アルフィーロの街の闘争
「――りょ、領主様!!大変です!!」
アルフィーロの街の領主、レイローはその日、領主館のベッドで就寝していたところを、代官に叩き起こされた。
「…………何だ、騒々しい。魔物でも攻めて来たか?」
「お、おっしゃる通りです!!魔境の森方面上空から、凡そ百近くの魔物が真っすぐこの街へと向かって来ています!!」
その言葉に、レイローの寝起きの頭が一瞬で覚醒する。
「――ッ、とうとうそんな事態になってしまったか……。上空と言ったな、ということは、魔物はワイバーンか何かか?」
「い、いえ、遠見の水晶で確認したところ、魔物はせ、成龍ですっ!!」
「何ッ!?」
その報告に、思わず驚愕の声を漏らす。
成龍とは、世界で最強と名高い生物、『龍族』の成体となった個体の総称だ。
魔物の区分としては災害級に当たり、一匹倒すのに一騎当千の実力を持つアダマンタイトクラスの冒険者が、パーティを組んで対処する必要がある。
それが――百。
考え得る限り、最悪の事態である。下手したら、この街のみならず――国が崩壊してしまう程の。
「衛兵と待機中の冒険者達を全員叩き起こして召集しろ!!今すぐにだ!!非常事態宣言を街に出して、住民の避難を始めるぞ!!」
領主の言葉に代官がすぐさま部屋を出て行き、慌ただしく領主館全体が動き始める。
レイローはすぐにベッドから降りると、簡単な羽織る物に腕を通し、寝室を抜ける。
……ここのところ、魔境の森がおかしいという報告は届いていた。
故に、万が一を考えここ最近で、戦える者を増員をしていたのだが……現状の戦力だけでどこまで通用するか。
せめて、住人の避難が完了するまでは持ってほしいが……。
――この命、今日までかもしれない。
そんな悲壮な覚悟を決めながらレイローは、指揮を執るべく急いで執務室へと向かった。
* * *
月の照らす夜陰の中を、龍の大群が疾駆する。
よく統率されており、その姿はまるで全体で一個の生物であるかのような、そんな印象さえ感じる。
これだけの強さを持つ連中が、よく素直に言うことを聞くもんだと思うのだが……まあ、それは偏にレフィのことが怖いから故なのだろう。
コイツらにとって、完全に上位者だからな、レフィは。「力が全て」って面があるこっちの世界じゃ、逆らう気すら起きないのだろう。彼我の力の差が圧倒的過ぎて、逆らった瞬間死が確定するからな。
眼下では、リルが大地を蹴飛ばし、四肢の筋肉を躍動させ、空を飛ぶ俺達に全く引けを取らない速度で走って付いて来ている。
「見えたッ――!!」
やがて、人間の頃とは比べ物にならない程強化された視力が、遠くに人里――街の様子を映し出す。
周囲には見るからに堅牢そうな防壁がぐるりと街を覆っており、想像していたよりずっと大規模だ。
その街の方は、夜も深まった時間帯だというのに明かりが点いており、何やら慌ただしい様子が窺える。防壁の上には、完全武装した者達の姿も見える。
まだ少し距離があるはずだが……恐らくはすでに、何らかの手段を用いて俺達のことを捕捉しているのだろう。
……異世界の街か。
出来るなら、もっと違う形で訪問したかったものだ。
と、そんなことを思っていると、背中から魔力の翼を生やして龍どもの先頭を飛んでいたレフィが、こちらにやって来て横に並ぶ。
「――ユキっ、儂が暴れると街ごとイルーナも潰してしまう可能性が高い!悪いが、お姫様の迎えはお主に頼むぞ!!」
「わかったッ、レフィは龍どもが勝手に暴れないように躾、しっかり頼んだぞッ!!」
「言われるまでもないわ!!」
