その後《1》
「……ずっと、心配してたのに……」
「わ、悪かったよ、エン。ごめんな?」
「…………」
俺の膝の上に乗りながらも、プイと顔を逸らし、決して目を合わそうとしない黒髪の着物を着込んだ少女――エン。
いつも無表情の彼女が、むくれて不機嫌な顔を浮かべている様子は、正直写真を撮って永久保存したいぐらいには可愛い。
「ほ、ほら、今日はずっと、エンと一緒にいるからさ。俺の出来る範囲だったら、何でもやってやるぞ。だから、機嫌治せって」
「……ほんと?」
俺がそう言うと、ちょっとだけこちらに首を向ける着物少女。
――何で俺が、こうしてエンの機嫌を取っているのかというと、そう難しい話ではない。
クソ龍にボッコボコにされ、そしてどうにかヤツを倒した後も意識を無くしてぶっ倒れた俺に対し、多大な心配をしてくれていたエンだったのだが……その俺がようやく目が覚めたと思いきや、自分のことを忘れてレフィとイチャイチャし始めたのだ。
そりゃ、キレるわな。俺でも間違いなくキレる。
ちなみに他の面々もまた、ダンジョンに籠っていたはずなので俺がクソ龍と戦ったことは知らなかったはずなのだが、実際はかなり俺達のことを心配してくれていたようだ。
レフィに肩を貸してもらってどうにかダンジョンに戻った際、俺のぐったりしている様子を見て、イルーナと真・玉座の間に避難していたレイス娘達は泣き出してしまい、シィに関しては必死に俺に回復魔法を掛けてこようとしたぐらい、あの時はカオスだった。
というのも、まだ冷静だったメイドさん達に話を聞いたところ、どうやら俺が外で大怪獣バトルを繰り広げていた余波がダンジョンの方にもあったらしく、中にも幾度か小さな揺れが襲って来たそうなのだ。
俺達が深刻な顔をして出て行って、そしたらその揺れがあったそうだから、かなり不安だったらしい。
それで、戻って来たと思ったら俺がぐったりだからな。
確かに子供らからすれば、大分恐ろしい事態が起こったのだと考えたのかもしれない。
揺れか……。
ダンジョン内は完全に別世界なのだと思っていたのだが……どうやらそれは違ったようだ。
恐らく、空間でも捻じ曲げてダンジョンの階層を作り上げているのだろうが、それでもやはり存在する場所は例の洞窟の奥、ということなのだろう。
……それを考えると、あの周辺で戦うのはちょっとヤバかったかもしれんな。
実際、我が家への扉がある洞窟も、あのクソ龍のせいで入口が塞がってしまっていたし、付近の地形が崩れる程の攻撃とかあったら、ダンジョンも一緒に崩壊していた可能性がある。
……この辺りの地形、全部に『硬化』を掛けて崩せないようにしておくか。
内部にいて生き埋めとか、ちょっと洒落にならん。
それと、リルなんかは俺が死闘を繰り広げていたのに、そこに駆け付けられず――いやまあ、騒動に気付いて、慌てて駆けつけて来ようとするのを、俺が「来んな」って念話で送ってたんだけどな。
なのに、リルは真面目なので自身が役に立てなかったことに思うところがあるらしく、俺達の様子を確認するため一度城まで来た後、難しい表情をしてまた外に出て行った。
きっと、もっとレベル上げをして、俺が対処しなければならなくなる前に、自身だけで敵を排除出来るようにならなければ、とかそんなことを考えているに違いない。
俺としては、アイツが強くなるのは嬉しいのだが……あんまり、根を詰めさせないようにしないとな。
近い内、レイラに作らせて料理の差し入れでも持ってってやろう。
アイツの配下の魔物どもも喜ぶことだろう。
「ほんとほんと。エンは、何がしたい?」
玉座の上に胡坐を掻いて座る俺の、さらにその膝の上に座る彼女の顔を覗き込み、そう問い掛ける。
「……じゃあ、このまま」
「えっ……このまま?」
「……ん。このまま、主と、一緒」
そう言って、エンはようやく少しだけ笑みを浮かべると、俺の胸にこつんと後頭部を預けた。
「うー……おにいちゃん!おにいちゃんが帰って来て、倒れるみたいに寝てからずっと起きなくて、わたしだってとっても心配したのに、エンちゃんだけずるい!わたしも抱っこ!」
