閑話:???
話を進めようかと思ったが、今日この回を書かないといけない気がしたので。
「ハァ……ハァ……ッ!」
俺は足の筋肉を躍動させ、自転車のペダルを力いっぱいに漕ぎ、荒く息を吐き出す。
「ほれ、優希、急げ。でないと学校に遅れてしまうぞ」
「テメェこの!!誰のせいでこんな急ぐハメになったと思っていやがる!!」
背後の荷台から聞こえて来たのんびりとした少女の声に、俺は思わずそう後ろに怒鳴る。
「フン、そうやって人のせいにするのはよくないと思うぞ」
「寝坊したお前がッ、『朝飯はしっかり食わねば動けん』とかふざけたこと抜かしてッ、のんびり食ってやがったからこんな遅れたんだろうがッ!!」
俺の言葉に、サッと俺から顔を逸らす、袴を着た荷台の少女――レフィ。
そう、俺がこうして必死に自転車を漕いでいるのは、コイツが寝坊した上に、俺が時間がないと焦っているのにもかかわらず、寝惚けながらゆっくり朝飯を食ってやがったためだ。
そのせいで、家を出るのがかなり遅くなってしまい、こんな急ぐハメになっている訳だ。
何よりムカつくのは、俺が必死こいて汗水垂らしながら自転車漕いでいるのに対して、遅れる元凶となったコイツが特に焦った様子もなく、のんびりしてやがることだろう。
クソッ、誰のせいだと……ッ!!
「……お前、アレだ。神聖的な存在なんだろ?だからこう、自転車のスピードが速くなるような術でも使えねぇのか?」
「お主、儂を何じゃと思っておる。そんなもの持っておる訳がないじゃろう」
「チッ……クソ程使えねぇヤツだな」
「そこまで言うか!?」
俺は、背後で「取り消せ!儂はちゃんと使える女じゃ!取り消せっ!!」とうるさいレフィを無視して、ただひたすらに自転車を漕ぎ続けた。
* * *
「アァ……間に、合っ、た……」
息も絶え絶えに言葉を吐き出しながら、俺は自身の席にドスンと腰を下ろす。
「おにーさん、おはよう。ギリギリだったね」
荒い息を整えていると、その時隣の席から、声を掛けられる。
チラリとそちらに目を向けると、そこに座っていたのは、ボーイッシュな見た目の、制服の少女。
その彼女の足元には、綺麗な銀色の毛並みを持つ、怜悧な相貌の狼が伏せっている。
「……はよ、ネル。それと、リル。……レフィのヤツが、寝坊しやがってな。アイツ、マジで寝起きが悪過ぎる」
隣の少女――音瑠と共に、足元の狼にも声を掛けると、狼――モフリルもまた、小さくこちらに会釈を返す。
あぁ……賢くて可愛いヤツだ。
ウチのポンコツと交換したい。
「フフ、そっか。レフィちゃんは、いつもみたいに図書室?」
「あぁ。アイツ、『授業はつまらん』とか言って、俺の使い魔のくせに一人でスタコラ行きやがった」
つーか、普通なら使い魔はその主から離れられないはずなのに、何故アイツはあんなに自由に動き回れるんだ。
ふざけやがって。俺だってこんなクソつまらん授業なんかほっぽって、惰眠を貪りたいところなのに。
だが、そんなことをすると担任の鬼教師に「教育的指導」とか言って嫌って程校庭を走らされるハメになるのは目に見えているので、今は我慢して、家に帰ってからこの鬱憤をアイツに吐き出すとしよう。
フフフ……ゲームでボコボコにされて、涙目になるレフィの姿が目に浮かぶようだ。
「いいなぁ……僕も、そうやって一緒にゲームとか出来たらいいんだけど、流石にこの子とは無理だからなぁ」
「……クゥ」
足元のリルが、「無茶言わないで下さい」みたいな感じで鳴き声を上げる。
ちなみに、同級生のネルが何故俺のことを「おにーさん」などと呼んでいるのかと言うと、何だか俺から漂うオーラが近所のおにーさんっぽいから、だそうだ。
よくわからんヤツだ。
「リルなら出来るんじゃないか?相当賢いヤツだし、こう、前脚で、こんな感じで物掴んで」
「あ、いいかもね!ね、リル、帰ったらお願いしてもいいかな?」
「クゥ!?」
と、そうしてネルと話していると、その時始業のチャイムが鳴り、ガラガラと扉が開いて厳つい顔付きの教師が教室の中へと入って来る。
「おっと、担任が入って来た。これ以上は静かにしておかないとな」
