道中《3》
「……お?」
馬車の中で談笑しているとその時、何か喧噪のようなものが耳に届く。
怪訝に思い馬車の後ろから外へと顔を向けると――。
「? どうかしたにゃ?」
「あぁ、いや……盗賊が来たっぽい」
「盗賊かにゃ――盗賊!?」
俺の言葉に、こちらを華麗に二度見するナイヤ。
――俺の視界に映ったのは、馬並みの体躯を持ち、太い牙が下顎から生えた巨大猪に乗る、ならず者達の姿。
種族はまちまちのようだが、しかし一定の統率を保ったソイツらが、下の筋肉の塊みたいな猪軍団を疾駆させ、この馬車にどんどんと近付いて来ている。
と、すぐに外の面々も気が付いたようだ。
馬車の周りで馬に乗っていた護衛の冒険者達が怒鳴り声を上げ、そしてその声に呼応して俺達の乗るこの馬車が急激に加速し、勢いよく走り始める。
上がる悲鳴。
馬車内に緊張が走る。
「きゃっ――」
「にゃッ――」
「おっと」
唐突な馬車の加速に踏ん張れず、レイラとナイヤが俺の方に倒れて来る。
おぉ……素晴らしい感触。
「……主」
そう、俺をジト目で見上げる膝上のエン。
「い、いや、待て、エン。今のは不可抗力だ」
「……でも、顔がにやけてた」
「そ、それは、その、至って仕方のない健全な男の反応と言うかですね……」
「あなた達、随分余裕ですね!?」
そんな呑気な会話を交わす俺達に、思わずといった様子で声を荒げるミーレ。
「まあ、ほら、あんまり怖がってガチガチになってもダメだろ?だから俺はこうやって、皆の緊張を解消してやろうと――」
「……主、エン、誤魔化されない」
「はい、すみませんでした」
鼻の下を伸ばしたことを誤魔化そうとしました。ごめんなさい。
「……貴方は、この局面を打開する術があるのですね?」
懐から何やら暗器染みたヘンな形状の武器を取り出し、盗賊どもに鋭い視線を送りながらそう問い掛けて来るハロリア。
おぉ、何だかカッコいいぞ、フードちゃん。
今まであんまり活躍した様子を見て来なかったけど、今の君は隠密の名に恥じぬカッコよさがあるぞ、フードちゃん。
「まあ、局面つっても、ぶっちゃけ盗賊程度じゃなぁ」
以前見た人間の盗賊どもよりは強いようだが、所詮は盗賊。大した強さのヤツはいない。
しかしまあ、数がちょっと多いから、まともにぶつかればこっちも被害が出てしまうだろうし、それはちょっと寝覚めが悪いので、まとめて一気に潰しちまおう。
せっかくの活躍の場面だったけど、ごめんな、フードちゃん。
君の出番は、また今度だ、フードちゃん。
「……戻る?」
俺を見上げてそう言うエン。
戻るってのは、本体の罪焔に戻るか否かってことだな。
「いや、いい。エンは……そうだな、レイラのことでも守ってくれ」
そう言いながら俺は、エンにアイテムボックスから取り出した短刀を渡す。
エンは自身が刀であるためか、かなり刀剣類の扱いが上手い。
『剣術』スキルをエンは持っていないはずなのだが、確実に俺より剣の扱いは上である。
飛んで来た矢を空中で斬り裂くぐらいならば、彼女にとっては朝飯前なのだ。
一度、エンに剣術指導を頼んでみたことがあったのだが……エン曰く、『……剣の声を聞けば、どう動かせばよいかわかる』とのこと。
……ごめんな、エン。父ちゃん、そんな剣の声を聞ける程の悟りは開いてないんだ。
「……ん、わかった。レイラ守る」
「フフ、ありがとうございますー、エンちゃん」
俺の渡した短刀を掴んでから、エンは俺の膝上を離れ、レイラの腕の間にすぽっと収まり、短刀を正中に構える。
……本人はその恰好が一番レイラを守りやすいんだろうし、至極真面目にやっているのだろうが……あれだな、すごく微笑ましい図だ。
俺は緩みそうになる頬を意識して引き締めてから、馬車の内部の出っ張りを掴んで立ち上がる。
「ユキッ、危ないにゃ!」