「す、すまんて。じゃ、じゃあ、ほら、イルーナもこっち来い。エン、ちょっとだけ横にずれてくれるか?」
「……ん」
と、イルーナが俺の膝の上に乗ったその時、横から伸びて来たひんやりする手が、ペタペタと俺の顔を触れる。
「……あるジ、もうへいき?けガしてない?」
「だ、大丈夫、大丈夫だって。ほら、もうどっこもケガしてないだろ?」
手を伸ばして来ているのは、シィだ。
彼女は俺が体力を回復した今も、こうしてずっと心配そうに俺の体調を確認している。
「……うン、でもあルじは、シィたちにそういウの、みせなイかラ、しンぱい」
……この様子を見る限り、もしかするとシィもまた、リルと同じようにダンジョンモンスターとしての、イルーナ達とはまた違った意思を持っているのかもしれんな。
レイス三人娘達も、今この部屋にはいないが、俺が回復した後もずっと心配そうにしていたし、何かダンジョンモンスターとしての矜持が、彼女らにはあるのかもしれない。
「心配してくれてありがとな、シィ。でも、ほら、本当に大丈夫だ。元気百倍アンパ〇マンだ」
「……ほントに、ホんと?」
「ほんとにほんと」
「おかお、カえてもらったあト?」
「そうだぜ、新品の顔に交換した時ぐらい元気」
そうして幼女達に囲まれ、しどろもどろに彼女らの対応をしている俺を見て、近くにいるレフィが「ハァ……」とため息を吐き、やれやれと首を左右に振っている様子が俺の視界に映る。
「これが、儂の旦那か。何だか、見ていると情けない限りじゃな」
「やめろ、言うな。自覚はあるから」
俺は、『旦那』と言う言葉に内心でちょっと嬉しくなりながら、レフィにそう言葉を返す。
――あのクソ龍を倒した後に得た変化は、多かった。
まず、俺のステータス。
現在のものが、これだ。
名:ユキ
種族:魔王
クラス:断罪の龍魔王
レベル:136
HP:19255/19255
MP:25841/25841
筋力:2872
耐久:3611
敏捷:2834
魔力:4268
器用:4942
幸運:85
スキルポイント:52
固有スキル:魔力眼、言語翻訳、飛翔、不屈、王者の威圧
スキル:アイテムボックス、分析lv10、体術lv6、原初魔法lv6、隠密lv6、索敵lv6、剣術lv4、武器錬成lv5、魔術付与lv5、罠術lv4、大剣術lv6、偽装lv4、危機察知lv6
称号:異世界の魔王、覇龍の飼い主、断罪者、人類の敵対者、死線を潜りし者、龍魔王、覇龍の伴侶
DP:304356
……うん。なんか……うん。
まあ、その、メッチャ強くなりました。はい。
とりあえず、HPと耐久がすんごい伸びた。
理由としては、あれか。ゾンビ戦法しまくって、死に掛けの状態でずっと敵の攻撃受けていたからか。
そして、相変わらずの幸運値の微妙な伸びよ。
他が倍以上伸びているのにもかかわらず、こっちはまだ三桁にも達していない。
……まあ、ちょっとでも伸びてくれたからいいんだけどね。
スキルは、やはりクソ龍と戦ったからか戦闘に関するものが軒並み大幅に上昇し、そしてなんと固有スキルは新たに二つ増えており、『不屈』なるものと『王者の威圧』なるものが欄にプラスされている。
不屈:HPが二割以下となった時、スキル所持者が戦闘の意思を持ち続ける場合に限り、敵から受けるダメージを大幅に軽減し、全ステータスを1.5倍する。
いつかのオリハルコン冒険者も持っていたスキルだったな、『不屈』の固有スキル。
こんな効果だったのか。メッチャ強いじゃん。
……これ、もしやクソ龍を倒した後に得たのではなく、クソ龍と戦っている最中に得たものなのではなかろうか。
なんか最後の方、攻撃を受けても大してダメージを食らっていないような気がしてたんだよね。
恐らくはこのスキルが作用した結果だったのだろう。
王者の威圧:使用者の周囲一定範囲内にいる全ての敵に対し『威圧』を放ち、対象の動きを鈍らせる。使用者と敵のステータス差に応じて、対象に及ぼす効果が変動する。
――そして、もう一つの固有スキル『王者の威圧』。
何だ、これ。どうして得たんだ?