「フフ、おにーさん目を付けられてるもんね」
その会話を最後にネルは前を向き、そしてざわついていた教室内が静まると、担任によるホームルームが始まった――。
* * *
使い魔というものは、現代では当たり前のように使役される存在だ。
彼らはありとあらゆるところで使役され、この世界の日常に溶け込んでいる。
使い魔を使役する者は『契約者』と呼ばれ、昨今では軍において犯罪者を取り締まるのに契約者のみで構成された特殊部隊が投入されたり、などということも往々にしてあり、その存在の重要性は日々増している。
だが――使い魔というものも、ただ使われるだけの一方的な存在ではない。
使い魔と結んだ契約に反する行為を契約者が行えば、使い魔は自身で勝手にその契約を解き、自分達の住む世界、こちらではただ『異界』と呼ばれている場所に帰ることが出来るし、また使い魔の信用を損なうような行為を契約者が行えば、使い魔は『神力』と呼ばれる力の行使を拒否し、契約者の言うことを聞かずにいることも出来る。
ただまあ、それはあくまで契約者がクソ野郎だった場合の話であり、契約者が使い魔にとって信用に足る存在である限りは、彼らはしっかりと言うことを聞く賢いヤツらであるはずなのだが……。
「……何でお前は、こうなんだろうな」
「クッ、この……ッ!」
ゲームコントローラーを片手に、四苦八苦するレフィ。
この姿からは、使い魔に感じられる知性や賢さなど微塵も感じられない。言って、近所のわがまま娘が良いところだろう。
しかもコイツ、俺の言うことあんまり聞かないしな。契約は違っていないのにもかかわらず。
ちなみに、レフィと俺の契約の内容は、『飯を三食しっかり食わせること』と『温かい寝床を提供すること』。
俗物感丸出しである。
コイツ、本人曰く異界ではかなりの高位の存在らしいのだが……どうも、あんまりぐーたらし過ぎたせいで元いた住処を追い出され、飯にありつけず困ってしまったので、こっちの世界で使い魔となって飯の確保をしようと画策した結果、俺が学校の授業の一環で行った使い魔召喚の儀で出現し、俺の使い魔となったようだ。
『ぐーたら』から後半部分は、コイツからではなく他の使い魔から聞いて知った。
高位存在なのは本人が言っていた通り間違いないそうだが、そのあまりの怠惰具合のせいで他の高位存在に呆れられて、そんな結果になったらしい。
全く……何が『儂を召喚せし力のある者よ。お主の力に敬意を払い、儂がさらなる力をお主に貸してやろう』だ。
ただ飯に困っただけじゃねえか。
「……はい、じゃ、バイバイ」
「ぬわあああ!!ゆ、優希貴様!!めておをやるのはやめろって言ったじゃろ!!」
大乱闘スマッシュシスターズで、吹っ飛んだ自キャラがステージに戻ろうとしたところを俺の操作するキャラに画面の外へと再び沈められ、そう俺に食って掛かるレフィ。
「フッ……バカめ、これは元々そういうゲームだぜ?それともお前は、俺に接待プレイされた方が嬉しいか?」
「ぬぐぐ、一戦勝ったぐらいで調子に乗りおって……!その伸びた鼻面、絶対に儂が叩き折ってやる!!」
「ハッ、俺は『ゼルディアの現身』と呼ばれた男だぜ?お前が俺を超えるのは、このままじゃ一生掛かっても無理だな」
ニヤニヤ笑ってそう言うと、ぬぎぎ、と悔しそうな表情を浮かべていたレフィだったが、突如ハッとした表情を浮かべたかと思うと、何かをボソリと呟いた。
「…………『世の理を隠せ』」
「ぬわぁっ!?な、何だ!?」
急に俺の視界が暗転し、周囲が何も見えなくなる。
と、握ったコントローラーがヴヴヴと震えたかと思うと、同時に俺の操作キャラ、ゼルディアのやられるボイスが耳に届く。
「テメッ、このッ、神力使いやがったな!?」
「ハーッハッハ!!おやぁ?どうしたんじゃ、優希!お主の操作きゃらが棒立ちになっておるぞぉ?」
「お前ッ、今朝俺が急いでた時は使うの拒否しやがったくせにッ、こんなくだらねぇことじゃ使いやがって!!」
