昆虫が群がってる映像とか、ホントに鳥肌ものだよね
「うおおぉっ!?あぶねっ、今俺の顔に掠りそうだったぞ!?」
頬の横を、見るからにヤバそうな色の液体が掠める。
外れた液体はそこに生えていた大木に掛かり――すると大木は、ジュウジュウ言いながら一瞬で幹が溶け、大地に横転した。
うわぁ……今の当たってたら俺の顔面ドロッドロになってたな……。
――俺達は今、必死になって逃げていた。
その背後に迫るは――一匹一匹の大きさが中型犬以上はある、蟻の集団。
数えるのもバカらしい数の蟻どもが軍団を為し、まるで地を貪るような勢いで背後から俺達を追い掛けて来ている。
背中の翅で飛んでいるようなヤツもおり、もうなんか、ウヨウヨカサカサしていて非常に気持ち悪い。
最初は、数匹だった。
特に強くもなかったので、思いの外使い勝手の良かった鉄筋で、ソイツらを今までの魔物と同じように倒し、さあ次行こうかという時、再びどこからともなく、最初より少しだけ数の増えた蟻どもが現れた。
その時は、あぁまだいたのか、と何も考えずに現れた蟻も倒したのだが……。
――問題は、蟻の出現がそこで終わらなかったことだ。
さらに数を増やして出現する蟻。
倒せど倒せど終わりがなく、しかも一回倒すごとにさらに数を増していき――気が付いた時には、この量になっていたのである。
驚異的なのは、その脚の速さだ。
上に俺を乗せているとはいえ、リルがかなり本気になって走っているのに、振り切ることが出来ない。
確かにリルは、どちらかと言うと瞬発力の方が優れており、持久力はそれに一歩劣るようなのだが――しかし、それでもフェンリルだ。並大抵の魔物じゃ、並ぶことすらままならないのに、コイツらと来たらしっかりくっ付いて追って来ている。
「な、なぁっ、やっぱり俺降りた方がいいんじゃないか!?」
「グルゥッ!!」
その必要はない!と言わんばかりに、唸るリル。
そう、俺が飛んで逃げないのは、リルの方が俺の飛ぶスピードより速いからだ。
向こうも翅があるから飛べるし、というか実際飛んでいるヤツもいるし、俺だけではとっくにあの蟻どもに群がられ、身体中を貪り尽くされてアイツらの腹の中行きである。うわ、想像したら鳥肌立った。
「わ、わかったっ!……よし、なら、俺も覚悟を決めよう!!」
そう言って俺はリルの上で体勢を変え、くるりと後ろへ身体を向け、蟻どもと対面する。
疾駆する馬とかの上に後ろ向きで座りなんかしたら速攻で振り落とされてしまいそうだが、そこは魔王としての膂力があるため、何とか耐えられる。
と言っても――どうしたものか。
魔法短銃はとっくに撃ち切ってしまっているし、鉄筋が如意棒みたいに伸びてくれれば戦いやすいが、俺が持ってるこれは、そんな変な機能は付いていない普通の鉄筋である。
とすると……魔法か。
……うん、そうだな、魔法行こう、魔法。まだ実戦で使ったことないけど、うん、大丈夫。自分を信じれば大丈夫ってばっちゃが言ってた。俺にばっちゃいないry
そう判断を下した俺は、即座に魔力を練り始め――最近ずっと練習していたその魔法を、発動させた。
現れたのは、水で構成された、三匹のデカい龍。
形状は、いわゆる東洋龍と呼ばれる、ヘビのように胴体が長いタイプだ。
そう、以前言っていた水……というかまだお湯なのだが、まあとにかく水で作り上げられた龍、とうとう発動させられるようになったのである。俺の妄想力が、一段階成長したということだな。
……なんか、そう考えるとちょっと嫌だな。
「おらッ、食らえッ!!」
俺は形成した龍を操り、そのまま相手の集団へと突っ込ませた。
水龍は中空をまるで稲妻の如く走り抜け――そして、蟻どもの只中へと突っ込んで行き、ヤツらをその咢で丸呑みにする。
この魔法の効果は単純だ。
まずこのお湯龍が敵に突っ込んでいき、相手を体内へと取り込むと、即座にとぐろを巻いて水の牢と化し、相手を逃がさないというもの。
しかも、水牢は内部が高速水流で渦巻いていて――要するにウォーターカッターみたくなっており、研磨剤代わりに土魔法で出した砂も混ぜているため、非常に殺傷力の高いものとなっている。
