デート《1》
「ユキ、でーとをしよう」
「おう。……は?な、何だって?」
突然のレフィの言葉に俺は、テキトーに頷いてしまってから、慌てて彼女に聞き返す。
「何じゃ、聞いておらんで返事をしたのか?でーとじゃでーと。儂とでーとに行くぞ」
「え、お、おう。い、いいけど……」
デ、デートか。そうか。
……お、落ち着け。ここで俺一人がテンション上がってたら、なんか俺だけ超楽しみにしてるみてぇじゃねぇか。
きっとそうすると、コイツはドヤ顔を浮かべて勝ち誇ったように俺を見るのだ。
それは、何か、ちょっとムカつく。
落ち着け、気分を落ち着かせるのだ、俺。俺なら出来る。
「そ、それで?どこに行くんだ?」
努めて平然、といった様子で、声が上擦らないように注意しながらそう問い掛ける。
「うむ、ここから一つ山を越え、隣の山の方に行こうと思う」
「ほう。山か。山登りは楽しいもんな。渋くていいじゃねーか」
「? いや、別に登りはせんぞ?目的地までは飛んでいくからの」
あ、まあ、そうね。よく考えたら俺ら翼あるもんね。
じゃあ、空のデート的な?
いいじゃない。好きよ、そういうの。
「――って、目的地があるのか?」
「そうじゃ。隣山の奥地にある蜂どもの巣じゃな。そこに少し用がある」
……うん?
「……蜂の巣?」
「うむ。最近、あの山の蜂蜜を食っておらんでな。その蜂蜜を取りに行きたいのじゃ。採って来たら、それをレイラに料理してもらって、何か美味しいでざーとを作ってもらおうかと思っての」
「…………」
「お主の出してくれる甘味はどれも美味いんじゃがのぉ。あそこの蜂蜜もなかなか美味いもんでな。久方ぶりに、食べたいんじゃ」
その味を思い出しているのだろう、至福そうな表情を浮かべるレフィに対し、一瞬で真顔に戻る俺。
あぁ、うん……知ってた。
「と、言う訳でユキ、山に行くぞ」
「…………ヤダ」
急激にテンションの下がった俺は、一言そう言い放つと、その場でゴロンと身体を横に倒し、レフィと反対の方向を向く。
「んな!?な、何故じゃ!?」
断られると思ってなかったのか、ちょっと動揺の感じられる声を発して俺の顔の前に回り込んだレフィに、俺は再びゴロンと転がって彼女と反対を向く。
「俺、別に蜂蜜に興味無いし」
「い、いいじゃろう!ほ、ほら、儂がこの世界で一番美味しいと思っておった蜂蜜があるんじゃぞ?お主だって絶対気に入るはずじゃ!」
と、次にレフィは俺の上に馬乗りになって、近くから顔を覗き込んで来るが、俺はプイッと横を向いて顔を逸らした。
「俺、言う程甘い物好きじゃねぇし」
「うぐっ、そう言えばそうじゃったな……で、でもほら、お主の愛しい相方が今、こうして蜂蜜を欲しているのじゃぞ?ならば、相方としてはその望みを叶えてやるのが、こんびの正しい在り方じゃとは思わんか?」
コイツ、自分で自分のこと愛しいって言いやがった。
つか、コンビって、お笑い芸人かよ。
「そんなことしても、俺にメリット無いし」
「な、なら!その……こ、今度、儂が添い寝してやるから!」
「お前に添い寝されても別に、俺にいいこと無いし」
「ぬがぁ!?」
ちょっと顔を赤くしてそう言うレフィの言葉を素気無く断ると、彼女はヘンな声を上げて俺を見下ろす。
そのままずっと顔を逸らす俺に、やがて俺が動く気がないことを悟ったのか、龍少女は「うぎぎ……」と唸った。
「……せっかく、久方ぶりに二人だけになれると……」
――その時、そう、レフィがボソッと呟いたのを、俺の耳が捉えた。
……恐らくレフィは俺に聞かせるつもりなどなかっただろうが、しかし魔王の聴力は非常に鋭い。
近くであれば、相手の鼓動も聞こえるくらいなのだ。誰かの呟いた声ぐらいならば、余裕で聞こえる。
……もしかしてコイツ、初めからそういうつもりで俺を誘っていたのだろうか。
なら、もうちょっと言い方ってものが――。
……そう言えばコイツ、不器用なヤツだったな。
俺は小さく嘆息すると、腹筋を使って上体だけ起こし、俺の太もも辺りに乗っていたレフィと近距離から顔を見合わせる。
「うぬっ!?」
「…‥仕方ねぇなぁ。付いて行ってやるから、代わりに今度、俺の抱き枕にでもなってもらおうかな?」
急に動いた俺にちょっと驚いた声を上げるレフィに、俺は肩を竦め、ニヤリと笑ってそう言った。
「だ、抱き枕……ゴホン、ま、まあよい。儂は懐が深いのでな。お主のそれぐらいの要望は、叶えてやっても良いじゃろう」
さっきの俺のように、努めて平然といった表情を浮かべながらも、しかしピクッ、ピクッ、と小さく尻尾を反応させるわかりやすいレフィの様子に、俺は笑いながら彼女の手を取って、共に立ち上がった。