矜持《1》
飛んで、跳んで、転がって、地を這いつくばって、クソ龍の攻撃を回避する。
俺が回避したところの大地や岩が、崩れ、弾け、数瞬ごとにその地形を大きく変えていく。
刹那も気の休まることのない、緊張の連続。
――クソ龍の攻撃自体は、まだこうして、どうにか見切ることが出来ていた。
というのも、『簒奪者』とかいう称号を持っている割には、クソ龍の攻撃はやたらと素直で、その攻撃の軌道が読みやすいのだ。読みやすいと言っても、瞬きした瞬間に目の前に攻撃が迫っているレベルだが。
恐らくは今まで、圧倒的な強者であるが故に敵は全て力のごり押しで潰して来たため、攻撃に虚偽を混ぜるといったことを知らないのだろう。
脳筋野郎め。
あとは、やはりこの魔王の身体のおかげか。
以前からしばしば思っていたのだが、俺の眼は『魔眼』であるためか動体視力が非常に優れているようで、ヤツの攻撃をどうにかギリギリ、ホントにギリギリで捕捉することが出来ている。
……それと、もしかしたらヤツの簒奪者の称号が、罪科の称号にカウントされるのかもな。
そのおかげで、俺の『断罪者』の称号の効果が適用されており、ステータスに補正が入っているのかもしれない。
だが、まあ……それでも、集中が切れたら最後、俺はそのまま挽き肉に転生することだろう。
『先程までの威勢はどうした?ん?』
嘲笑の表情を浮かべるクソ龍の腕の払いの攻撃を、俺は地面に倒れる程に身を倒して躱し、そして上のクソ龍の腕に向かって罪焔を振り抜く。
罪焔は――弾かれない!
ちょうど攻撃した場所が、鱗の薄いところであったという理由もあるのだろう。
だが、確かに罪焔の刀身は、クソ龍の肉を裂き、血を流させた。
ゲットしたレフィの素材に試してみた時は、全く歯が立たなかったのだが……コイツの鱗は、レフィのものよりは柔いのだろう。
「お?どうした?虫に攻撃されて血が流れてんぞ」
『…………』
強烈な魔力の反応。
それは、俺のすぐ足元から。
俺は即座にその場から離脱しようとするが――間に合わず、爆発。
俺の足元の地面が破裂し、刹那遅れて強烈な衝撃が俺の身を襲う。
「かフッ――」
ゴミクズのように俺の身体は転がって行き、辺りの大岩にぶつかって停止。
その衝撃に肺が上手く空気を吸えず、呼吸が一瞬止まる。
「――ッハァ、ハァ……」
俺は無理やり深呼吸して体内に酸素を送り込み、痛む身体に鞭を打って立ち上がる。
そして、武器を構えたところで――目の前に、クソ龍の牙が迫る。
俺は全身を投げ出すようにしてその場から転がり逃げ、すぐに体勢を立て直してその首筋に罪焔を振るうも、先程罪焔の刃が通ったことを警戒したのかクソ龍はヒョイと首を竦めて躱す。
さらにヤツは、その場でグルンと一回転し、自身の尻尾に勢いを乗せて振るった。
まるで撓る鞭のような、だが大木の如き太さの尻尾の攻撃は俺の身体に直撃し、再び俺は吹っ飛ばされ、地を数度バウンドしてからようやく停止する。
チカチカとする視界に、重い鈍痛。
少しでも気を抜けば、消えそうになる意識。
『見ろ、レフィシオス!この男など口が達者なだけで、その実力は塵芥と同じ程度だ!貴様が共にいるのは、やはり俺の方が相応しい!』
「…………」
レフィは口をキュッと結び、俺の方をじっと見て、腕を組んだまま動かない。
俺がどうにかするのだと信じて、動かない。
「……だま、れ。テメェみたいな、自己中野郎が、レフィに相応しい訳ねぇだろ。バカ、言ってんじゃねぇぞ」
そう絞り出すように言葉を吐き出して俺は、太もものポーションはとっくのとうに使い切ってしまったので、アイテムボックスから新たなポーションを取り出し、一気に呷る。
――俺がまだ、生き残っている理由は、ただ一つ。
それは、このクソ龍がこうして、俺が回復して体勢を立て直すのを、見逃しているからだ。
恐らくは、俺を甚振れるだけ甚振り、その無様ぶりをレフィに見せつけ、そして自身の力をアピールしたいのだろう。
このクソ龍は、俺を貶めたくて仕方が無いのだ。
ハッ……そんなことしても、無駄だぞ。
俺の無様さなど、レフィはとうに知っている。
俺とレフィが、毎日どれだけの間一緒にいるとコイツは思っているのだろうか。
俺達は、お互いがどんなヤツで、どんな性格をしているのか、などということは、濃密な毎日の中でもうわかりきっている程にわかっている。
伊達に、日々を共に暮らしている訳ではないのだ。
『フン、無様に這い蹲っている者が、言いよるわ。今の貴様は、まさに虫に相応しい惨めさだ』
「うっ、せー。言っておくが、虫だって強いん、だぞ」
特に蟻とか蜂とか。アイツらは、この森では確実に強者の部類に入るんだからな。
荒く息を吐き出しながら俺は、どうにか回復した身体を両腕を地に突いて起こし、罪焔を構え、再びクソ龍と対峙する。
だが……クソ龍は俺に猶予を与えるつもりなどないらしい。
そうして立ち上がると同時、危機察知スキルが伝えて来る、左後方からの危険。
俺はそちらを見ることなく、前にダイブして避けると、グオンと何かが先程まで俺がいたところに突き刺さる。
その避ける際に、一瞬だけ俺の視界に映ったのは――黒一色で出来た、太い槍だった。
恐らくは、黒龍の使う何かしらの魔法だろう。
どうにかその一発を回避した俺だったが……しかし、危機察知スキルが伝えて来る危機は、それに終わらない。
気が付けば、俺の周囲三百六十度全てに、今のと同様の黒槍が浮かんでいた。
それは、俺が認識すると刹那、一斉に飛び掛かって来る!