護衛としての意識からか、ナイヤがそう言って俺を自分の背後に隠そうとするが、しかし俺は彼女の方に「心配いらん」と手をヒラヒラ振って、馬車の一番後ろに立つ。
さて、それじゃあ――俺のほのぼの馬車ライフのために、彼らにはあの世へお帰りいただこうか。
ビュンと飛翔してくる矢を空中で掴み、外に投げ捨ててから俺は、盗賊共にスッと腕を伸ばし――魔法を、発動。
同時、俺達の馬車の通り過ぎた地面が突如として盛り上がり、蠢き、そして――巨大な一匹の龍が出現する。
『グラァァァ――ッッ!!』
咆哮を上げ、その鋭い眦で眼前の敵を見据える土の龍。
地面が急激に盛り上がったことにより猪が体勢を崩し、上の盗賊どもが吹っ飛ばされ、そして土龍が地面から大量の土を持って行ったために陥没した地面へと落っこちていく。
さらに、体勢を崩したその先頭集団へと向かって、止まれなかった後方集団がどんどんと突っ込んで行き、折り重なって倒れていく。
それだけで、マップに映るいくつかの敵性反応が消え去った。
「――食らえ」
――そこに、俺の生み出した土龍が牙を剥き、上から盗賊どもを丸呑みにしようと大口を開いて襲い掛かる。
「ッッ――!!」
慌てて倒れた盗賊どもが地面を這うように逃げ出そうとするが……残念、一歩遅かったな。
土龍はその大口で盗賊どもを一呑みにすると、そのままどんどんと身体を崩していき――そして、内部に盗賊を含んだまま元の普通の大地へと帰る。
土龍の消え去ったそこには、もはや動く者は誰も残っていなかった。
――盗賊どもは、ただ俺の一手で、壊滅した。
「フッフッフ、どうよ、レイラ。俺の新魔法は!」
「素晴らしいです、ユキ様ー。また一段と凄まじい威力になりましたねー」
「……ん。主、流石」
――今のは、例のクソ龍と戦った後に考案した魔法だ。
本来ならば、あのクソ龍のようにデカい敵を拘束するための魔法なのだが、こうして発動範囲を広域に設定することで地面を大きく陥没させ、そしてああやって土龍に敵を食らわせることで、生き埋めにして殺すことが出来る。
なかなかに残酷な魔法だと思わなくもないが……まあ、盗賊なんてやっているんだ。
見た限り全員に『殺人』とかの犯罪オンパレードの称号が付いていたし、情状酌量の余地は無いな。
盗賊死すべし、慈悲は無い。
規模がデカいだけあって、あの魔法を発動するには一回でかなりの魔力を消費するのだが、しかし今の俺の潤沢なMPであれば数十回は連発が可能だ。
まさに砲台。一人弾幕ごっことかも今の俺ならば可能である。
――ちなみにさっきのアレも、何故龍の形なのか。
それは、やはりカッコいいからです。それ以上でもそれ以下でもありません。
殲滅が終了した俺は、再び元の位置に座り――と、ふと周りを見ると、馬車内部の面々全員が、俺の方を向いて唖然とした様子で口を開いているのが視界に映る。
フフ……フフフ……フハハハハ!
見たかお前達、これが魔王の力なのだよ。
――よく「余計な騒ぎを起こしたくない」とか「目立ちたくない」とか何とか言って、わざと力を隠そうとする物語の主人公がいる。
で、そうやって言っておきながら、結局何だかんだ活躍すると、「そういうつもりじゃなかったんだが……」とか抜かす訳だ。
馬鹿が、スカしてんじゃねーぞと、言ってやりたい。
いいか、良いことを教えてやる。
――男とは、目立って見栄を張って、カッコつけてこそナンボのもんなのだ。
それが『オス』という生物であり、『オス』の持つ矜持であり、そして『オス』のロマンなのだ。
そのことをわかっている男というものが、女のみならず男からも慕われるのである。
フフフ……わかったか、諸君。
俺のような男になりたければ、もっとロマンを大事にして生きることだ。
「……ユキ様、すごいのはわかりましたので、もう少しだけお顔を引き締められた方がー……」
はい、すみません。