温泉気持ちいいです
「ふぅ……」
湯の中に深々と身体を沈ませながら、思わずそんな声を漏らす。
新しく作った旅館、その温泉の具合を確かめるためこうして浸かっているのだが、中々に最高だ。
湯船は檜で、二人ぐらいが身体を伸ばしても悠々場所を確保出来るぐらいの広さがある。
屋根なんてものはないので、上を見上げれば月と星々が輝き、ランプの薄明かりだけが照らす湯に、もう一つの星空が浮かんでいる。
ここの時間は外に同期しているため、朝は太陽が、夜は月と満点の星々が見られるようになっている。
最初は常夜の世界にしようかと思っていたのだが、普通に考えて不便そうなので、朝昼夜とちゃんと訪れる設定にしておいたのだ。
「いやー、最高だな、シィ」
ぷかぷかと湯に浮かんでいるシィに話し掛ける。
シィはかなりの風呂好きらしく、風呂に入っていると乱入してくることが多い。ふやけたりしないか疑問なのだが、お湯から出てくるシィは何故か身体がツルツルになっているので、もしかしたら水場に入ることで新陳代謝でも行われているのかもしれない。
「――おにいちゃん!」
と、その時、がらりと風呂場のスライドドアが開き、そう言いながら入って来たのはイルーナ。
「イルーナ、来ちゃったのか?後で入って来いって言ったのに」
「えへへ、ごめんなさい」
にこにこしながらそう言うイルーナ。
……そんなにこにこ顔で言われたら、お兄ちゃん許しちゃうじゃない。
「ねぇ、おにいちゃん、頭洗って!」
「わかったわかった、ほら、そこ座れ」
「わーい!」
俺は湯船から上がり、風呂椅子に座るイルーナの後ろにもう一つ風呂椅子を置いて、そこに腰を下ろす。
「んふふー」
「なんだ、ご機嫌だな?」
彼女の頭をわしゃわしゃ洗いながらそう聞くと、イルーナは嬉しそうにこくりと頷いた。
「うん!久しぶりにおにいちゃんと一緒だから!」
……確かに最近は、あんまり構ってあげられてなかったかもな。
……近い内に、この草原エリアで一緒に遊んであげるとするか。
ピクニックなんかいいかもしれないな。その場合二人とはいかないかもしれないが、がっつり一日遊べるだろう。
いいな、ピクニック。俺が楽しみになってきた。
――と、イルーナの頭を洗いながらそんなことを考えていたその時、再びガララと風呂場のドアが開く。
「お、何じゃ、イルーナもおったんか」
「あ、おねえちゃん!」
「あぁ、レフィか……レフィ!?」
「? 何じゃ、そんな間抜けな顔して」
次に入って来たのは、レフィだった。
「な、何だよ、お前まで一緒に入って来て」
「儂が入っちゃいかんのか?」
「い、いや、そうじゃないけど……」
イルーナは年齢的に全然大丈夫だが、レフィは色々とギリギリな面があるから、出来れば勘弁してほしいのだ。色々と。
「おねえちゃんも、おにいちゃんと一緒にいたいんだよね!」
「ち、違うわ!!……コホン、いやなに、久方ぶりにお主に頭でも洗わせようかと思っての。お主が頭洗うの、中々に気持ちが良いからの」
「お、おう、そうか。……ええっと、じゃあイルーナ、先湯船入っててくれるか?」
「はーい!」
すでに頭を洗い終わっていたイルーナは、元気に返事をしてそのまま湯船の中に入って行った。
代わりにイルーナが座っていた場所に、すとんとレフィが腰を下ろす。
視界に飛び込んで来るは、銀色の髪の合間から覗く、思わず視線が吸い込まれてしまう白く美しいうなじ。そこから丸みを帯びた彼女の肩甲骨が続き、流線的で女性らしいくびれのある背中へと視線が勝手に動いていく。
そのさらに下では、彼女の可愛らしいキュッと締まった臀部の、少し上辺りに生えた龍の尻尾がフリフリと左右に振れ、俺の足をくすぐっていた。
……無心だ、無心。
俺は上がりそうになる心拍をレフィにバレないよう小さく深呼吸して落ち着かせ、彼女の頭をシャワーで濡らす。
それから両手でシャンプーを泡立たせ、くしくしと彼女の頭を洗い始める。
繊細な髪に柔らかく指を通し、彼女の頭から生える角へと優しく指を這わせる。
「……んっ」
時折漏れる、レフィの吐息。
それが妙に艶めかしく、俺の心を乱れさせる。
……む、無心だ、無心。落ち着け、何をそんなに心乱れる必要がある。コイツはレフィだぞ。
「…………よ、よし、レフィ、終わったぞ」
彼女の頭の泡を流し終わり、フゥ、と安堵の息を漏らしながらそう声を掛けると、レフィは何を思ったのかそのまま後ろに身を倒し、俺に寄り掛かって来た。
彼女の体温が直に肌を通して伝わり、ドクンと心臓が跳ね上がる。
「ちょっ、おまっ――」
「いやぁ、気持ち良かったぞ、ユキ。でもまあ、何だかお主の呼吸が荒くなっていたようだが、大丈夫か?もしかして儂の裸体に見惚れでもしてしまったか?」
下から見上げるような格好で俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑みを浮かべるレフィ。
なっ、コ、コイツ、気付いてやがったのか……!!
