道中《1》
「……ハロリア、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……ウプッ」
俺の問い掛けに、フードちゃんことハロリアが顔を青くしながらそう答える。
延々とオロチに乗って揺られ続けたせいで、大分グロッキーになってしまったようだ。
うーん……レイラは絶叫厨の素質があるようなので、むしろ歓声を上げて喜んでいたのだが、流石に普通の子にはちょっときつかったか。
しょうがなかったんや。だって、朝早くにダンジョンを出たのに、一番最寄りの魔界の街に着くまでに野宿込みで一日は掛かるって言うし。
だからリルとオロチに、流石に目的地の魔界王都まで乗って行くのは可哀想だったので、一番最初の魔界の街の近くまで送ってもらったのだが……。
……ま、一泊は野宿する予定だったのが、暗くなる前に最初の街に辿り着けたんだから、時間の惜しい彼女としても万々歳だろう。うむ。
その我が家の愛しいペット二匹については、十分に労ってから、すでにダンジョンへと帰した。
今頃は、来た道を二匹で帰っているところだろう。
……ちなみに、オロチにフードちゃん、リルに俺とレイラが乗っていたのだが、俺の後ろに乗っていたレイラの胸部装甲がリルの走っている最中に当たってとっても幸せでした。
……レフィにぶっ殺されてしまうな。
レイラの胸部装甲の柔らかさについては、墓の下まで持っていくことにしよう。
「へぇ……ここが魔族の街か」
幾分かフードちゃんが回復した後、連れられた街の中で俺は、周囲を見渡しながらしみじみとそう呟く。
いつかと違って特に衛兵から止められることもなく、入った街の中では、人間の街とは違って様々な者達が宵闇に照らされながら闊歩していた。
犬頭や狼頭に鳥頭。
一本角や二本角に、蜥蜴尻尾や悪魔尻尾。
四足歩行のヤツがいたかと思えば、突然二足歩行になって建物の中へと入って行ったり。
いわゆるナーガというヤツだろう。下半身が完全に蛇になっているようなヤツもいる。
――街を織り成す、多種多様な、それこそ雑多という言葉が似合う様々な見た目の者達。
なるほど……これは確かに、余りの物って言葉がピッタリ来るな。
動物の頭をしているヤツや身体が動物になっているようなヤツらに関してなのだが、アイツらは獣人族じゃないのかと聞いてみたところ、どうも人の身体に動物の耳や尻尾が生えている場合は獣人族で、頭部が完全に動物の頭をしているようなヤツは魔族に分類されるようだ。
なら、羊角のレイラは獣人族じゃないのかと聞いてみたところ、獣の特質より、魔力に長けた魔族としての特質が大きく現れているため、魔族に分類されるらしい。
非常にややこしい。
そういう分類の仕方だと、あの動物身体のヤツらは恐らく、魔法に長けているんだろうな。
……あれか?もしかすると獣人族と動物身体のヤツらってのは、別の所から生まれた、祖先の違う種族なのか?
……あり得るな。いつかリューが、自分達の祖先がフェンリルだ、などということを言っていたが、まあ仮にそれを信じるとすると、獣人族は獣が祖先で、ソイツらが突然変異した種族であると言える。
それに対して魔族は、レフィ曰く元は自然発生だ。
恐らく動物頭のヤツらってのは、空間に漂う魔素が凝縮し、そして形を成して魔族として生まれる過程で、周囲にいた動物の姿でも模したのではなかろうか。
その結果動物の身体を有してはいるが、魔法に適性があると。
うーむ……なかなかに面白いもんだ。
歴史のロマンを感じる。
ただまあ、見た限りだと魔族がやはり多いようだが、獣人族もそこそこの数がいるようだ。
魔界において結構蔓延っているらしい脳筋一派が排他的だから、他種族は少ないのかと思っていたが……あれだな。末端は関係ないということなのだろう。
「――おぉ!ネコミミ」
と、辺りを見渡していた俺の視界に映ったのは、ホットパンツに丈の短いへその見えるTシャツを着た、冒険者らしい装備の猫の獣人族の女性。
頭に生えたネコミミがピコピコと動いていて、非常に愛らしい。
俺、大分リルによって犬好きになってきてはいるが、元々猫の方が好きなんだよね。
ヤバい。あのネコミミ、超触りたい。ひたすらに指を這わせて弄り倒したい。
クッ……レフィの翼並みの誘惑があるな、アレは。
そうして彼女の方に熱い視線を向けていると、猫獣人の女性の方も俺に気が付いたようで――こちらを向いて、チュッと投げキッス。
「……ユキ様ー、レフィ様に言いつけますよー?」
「……主、浮気は、駄目」
と、すぐに隣のレイラと、擬人化状態となり俺と手を繋いでいるエンから、そんな咎めるような意思が伝わって来る。
「い、いや、違うからな?ちょ、ちょっと物珍しさに見ていただけだって」
「……そうですかー。それなら、そういうことにしておきますねー」
「お、おう。だからレフィには言うなよ?」
……これじゃあ、監視要員としてレイラを付けられたこと、何にも責められないな。
