魔界の王《1》
長く、広く、調度の整った廊下を、ハロリアに案内されながら進む。
魔界の王城は、城下の喧噪と打って変わってシン、として静まっており、少し物寂しい印象を受ける。
人の気配も少なく、もしかすると宮仕えの者自体が少ないのかもしれない。
現に俺が感じる人の気配も、フードちゃんの同僚なのか、手練れっぽい感じの隠密兵達が姿を隠しながら二人程俺達の後ろを付いて来ているぐらいだ。
まあ、姿を隠しているって言っても、魔力眼のある俺には丸見えなんだけどね!
隠れているつもりで、でもその姿が丸見えなのが、なかなかにシュールで面白い図である。
――ちなみに、今ここにレイラとエンはいない。
魔界の王と謁見するのに、まあ彼女らはいる必要が無いし、それに長く馬車に揺られ続け流石に疲れただろうからな。
先に、俺達に宛がわれる予定の城の一室へと先に行かせたのだ。
エンとか、カピバラに乗っている途中で何も言わなくなったなと思ったら、俺の膝の上で寝ていたからな。
超絶可愛い寝顔でした。
武器も、後ろ腰に魔法短銃と短刀を隠しているから、何かあってもこれで事足りるだろう。
いざとなったらアイテムボックス開けばいいしな。
それにしてもホント、エンはこの旅に連れて来て正解だった。
彼女がいなければ俺、誘惑に負けてしまって、ダンジョンに帰った時レフィにぶっ殺される未来があったかもしれない。
……いや、まあ、俺だってレフィ以外に靡くつもりは一ミリたりとも無いがな。
どれだけ見てくれが良かろうが、あれより良い女なんてそうそういないだろうからな。
少なくとも、前世で俺が出会ったことのある女性よりは、今世で出会ったレフィの方がよっぽど魅力的だ。
「こちらです」
やがて、俺はフードちゃんに連れられ、大扉の前に通される。
大扉の前には、守衛代わりなのか、内部に魔力の渦巻いているガーゴイルを模したゴーレムが二体守っており、ソイツらがギギギ、と動いてこちらに向くが、しかしフードちゃんがいるためかすぐに警戒をやめ、再び正面を向き動かなくなる。
フードちゃんは流石に慣れているのか、そのガーゴイル達の様子に一瞥もせず大扉の前で何かしらの操作をし、と、すぐに大扉が内側へ徐々に開いて行き、その向こうの様子を露わにする。
扉の先に広がっていたのは、全体が黒と赤の色相で整えられた、広く奥行のある玉座の間。
左右には、こちらを威圧するかのような躍動感のある悪魔像がズラリと並び、部屋の中央には入口から奥までレッドカーペットが敷かれている。
……あの悪魔像は、侵入者対策か。
大扉前にあったガーゴイルと同じように、内部に魔力が内蔵されている様子が魔力眼を通してわかる。
城に人の気配が少なかったのも、ああいうゴーレム集団が要所要所を守っているためかもしれない。
「――やぁ、君が魔王ユキだね?僕はこの魔界の王、フィナルだよ。よろしく」
そして、その部屋の最奥にある玉座に座っているのは――一人の、ニコニコと笑みを浮かべている青年だった。
* * *
名:フィナル=レギネリス=サタルニア
種族:ヴァイゼル・デーモンキング
クラス:魔界王
レベル:29
HP:71?/71?
MP:24?5/24?5
筋力:301
耐久:3?0
敏捷:297
魔力:5??
器用:454
幸運:2?1
固有スキル:予見眼、観察眼、思考加速
スキル:並列思考lv8、先読みlv?、指揮術lv?