「チィッ!!」
地面を転がり、罪焔で弾き、身を捻って飛来する黒槍を躱す。
しかし、数多展開されていたその黒槍の全てを回避することは到底叶わず、数十が俺の身体を掠り肉を抉り取って行き、幾ばくかが俺の身体に突き刺さって停止する。
「いギッ――」
必死にガードすることで、どうにか致命傷だけは防いだものの、足の嫌なところに刺さってしまったのか、唐突にガクンと足から力が勝手に抜け、膝を突いてしまう。
その俺の眼前に迫る――クソ龍の尾。
当然満身創痍の俺はその攻撃を避けることが出来ず、黒槍で針ねずみの状態のまま強かに尾に打ち付けられ、三度宙を浮いて吹き飛んだ。
「――ッカハァ、ハァ……!!」
どうやら一瞬、意識が飛んでしまっていたらしい。気付いた時には俺は地面に転がっており、視界いっぱいに青空が広がっていた。
止まっていた呼吸が再開し、肺が、心臓が、新鮮な空気を寄越せと激しく動悸を繰り返す。
同じくして、意識が蘇った俺に、全身が余すところなく痛みのフルコースをご馳走してくる。思わず泣き叫んで地面をのたうち回りそうになる程の激痛だ。
俺は、ボタボタと血を垂らしながら、震える手で身体に刺さったままの黒槍を全て抜いていき、もう一度アイテムボックスを開く。
その虚空の裂け目からポーションを取り出すと、もはや飲むのも億劫とばかりに手のひらで瓶を握り潰し、その液体を身体に掛ける。
『まだ死なぬか。その意地汚い生命力、流石虫だな』
余裕の感じさせるムカつく面で、そう嘲笑するクソ龍に、俺は――。
「……へへ」
――笑った。
「へへ、へ……へヘヘ」
さも、楽しそうに。肩を震わせて。
笑いながら、まるで幽鬼のようにフラリと立ち上がる。
――準備、完了。
『……とうとう気が触れたか。あまりの惨めさに言葉も出ないな』
侮蔑の込められた瞳で俺を見下ろすクソ龍に対し、俺は。
「オイ、クソ龍――足元、気を付けろよ」
ニイィ、と口端を大きく歪め、そして――ずっと開きっぱなしだったメニューの、一つのボタンを押した。
――直後、クソ龍の足元の地面が消失する。
体勢を崩し、重力に従い、その穴に落下してく黒龍。
『何ッ――』
不意を突かれ、そのままクソ龍が落ちて行った地面の大穴の先にあるのは――切っ先が毒々しい色をした、比喩ではなく天に向かって勢いよく刀身が伸びる剣山。
咄嗟にクソ龍は、翼を羽ばたかせ空へと回避するが……お前、翼持ちだからな。そうやって回避するだろうことは、お見通しだ。
そうして飛び上がったクソ龍の巨体が、DPを特別費やして空中に固定した無数の魔法陣の罠に触れ、それが連鎖的に発動し、次々に爆発が起こる。
空間を染め上げる爆炎。
地を震わす轟音。
――やがて、黒煙が晴れた先に現れたのは、少々煤け、全身に幾ばくかのダメージが窺えるクソ龍。
よかった、ちゃんと効果はあったようだ。
これだけやってダメージゼロとかだったら、流石に泣きそうだったぜ。
『グッ、貴様ッ、小賢しい真似を……ッ!!』
「へっへ……テメェのために、俺の持ってたDPのほとんど、大盤振る舞いしてやったんだ。遠慮せず受け取ってくれよ」
新たな配下を召喚しようと、少し前にレフィの元住処で得た武具類を変換し、最近ずっと行っている魔物狩りで溜めに溜めたため、かなり潤沢な値となっていたDPのほぼ全てを使用して、この辺り一帯には今、俺がひたすらクソ龍にボコボコにされながらコソコソと設置し続け、そして先程アクティベートした罠が縦横無尽に張り巡らされている。
地雷原なんて生易しいもんじゃない。
もはやここは、相手が龍族などという規格外の存在でなければ、一歩道を踏み外した瞬間あの世行きという、死を振り撒く場所と化している。
――最初から、俺の狙いはこれだ。
こんな圧倒的な力の差があるヤツを相手に、正面から戦って勝てるのは、物語に出て来る勇者ぐらいなもんだ。
そして俺は、物語の登場人物でなければ、勇者でもない。
であれば、そんな一般人――いや、一般魔王である俺が、フザけた実力差のある相手に勝つためには当然、邪道卑怯姑息な手段に、搦め手を使うしかない。
何よりここは、俺が法であり、俺が世界である、『ダンジョン』なのだ。
俺に勝ち筋があるとすれば、その力に頼る他ないだろう。
――頼むぜ、ダンジョンさんよ。ちょっと、負けられないんだ。俺にありとあらゆる卑怯な手段を提供してくれ。
そして、今まで散々バカにしていた相手から一杯食わされたことがお気に召さないのか、憤怒の表情を浮かべるクソ龍に対し俺は、ここぞとばかりにニタニタと笑みを浮かべ、ヤツに向かって言い放った。
「さて――第二ラウンド、始めようか」