レフィの返事を聞いて数瞬後、ついに街を覆う防壁を超え、無謀にも仕掛けて来る何かの魔法や弓の攻撃を避けながら俺は、翼を畳み眼下の街中へと一気に急降下する。
ぐんぐんと地上が迫り来り――やがて、地に着地。
ズシンと来る衝撃が全身を走り抜け、砂埃が舞い上がる。
と、地上に降りた俺のすぐ傍に、街の防壁を余裕で乗り越え、屋根伝いに渡って来たリルが走り寄る。
「リルッ!!イルーナの匂いは!?」
「グルゥッ!!」
クイっと首を曲げて、一つの方向を指し示すリル。
「よしっ、案内しろ!!」
俺がリルの首に腕を回し、一気にその背中に飛び乗ると同時、リルは弾かれるようにして走り出した。
「――こっちだ!!こっちに降りたぞ!!」
途中で、慌ててこっちに掛けつけて来る武装した男達の姿が映るが、有象無象は無視だ。
目指すは――イルーナのいる場所のみ。
* * *
そうして、街の中を疾駆すること数分。
やがて辿り着く、一軒の屋敷風の建物。周囲の建造物より一回りも二回りも大きく、ここが相応の権力を持った場所であることがわかる。
――ここか。
ここが、クソどもの巣窟か。
「――ッガアアアアアアァァッッ!!」
とうとう荒れ狂う感情が抑えられなくなった俺は、リルの上から一気に飛び降り、獣染みた咆哮と共に握った大剣を、一閃。
同時、建物の正面扉が派手な音を発しながら大きく内側に吹き飛ぶ。
「な、何だ!?」
「ッ、誰だテメェは!?」
その勢いのまま中へと入ると、視界に飛び込んで来るのは、悪趣味な調度品が設えられた店らしい趣の内部。
二階建てらしく、入った奥に二階へと上がるデカい階段があり、成金趣味なシャンデリアが天井に吊るされている。
そして――逃げる準備でもしていたのか、見るからにカタギじゃないナリをした男達が鎖で繋がれた首輪の少女達をどこかに移動させようとしている姿。
その少女達の中に、イルーナの姿は見受けられないが……。
あまりの光景に、ギリィッと歯を強く噛み締める。
……コイツらはどれだけ、俺をイラつかせれば気が済むのだろうか。
「やれッ、テメェら!!」
向こう側も、明らかな不審者である俺に排除の方向で話が固まったのだろう。
奴隷みたいなナリの少女達を乱暴に奥の部屋の一つに押し込めると、各々が武器を取り出し――そして、一斉に襲い掛かって来た。
――あぁ、もう……殺っちまっても、いいよな。
メイスを振り上げ、一番最初に飛び掛かって来た男の首を――片手で無造作に大剣を振って、刎ね飛ばす。
肉を断つ柔らかい感触と、骨の硬質な感触。
飛び散る血が頬を濡らし、ごろんと首が地面を転がる。
一瞬で仲間がやられたことに臆したのだろう、怒声を上げていた男達の足並みが、少しだけ鈍る。
その隙を逃さず、俺は自ら集団の真っ只中へと突っ込んでいき、大剣を力の限りで振り抜く。
何人かはすぐに反応を示して武器を間に挟みガードに成功するが――関係ない。
「カハッ――」
「ウグッ――」
防御に間に合わなかった者は、下半身をその場に残して上半身だけが吹き飛び、そして防御に間に合った者もまた、俺が放った斬撃の重さに耐えきれず、壁際まで吹き飛ぶ。
俺が大剣を武器に選んだ理由の一つが、これだ。
今の化け物染みた俺の膂力があれば、技術が無くともこんな強引な攻撃が可能となる。
「死ねッ!!」
と、わずかに刀身の間合いから逃れた者が、大剣を振り切った格好の俺へここぞとばかりに剣を振るうが――残念ながらここにいるのは、俺一人ではない。
援護に回ったリルが瞬時に彼我の距離を詰め、その男に前脚の一撃を食らわせる。
