決着2
「――今回の件は本当に申し訳ない。大変な迷惑を掛けた。許されるならば、謝罪をさせていただきたい」
質素ながらも、さっきの悪趣味な屋敷と違い、全体的に品の良い雰囲気の漂う屋敷。
その応接間のような部屋に通された俺達は、レイローと名乗った領主の男と、部屋のソファで対面するように座る。
領主の男は、もう大分疲れた様子でそう言った。
というのも、道中で武装した者達が現れ、俺達に刃を向けようとするのを慌てて領主の男が止めるということを何度も繰り返してここまで来たからだ。
何と言うか、「あぁ、苦労してるんだなこの人」とちょっと親近感が沸いてしまった。
「――レイローと言ったな。貴様、儂が何者か気付いておるのだろう?」
先に口を開いたのは、レフィ。
目の前の男を見据えて、いつもの様子とは違った、底冷えするような冷たい声で問い掛ける。
「む、無論だ。重々に理解している」
些か緊張の隠せない声で、領主が答える。
「ここの領主をやっているぐらいだ。ならば儂と人間との間で交わされた約定についても当然知っておろうな?」
「約定?」
「そう言えばお主には言ってなかったな。昔、誰も彼もが力を求めた世界動乱の時代があったんじゃが、漏れなく儂にも襲い掛かって来る馬鹿が大勢いての。あんまり鬱陶しいもんじゃから、もう根本から潰そうと人間の国へ襲いに行こうとしたんじゃ。そうしたら、慌てて当時の人間の王がすっ飛んで来て、お互いに関わらないと、まあ要するに相互不干渉の約定を結んだ訳じゃな」
な、なるほど。圧力外交ですね、わかります。
「此度、貴様らが攫って行ったのは儂の身内同然の娘。つまり、貴様らが望んだ約定を、貴様ら自身が破ったということじゃ。……この落とし前、どうしてくれようかの?」
「し、しかし我々にとっても今回は青天の霹靂で――」
「人間の事情を、儂に斟酌しろと?」
「…………い、如何様にすれば」
外見的には中学生なり立て、ぐらいの少女を相手に、顔面真っ青で冷や汗ダラダラの領主。顔なんかすごい強張っている。
なんかちょっと、見ていて可哀想になってきた。
「と言ってもまあ、儂からは特にこれといった要求は無い。ただ、この男が何か用があるようでな。儂の頼みとして、快く聞いてくれるよな?」
そう言って、チラリと目配せしてくるレフィ。
……も、もしかしてコイツ、俺がまだ一つ用事があるって言ったから、その話がしやすいように、こんな圧迫面接染みたことをしてくれているのだろうか。
「ど、どうしたんだ、レフィ。今日はいつもと違って、なんかすごく有能っぽく見えるぞ」
「いやなに、お主が儂のことをぐーたら龍ぐーたら龍とうるさいからの。こういう時こそ覇龍としての……って、ユキ、あのな、まだ話は終わってないんじゃ。もう少しだけ真面目にしててくれんかの」
「アッハイ」
そんなやり取りを交わす俺達に呆気に取られた顔をしている領主を見て、レフィはコホンと咳払いしてから、再び前を向き直る。
「まあとにかく、後はこの男が話を付ける。ほれ、ユキ、出番じゃ」
「あ、お、おう」
目的のヤツらをぶっ殺し、レフィに諭されて大分怒りも薄れてしまっていた俺は、フッと一度息を吐いてから、意図して相手を威圧するように話し出す。
「そうだな……まずは、レフィの約定と似たようなもんだが、俺達に関わるな。お前達が何をどうしようが知らんが、今回のようなことがあれば……殺す。必ず」
まあ、もうイルーナを攫われるようなマヌケなことは、絶対にしないけどな。
「て、徹底させよう。これからは魔境の森にも立ち入れさせないようにする」
魔境の森ってのは……俺達の住んでる辺りの森のことか。そんな名前だったんだな。
「後は、この街の奴隷だ。俺が突撃した屋敷にいた彼女らと、それ以外にもいるなら、その奴隷全員。全部寄越せ」
渋るようであれば、上空待機の龍どもをけしかけちゃうぞと、チラリと視線で横のレフィを指し示す。
まさに虎の威を借る狐。今度から語尾にコンと付けて話すことにしよう。
「……それだけでよいのか?」
…………あれ?