「ばっ、バカ言え、自意識過剰もいいところだ。お前のお子様ボディなんかに俺が興奮する訳がないだろう?」
「おっ、お子様ぼでぃじゃと!?よう言うわ、鼻息荒くしていたくせに!」
「し、してないですー。鼻が詰まって呼吸が荒くなっていただけですー」
「どんな言い訳じゃそれは!?」
「もーう、おにいちゃんもおねえちゃんも、そこにいたら湯冷めしちゃうよー?」
「「…………」」
幼女に諭された俺とレフィは、互いに無言で湯船に向かい、そしてその中へと身体を沈ませた。
「……あぁ……気持ち良いのぉ……。温泉というものがこんなに良いもんじゃとは知らなんだなぁ……」
「うん、とっても気持ちいいね。ね、シィ!」
ポヨンと、シィが水の中で肯定を示すように揺れる。
「そうかい、そりゃよかった」
しばし沈黙と共に流れる、おだやかな時間。
何となく……悪くない気分だ。
子供なんて持つような歳じゃないが……子持ちの父親ってのは、こんな気分なのかもしれない。
「……でもまた、何でこんな場所を急に作ろうと思ったんじゃ?景色は良いが」
と、レフィが、風呂場から見える草原エリアの景色を眺めながら、そう問い掛けて来る。
「いや、俺、城作ろうと思ってさ」
「は?」
「城だよ城。その前段階として、この草原作ってみたんだ」
「……百歩譲って城を作るのはいいとしても、何故温泉と宿が出来とるんじゃ?」
「気付いたら出来てました」
「……そ、そうか」
腑に落ちていなさそうな様子ながらも、相槌を打つレフィ。
そうしてしばらく湯に浸かって温まっていると、こくり、こくりと揺れるものが視界の端に映る。
「……イルーナ?」
そちらに視線を向けると、暖かくなって眠くなってしまったのだろう。いつの間にかイルーナが、湯に揺られながらウトウトと舟を漕いでいた。
「あー、眠くなっちゃったか。ほら、イルーナ、もうちょっとだけ頑張れ。お布団行くぞ」
「ん……」
眠そうに眼を擦るイルーナと手を繋ぐ。
「悪いレフィ、イルーナに服着せるの手伝ってくれないか」
「む、わかった」
「シィは……お、おい、シィ、大丈夫なのか?それ」
見ると、シィの身体がいつの間にかでろーんと伸びてしまっており、もはや原型を留めていない。
見ている方からからすると非常に不安になる溶け方なのだが、ただまあ本人は全然気にしていないようで、「もうちょっとしたら出る!」と言いたげに身体をプルンと震わせる。
「あー……程々で出ろよ」
そう苦笑交じりに返してから俺は、レフィとイルーナの二人と共に、風呂場を立ち上がった。
三人並んで、寄り添いながら歩き出した俺達を、淡い月の光が優しく照らしていた。




