帰宅
「――さて、どうしようか、この子ら」
帰って来た我らがダンジョン。ちょっとの間でも空けるのが怖かったので、入り口を塞いでおいた大岩もすでにアイテムボックスへ回収済みである。
その入口の前に立ち仁王立ちをする俺の目の前で、身を寄せ合わせて震えている二十人程の奴隷少女達。
彼女らは何にも聞かされていないので、こんなところまで連れて来られて何をされるのかと、こちらに怯えの視線を送っている。
ちなみにイルーナは、流石に疲れてしまったようだったので、中に入って布団に寝かせて来たためここにはいない。
今頃は、無事イルーナが帰って来たことに喜び過ぎて疲れたシィと共に、夢の中へ旅立っていることだろう。
「何じゃ、この先のことも考えておったんじゃないのか?」
「いや?全然?全くこれっぽっちも」
「……お主あれよな、よく考えておるように見えて、実は行き当たりばったりよな」
よくわかってらっしゃる。
「……あー……君ら、家は?」
そう問い掛けると、ちょっと怖がりながらもぼそぼそとお互いに会話を交わし、そしてその中の一人、羊のような角を持つ、ちょっとおっとりした雰囲気の少女がおずおずと切り出す。
「あ、ありますー、魔王様。ここにいるほとんどが、出稼ぎに出て捕まった者達ですのでー。そうでない者も、当てがあるようですー」
「お?よくわかったな、俺が魔王だって」
「は、はいー、魔力の質が違いますのでー」
へぇ、質とかそういうの、やっぱあるんだ。
「まあ、なら話は早いな。……えーっと、レフィ、龍達に送迎をお願いしても大丈夫か?」
「お安い御用じゃ」
そう言うとレフィは上を向いて、クイッと人差し指でこちらに来いという動作をする。
と、同時に、上空待機していた龍達が、一秒でも遅れまいとすぐさま下降して来て、近くの中空にズラリと並ぶ。
……うん、まあ、従順で助かるからいいんですがね。レフィさんはいったい彼らに何をやったんですかね。
「なに、ちょっと昔、誰が上なのかを教えてやっただけよ。骨の髄までな」
そうっすか。
「……ま、まあ、お前ら、家があるんだったらその龍どもに送ってってもらいな。ソイツら賢いから、言えばそこまで連れてってくれるさ」
その言葉に、死んでいた奴隷少女達の瞳に、幾ばくかの希望の色が生まれる。
ちなみにここにいるのが少女だけなのは、俺達が行ったあの街の属する国が、戦争中であるからだそうだ。
そのため使える男は全員戦奴隷行き。成人の女性に関しても、魔族や亜人族は人間より身体能力が優れている場合が多いため、同じように連れていかれたらしい。
それと、あの規模の街だったのに、奴隷少女達の人数が二十人弱しかいないのは、そうやって成人が連れて行かれたからという理由もあるが、どうやらあの国は奴隷の売買を表向き禁止しているようで、出回っているのは全て違法奴隷であるらしいのだ。
故に、奴隷を扱っているのもそういう違法なことに手を染めている組織――つまり、俺が潰したあのブタの組織のような場所に限られるので、数も少ないという訳だ。
あれだけ特に渋る様子もなくすんなり渡して来たのも、向こうとしても扱いに困る故の態度だったのだろう。
それを考えると中々に複雑な気分だが……まあいい。滅多にワガママを言わないイルーナのお願いを叶えられた。それで良しとしよう。
「よ、よろしいのでー?」
「おう。ウチの子も攫われたし、その好みということで。……あー、でも、帰る場所がないなら言ってくれ。連れて来たのは俺だから、流石にほっぽり出したりはしねぇからよ」
数人だったら、まだ面倒見られるしな。あんまり多いと困るけど。
そう言うと彼女らは互いに顔を見合わせ、ぼそぼそと何ごとかを話し合ったかと思うと、もう一度こちらに向き直り――そして、深々と頭を下げた。
『我ら、種族が違えど同じ境遇に落とされたもの。抱く思いは同じ。魔王様の慈悲に、感謝を――』
* * *
「――んで、残ったのは二人か」
奴隷少女達の乗った龍の大群を見送った後、俺は残った二人へと視線を向けた。
