到着
※魔界に着いてからの、レイラのユキに対する呼び名を『魔王様』から『ユキ様』に変更しました。
「ユキはどこかの凄い魔術師か何かなんにゃ?あんな規模の魔法は、初めて見たにゃ!」
「……私も、里でもあの規模の魔法を片手間に扱える人は見たことがないですね」
「あら、ミーレもそうなの?」
そんな会話を、俺の付近で交わす女冒険者達。
フハハハ、いいぞ、もっと我を褒め称えるのだ。
だが、決してその内心を顔には出さない。
何故なら、再び俺の膝の上に収まったエンがこっちを見て、セーフorアウト判定を行っているからだ。
ここで下手にまた鼻の下を伸ばしている様子を見られてしまえば、今度は本格的にエンに嫌われてしまう可能性がある。
それはダメだ。俺、きっとショックで一週間ぐらい寝込むハメになる。
なので俺は、至って謙虚に、これぐらい何でもないさと言いたげな様子で、肩を竦める。
「うむ、もっと褒めたまえよ」
あ、ダメだ、しまった。
なんかすごい尊大な感じになってしまった。
いかんいかん、俺はエンにとっての頼れてカッコよくて優しい親を目指すのだ。
だからもっとこう、にこやかで、休日の公園で子供を遊ばせている父親みたいな、そんな優しげな感じで行こう。
俺はコホンと咳払いして取り繕ってから、柔和な笑みを浮かべ、もう一度口を開く。
「ハハハ、まあ、そんな大したもんじゃねぇさ」
「……ユキ様、すでに本音が漏れた後ですので、取り繕うのがちょっと遅いですー」
「……主、考えていることが、すぐ顔に出る」
クッ、し、しまった、一歩遅かったか。
「……ユキ様はあれですね、レフィ様などの前だと、大分しっかりしているように見えますがー……いえ、恐らくはレフィ様と似た者同士、ということなのでしょうー」
「待て、俺はしっかりしているように見えるだけじゃなくて、実際しっかりしているつもりだ」
俺がレフィに似てるだと?
やめろ、確かに俺はレフィに惚れているが、アイツ程アホ残念な子に成り果てた覚えは無いぞ。
「……えぇ、はい、そうですねー」
レイラさん?何故そんな生暖かい眼で俺を見るんですか?
「にゃはははは!ユキはホントに面白いヤツだにゃ!」
爆笑しながら、愕然とした表情の俺の肩をバシバシと叩くナイヤ。
……どうでもいいけどこの猫、ちょっと沸点低くないか?
出会ってからコイツ、ずっと笑っている気がする。
「そ、それよりユキさん、あなたさっき詠唱してませんでしたよね?あの規模の魔法を無詠唱なんて、いったいどういうこと何です?どういう技を使ったんですか?」
「お、おう、とりあえず落ち着け」
「……近い」
俺の肩を掴み、ずいと顔を近づけて来ていた魔女っ娘を、エンが彼女の肩を掴んで遠ざける。
やはりアレか。『魔女族』とかいう種族だけあって、魔法関連には興味津々なのか。
「ど、どういう技って言われても……えーっと……その、あれだ。……き、気合、的な」
「……なる、ほど。そうですね……古の魔族達は、まるで息をするように魔法を放ったと言われていますし、そういう精神的なものが無詠唱魔法を発動するためのキーとなると……今は大分理論的な、魔術的なものに魔法が寄って来ていますし、ならば無詠唱魔法を使うにはやはりもっと昔の文献を見て、昔の魔法の体系を――」
なんか急にブツブツ唱え始めた魔女っ娘に苦笑を溢していると、その時、腕にぐにゅりと柔らかい何かの感触を感じる。
「ユキさん、アナタとてもお強い方なのね。私、ビックリしちゃった」
「お、おう。……どうも」
見ると、ルイーヌが俺の腕を抱きながら、こちらの方にしなだれかかっていた。
「アナタみたいな強い男と、今後とも仲良く出来たら、私、とっても嬉しいのだけれど」
彼女の女性らしい身体の感触と、蠱惑的な笑みに思わずドキリと一瞬心拍が跳ね上がる。
ヤバい。こっちで出会ったのが幼女ばっかりで、こういう風に誘惑してくる大人な女性と全く出会ってなかったから、少々免疫が足りておらん。
……落ち着け、俺。俺は誘惑を断てる男。
そうだ、俺が惚れているのはレフィのみ。それ以外の女に興味などありはしないのだ。
「……駄目」
と、一人脳内葛藤を繰り広げていると、そのままさらに密着して来ようと身体を預けて来るルイーヌをエンが俺から引き剥がし、そして俺の顔をギュッと抱き締めて彼女を拒絶する。
「あら、残念」
その幼い守り手にルイーヌは、クスクス笑うとそのまま俺から離れた。
アァ……助かったぜ、エン。
……アレだな。エンは、連れて来て正解だったな。
レイラだけだったら、俺のことをこんな風に誘惑から遠ざけることが出来なかっただろう。
そう、だから決して俺は、腕を包んだあの素晴らしい感触が遠ざかって行ったことに残念とか、そんなことは微塵も思ってません。
本当です。
「――それにしても、なんかフッツーに盗賊現れやがったけど、こっちってそんな治安悪いのか?」
その後、場が少々落ち着いて来た頃に俺は、近くにいたフードちゃんにそう問い掛けていた。
