魔法の練習《1》
「ハハハ!!どうした!!その程度かクソどもッ!!前みてぇにもっとムカつく顔してろよッ!!」
俺は、高らかに笑いを溢しながら、罪焔の刃を振るい、逃げ惑う生物の首を刎ねていく。
上がる悲鳴のような鳴き声。
だが俺は、その悲鳴がむしろ心地良いとばかりに、片っ端から攻撃を加え、踏み潰し、斬り飛ばし、殴り抜き、貫き、相手の身体をもぎ、焼いて消し炭にする。
敵の集団を蹂躙し、その命を奪い去る。
やがて、俺には敵わないと悟ったのだろう。阿鼻叫喚の地獄絵図となっているその場から、一家らしい数匹が反転し、逃げようとしている様子が俺の視界の端に映る。
それを見た俺は、瞬時に翼を羽ばたかせ飛んでいき、ソイツらの前に立った。
「アハぁ?本当に逃げられると思ったのかァ?」
ニタァと笑ってそう言うと、その一家の者達は絶望の表情を浮かべ、一縷の望みを掛けて俺に向かって突撃してくる。
「残念!!来世にご期待ください!!」
一家の攻撃を流れるようにして避け、一刀の下にソイツらの首を次々に刎ねていき、もう二度と動かなくさせる。
「ゴアアアアァァッ!!」
――その時、俺の耳に届く、迸る感情を感じさせる怒りの咆哮。
振り返ると、恐らくはこの群れのボスなのだろう。
今まで俺が殺したヤツらより一回り身体の大きいヤツが、憤怒の表情を浮かべこちらに向かって来ていた。
そうして、どんどん迫るソイツに対し、俺は――。
「ガアアアアアアアァァァァッッッ!!」
――咆えた。
するとどういう訳か、群れのボスはその身体を硬直させ、突進を止める。
憤怒の表情を一転し、そこに代わりに浮かんだのは――怯え。
へぇ……なかなか使えるな、これ。
――『王者の威圧』。
ボス君が急激に変化したのは、俺がそれを使ったからだ。
初めて俺が街に行った際に、魔力に殺気を混ぜて周囲に飛ばし、相手を威圧する術を覚えたが、これはその上位互換のようなスキルだろう。
雑魚相手なら、かなりの効果を発揮できるな。
「ん?どうした?腰が引けてんぞ?」
ニタニタ笑いながら俺は、ボス君に向かって一歩一歩向かっていく。
ボス君は、俺が近付くにつれどんどん怯えの表情が強くなっていき、破れかぶれに鋭い尾で俺に対し攻撃を仕掛ける。
だが――今の俺には、その程度の攻撃は見え見えだ。
間に挟んだ罪焔が、キィンと硬質な音を発してボス君の尾を防ぐ。
「終わりか?――じゃ、死ね」
ニタァと一際大きく笑って俺は、罪焔を振り被った。
――やがて、その場に動く者は俺以外いなくなる。
「アァ……快っ、感」
血と臓物と死骸が転がる中で俺は、恍惚とした表情で思わずそう呟いていた。
『……主、楽しそう』
「あぁ、メッチャ楽しかった。なんせコイツら、前に散々俺のことを甚振ってくれた敵だったからな」
そう、ここに転がっているのは、俺が絶対に許さないと心に決めていた魔物――マンティコアどもである。
試し斬りに外へ出て来た俺とエンだったが、今のステータスであれば途中までだったら行けるかもしれないと力試しがてら西エリアに踏み込んでみたところ、ちょうどいいところにマンティコアの巣窟があったのだ。
これはもう、リベンジしろという神の御導きに違いないと、嬉々としてヤツらの群れの中に突っ込んで行った結果は――この通り。
以前一匹だけで俺とリルをボコボコにしてくれたマンティコアどもは、俺一人に対し全く手も足も出ず、皆口利かぬ躯となり果てた。
いや、マジで楽しかった。
圧倒的な力で敵を蹂躙することの爽快感よ。
ちょっと途中、テンション上がり過ぎてヤバいヤツみたいになっちゃった気がするが……まあ俺、魔王だしちょっとぐらいいいよね。
――ちなみに、最後に俺と対峙した、現在は首と胴体を泣き別れさせているマンティコアのボス君のステータスが、これだ。
種族:マンティコア
クラス:嗜虐獣
レベル:120
HP:0/7100
MP:0/11913
筋力:1660
耐久:1876
敏捷:2250
魔力:2092
器用:1987
幸運:143
固有スキル:魔力防御
スキル:土魔法lv5、拷問lv4
