いな」
「へぇ、これ魔物の肉なんすか。何の魔物っすかね?」
「ロックバード」
「なるほど、ロックバードっすか――ロックバード!?それ確か戦災級の魔物っすよね!?超高級食材じゃないっすか!?」
思わずといった様子でこちらを二度見して、そう言うリュー。
「戦災級?」
「ま、魔物の区分っす!戦災級と言えば、一匹で戦時に出る被害と同等の脅威って意味っすよ!?」
どうやら魔物というものは、その脅威度順に無害級、有害級、人災級、戦災級、災害級、大災害級、災厄級と区分されているらしく、戦災級ともなれば、討伐するのに戦争――と言ってもこちらの世界の戦争であるから、前世の近現代のように何万とかではなく、百や二百程度の犠牲者数が出るのを覚悟しなければならないという強さを表すようだ。
「へぇ、そうなのか。硬いのは硬いけど、大剣で叩き付ければ一発でダウンしてくれるし、肉も美味いからお手頃な獲物としか思ってなかったわ」
「……今更ながら、ここの非常識さ加減が理解出来たっす。美味しいからいいんすけど……」
呆れたような、感心したような、そんな何とも言えない表情を浮かべるリュー。
「ふふ、甘いですよ、リュー。この他に使われている食材を知ったら、もっと驚きますからー」
他のサンドイッチやらおにぎりやらを示しながら、レイラがそう言う。
今回の料理は、俺とレイラで手分けして作ったものだ。獲物を捌くところから手伝ってもらったので、何が使われているかは彼女も全て把握している。
今日はピクニックだからな。いつもは面倒くさがってDPで食材を出しているが、ちょっと気合を入れて魔物肉を使っているのだ。
「…‥聞かないでおくっす。美味しいから正義。それで納得しておくっす」
「いい心掛けじゃな。美味しいから正義。じゃが、正義というには一つ足りん要素があると思うんじゃ。のう?ユキ」
「お前は全くブレないな。ちゃんとデザートは用意してあるから、それまで我慢しとけ」
その言葉に、用意していることを予めわかっていたレイラ以外の女性陣が喜びの声を上げる。
「やったぁ!でざーと!」
「ご主人の用意する甘味、全部が全部ほっぺが落ちちゃいそうになるぐらい美味しいっすもんねぇ」
「うむ。こんな美味いもん食えるのは、世界広しと言えど恐らくここだけじゃぞ。感謝せえよ、リュー」
「いや、何でお前が偉そうなんだよ」
「そりゃ、お主の出す菓子を一番食ってきたのは儂じゃからな」
あぁ……確かにそうだな。
「へいへい、覇龍様に認められて嬉しい限りっすよ」
「うむ、もっとありがたく思ってよいぞ」
「……あの、ご主人、ずっと気になっていたんすけど……その、レフィ様のことを覇龍って呼ぶのは、もしかして……」
「あ?言ってなかったっけ。レフィは覇龍だぞ。古代龍の」
「……いえ、聞いてないっす。――ていうか、えっ、本当にあの『覇龍』様なんすか!?」
「おう。信じられないか?」
「い、いえ、だ、だって……覇龍と言えば、伝説の龍族なのに……こんな小っちゃくて、お菓子に目がなくて、勝負に負けるとすぐムキになるレフィ様とは、イメージが真逆で……」
ああ、うん……まあそうね。こんな、両頬いっぱいに食いモン詰め込んでリスみたくなってるヤツがそういう存在だとは、誰も思わないよね。
「おう、何じゃリュー。儂に言いたいことがあるなら聞くぞ」
「ひぃっ!?あ、あれっす!!レフィ様は美少女だから覇龍のイメージとは全然違うなって思っただけっす!!」
「ほう?覇龍のイメージがどんなものなのか、儂に聞かせてもらえるか?」
「え、あ、い、いや、その……」
「脅すなバカ」
悪乗りし始めたレフィの脳天にチョップをかます。
「あだっ……うぅ、だって、リューが」
「だってじゃねえよ。文句を言いたくばお前の普段の行いを見直してから言え」
恨めしそうに俺を見るレフィに、ジト目を送る。
「た、助かったっす、ご主人……。と、というか、平然としてるっすけど、レイラは気付いてたんすか?レフィ様があの覇龍様だって」
「まあ、そうですねー。この魔境の森の奥地を覇龍――レフィ様が縄張りにしているのは有名ですし、初めてお会いした時に龍族を従えている姿を見てますからねー。むしろ、私としてはリューが気付いていなかったことに驚きなんですがー」
「ウッ、だ、だって、最初はもう、何が何だかよくわからない内にどんどん状況が動いていくし、ご主人と会った時にはモフリル様に気を取られて他のことは見てなかったっすから……」
ちなみにそのリルは、シィと共に木陰で目を瞑って伏せっている。シィはあれ、完全に夢の世界に旅立っているが、リルの方はピクッと一瞬反応していたのを見るに、眠っている訳ではなさそうだ。恐らくは俺達に遠慮してジッとしているのだろう。愛いヤツだ。
「何でもいいけど、みんな早く食べて遊ぼうよ!わたし、またばどみんとんやりたい!」
「おう、そうだな、イルーナ。バドミントン一緒にやるか」
「うん!おにいちゃんとやる!」
にぱっと笑顔になるイルーナ。可愛い。
「……ちなみにご主人、妹君は……」
「ただの幼女だ」
「……何だか、それはそれですごい子っすね。魔王のご主人と覇龍のレフィ様の二人に対して甘える幼女……。もしかしたら、一番この子が大物かもしれないっすね……」
その意見には全面的に同意だな。
我がダンジョン四天王において、頂点に立つはイルーナ。次点でレフィ、リルと続き、最弱は俺になるだろう。シィと新人二人はペットとメイドさんなので除外だ。
きっと俺は「フッ、我は四天王の中でも最弱。我を倒したところで、良い気にならない方がいいぞ……」とか言う役どころになるのだ。
……いや、やっぱダメだ。そのセリフを言う時って死ぬ間際じゃん。死にたくはないから却下だ。
じゃあ、あれだ。「フッ、我は四天王の中でも最弱。我も倒せないようでは、貴様は力不足だったようだな」にしよう。襲って来た敵を止めて返り討ちにする、ダンジョンの盾となるのだ。
「フッ、我こそがダンジョンの盾と恐れられし魔王ユキよ」
「? どうしたの?おにいちゃん」
「何でもない」
そうして楽しく騒ぎながら俺達は、イルーナが遊び疲れて眠ってしまうまで、その日一日遊び呆けたのだった。
次回からまた少し話が動きます。