男はリルの動きの素早さに全く付いて行くことが出来ず、一瞬で上半身を叩き潰され、絶命した。
「チィッ!!コイツ、従魔持ちだ!!テメェら、アレ持って来い!!」
と、どうやらリーダー格らしい一人の男がそう怒鳴ると、手下の数人が何やら奥から水晶球が数個連なったかのような物体を取り出し、何らかの操作を始める。
……『魔導具』、か。
その水晶球が発光を始めたかと思うや否や、突然リルがふらっと一瞬だけふらつき、すぐに立て直すも、苦々しげな表情を浮かべ始める。
「おい、大丈夫か?」
リルは「問題ない」とでも言いたげに首を振るが、しかしどこか調子が悪そうだ。
妨害の水晶:魔物の魔力を乱し、動きを鈍らせる。魔物の強さにより、効果に幅が出る。品質:B+
目を向け、発動した分析スキルが、魔導具の正体を伝えて来る。
……そういう効果か。
なるほどな。こんなゴミクズ程弱いくせに、あの森に入って無事だったのは……あの魔導具のおかげか。
疑問ではあった。
人界じゃ秘境に数えられているらしい魔境の森に入るのは、人間にとって大分命懸けの行為であるはずだ。
だというのに、わざわざイルーナ一人を連れ戻すためだけに命を掛けるものなのかと。
それぐらい、人間も強いのかと最初は思ったのだが……ただ、道具の効果が凄かっただけな訳か。
そんな冷笑が顔に出てしまっていたのだろう。リーダー格の男が苛立たしげな表情を隠しもせず、吐き捨てるようにして手下どもに指示を出す。
「クソッ、強がりやがって……ッ!!テメェら行くぞッ、従魔持ちは本人はそんなに強くないって相場が決まってんだ!!数はこっちが上なんだ、集団で行ってぶっ殺せ!!」
……コイツら、俺一人に何人やられたのか見てなかったのだろうか?
それとも、そんなこともわからないくらいにお脳がイカれちまってるのだろうか?
「いい、リル。お前はそこにいろ」
辛そうにしながらも俺の前に出ようとしたリルにそう声を掛け、俺は瞬時に魔力を練り上げ、一つの魔法を完成させる。
「――んなっ!?」
驚愕の声を漏らす、クソ共のリーダー。
発動した魔法は、いつも俺が使っている、高速水流で形成された数匹の龍。
「行け」
そう声を発すると同時、俺の造り上げた龍はまるで嬉々としたような唸り声を上げ、勢いよく中空を進み、その咢でクソどもを咀嚼する。
為す術もなく、龍の体内へと取り込まれるクソども。
ヤツらは水から出ようともがき溺れ、水流に細切れにされ――やがて、誰一人として動かなくなった。
* * *
――場に残るは、死屍累々とした、地獄絵図。
部屋中に臓物が散らばり、血が周囲を赤一色に染め上げている。
ただ……それを見ても、俺の心には一片たりとも、人間を殺したことに対する感情の変化は生まれなかった。
今更だが――どうやら俺は、本当に人間をやめてしまっているらしい。
「……ハンッ、好都合だ」
俺はクソどもが持って来た魔導具を大剣で叩き潰して壊し、そう吐き捨てる。
つまり――このゴミクズどもを地獄行きさせるのに、躊躇しなくていいってことだ。
「……リル、イルーナは?」
「クゥ……」
どうやら、血の臭いが強くなり過ぎて、正確な位置がわからなくなってしまったようだ。
申し訳無さそうな表情を浮かべて、そのことを伝えて来るリル。
――まあいい。
後は、ここの連中を一人一人ぶち殺していけば、いつかはイルーナの居場所を知っているヤツが出て来るだろう。
ガチギレ主人公のせいでどこかに行ってしまったほのぼの。さあ、人間達の明日や如何に!?(まだ考えてない)
感想、評価ありがとうございます。本当に励みになります。