あの盗賊ども、本当に何の前触れもなく、もう当たり前みたいに出て来たもんな。
いや、まあ、盗賊なんて出て来るのは唐突だろうけどさ。
「いえ……やはりこれも、魔界全体が荒れている証左でしょう。野盗の類の出現報告が増えたのは、今の我々の魔界における対立構造が深まってからなのです。有事に備え、あまり軍を動かせなくなったために、あのように不逞の輩が跋扈するようになったようで……我々の不徳の致すところです」
苦悩の感じさせる表情で、フードちゃんはそう言った。
……国が荒れれば、その土地も荒れる。道理だな。
やはり、イルーナ達は連れて来なくて正解だったようだ。
……ま、今後魔界には、レフィやイルーナ達と一緒に観光するつもりだからな。
そうすると、レフィはともかく他の面々は安全な道中じゃないとなかなか連れて行けないので、魔界の治安が回復するように、俺としても出来る限りで協力するとしよう。
我が家の子達のために俺、頑張っちゃうぜ。
* * *
――それから特に事件らしい事件も起こらず、辿り着いた二つ目の街で一泊してから、さらにのんびりと馬車に揺られ続けた、その日の夕方。
「へぇ……ここが魔界王都か」
とうとう俺達の乗った馬車は、目的地である魔界王都――『レージギヘッグ』に辿り着いていた。
第一印象としては……迷路。
短い距離なのに妙に盛り上がって山なりの上り坂になっている道に、逆に窪んで下り坂になっている道。
グネグネ面倒なぐらいに曲がっている道に、何故か四方が壁に阻まれ、どこにも行くことの出来ない道。
さらに目を凝らせば、通りに面して連なっている軒の上にも歩道があったりするようで、ここからでも人の往来を確認することが出来る。
区画整備という概念に真っ向から中指を立てたような、『都市型巨大迷路』とでも呼ぶべき街並みが、そこには広がっていた。
そして――その最奥に立っている、一際大きい、城。
あれが恐らく、この魔界の王城であり、俺達の最終目的地なのだろう。
……いい景色だ。
夕焼けに照らされ、紅く輝く迷路のような街並みは、見ていて中々にワクワクさせられるものがある。
まるで、進む道全てが『秘密の抜け道』であるかのような、そんな感覚を覚えるのだ。
まあ、恐らくは計画性も何も無しに、建物を乱雑に建てた結果こうなったんだろうが……なかなか良い趣味してんじゃねえか、魔族ども。
「じゃーにゃ、ユキ。お前はすごく面白いヤツだったし、また会えたら嬉しいにゃ。エンも、元気でにゃ」
「また魔法談義をしましょう、レイラさん」
「フフ、アナタがその気になった時は、いつでもお相手させていただきますからね」
女冒険者達のパーティとは、馬車を降りた時に別れた。
彼女達はこの後、魔界王都にしばらく滞在して、ここのギルドの依頼を受けるつもりだそうだ。
彼女達のおかげで、なかなかに退屈しない旅だったな。
俺も一度、この魔界におけるギルドというものを見てみるつもりだし、また会えることなら会いたいもんだ。
「それでは、城まで案内させていただきます」
――そして今俺達は、馬車を降りたすぐ近くの駐屯所からフードちゃんが借りた、カピバラをでっかくしたような生物に乗って、往来を進んでいた。
そのカピバラの背中には大人数の騎乗用の鞍が乗せられており、そこにフードちゃん、レイラ、俺の順番で乗っている。
エンは俺の膝の上だ。
うーむ……コイツの毛並みもなかなかにモフモフで素晴らしい。
ま、リルのモフモフには劣るがな!
「そういやレイラは、ここには来たことがあるのか?」
「はい、研究の都合で、幾度か訪れたことがありますねー」
「へぇ……研究って、結局レイラは、何の専門なんだ?やっぱり魔法?」
「まあ、色々ですねー。魔法もそうですが、ずっと一つのことに携わっていた訳ではないのでー」
なるほど、つまり、好奇心の赴くままに色々なものを研究していると。
「貴方は知らないかもしれませんが、この魔界においてレイラさんの名は、その分野に携わっていて知らない者はモグリと言われている程の方なのです。彼女がどれだけ優秀な論文を残したことか」
言外に、「メイドなどやらせてはならない方なのですよ?」と言いたげな様子で、チラリとこちらを振り返るフードちゃん。
別に、俺が無理やりメイドをやらせている訳じゃないんだが……。
ただまあそうすると、レイラがウチにいるのも何か好奇心の発露の結果であって、気が済んだらその内また、どこか行っちまうのかもな。
うーん……仕方のないことであるとは言え、それはちょっと寂しいものがある。
「? どうかされましたかー、ユキ様?」
「いや……レイラの気が済んだらどっか行っちまうのかって思ったら、ちょっと寂しいなと思ってさ」
「……フフ、ユキ様、安心してくださいー。私の興味は、あの迷宮にいる限り恐らく尽きることはないでしょうー。これからも、精一杯お仕えさせていただきますからねー?」
「……そのレイラの興味を引いている対象ってのは――」
「ヒミツですー」
こちらに顔を向け、口元に人差し指を当て、レイラはそう言って妖艶に微笑んだ。