称号:群れの主、拷問嗜好者
魔力防御ってのは……例のATフィールドもどきだな。一定量の魔力を消費することで、魔力で形成された魔法を防ぐバリアを張ることが出来るようになるらしい。
ちょっと前の俺だったらこれ、もう逃げ惑うしかないような敵なのだが、今の俺であればこうして余裕で惨殺することが出来る。
マンティコアどもと俺の実力は、完全に逆転した訳だ。
フッ……憐れなヤツらよ。
もっと慎ましく生きていれば、俺に目を付けられることもなかったのだよ……。
「お?どうした、リル。そんな顔して」
「……クゥ」
苦笑のような表情を浮かべる、俺をここまで運んでくれたリルにそう問い掛けると、何でもないとでも言いたげな様子で首を左右に振る。
……あっ、そうか、リルもあのクソ獣にボコボコされたもんな。
きっと、リルも一匹ぐらい自身の手でトドメを刺したかったのだろう。悪いことしちまったな。
「すまん、リル。今度、クソ獣どもの巣を見つけたら、お前に譲ってやるからよ」
「……クゥ?」
「わかってるわかってる、お前は基本的に俺を立てようとするからな。きっと、俺に遠慮して手を出さなかったんだろう?ヤツらを根絶やしにする機会はまだまだあるだろうから、待ってろ」
「…………」
もっと俺も、自分だけ楽しむのではなく、配下にも楽しみを分け与えられるよう、上に立つ者として気を配れるようにならなければな。
うむ、気を付けよう。
「……うーん、けど、風魔法試せなかったな」
『……ね』
そう、肩に担いだエンに言うと、彼女からもちょっと残念そうな意思が返って来る。
こうして外に出て来たのは、俺のステータスの変化の具合を確かめるという理由も確かにあるのだが、第一の目的はエンの具合を確かめることだった。
特に、新しく彼女に覚えてもらった風魔法。
少し思い付いたことがあって、それを試してみたかったのだが、存外に敵が脆く、その前に全滅させてしまったのだ。
……いや、まあ、俺が楽しくなり過ぎちゃって、という面があるのも否定は出来ないんだけども。
「……ま、いいか。的は無くなっちゃったけど、ちょっとやってみよう。エン、さっき言った通り、頼むぜ」
『……ん。わかった』
俺はエンを自身の身体の後ろに真っすぐ伸ばすと、魔力を流し込んで『紅焔』を発動し、刀身に炎を纏わせる。
その状態のまま、次にエンが風魔法を発動し――。
――同時、まるで爆発でも起こったかの如く、俺の身体がすんごい勢いで前方に吹っ飛んでいった。
「うおおおおおッ!?」
ビュンビュンと景色が流れ、怖いくらいの速度で身体が勝手に前へと進んで行く。
「ふべッ――」
その勢いをロクに制御出来なかった俺は、前方に生えていた木に顔面からぶつかり、マヌケな声を漏らしてようやく停止した。
『あっ、主、大丈夫……?』
「クゥ!?」
俺を心配するエンの声と、慌ててこっちに掛け寄って来るリルの声。
「いってぇ……」
ぶつけたところを擦りながら、頭をふるふると左右に振る。
――今俺がやったのは、火魔法と風魔法を利用した、言わばジェットエンジンのようなものだ。
刀身に推進力となる轟炎を纏わせ、そのさらに周囲に風魔法で生み出した気流を纏わせることにより、轟炎に熱せられた気流が膨張し、それを刀身の先から一定方向に噴射することによって、推進力を得る。
クソ龍と空でドッグファイトを繰り広げた時に、俺の飛行速度が全然遅くヤツを振り切ることが出来なかったために、何か良い加速手段はないものかと色々考え――そして思い付いたものがこれだった。
とりあえず、加速するという当初の目標としては達成したと言えるのだろうが……。
「……クックック」
『……主?』
「……これは、俺への挑戦状か。いいだろう!見事制御して、この魔王の俺に不可能などないのだと、証明してやる!!」
『……もっかい、する?』
「おう!もっかいだ!頼むぜ、エン!!」
そうして立ち上がった俺は、呆れた様子のリルに見守られながらエンをもう一度構えると、再び炎をその刀身に纏わせたのだった。
なんちゃって科学だけど許して。