モフリルと狩り
空を飛ぶのは、凄まじく気持ちがいい。
まるで自分自身が風と同化したようで、空の大海を自由気ままに流れるのは他に無い開放感を感じられる。
気持ちの問題だろうが、陽光すらもいつもより暖かく優しく見守ってくれているようだ。
時折、デカい鳥やらワイバーンやらも飛んでいて、今まで彼らのことは俺にとってただの背景であったが、今は俺もまた空の生き物の仲間入りをしたかのような、そんな親近感すら感じる。
……まあ、それを感じているのは俺だけなので、普通に襲われるのだが。
「うーん……それにしても、もうちょっと上手く飛べるようになりたいもんだな」
頬に跳ねた返り血を拭いながら、そう嘆息する。
最初の頃のぎこちなさも薄れ、飛ぶのに大分慣れて来たと自分でも思うのだが……しかしレフィの飛んでいる姿を間近で見てしまった後だと、まだまだ全然アイツの言うようにひな鳥のままだなと感じてしまう。
レフィの飛んでいる姿は、それはもう美しかった。
まるで、空とその周囲に広がる世界全てが彼女を引き立たせるための舞台装置であるかのような、そんな錯覚すら覚えるぐらいに優雅なのだ。
自分で自分を天空の覇者だと言っていたが、あれを見ていればそう自負するのも頷けようものだ。
龍形態だとその恐ろしいまでの威圧感に圧倒されてしまうが、人形態の時のレフィが目の前に降りて来たら、思わず天使と見間違うんじゃなかろうか。
「――おっ、いたいた。おーい、リル!!」
そんなことを考えながら眼下へと視線を走らせていた俺は、地表に向かって声を掛けながら、滑空する。
その先にいる、美麗な白の毛並みを持つ狼――モフリルは俺の存在に気付くと、軽く会釈をするように頭を下げた。
澄ました顔をしているが、フリフリと左右に揺れる尻尾でお前の感情はまるわかりだ。まったく、愛いヤツめ。
「よしよし、おっ、ちょっと身体大きくなったか?うむ、ちゃんと良いモンは食ってるみたいだな」
地面に着地した俺は、リルの身体を撫でながら、そんな一人暮らしの息子を心配する母親のようなことを言う。
ダンジョンの魔物はダンジョン内に漂う魔力を主食とするが、かといってそれが全てでもない。
普通に肉とか魚とかも食べることも出来るし、ダンジョン外でそれだけ食べて生活することも出来る。
ただ、長くダンジョンの魔力を吸収していないと身体能力がちょっとずつ低下していってしまうため、あんまり長い間はダンジョンから離れていることが出来ないようだ。
リルには基本的にダンジョン領域内で活動してもらっているが、DPにするとかそういうことは考えず、殺した魔物の死体はダンジョンの方に持って来ないで好きに食っていいと言ってある。
DPを得られる量は、侵入者を殺す>侵入者の死骸を糧として吸収する>ダンジョン内に侵入者がいる状態>自然回復となっているので、ちょっと勿体ないなとは思うのだが、まあけど魔力だけ食って生きるというのも、何だか味気ないだろう。
カレーが好物の人でも、三食カレーとかは絶対嫌なはずだ。そうじゃないヤツは味覚障害だ。
――魔物の肉は、実際のところすんげー美味い。
興味本位で、メッチャ苦労して解体した魔物の肉を焼いて食ってみたことがあるのだが、最高級霜降りかと思わんばかりに美味い。
ロクに知識もないから、血抜きとかメチャクチャだったと思うのだが、それでもその味だ。
レフィ曰く、魔物には体内に魔力が溢れているためそれが美味しいと感じるそうで、こっちの世界じゃ魔物の肉が通常の肉より美味いってのは常識らしい。
そのことを知って以来、俺のアイテムボックスの中には多数の魔物の死体が入っている。いつかのレフィじゃないが、それこそ全部出したら山になるぐらいには。
アイテムボックスの中は時間止まるから、腐る心配もないしな。
「そんじゃあリル、行くとするか。俺、そこまでここの地理に詳しくないから、しっかり道案内頼む――って、なんだ?乗せてくれるのか?」
