罪焔の変化
「ハァ……しんど」
眼下のクソ獣の死骸をDPに変換しながら、俺はそう呟いた。
もう、ただその一言に尽きる。
嫌ね、こういう手合いを相手するのは、ホント。疲れるったらありゃしない。
「全く……そんなに戦いたいんだったら、もっと好戦的な魔物にでも喧嘩吹っ掛けてこいってんだ。なぁ、リル」
「…………」
「おう、何だその微妙な表情は。俺も十分好戦的とでも言いたそうだな?」
「…………」
「いや、ごめんて。悪かったって。テンション上がっちゃったんだもん、許せ。ほ、ほら、そのチリチリになっちゃった毛並み、治してやるから」
道中俺が敵を挑発しまくって、追撃が苛烈になったことに思うところがあるらしく、ジト目を向けて来る我が家のペットに誤魔化すようにそう言って、ポーションを取り出した俺は爆風でチリチリになったリルの毛並みに振り掛けていく。
深い傷に関しては、俺もリルもすでに治している。
ホント、身体に刺さったままだった土槍や、爆発で飛んで来た礫を体内からナイフで抉って取り出す時に、もう何度あのクソ獣を呪ったことか。超痛かったぞクソッタレ。
あのマンティコアとかいう種族は絶対に許さねぇ。レベル上げが完了して、今のヤツを余裕で倒せるようになった暁には、一族郎党種族全てを滅ぼすまで狩りまくってやる。
動物保護法なぞクソ食らえ。魔王は法には縛られぬのだ。
それと、ここまでボロボロにされてわかったことなのだが、どうもポーションは、傷を治す性能は凄まじいものがあっても、失った血までを完全には取り戻してくれないらしい。
リルはまあ、大丈夫そうなのだが、俺は道中血ぃタラタラ流しまくって、リルの背中を真っ赤に染めるぐらいには失ってしまったせいで、ちょっとフラフラする。
帰ったら、精の付く料理を作ってもらおう。
肉だ、肉。肉祭りだ。
そうして、リルの毛並みが枕にするととても気持ち良い、いつもの綺麗なモフモフへと戻ったところで俺は、我が家のペットに向かって言った。
「さて……帰るか」
* * *
「ただいま」
「おかえり――む?どうしたんじゃ、そのボロボロの服は。それに、何だか焦げ臭いぞ?」
真・玉座の間に戻ると、そこにいたのはレフィのみだった。
恐らくイルーナとシィはいつもの如く草原エリアに遊びに行って、メイドさん達は家事でもしているのだろう。
「あぁ、なんかマンティコアとかいうストーカー野郎に付き纏われてな」
彼女にそう言葉を返してから俺は、端っこに置かれているタンスから衣服の替えを取り出すと、今着ている服を脱ぎ捨て、それに着替える。
もうちょっとボロボロで着れそうにないので、脱ぎ捨てた服をゴミ箱に放り込んでから俺は、部屋の奥にある玉座に胡坐を掻いて座り、背もたれに身体を預けて一息吐いた。
「フゥ……疲れた」
なんかこの椅子、座ってると気持ちが良いんだよね。身体の奥底が温まってくるような……。
他の面々はこの椅子に座っても特にそうは思わないらしいし、もしかすると、魔王だけに対する特殊効果でもあるのかもしれない。
「ほう?あのネチネチと獲物を甚振るのが趣味の性根の腐った奴を相手にしたのか。じゃが、彼奴らは火は使わなかったと思うが?」
「いや、俺が焦げ臭いのは、また別だ。ソイツ、ダンジョンのトラップに嵌めてぶっ殺したんだけど、その時に俺もトラップの余波を食らっちゃってな。それが爆発系のトラップだったもんで、この有り様だ。リルなんかもう、毛並みがチリチリになって、リューが焦がした時のスパゲッティみたいになってたぞ」
「フフ、それは災難じゃったの」
楽しそうに笑うレフィに、俺もまた笑って肩を竦めてから、アイテムボックスを開いて中から罪焔を取り出す。
今回、結構無理な使い方しちゃったからな。
ヘンに曲がったり、どこか欠けたりしてなければいいんだが……。
おかしくなっていたら、人里に出向いて直してもらおうかな、などと考えていた俺だったが――手に持った罪焔を見て、首を傾げる。
「……お?なんか……変わったな、お前」
心なしか、刀身の紅色が以前より少しだけ濃くなっているような気がする。
その刃も、曲がっていたりや欠けているところもなく、むしろなんか、鋭さが増している気がする。
後で、何か試し切りでもしてみるか?
俺がそう言うと、罪焔からは「……そう?」との返事が――ちょっと待て。
「……お前、そんなしっかり念を送れたっけ?」
今までは、喜びだったり怒りだったり恨みだったり、そんな漠然とした感情を伝えて来る程度だったのだが、今のコイツからはリルやスライム形態の時のシィと同じように、喋りはせずともしっかりとした言葉のようなものが伝わって来る。
今も、俺の問いかけに対して、ただ感情を表すだけではなく「……いつもと、同じ」という返答が返って来る。
いや、絶対に同じじゃないですからね、あなた。
……そう言えばコイツを分析スキルで見た時に、確か『成長する』って書いてあったのは覚えているが……その結果が、これなのだろうか。
その成長の仕方はちょっと、予想外なんだけれども。
「……お主。その武器が意志を持っておることは知っておるが、話し掛けるなら誰もおらんところでやった方が良いぞ。今のその図、武器にブツブツと呟く怪しい奴にしか見えん」
「あ、あぁ……そうだな。後にするよ」
と、罪焔を再びアイテムボックスにしまおうとした俺だったが、握っている柄を通して我が武器から「……もうちょっとだけ、一緒に」という、何だか寂しげな様子の意志が伝わって来る。
「……ま、また、すぐに出してやるからって」
そう言うと今度は「……ん。わかった」と、ウルウル泣きそうな顔をしながらも、寂しいのを我慢する子供のような感情が伝わって来る。
「…………」
この刀に鞘はなく、流石に刀身を出したまま外に置いておくのは危ないので、俺は「だ、大丈夫だって。今の俺の主武器はお前だからさ。な?だ、だから、そんな寂しそうにしなくていい。すぐまた、使ってやるから」と宥めながら、アイテムボックスに再び罪焔をしまう。
最後に「……またね」と言ってくる罪焔の柄を放し、虚空の裂け目にその全てが納まったのを確認してから俺は、フゥ、と小さく息を吐き出した。
……自身の制作したものが、成長して性能が上がるのは、とても嬉しい。
嬉しいのだが……何と言うか、その。
――やりにくいっ!
寡黙っ子って可愛いですよね……。