ここ、渋るところじゃないのだろうか。
「……全部だからな?」
「わかった、すぐに手配しよう。馬車は必要か?」
「え、あー……レフィ、龍どもに乗せても大丈夫か?」
「三百までなら運べるな」
「そうか……ならまあ、馬車はいい。こっちで連れて帰る」
流石に三百はいないだろうからな。つか、いたら困る。
「了解した。では、貴殿らは、しばしこの場で待っていていただけると助かる。――アルト!」
領主の男は俺達に一礼すると、そのまま人を呼びに部屋を出て行った。
――そうして、何だか拍子抜けするぐらいアッサリと『突撃!!隣の異世界街!!」は終わりを告げたのであった。
* * *
「……行ったか」
レイローは、空の黒点――龍達の姿が遠くに消えていくのを見て、椅子に深くもたれかかり、大きく安堵の息を吐き出した。
恐ろしかった。
龍どもが群れている時点で、もしかすると覇龍の存在が関わっているのではないかと危惧していたが……まさに、その通りだった訳だ。
伝承に残っている覇龍、その正体があんな可憐な少女のような見た目をしているとは流石に予想外だったが、しかし、その内に眠る途轍もない力は、まさしく『覇龍』そのものだった。
レイローは元々、戦場で頭角を現し、その実力を買われてこの辺境の街の領主に据えられた男だ。
戦場では相手の実力を見抜く力が無ければ長生きは出来ず、それを渡り歩いて来たレイローもまた、自然とその力を身に付けていた。
――故に、彼我の実力差については、一目でわかった。
『分析』のスキルでは、そのあまりの能力の差から相手があの伝説の龍であるということしかわからなかったが、全身がビンビンと伝えて来る恐怖は、かつてどの戦場でも味わったことのないほど恐ろしいものだった。
一瞬でも気を抜けば、そのままその場に失神してしまいそうだったぐらいだ。
それに――隣にいた、あの男。
まるで闇そのものを具現化したかのような黒一色の髪に、これまた同じように黒色の片目と、血のように赤いもう片方の目。
顔付きにそれ程の特徴はないが、しかしその眦は鋭く、強く印象に残っている。
あの男もまた、覇龍程ではないが、十分に脅威足り得る存在感を放っていた。
「……魔王か」
恐らくは、新たなダンジョンが魔境の森に生まれたのだろう。
あの覇龍に対して、あの態度。
しかも、従えていた狼もまた『フェンリル』などという、伝説級の化け物だった。
覇龍がいなくとも、あの男と従魔のフェンリルだけで、この街には相当な被害が出てしまったことは想像に難くない。
今更ながらに、ぶるりと身体が震える。
幸いだったのは、両名ともが随分と理知的だったことか。
男の方が怒り狂っていた時は、かなり冷や汗を掻いたものだが、覇龍が宥めてくれたおかげで、どうにか話し合いが出来るぐらいまで平静を取り戻してくれた。
このまま攻撃を仕掛けても、全滅するのはまず間違いなくこちら側。
なればこそ、どうにか話し合いで済めば、と持ち掛けたのだが……。
「全く……厄介な者を引き寄せてくれやがって、あのブタどもめ……」
今回の事態を引き起こした元凶とも言える男の顔を思い出し、忌々しげに言葉を漏らす。
ただまあ、今回の件で一つだけ益になったことと言えば、そのブタの一味が完全に壊滅してくれたことだろうか。
盗賊紛いの手法で奴隷を獲得し、それを高値で売りさばく。その他にも非合法なことには大抵手を染めており、犯罪のシンジケートとなっていたあのブタは、レイローにとっても目の上のたんこぶだったのだ。
摘発しようにも貴族との関わりも根深く、奴らが捕まりなんかすればその男と取引したことも芋づる式にバレてしまうため、全力で庇護するのだ。
故に、どうにかしようとしても手が出せず、傍観するしかない状況だった。
それを考えれば、今回そのブタども以外にこちらへの被害は全く無かったため、むしろプラスであると言えるかもしれない。
そんなことを考えてレイローは、そんな訳がないと一人苦笑を漏らした。
――問題は、この後だ。
最近、覇龍の脅威を甘く見て、資源の豊富な魔境の森へ進出しようとする勢力が国内にある。
まず間違いなく、今回のことを理由に、報復を名目にして軍を派遣しようとするだろう。
そんなことになれば、あの者らは絶対に黙っちゃいない。自ら棺桶に片足を突っ込むハメになるのは目に見えている。
――何が何でも、止めなければ。
もう、脅威であるのは覇龍だけではないのだから。
感想、評価ありがとうございます。