「私は、受けた恩は絶対に返しなさいと言われて育てられたのですー。なので、ご迷惑でなければ、お仕えさせていただきたいのですー」
一人は、先程のおっとり系羊角少女。腰ぐらいまで長く伸びた白髪で、出るとこが出た良い身体付きをしている。というかぶっちゃけ、今身に纏っている襤褸のサイズが合ってないせいで、ある一部がすごく強調されており、非常に目のやり場に困る。
のほほんとした雰囲気が周囲から醸し出され、何となくお姉さんっぽい感じの子だ。
「あ、あの……魔王様、そこにおわすのは、もしやフェンリル様っすか……?」
そしてもう一人は、犬っぽい耳と尻尾を生やした、獣人の少女。癖っ毛のある栗毛色のショートヘアで、こちらは体型的にレフィやイルーナと同じ枠なので安心である。すごく失礼な分析だ。
ただまあ、どちらも奴隷へ落とされるのに納得してしまいそうなぐらいの美少女であるのは間違いない。
「ん?あぁ、そうだけど?」
「や、やっぱりそうっすか!ど、どうか魔王様、自分、雑用でも何でもしますんで、ここに置かせていただけないでしょうか!?」
「え、お、おう、いいけど……そんな、コイツに何かあるのか?」
ぽふぽふとリルの身体を触りながら聞く。
「そりゃ、フェンリルと言ったら我ら『ウォーウルフ』にとって神にも等しい存在っすから!!故郷の皆の反対を押し切って、わざわざ外の世界に出て来たかいがあったってもんすよ!!これで、フェンリル様にお仕えしてたって皆を見返すことが出来るっす!!」
「……そ、そうか。よかったな」
テンション高い彼女に、若干引き気味に相槌を打つ俺。
……なんか、またキャラの濃いヤツが来てしまったな。
「リル。お前神様だってよ」
「クゥ……」
そう声を掛けるとリルは、苦笑気味の表情を浮かべた。気持ちはわかるよ。
「……で、あー……俺はユキ。そっちのがレフィ。んでコイツがモフリル。中にまだいるが、そっちは明日紹介しよう。お前らの名前は?」
「私はレイラですー、何でもお申し付けくださいませー」
ほわんほわんした様子で、そう言う羊角少女――レイラ。あの、そんな深々頭を下げられると見えてはいけないものが見えそうになっているので、早く上げてくれると助かります。
「自分はウォーウルフのリューイン=ギロルと言うっす。リューとお呼びくださいっす」
こっちの犬耳少女――リューは、何となく野球部の女子マネージャー、みたいな雰囲気のあるヤツだ。パワ〇ロのほむ〇ちゃんみたいな。……いや、顔はそんな似てないな。口調か。口調が似てるだけか。
「まあ、細かい話は明日にしよう、お前らも疲れたろ。とりあえず今日んところは、我が家に招待しよう」
「ええっと……この洞窟の中ですかー?」
「言いたいことはわかるが、寝床はもっとちゃんとした場所だ。行きゃわかる」
そうして恐る恐るも中へと入って行った二人を横目に、俺は用は終わりとばかりに一緒に入って行こうとしたレフィを呼び止める。
「……あー、その……レフィ」
「? 何じゃ?」
こちらを振り返り、俺を見上げるレフィ。
「えーっと……い、色々ありがとな。その、今日はお前のおかげで、助かった」
そう言うと彼女は、一瞬だけキョトンとすると、すぐにニヤリと笑みを浮かべる。
「お主が暴走しそうになっていたのを、儂が抱き留めたことで赤子のように落ち着いた時の話か?」
「グギッ、そ、その件は忘れてくれ、マジで」
苦々しい表情でそう言うと、からからと笑うレフィ。
「……儂はな、ユキ」
――そうしてひとしきり笑った後、彼女は唐突に、そう切り出した。
「ずっと、一人じゃった。今までずっとずっと、な。世界はどうしようもなく退屈で、全てが色褪せていた」
「…………」
それは、圧倒的な強者であるが故の、孤独。
レフィが、覇龍として生きてきた、長い年月の記憶。
「……しかし最近、とある男と出会ってから、日々に色が溢れ始めての。それが新鮮で、愉快で――どうしようもなく、愛おしい。……だからユキ。もっと儂の世界に、色を塗ってくれよ?」
冗談めかすように笑ってそう言ったレフィに、俺は――。
「…………あぁ」
――ただ、それだけを言って、頷いた。