一度取り込まれれば細切れ、そうでなくとも内部は激しく水流が渦巻いているため、逃れることも出来ず溺死である。
あと、水を龍の形にする必要に関しては全くない。カッコいいからそういう形になっているだけだ。
今度、レフィにもこの魔法、自慢するとしよう。
何か新しい魔法を開発したら、評価してやるから見せてみろって言われてるしな。芸術点とロマン点で高評価は確実だ。
とまあ、そんなことを考えている内に俺の魔法はしっかりと効果を発揮したようで、お湯龍に取り込まれた敵は目論見通りに細切れとなり――。
「うわはははッ、どうだ蟻ども!!――ってうおぁッ!?ちょ、待っ、悪かった、俺が悪かったって!!」
水龍から逃れた蟻どもに途端に激しい反撃――ヤツらの口から放たれる蟻酸っぽいヤバイ色の液体を集中砲火され、思わず謝ってしまう俺。
「くっ、こ、この、蟻のくせに調子に乗りやがって!!」
すぐに次のお湯龍を出現させ、背後の敵に放つ。
……マズいな。
次々に魔法を発動させて、相手を殲滅していきながらも、内心で歯噛みする。
魔法は効果を為しているが……やはり、敵の数が多過ぎる。
コイツらを殲滅するより先に、恐らく俺のMPの方が先に尽きる。
俺、これ以外の魔法、まだ何にも練習してないから、今のところ他に出来ることないし……。
クソッ、こんなことならもっと別の魔法も練習しとくべきだったか。最近は水龍の魔法の練習ばっかりやってたからな……。
……仕方ねぇ、とりあえず今は、足止めでもするか。
俺は即座にアイテムボックスを開いて内部に溜まっていた魔物の死体を虚空の裂け目から取り出し、少々勿体なさを感じつつもそれを敵に向かって投げつける。
「そらっ、これでも食ってろ!!」
すると蟻どもは、どんどん投げつけられる障害物を避けようとし――それが魔物の死体だということに気が付くと、途端にこちらを追うこともやめてその肉に群がり始め、ムシャムシャと全員で貪り始めた。
……あ、あれ?
俺、ちょっとでも侵攻が遅れてくれたらってだけのつもりだったんだけど……。
「……よ、よし、計画通りだ!!逃げるぞリル!!」
さも狙い通りだったかのようにそう言うと、器用にもリルは、走りながら「やれやれ」とでも言いたげに苦笑のような表情を浮かべ、すぐにその場から離れていった。
蟻どもが視えなくなった辺りで、ふぅ、と安堵の息を吐き出す。
「あぁ……マジ疲れた。お疲れ、リル、今日はもう、これで終わりにしとこう」
「クゥ?」
「あぁ、そうだな、このままダンジョンまで送ってくれると助かる。今日はお前もそのままダンジョン泊まってけ。……しかしそれにしても、すごい量だったな、さっきの。トラウマものだぞ」
「クゥ」
「そうだな、あそこの近くに蟻塚でもあったのかもしれねーな」
前世にテレビで見たことある蟻塚ですら、人の背丈を余裕で超えたようなものがあった。
さっきのヤツらのサイズの蟻がねぐらにしているのなら、もはや山に匹敵するぐらいの大きさの蟻塚があってもおかしくないだろう。
そうする前に逃げてしまったのだが、あの付近をダンジョン領域に出来たら、かなりのDPを期待出来るに違いない。
まあ、もう二度と近付かないが。
虫嫌いって訳じゃなかったんだが……そうなりそうなぐらいには鳥肌光景だったな。「虫即斬」を標語に掲げてしまいそうだ。
イン〇ィ・ジョーンズとかよく虫の大群に追われてる気がするけど、よく心折れずにいるもんだと今になって思うわ。
「……それにしても」
リルの上で揺られながら、思考を続ける。
今の俺には――やはり武器が足りない。
今までは魔王の身体性能だけで何とかなったが、今日みたいに数で来られたりすると、もう手も足も出ない。
魔法は平行して覚えていくからいいとして、もう少し攻撃手段を増やす必要がある。
何かいいものがないか、近い内にじっくり検討するとしよう。
* * *
――ちなみに後日、例のお湯龍をレフィに見せた結果。
「……ユキよ、これ、龍の形になる必要はあるのか?」
「いや、ないけど?」
「……お主ってあれよな。かなり物好きな男よな」
否定は出来ないな。