俺はコホンと咳払いしてから、努めて平然といった表情を浮かべ、「……本当にその女の子が、その剣なんですね……そんなの、伝説の武器でも聞いたことがない……」とか何とか呟いているフードちゃんに話し掛ける。
「それで、ハロリア。今日はどこに泊まるんだ?」
「……あっ、は、はい、えっと、本日はこちらに泊まっていただく予定です」
やはり隠密らしく顔を隠したいのか、フード形態になっているフードちゃんはそう言って、一つの建物を指差した。
「ほう……あれだな。普通だな」
「はい、普通ですねー」
うん、普通のペンションみたいな宿屋だ。
お洒落な雰囲気は漂っているが、特段大きくもなければ何か特徴があるようなところでもない。
「う……す、すみません、何分、隠れ宿として使用している場所ですので……」
恐縮そうな様子のフードちゃん。
ちなみに今回の旅の予定としては、道中で二つ程街を経由してから、魔界の王都――確か、『レージギヘッグ』とか言っていたな。そこに辿り着くこととなっている。
その魔界王都までは馬車を使用し、経由する二つの街でそれぞれ一泊ずつ泊まる。
で、ここは経由する最初の街なので、今日はここで泊まって、明日の朝に次の街へと向かう馬車に乗る訳だ。
まあ、次の街へ向かうと言っても、別に馬車を乗り換えたりはしない。
魔界王都に向かう予定の定期便の馬車がこの街にあるのでそれに乗るが、しかし遠いので途中にある街で一泊するということだ。
多分、エンをジェットエンジン状態にして、ひとっ飛びすれば数時間もせずに魔界王都辿り着くだろうが……まあ、他の二人が付いて来れないからな。仕方ない。
……いや、そう言えば俺、魔界王都の方向知らなかったわ。流石に無理か。
あ、それと、魔界と言っているが、『魔界』とはこの大陸にある一地方のことだ。
魔族の治める領域だから、魔界。
別に、別次元にある場所だったりする訳じゃない。
「ま、休めれば何でもいいや。それじゃあ、行こうか」
そうして俺は、ハロリア先導のもと、他の二人を伴って宿屋の中へと入って行った。
* * *
――翌日。
特にこれといって寝心地が良い訳でもなければ、レイラが調理した方が絶対に美味しい、旨くもなければマズくもない普通の飯を食って宿屋で一泊した後。
俺達はこれまた大して旨くもなければマズくもない朝飯を食って街へと繰り出し、ハロリアの案内で魔界王都行きの馬車の定期便が出ているところへと向かったのだが――。
「……馬車?」
俺はソレを前にして、思わずそう言葉を溢していた。
後ろの荷台は、いい。馬車と言われて想像出来る形状のものだ。
少々大きいのが特徴かもしれないが、まあ定期便の乗合馬車だし、こんなものだろう。
ただ、前に繋がれている馬が……いや、これは、馬じゃない。
何と言えばいいのだろうか……一言で言うと、デカいマンモス。
デカいマンモスが硬そうな甲殻を持ち、鼻息荒くそこに鎮座している。
モ〇ハンのポ〇が、リノ〇ロスの甲殻を持ったような生物と言えばわかりやすいか。
……いや、むしろわかりにくいな。
どうでもいいけど、狩りの最中にこっちに突っ込んで来るアイツらは、マジでクソウザかったです。
「……これの名称は、馬車でいいのか?」
馬じゃないんだけど。
それにコイツ、どう見ても魔物だよな。
まあ、気性は穏やかな魔物らしいが……。
「元々は、馬が使われていたそうですからねー。それが、時代が進むにつれ部族で暮らしていた少数魔族が街に進出し始めるようになって、彼らの使っていたこの『デルメル・マルモー』が街でも使われるようになったそうですー」
「へぇ……」
と、その時、隣のエンが興味深そうにレイラの話を聞いている様子が視界の端に映る。
「お?なんだ、エンは歴史とかそういうの好きか?」
「……ん。レイラの話、いっつも面白い」
「フフ、ありがとうございますー。ならエンちゃん、馬車で時間のある間、色々お話してあげましょうかー?」
「……ん、お願い。楽しみ」
常に無表情のエンが、少しだけわくわくした表情でレイラの言葉にこくりと頷く。
あぁ……普段あんまり感情を見せないこの子がこういう顔をしてる時、マジで見てて癒されるわ。
子供の笑顔というものはどうしてこう、見ていて癒されるんだろうな。
そうしてエンの様子にほのぼのしていると、その時受付を済ませて来たらしいフードちゃんが奥から帰って来る。
「お待たせしました。それでは参りましょうか」
「あいあいあ。――エン、ほら」
「……ありがと、主」
微妙に馬車の乗り口が高かったので、俺はエンの身体を持ち上げて乗せてやり、次にレイラの手を取って馬車に乗せる。
「ありがとうございます、ユキ様ー」
「おう」
短く返事をして、俺もエンの本体である罪焔を馬車内部に置いてから馬車の中へと入り――。
「――あっ!昨日ウチに見惚れて隣のボインボインの子に怒られてた、子連れの男にゃ!」
「その覚えられ方は非常に遺憾だからやめろ」
――昨日見掛けた猫獣人が、馬車の奥に座っていた。
フードちゃん、何だか影薄い……?
……次でもうちょっと活躍させてあげよう。