ユキ家会議
「儂は行かんぞ」
「そ、そんな……」
あっけらかんと言われたレフィの言葉に、思わず俺は膝と両手を地に突き、愕然といった様子で四つん這いとなる。
今の俺はきっと、この世の終わり、といった表情を浮かべていることだろう。
そのあまりの俺の落ち込みようが予想外だったのか、レフィが慌ててこちらに駆け寄って来る。
「そ、そこまで落ち込むな!そ、その、今回がちょっと、たいみんぐが悪いだけで……」
「タイミング?」
「い、いや、こっちの話じゃ。と、とにかく!次はその、お主と共にどこにでも行ってやるから。今回だけは、我慢せい」
「……ホント?」
「あぁ、本当じゃ。じゃから、身体を起こせ。な?」
俺の頬に手を触れ、そう言うレフィ。
俺はコクリと頷くと、身体を起こしてその場に胡坐を掻いて座り――そして正面のレフィの身体をヒョイと持ち上げると、彼女の身体を反対向きにさせ、自身の膝の上に乗せた。
「うぬっ!?な、何をする!?」
首を捻って俺を見上げるレフィに、俺は彼女の胴体辺りに腕を回して軽く抱き締める。
「いや、レフィと旅行出来ないんなら、今の内にレフィ成分を補充しておこうと思って」
「……全く。何じゃ、レフィ成分って」
苦笑交じりに溜め息を吐いたレフィは、首を前に戻すと、俺の胸にコツンと頭を預けた。
鼻をくすぐるレフィの香りに、ひどく心が休まる。
……まあ、仕方ない。今回は我慢しよう。
その代わり、次回は俺が満足するまでデートしてやる。
もう恥ずかし過ぎてレフィの顔が真っ赤っ赤になるぐらいデートしてやる(?)。
……それに、レフィがダンジョンに残ってくれるなら、一抹の不安の残るダンジョンも安心だしな。万が一も無くなるだろう。
あまり嫁さんにそういうことで頼るのは好きじゃないのだが……しかし、イルーナ達もいるのだ。
俺のなけなしのプライドには、今回は黙っていてもらおう。
――と、こちらの様子を生温かい眼で見ていたリューが、俺達の会話が一段落したタイミングを見計らって、声を掛けてくる。
「それじゃあご主人、明日からしばらくここ、空けるんすね?どれくらいの間魔界に行っている予定なんすか?」
「うーん……わからん。あんまり長く空けるつもりはないんだが、正直予定は未定だな」
何があるか全然予想がつかんからな。
「まあでも、長くても二週間ぐらいだな。それより長くなりそうなら、一旦帰って来る。悪いな、お前ら。次は、皆一緒にどこか旅行行こう」
「その時は、わたしたちもおにいちゃんと一緒にご旅行行ける?」
近くのイルーナが、そう問い掛けてくる。
「おう、勿論だ。楽しみにしとけよ?」
「「やったぁ!」」
イルーナとシィが歓声を上げる。
まあ、エンだけは、今回も俺と一緒に来てもらうんだけどな。
ちょっと贔屓するようで悪いが、俺の主武装だから一緒にいてもらわないと困る。
次は絶対、レイス娘達も含め皆連れて行くから勘弁してくれ。
「しかし魔王様、良かったのですかー?聞いていた限りでは、あまり魔王様に利があるようには思えなかったのですがー」
そう、俺と一緒にフードちゃんの話を聞いていたレイラが問い掛けて来る。
「まあそうかもしれんが、どっちにしろどっかのタイミングで魔界に行く必要はあると思ってたからな」
それに、今回は案内も付く上に、魔界のトップと対談の機会もあるというのだから、これを逃す手はないだろう。
さっきのフードちゃんと話した時は、あまり俺にメリットが無いみたいな言い方をしたが、実際のところ暫定俺の敵である悪魔族のクソ野郎どもの情報が得られるのであれば、俺としてはそれだけでかなりのメリットとなる。
はっきり言って、元々自分以外の戦力など、求めていないのだ。
あまり過信するのも良くないのはわかっているが、しかし中途半端な実力の味方など、邪魔なだけである。
アレに感謝するのも癪だが、例のクソ龍をぶっ殺した今となっては、自身の実力にもある程度の信頼を置いている。
敵にとんでもないヤツがいる可能性は否めないが、しかしレイラに聞いた限りだと、龍族に届くような実力を持つような魔族は流石に存在しないという話だからな。
これから赴く先がダンジョン領域ではないというハンデがあるのは確かだが、しかしあの時の戦いと比べたら、大体の戦いは全てヌルゲーであるというヘンな確信がある。
敵を過小評価するのは良くないが、過大評価するのも良くないだろう。
ま、それに、魔界の王一派に協力して、情報以外にも何か提供してくれるってんなら、毟れるだけ毟ればいいしな。
そうだな……相手は仮にも王なんだし、敵の本拠地とか潰して、成功報酬に金銀財宝でも要求しようか。
それだったら、相手も払える可能性は高いだろうし、俺もDPの確保が出来て万々歳だ。
フフフ、悪いな、魔界の王よ。俺は俗物なのだよ。
* * *
――王の言っていたことが、今ならよくわかる。
あの、ユキという男。
王の手駒として隠密の訓練を重ね、そして幾度かの仕事もこなしてきた自分だったが……背後にあの男が忍び寄った時、その気配に全く気付くことが出来なかった。
まだ、自分が近衛隠密の中でも若輩であることは確かだが、しかしそれだけであの男の実力の程が窺えるだろう。
そして――道中で見た、あの巨大な城。
洞窟へ最初案内された時、「あぁ……力があっても、やはり力があるだけの魔王か」などと思ったが……全くそんなことはなかった。
洞窟の抜けた先にあった、あの巨大で美麗な城は、自身の仕える王の居城と比べても遜色ない程の圧倒的な存在感があった。
あんな城を建てられる者が、ただ力に酔い痴れただけの魔王であると判断するのは、節穴の眼もいいところだろう。
自分が、いかに浅はかであるかということを痛感させられた気分だ。
――多分、君がこれから会う相手は、とんでもない実力を有しているだろうから、絶対に味方につけるか、ここまで連れて来てね。
そう、王ににこやかに言われた時は、正直なところ半信半疑であったが……王の判断は、正しかった訳だ。
あの魔王が、割と話に乗り気の様子を見せていたことに、安堵するばかりだ。
――彼には、何としても味方になってもらわなければ。
例え、この身を差し出すことになっても、だ。
……ただ、しかし、彼の陥落を画策するその前に――。
「……これ、トイレ、どう使うんだったかしら……」
――ハロリアは一人、レイラから聞いた多機能トイレの使い方を忘れ、その前で立ち竦んでいた。