ピクニック1
「ぴーくにっく、ぴくにっく!」
ご機嫌な調子でにこにこしながら、俺と繋いだ手をぶんぶん振り回すイルーナ。
いつもにこにこの彼女だが、今日のにこにこはもう百万にこにこだ。にっこにっこにー。
「これ、イルーナ。あまり揺らすな。それに、今からそんな張り切っていたら持たんぞ」
イルーナの俺と繋ぐ反対の手はレフィと繋がれ、同じようにイルーナによって元気よくぶんぶんされている。
「だって、おねえちゃん、ぴくにっくだよ、ぴくにっく!楽しい楽しいぴくにっく!」
「そも、ぴくにっくとは何じゃ。儂は今朝方急に起こされたから、よく聞いておらんのじゃが」
くあぁっと眠そうに欠伸しながら、レフィが聞く。
「ええっとねぇ、ぴくにっくはねぇ……おにいちゃん!」
わからなくてこちらにバトンを回して来たイルーナに苦笑を溢し、俺が答える。
「そりゃお前、あれよ。青空の下で飯を食って、めいっぱいに遊ぶことよ」
彼女らの様子からもわかる通り、今日はピクニックだ。
普段仕事――はあんまりしていないが、まあたまにはこうしてハメを外すのもいいだろう。最近はちょっと頑張ったしな、うむ。
「青空て……この青空は偽物じゃろ?」
「まあ、そうだが。そこはほら、雰囲気でいいんだよ、雰囲気で」
「……でもご主人、遊ぶって言っても、何にもない大草原っすよ?お昼寝には最適かもしれないっすけど」
俺達の後ろに、のほほんとした様子で全員の弁当が入ったかごを持ち歩くメイドさんと、久しぶりに顔を見せ、シィを背中に乗せているリルに何かと世話を焼こうとしてちょっと鬱陶しがられているメイドさんが続き、その鬱陶しがられている方のメイドさんが残念そうな顔をしながらこちらに問い掛けてくる。
「む、昼寝か。それは良いな」
「ふっ、お前ら、そこに抜かりは無いぜ。――っと、ここらでいいか」
立ち止まったのは、小高い丘と細い川辺のある近く。
この辺りの地形は、少し前に今日のため追加しておいたものだ。何だか、草原を追加した意味が大分ズレて来ている気がするが、そんなものは気のせいである。
俺は、一行の前に事前にアイテムボックスへ入れておいたレジャーシートを取り出すと、それを地面に敷く。
「なるほど、ここでご飯を食べる訳ですねー」
「そういうこった。ま、飯は後だ。荷物はそこに置いとけ。まずは――ソリ滑りだ!!」
そう言って、次に俺がアイテムボックスの虚空の裂け目から取り出したのは、ソリ。木製でそこそこ大きく、大人二人ぐらいであれば乗れる大きさがある。
「おにいちゃん、それでどうするの?」
「付いて来い、イルーナ。俺が新たな遊びを教えてやる」
俺はイルーナを連れて丘の上に上り、彼女をソリの前に乗せ、俺自身はその後ろに陣取る。
「よおーし、行くぞおお!」
「うわあああ!はっやーーい!!」
俺は勢いよくソリを後ろから押してスピードを付け、そしてその途中でそりに飛び乗った。
俺が乗ったことでさらにぐんと上がるスピード。
空を飛んでいる時とは、また違った快感だ。空は自分の翼で飛ぶものだが、こっちは別の何かに身を任せる訳だからな。
そのまま俺達は瞬く間に丘を駆けていき、すぐに丘の下のレフィ達の近くへと辿り着いた。
「すごいすごい!おにいちゃん楽しかった!」
「だろ?娯楽マスター・ユキと呼んでくれてもいいんだぜ?」
「ごらくますたーユキおにいちゃん!」
まあ、娯楽マスターは俺じゃなくて、前世のこういう遊びを開発した人達だろうけどな。ホント最初に思い立った人が凄いわ。
「おお!すごい楽しそうっすね、ご主人!」
「へぇ~、勾配を利用した遊びですかー。単純ながらも、なかなか面白そうですねー」
目をキラキラと輝かせるリューと、物珍しげにそりを観察するレイラ。
「お、二人とも、乗ってみるか?」
「是非お願いするっす!」
「そうですねー、私も一回だけお願いしてもいいですかー?」
そうして今度は、新人達を連れて丘を登り、二人をソリに乗せる。前にリュー、後ろにレイラだ。
「……あのっすね、レイラ、おっぱいが……」
「? 何か言いましたかー?」
「……いえ、何でもないっす。何だか自分がとっても惨めになるんで、聞かなかったことにしてほしいっす」
「?」
レイラの豊満な胸を押し付けられ、リューが何だかぐんにょりした、複雑そうな顔を浮かべる。
その様子が何だかすごく不憫に見え、思わず心の中で「心配するな、リュー。貧乳はステータスなんだぜ」と声援を送る俺。
「……ご主人?何でそんな笑いを堪えたような顔をしてるんすか?」
「何を言ってるか全然わからないな。さぁ、行くぞ!!」
「待っ、ちょっ、わひゃああああ!?」
「うわあー!!すごいですー、速いですー!!」
