閑話:ユキという男
不思議な男だ。
「おにいちゃん、そのお空を飛ぶお船から落ちたしーたは、どうして無事だったの?」
「おう?あー……そりゃ、あれだ。シータは不思議な魔法の力が掛かったペンダントを持ってたからな。そのおかげで無事だったんだ」
少し前にここの新たな住人となった童女、イルーナへと長く生きた自分でさえも全く聞いたこともなく、そして年甲斐もなくワクワクさせられる物語を語り聞かせる魔王――ユキを見ながら、そう思う。
見たこともない摩訶不思議な物を出したり、聞いたこともない知識を知っていたり。かと思えば、自分ですら知っている常識を全く知らなかったり。
エラくちぐはぐで――不思議な男。
まあ、魔王――ダンジョンの主として生まれたばかりだと、そのようになってしまうのかもしれないが……ただ、他の魔王ともこの男は、大きく違うように思う。
この男の出自が、などという話ではない。この男の放つ雰囲気そのものが、だ。
あまり言葉にはし難いのだが……どこか人を惹き付けてやまないような、そんな雰囲気を放っている。
この男の持つ、伴にいて心安らぐような、安心するような魔力がそう思わせるのかもしれない。あの童女も、直感的にそれを感じているのは間違いない。
もしくは、喜怒哀楽を隠すことなく、素直で、無邪気で、そしてしっかりしていながらもどこか抜けているあの性格から、そう感じるのかもしれない。
――とにかく言えることは、この男は他の者と違う何かを持っているということだ。
ここ数百年は、退屈で仕方がなかった。
世界動乱の時代、挑んで来る馬鹿共と暇潰しがてらに戦い、そして気付いた時には自分は「覇龍」の称号を得ていた。
その後はもう、自分と対峙する者は誰も彼もが「覇龍」の称号を前に恐れを為し、最強の種族と言われる、同族の龍種ですら委縮して、自分の前ではただ平伏すのみだった。
――だというのにこの男ときたら、最初こそ能力の彼我の差に圧倒されていたが、しかしすぐに警戒することもなくなり、そして自分に対してもふてぶてしい態度を取るようになった。よくユキとは口喧嘩をするが、それこそ他人と言い争うようなことなど初めての経験だ。
全く……肝が据わっているというか、恐れ知らずというか。
――この男だけは、自分を覇龍ではなく、レフィシオスという個で見てくれる。
それが何だか新鮮で――とても心地が良い。
こんな感情は、初めてだ。
この生活がいつまで続くかわからないが……願わくはもう少しだけ、この心地の良い空間に浸っていたいものだ。