特に今回、それっぽいことはしていないんだが。
と思って色々見ていたら、これはどうも、新たに増えた称号によって獲得したものだったようだ。
龍魔王:魔王でありながら、龍族の王である龍王を倒し、その位を得た者。現龍王。龍族に対し、カリスマ補整大。固有スキル『王者の威圧』取得。
……俺、龍族の王様になっちゃいました。
龍魔王って字面は強そうなんだけど……大丈夫なのだろうか、これ。
現龍王って言われても、俺、龍族を従えるつもりは毛頭ないし、龍の里とかいうところを治めたりなんか絶対しないからな?
何かあっても、そっちのヤツらで勝手にどうにかしてください。
クラスが『断罪の龍魔王』なんてものに変化しているのも、この称号が原因だろう。
ちなみにクラスに関してなのだが、クラスは何故かメニューでも分析スキルでも詳しく見ることが出来ないのだが、何らかの補整はあるそうだ。
新たにクラスを取得して、急に自身の動きにキレが良くなったり、魔法が強くなったりなどといったことが確認されているそうなので、きっとこの『断罪の龍魔王』にも何らかの補整はあることだろう。
どんなものなのか気になるところだな。
――称号に関しては、もう二つ増えている。
死線を潜りし者:極限の状態を生き抜き、生還を果たした者。HPが一割以下となった場合に限り、全ステータスが二倍となる。
これは特に引っ掛かることはない。
あの戦いは、ほぼクソ龍がアホだったおかげで勝てたようなものだった訳だが、俺にとって死線を踏み抜いた戦いであったことに間違いはない。
二倍って数値がツッコみどころかもしれないが、まあその条件がHP一割以下だしな。こんなものだろう。
そして、もう一つが――。
覇龍の伴侶:世界に覇を打ち立てた龍を嫁にした、剛の者。この者がこの世で恐れることなど、もはや何一つないのだろう。
……いや、『ないのだろう』とか言われても、知らんがなとしか言えんわ。
つかこれ、もはや感想じゃねえか。
ホントに誰が称号付けてやがるんだ。神サマか。神サマなのか。
……ちょっと恥ずかしいから、この称号についてこれ以上深くツッコむのはやめておこう。
DPは、クソ龍を殺すのに使いまくって二桁台にまで落ちていたのだが、ヤツを殺してその死骸を全てDPに変換したことにより、むしろ大幅にプラスの数値となっている。
やはりアイツ、腐っても世界最強の種族だけはあったな。
ここまでステータスがガラリと変わると、正直戸惑うことも多い。
日常動作一つとっても、身体能力爆上がりしたせいで誤って必要以上に力を込めてしまい、コップや皿を割ったりなどザラだ。
軽く力を入れただけで、メシリとかいって木椅子の柄が潰れた時など、思わず苦笑いが零れたものだ。
今なら、例のマンティコアとかいうクソ獣を根絶やしにするのも可能かもしれん。検討しておこう。
ヤツらは絶対に許さねぇからな。確実に末代まで滅ぼしてやる。
恐らくは、ダンジョン自体のレベルが今回の戦いでまた二段階程上がったらしいことも、このインフレ気味のステータスの伸びの一因だろう。
今回は種族進化しなかったはずなんだけどな……。
ただ、ステータスの伸びの割には、レベルの伸びが悪い。
今までの経過を見る限り、俺のステータスはレベルが上がるにつれて能力値の上昇幅が増えていく晩成型であるようなので、この調子でステータスが伸びて行った場合、レフィと同レベル帯となった頃には、彼女に追い付き、むしろ追い越すことすら可能となるかもしれないが……。
……あんだけ圧倒的なレベル差のあったクソ龍を倒して、この程度しか俺のレベルが伸びないとなると、レフィに追い付くにはマジで千年単位の時間が必要になるかもな……。
新スキルとか称号とか、何で皆さんポンポン思い付くんですかね。
メッチャ悩みましたわ。