「クゥ」
身体を折り畳んだリルは、一声鳴いてこちらを見る。
「はは、そうか、それじゃあ頼むわ」
促されるままにリルの巨体の上へひょいと跨ると、リルは折り畳んでいた脚を伸ばし、すっくと立ち上がった。
おぉっ、すげえ、たけぇ。
「よし、いいぞ、行けっ――うおおおおっ!?」
俺の合図を聞いて、一気にリルが駆ける。
風圧が全身を叩き付け振り落とされそうになった俺は、慌ててその毛並みを掴み、太ももを締めてリルの胴体にしがみ付く。
「――うははははっ!すげえなおい!!」
そのあまりのスピードに歓声を上げる俺は、そのままリルに連れられて森の中へと入って行った――。
* * *
今日はリルと狩りの日である。
最近はずっとDPに余裕があるから魔物狩りはしてなかったのだが、『飛翔』の固有スキルを得るためにかなり使っちゃったからな。その分の補充をしないといけない。
それに、リルにはあまり構ってやれていないからな。今日はしっかり一緒に戯れるとしよう。
俺達が向かったのは、洞窟から見て東の方向。
この付近の自然はかなり広範囲に広がっているため、洞窟を中心にして、大体東西南北で四つのエリアに分けることが出来る。
北はレフィの元縄張りエリア。レフィを避けるために生物という生物がほとんど棲息していない。
南は俺が以前に拡張しまくったダンジョン領域が広がっているエリア。他三つの中では一番出て来る魔物が弱く、武術の心得など皆無の俺でも余裕で戦うことが出来る。
東は普通エリア。出現する魔物は特段強くもないが弱いって訳でもなく、今の俺が戦闘訓練をするなら一番適している場所だ。時たま強いヤツが現れる。
西は一番ヤバいエリア。「あ、こりゃ無理だ」と一目見た瞬間に理解出来るような魔物が結構な数棲息しており、そうじゃないヤツらも東エリアに棲息している魔物より一段階も二段階も三段階も強いぐらいの能力を持っている。ここはレフィがいる時以外は入らない。
こうやって大体の分類をすることが可能だが、しかし特に、東エリアと西エリアは奥深くに向かうにつれヤバい魔物が棲息していることが多いらしく、レフィには「奥地は今のお主は無理じゃから、やめといた方が良いぞ」と警告されている。
うーん、恐ろし半分、興味半分、といったところだな。
とまれ、普段DP変換作業を目的とする時は、大体いつも南のエリアに行っているのだが……あれね、南を重点的に行き過ぎて、そこの生態系がちょっと崩れてきているようなんだよね。
どうも最近、俺やリルがそこで魔物を狩るようになったせいで、怖がった魔物が南エリアのさらに南へと下るようになってしまい、ヤツらの生息域がちょっとずつずれて行っているようなのだ。
そのせいでせっかく広げたダンジョン領域から魔物生息域が外れて来てしまっており、少しDP収入が減ってきてしまっている。
なので、生態系が通常に戻るまでしばらくそっちでの魔物狩りは控えることにして、今回はリルと共に東エリアへと向かっている訳だ。
ま、いい機会だからな。東エリアはまだ拡張が進んでいないので、こっちにもどんどんダンジョン領域を広げていくことにしよう。
「お、ホーンタイガー」
と、俺の視界に映ったのは、頭から一角獣みたいな角が生えた虎――『ホーンタイガー』。
近くのリルの存在に気が付いて、「グルルゥ……」と低く唸って警戒している。
コイツ、凶悪な面構えをしているくせに、動きもトロいわ攻撃も弱いわで、大して強くないんだよな。
この虎よりは、『ギフティヒラビット』とかって名前のウサギの方がよっぽど凶悪だった。
大きさも耐久もウサギ相当なのだが、アイツらは動きが非常に俊敏で、こちらがその姿を見失ったと判断するや否や瞬時に相手へと接近し、猛毒のあるその牙で噛み付いて来るのだ。