俺が魔王の膂力全開で後ろを押したことにより、ソリはまるでブースターを噴かしたような勢いで、二人の歓声と共に丘の下へと駆けて行った。
「ふおおぉぉ……お、思っていた以上に速かったっす……というか、ご主人力強すぎじゃないっすか……さっきすんごい加速したっすよ……思わずお股がキュッとしたっす……」
「すごいですー!流石魔王様ですー!」
何が流石なのかわからないが、称賛を送って来るレイラを横目に、チラリとまだ魔王コースターを味わっていないヤツの方を見る。
「さあ、次は――」
「わ、儂は遠慮しとこうかの」
「まあまあまあ、そう言わずに」
しゃがんで俺は、ちょっと臆した様子のレフィの足の間に頭を通し、そのまますっくと立ち上がって彼女を肩車をする。
「おわぁっ!?な、何するんじゃお主!?」
「一人だけ仲間外れは可哀想だと思ってな」
レフィに逃げられないようにがっちりと彼女の足を腕でホールドし、丘の上まで連れて行く。
「ちょ、わ、わかった、わかったから、とりあえず降ろせ、ユキ!」
「ふっ、覇龍様には特別コースだ。しっかり掴まってろよ?」
俺はソリの上へと彼女を肩車したまま乗っかり――そして、その状態のまま発進した。
「えっ、嘘じゃろ――うひゃああああ!?」
「フゥーハハハ!!」
今度は自分で加速とはいかないので、最近使えるようになった風魔法を使っての加速だ。
発動と同時、背中に風の爆弾かと思う勢いの風圧が襲い、一気に加速する。
「ほわっ!?う、浮いた!?今一瞬浮いたぞ!?」
「うほぉっ!!最高だ!!もう一発行くか!!」
「頼むからやめてくれぇっ!?」
――やがて、下に辿り着いた時、レフィはすでに、息絶え絶えになっていた。
「くっ、こ、此奴……やってくれよったな!」
「お前、自分で飛んでる時はもっとスピードがあったろ」
「それとこれとは話が別じゃ!!」
まあ、わからないでもないが。バンジージャンプは余裕だが、フリーフォール系のアトラクションはムリって友人も前世にいたからな。
恐らくは、自分の力以外で動くということが怖くて仕方ないのだろう。
「いやー、俺は仲間ハズレは可哀想だと思っただけだったんだがなー、まさか覇龍様ともあろうお方が、この程度のことに恐れをなすとはなー」
ニヤニヤしながらそう言うと、最初はうぐぐと憎たらしそうな表情を浮かべていたレフィだったが、しかし突然ハッとしたかと思うと表情を一変させ、今度は不敵な笑みを浮かべる。
「……よかろう。ならばユキ、今儂はとっても楽しい思いをしたから、もう一度乗りたくなった。だから、もう一度儂と乗ってくれるよな?」
「えっ……い、いや、俺はもう連続して乗ったし、他に譲ろうかなって――」
「まあまあまあ、そう言わずにの」
と、さっきの俺と同じことを言い、俺の身体を後ろからガッシと両腕で抱き留める。
に、逃げられん……!コイツ、本気の覇龍の力で押さえてやがる……!?
「あ、厚い抱擁は嬉しいところだが、そういうのは誰も見てないところでお願いしたいかなぁって」
「なに、風呂を共にした仲じゃろう。今更恥ずかしがるな」
俺を両腕で抱えたままレフィは背中に翼を生やし、飛んで丘の上まで俺とソリを持っていく。
「くっ……いいだろう、これでも俺は絶叫好き!お前がどんな超スピードで走ろうが、傾斜がそんな高くないこの勾配、楽しんでやるさ!」
「何を言っとる。お主が滑るのはこっちじゃ」
そう言ってレフィがヒュッと腕を横に振ると同時――突如、ゴゴゴ、と地面が揺れる。
「おわぁ!?」
揺れは数秒で収まり――やがてそこに現れたのは、大迫力の氷のコースだった。曲がりくねり、一回転し、急降下している。完全にジェットコースターだこれ!?
しかも、ご丁寧に落ちないよう柵が作られており、脱線して途中離脱を装うのも無理そうだ。
「うわぁ!おにいちゃんすごい!あんなの滑るんだぁ!」
「うひゃあ……あれは流石にウチ、無理っすね……」
「す、すごい魔法ですねー、今のを一瞬で作りますかー……」
そんな呑気な声を、魔王の強化された聴力が拾う。俺もそっち側に行きたい。
「ちょっ、おま、本気出し過ぎだろ!?ソリ滑りの範疇じゃねえぞこれ!?」
「いつもお世話になっておるお主に、めいっぱい楽しんでもらおうと思っての。安心せい。儂が風魔法で加速してやるから、さっきよりは速いと思うぞ」
「それ全然安心出来ないんすけど!?」
「さ、行くぞユキ!覚悟を決めい!!」
「覚悟って――うおおあああああっ!?」
「わはははは!!日頃の恨みじゃ!!とくと味わえ!!」
俺の絶叫とレフィの哄笑が、青空に響き渡った。
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