称号:神の差配、天才策士、謀略の申し子、腹黒
魔界の王と聞いて予想していたより、かなり弱い。
何か相当優秀な魔導具で阻害しているらしく、俺の分析スキルでも微妙に文字が隠れているが、そのステータスの数値は人間より多少強いぐらいで、街で見た魔族の中でも平均以下の数値だ。
多分、コイツ相手であれば、エンでも余裕で勝利することが可能だろう。
エン、魔境の森の魔物相手にも普通に戦えるもんな。
だが――この王の持っているスキルと称号には、知略の一方向に尖って凄まじいものがある。
なるほど、コイツは完全に、軍師タイプの王なのか。
恐らく、トップに立って指揮をする者としては相当に優れているだろうと思われる上に、非常に賢いことがそのスキル構成から容易に読み取ることが出来るが……確かに、『力』を何よりも重んじる魔族達には、ちょっと受けが悪そうだな。
それに……『腹黒』、ね。
あんまり信用はしない方が良さそうだな。イケメンだし。うん。
「王、ここに帰還致しました」
「任務ご苦労様、助かったよ、ハロリア」
「ハッ!ありがたきお言葉」
跪き、頭を下げるフードちゃんにチラリと視線を送ってから、俺は正面の玉座に座る男を見据える。
「……アンタが、俺をここに呼んだヤツか」
「うん、そうだよ。こんなところまでやって来てくれて、僕はとっても嬉しいよ。ありがとうね」
にこやかにそう言われるが、正直男にそんな笑みを向けられても気持ち悪いだけだからやめろ。
「ま、長旅で疲れているだろうし、さっそく本題に入ろうか。君に来てもらったのはね、その力を見込んでのことなんだ。君、相当強いみたいだからね。一体、龍族すらもユキ君は撃退してるでしょ?」
……へぇ。バレてるのか。
「お前は、何を知ってるんだ?」
「そんな大したことを知ってる訳じゃないよ。ただ、悪魔族の子達が龍族を味方に付けようと画策していたらしいんだけど、あんまりうまく行かなかったようでね。頭を殺して龍王になった龍族が、勝手に動いてどっか行っちゃったみたいなんだ」
あぁ……そう言えばアイツ、配下がどうのこうの言っていたな。
あれは、龍族の配下のことじゃなくて、もしかすると悪魔族のヤツらのことを言っていたのかもしれない。
「で、僕も動向を見張らせていたんだけど、その龍王、君が住んでいる例の森に向かってからの動きがわからなくなってね。あれだけの巨体を見逃したってことは考えにくいから、多分そこで倒されたんだろうって」
「それが俺だと?普通に考えたら、俺じゃなくてあの森に住む覇龍が倒したって思うんじゃないか?」
「うん、まあ、その可能性もあるんだけどね」
コクリと頷いてから、魔界の王は言葉を続ける。
「でも、僕の部下に分析のスキルを持っている子がいてね。スキルが育っているから相当な相手の強さまで見られるはずなんだけど、その子が青い顔して『見えない』って僕に言って来たからさ。君が倒したんじゃないかって思って。それだけの強さを元から持っていたのか、最強種族の龍族を倒してから得たのかはわからないけれど」
……なるほど、俺のステータスを見られた――いや、見られなかったのか。
アレは、結構レベル依存のところがあるからな。
この城で見た者達のレベルから察するに、俺のステータスを見ようと思ったらスキルレベルが『8』以上は無いと無理だろう。
「そうじゃないのだとしても、それだけの強さがあるんだったら味方に付けておくに越したことはないしね?」
「それはわかった。けど、アンタ程の頭脳があるなら別に、俺の協力なんてあってもなくても関係なく敵を潰せるんじゃないか?」
「あ、君もやっぱり分析スキルを持っているんだね?なら言っておくけど、僕別に、腹黒って訳じゃないから。正面から戦っても勝てないのはわかっているから、色々裏工作をしていたら、いつの間にかそんな称号が付いててさ」
フィナルは「全く、ヒドイよね、ヒトのことをそんな性悪みたいにさ」と言いながら、やれやれといった様子で首を左右に振る。
……いや、それ十分、腹黒だと思うんだが。
「ま、それは置いておいて、確かに僕は、裏工作は得意だから相手を罠に嵌めたり、内部分裂させて殺し合わせたりするのは容易に出来る。でもね――全面戦争になったら、まず僕は勝てないんだ」
フィナルは、困ったように笑いながら、言葉を続ける。
「全面戦争にまで発展しちゃったら、策を弄して敵を数多屠ることが出来ても、無理やり力技で覆されちゃって、まず泥沼化は間違いないね。彼ら、数も多いし実際に一人一人の力も強いし。……で、そうなった時に一番得をするのは、僕ら『魔族』という種、全体の敵である人間達だ。疲れた僕達で、どこまで対処出来るか」
「……なるほど」
泥沼の戦争になってしまっては、例え勝てたとしても国内の著しい衰退は必至。
その場合、敵対種族である人間からの横槍が入って来るのは目に見えており、疲弊している魔族ではそれを迎え撃つことが難しく、結局は魔界全体が滅びの危機に陥ることとなる。
大局的な目で見れば、全面戦争に発展した時点でこの王の負けとなってしまう訳か。
「悪魔族の子達は力の信奉者だから、説得しようにも弱い僕の話は聞かないし、人間を侮っているから襲ってきたら返り討ちにすればいいと軽く考えているし……ちょっと頭の良い子達は、僕の味方をしてくれるんだけどねぇ。と言っても、魔族ってほら、基本お馬鹿さんばっかりだから、そういう子達はごく少数なんだけれどさ」
「あぁ……」
脳筋だもんね。
……いや、まあ、俺自体はまだ、出会った魔族はレイラやフードちゃんに、美人おねーさんのルイーヌ、そしてこの王様ぐらいなので、そんな脳筋とは出会ったことがないんだけどさ。
ルイーヌはちょっと、魔族的価値観の持ち主だったけど、脳筋って訳じゃないもんな。
うーん……ここまで来るとアレだな。むしろ早いところ脳筋魔族を見てみたいところだ。
「だから、まあ、そうならないように事前にこうして手を打ってる訳だ」
「それで?俺には何をさせたいんだ?」
「お、乗り気でいてくれるのかい?」
「先に話を聞くだけだ」
「ハハ、まあそうか」
魔界の王は、にこやかに笑ってから、口を開いた。
「えっとね、僕は君に――象徴になってほしいんだ」




