閑話:幼女達の一日《2》
「おーい、お前ら、そろそろ昼飯――って、あれ。エンだけか」
草むらの陰にいたエンがその声に振り返ってみると、中庭にポツリと置かれた扉がいつの間にか開かれていた。
不思議なことに、開いた向こう側に見えるのは中庭の様子ではなく、彼女がいつも暮らしている部屋の様子が覗いている。
そして、その扉から現れたのは――エンと同じ黒髪をしている、一人の青年。
彼女が心より慕い、ずっと共にありたいと思っている主その人であった。
「……かくれんぼの、途中」
「お、そうだったか。範囲はこの中庭だけか?」
「……そう」
中庭だけといっても、ユキがかなり気合を入れて造ったためかなりの広さがあるのだが、元気の有り余っている彼女らにとって広いことは然程問題ではないのだ。
ちなみにレイス娘達は、半透明であるため壁や木の中などに隠れられたら誰も見つけられないので、ユキからもらった人形に憑依し、実体を持ってかくれんぼをしている。
「いいな。楽しそうだ」
彼女の主は、そう言って笑った。
その彼の表情に、エンもまた心が温かくなる。
「どうだ、皆とは仲良くやれそうか?」
「……ん。皆、とっても良い子」
主の言葉に、小さくこくりと頷く。
あまり人と話すのが得意ではないエンだが、ここにいる子達は皆、言葉足らずな自分を受け入れ、そして仲間に入れてくれている。
それが気恥ずかしく、そして嬉しい。
中庭でかくれんぼをすることとなったのも、エンは武器の本体から百メートル以上離れることが出来ない故に、少しでも行動可能範囲を増やそうと現在彼女の本体は中庭のベンチに置かれている。
そのため中庭以外でかくれんぼをすると、エンだけ行動可能範囲が狭まってしまうので、他の子達が気を遣って中庭となったのだ。
「そうかそうか、よかった」
エンが皆と仲良くやれているらしいということに、彼女の主は嬉しそうに、少女の頭をわしゃわしゃと撫でた。
ゴツゴツとしていて、それでいて温かさの感じられる、大きな手。
その心地良い手の感触に、エンは思わず腕を伸ばし、ユキの手のひらの上にさらに自身の両手を乗せて、彼の手を控えめながらも自身の頭に押さえる。
――と、ほぼ無意識に主の手を求めてしまってから、エンは自身が何をやっているのか、ということにハッと気が付き、彼女はワタワタと慌てながらユキの手を離す。
どうしたらいいのかわからない感情がエンの胸の内を暴れ回り、エンの頭を混乱させる。
自身が取ってしまった行動が、主に対し不敬じゃないか、主にとって不快じゃないか、とそんな思いが彼女の頭に浮かぶ。
彼女は、『彼女』としての器を得て、『彼女』として生まれてからまだ日が浅い。故に、親愛の情の示し方をまだあまりわかっていないのだ。
普段はほぼ無表情で、ぼーっとしていることの多い目の前の少女が、面白いぐらいに慌てている様子にユキは思わず「ッフ」と噴き出すと、そのまま可愛らしい様子のエンの頭を撫で続ける。
主が優しい笑みを浮かべていることに気が付いたエンは、特に彼が不快に思っている訳ではなさそうだということを理解すると、混乱していた頭を少しだけ回復させ、ワタワタしていた腕を下ろし、まるで借りて来た猫のようにそのまま撫でられ続ける。
流れる、決して悪い気分ではない、無言の時間。
そのまましばらく、嬉しいやら恥ずかしいやらでちょっと顔を赤くしながら、主の手を堪能していると、その時中庭の奥の方からの声がエンの耳に届いた。
「あっ、エンちゃん、やっと見つけた!――って、おにいちゃん!」
エンがそちらに目を向けると、いつの間にかかくれんぼで最後まで残っているのが自分になっていたようだ。
鬼だったイルーナが、人形に憑依してふよふよと浮かぶレイスの三人とシィを連れて、奥からこちらにやって来ていた。
彼女らの内、レイスの子達はユキの姿を見つけると、嬉しそうに彼の方へ中空をスライドしてゆき、ユキの周りをぐるぐると漂い始める。
「うおっ、ハハ、相変わらず元気だな、お前ら」
ユキはエンの頭から手を離すと、じゃれついて来る三人姉妹達の相手をする。
「あっ……」
主の手が離れてしまったことに、エンの口から思わず寂しそうな声が漏れてしまい、その声に三人姉妹とユキの視線が彼女に集まる。
慌てて自身の口を押えたエンだったが、その時三人姉妹が何やら顔を見合わせてお互いに頷き合うと、突然エンの方に寄って来て、ユキの方へと彼女の背中を押した。
「あ、え、あ……」
ユキもまたニヤリと笑うと、少ししゃがんで自身に寄って来たエンの太ももの辺りに腕を回し、そのまま彼女を持ち上げ、腕の中に抱き上げた。
「あ、あう、あ、主……」
「さ、お前ら、飯だ。遊ぶなら飯食った後にめいっぱい遊べ。レイ、ルイ、ロー、お前らもウチ来いよ。飯は食わねぇんだろうが、一緒にいた方が楽しいだろ?」
イルーナとシィが元気よく返事をし、レイスの三人姉妹達も憑依している人形の片手を上げて返事をしている様子を見て、ユキはエンを腕に抱いたまま、途中のベンチの上に置かれているエンの本体をもう片方の手で回収し、そのまま真・玉座の間に戻る扉へと向かっていく。
「フフ、よかったね、エンちゃん!」
ユキの横の、そしてエンが腕に抱かれている方に回ったイルーナが、彼女の方を見上げニコッと笑ってそう言った。
「…………ん」
エンは、今の自分の姿を見られるのが何だか無性に恥ずかしくなり、彼女の問いかけに小さく頷くと、ユキの首筋の辺りに顔を埋めた――。
幼女まみれ。