「何を言っておるのかわからんなぁ!ゲームとは、全身全霊を賭して本気で勝負するもの!!なれば、儂が本気を出して神力を使っても何にも問題はあるまい!何故なら、神力も儂の力の一部であるからな!!フッ、これでトドメじゃ!」
バッと急に見えるようになった俺の視界に映ったのは、俺の自キャラが遠くまで吹っ飛んで星となり、三つあった残機がゼロになる画面。
「もう死んでるじゃねぇか!?クッ……いいだろう、お前がそういうことすんなら、俺にも考えがある。流石に可哀想かと思ってちょっと手加減していたが、それももう終わりだ!!」
「フッフッフ、どこまで強がっていられるか。神力を解放した今の儂は、もはや最強じゃぞ?」
「ハッ、言ってろ!!テメェに本当の力というものを見せてやる!!」
そうして、始まった二戦目。
戦いが始まって早々、再びレフィが何か神力を行使しようとするが――。
「『世の理を――」
「……次、神力使ったらお前の晩の品を一品減らす」
ボソリと呟いた俺の声に、レフィが愕然とした表情で俺の方を向く。
「ぬっ!?ゆ、優希っ、それは卑怯じゃぞ!?」
「ハッ、何を言ってるんだ?ゲームとは全身全霊を賭して戦うものなんだろ?つまり、お前の晩飯を作っているのが俺、という弱みを用いて、全力でゲームに当たっても問題ない訳だ」
「き、貴様ぁ……!!」
歯を食い縛り俺を睨むレフィに、俺は勝ち誇った表情を浮かべ、言い放った。
「さて、ゲームを再開しようか?」
* * *
「…………ん…………」
「お、起きたか、ユキ」
うっすらと目蓋を開いた俺の視界に映ったのは――いつもの、ダンジョン。
イルーナ達幼女組が部屋の一角でおままごとをして、その中にリューが混じって一緒に遊んでいる。
レイラは取り込んで来た洗濯物を畳み、レフィは一人で打っていたのか将棋盤の前に陣取っており、そして盤から顔を上げ、こちらを見上げていた。
「…………俺、寝てたのか」
どうやら、玉座でうたた寝してしまっていたようだ。
……夢、か。
「……?どうした、そんな呆けた顔して?」
「……お前、俺と契約を結んだ使い魔だったりする?」
「は?何を言っておるのじゃ、急に」
怪訝そうな表情を浮かべる、銀髪の少女。
「いや……すまん、何でもない」
「……おかしな奴じゃの」
苦笑を浮かべてそう言った俺に、レフィが不思議そうに首を傾げた。
そうだ。レフィは別に、俺の使い魔でも何でもない。
彼女は、レフィシオスは、世界の人々が恐れる伝説の覇龍であり、このダンジョンにおける元居候であり――そして今は俺の家族の、魔王ユキの伴侶。
――だが。
だが、きっと……別の世界でも俺とレフィは、ああして毎日、くだらないことで言い合いをして、喧嘩をして、ふざけているのだろう。
イルーナ達やレイラとリューの二人も、恐らくあの俺の周りにはいるんじゃないか?多分、隣の家辺りに住んでいたりするのだ。
それで、週末辺りになると、ウチに遊びに来て一緒にゲームして騒いで遊ぶ訳だ。
そんな、確信にも似た予感がある。
――あっちはあっちで、楽しそうな世界だな。
「……ハハ」
知らず知らずの内に、笑いが零れる。
――そうか。
別の世界でも俺は、ああしてレフィと一緒にいるのか。
「何じゃ、ユキ。楽しそうじゃの」
「いや……それよりレフィ。お前一人で将棋指してたのか?なら、俺が相手してやろうか」
「ほう、いいじゃろう。今日こそは儂が、お主の顔を泣きっ面にしてやろう」
「泣きっ面、ね」
――向こうの世界のレフィは、鼻面を叩き折ってやる、だったか。
「? 何を笑っておる?」
「別に?お前程度の実力で、そんなことが出来るのかと思ってな」
「ぬぐっ、言いおったな?フッ、じゃが見ておれ。今までの儂と思ってもらっては困る。今こそ、特訓の成果をお主にとくと見せてやる」
「お前それ、言っておくけど、いっつも同じようなこと言ってるからな?」
呆れたようにそう言って、俺は玉座から降り、将棋盤を挟んでレフィの対面に座る。
そうして、俺は、別世界の俺と同じように。
今日もまた、レフィと共に、一日を過ごす――。
大乱闘スマッシュシスターズ……いったいどんなゲームなんだ……(ちなみに私は、64時代からずっとカー〇ィ使いです)