その毒の威力もなかなかに凄まじく、ギフティヒラビットに噛まれた魔物を一度見たことがあるが、十秒もしないでその部位の色が変わり、三十秒もしないであの世行きだった。十倍以上も体格差のある敵が、だ。
やはり全般的に能力が高いヤツよりは、ピーキーな能力を持ったヤツの方が手強いということなのだろう。
まあいいや、とりあえずコイツには大人しくDPになってもらうとしようか。
俺は上空から一気に下降し――そして激突の瞬間、両手に握り締めた剣を虎野郎の脳天に振り下ろす。
リルに気を取られていたホーンタイガーは、最後まで俺に気付くことなくグシャァッと激しく肉片を散らし――そして、地に伏して動かなくなった。
今の俺達の戦法が、これだ。
まあ、戦法と言っても単純で、まずリルが地上で敵の気を引き、敵がそちらに気を取られている間に『隠密』スキルを発動しながら上空待機していた俺が、そこから一気に降下。
そのまま敵のドタマをグシャリとやるのだ。
哀れ敵は爆発四散、ナムアミダブツ。
敵が俺の存在に気付いた素振りを見せた時は、リルが『万化の鎖』を発動して相手の動きを止めるので、今のところ非常に上手く行っている。
これ、最初は別に今のように急降下するつもりはなく、普通に上空から忍び寄るつもりだったのだが……しかしその時リルに騎乗して、レースカーばりのスピードにテンションが上がっちゃった後だった俺は、思考回路がマヒしていたのだろう。
レフィには敵わないが、今の俺だったら直前で減速して敵のドタマだけを潰し、華麗に着地するぐらいはいけるんじゃないか?とムダに強気に行って、高高度爆撃よろしく上空から一気に滑空してみたのだ。
まあ、普通に制御は失敗した訳だが。
減速することもままならず、落下の勢いのまま敵のドタマとごっつんこ。相手は爆発四散。
あの時のリルの慌てた表情がちょっと面白かった。
流石に俺も肝が冷えたが、しかし魔王の身体はこれぐらいならどうってことないらしい。
地面が軽く陥没するぐらいのすっげー衝撃は全身に襲って来たものの、身体は無傷。ステータスのHPの減りも無し。
――それからはもう、ブレーキという概念を頭の中から完全に消し去った俺は、勢いに身を任せて己自身が弾丸と化し、上空から落下するだけマシーンになりつつある。
まさに身体能力だけをアテにした脳筋戦法である。ぶっちゃけ、超楽しい。
俺、遊園地の絶叫系アトラクションは大好物だったのよね。
新感覚絶叫系アトラクションとして開業したら、結構儲かるかもしれない。絶賛お客様募集中である。
「あー……折れちまった」
土埃や身体に付着した血肉をパッパッと軽く払ってから、柄だけになってしまった手の中の剣を見る。
今の攻撃で刃が根本から折れ、完全に使い物にならなくなってしまった。
「うーん……武器なぁ。どうしたもんか」
この辺りをダンジョン領域に組み込みながら、頭を悩ませる。
魔法短銃もあることにはあるが、あれはリロードに少し時間が掛かる。
切り札として持っておくのはいいが、それとは別にメインウェポンがあった方が絶対にいい。
だが――剣はダメだ。
やっぱり俺は、剣は向いてないらしい。
もうすでに数本はダメにしてしまっており、使っている俺としても、何だかしっくり来ない。
俺がヘタクソなだけっていうのは否定出来ない事実なのだが、どうも魔王の俺の身体の出力に剣という武器が合っておらず、まあ要するに剣という武器が想像以上に脆くて、扱い辛さを感じているのだ。今日に至るまで何本の剣をへし折ったことか。
何か、代わりになるような武器があればいいのだが……。
……まあいいや、とりあえず今は、鉄筋でも出しとこう。何故か武器枠であるんだよね、鉄筋。
今の戦法じゃ、剣は完全に鈍器扱いだったからな。むしろこっちの方が効果が高いかもしれない。
そうして出現させた鉄筋を引っ掴んだ俺は、毎回毎回俺が地面に激突する様子を見て非常に申し訳無さそうな表情をするリルに騎乗し、次の獲物を探し始めた。
長くなったので分割。




