強敵《3》
「クッ……!!」
リルの上に後ろ向きで乗っている俺に向かって、発射台にした後ろの大木をへし折りながら、全体重を乗せて飛び掛かって来たクソ獣の攻撃を罪焔で防御する。
両腕が、メシメシとヘンな音を立てて軋む。
「――ッ、重過ぎだっつーんだ、ボケッ!!」
そのまま無理やり罪焔を振り抜くと、クソ獣はヒョイと背後に下がって躱し、今度は土のランスのようなものを無数に出現させて、こちらに向かって放つ。
「チィッ!!」
走って逃げるリルに一本でも刺さったらその時点で俺もリルも詰みなので、無理やり腕を捻って罪焔を振るい、リルに飛んでいく土槍を弾く。
が、その代わり上に乗っている俺の方へ飛んで来た土槍は防ぐことが出来ず、数本が俺の身体を貫通した。
「ギッ――チクショウがッ!!」
血が爆ぜ、下のリルに飛び散る。
「クゥ!?」
「うっせぇ!!黙って前見て走れ!!」
心配そうにこちらを見るリルを叱咤し、先を走らせる。
ポーションを使いたいところだが、そんな余裕はない。
上に乗っている俺が防御の手を緩めれば、ストーカーの如く俺達を追い回し続けるあのクソ野郎は、その隙を絶対に逃さないだろう。
――大丈夫だ、これぐらいじゃこの身体は、音を上げない。
俺は、身体の動きを阻害しそうな土槍だけを抜き、残りは放置してクソ獣の迎撃に戻る。
そのクソ獣はと言うと、まるでダーツの矢が的に当たったとでも言わんばかりに喜び、ニタニタ笑いを浮かべながら俺達を追い縋る。
……こんにゃろう。
もう数分もせず、目的の地点に出るが……その前に一度、アイツのあのクソムカつくニヤニヤ顔を歪めさせてやりてぇ。
甘く見るんじゃねぇぞ、魔王の力を。
攻撃されるばっかりで、すっかり鬱憤の溜まっている俺が後ろ腰から取り出したのは――装填済みの魔法短銃。
俺は、ちょっと重くて歯が痛くなるが、罪焔を口に咥えて片手を自由にすると、アイテムボックスから武器錬成での適当な失敗作を取り出し――それを、思いっきりクソ獣へ向かって投げつける。
同時、ブシュ、と傷口から血が爆ぜるが、そんなのは知ったことか。
それよりも、あの超絶ムカつく野郎に吠え面かかせてやる方がよっぽど重要だ。
クソ獣はそれを軽々と避け、まるで猿の如く横に生えている大木に着地しようとするが――俺の狙いは、そこだ。
魔法短銃の銃口をその大木の根の辺りに合わせ、引き金を引く。
一発に3000MP近く込めていたため、大砲数門をまとめて同時に撃ったような轟音の後に、メキメキ、と幹が倒れる音。
見事、魔弾は狙ったところを爆砕し、大木を吹き飛ばす。
当然、そこに飛び移ろうとしていたクソ獣は、ギョッとした顔を浮かべて無様に宙を舞い、派手に土埃を巻き上げながら地面に転げ落ちた。
「ハッ!!ざまぁねぇな!!」
魔法短銃を腰に戻した俺は、ニィィ、とこれ見よがしに大きく口角を釣り上げ、罪焔を持っていない方の手で、中指を立てる。
「ゴアアアァァッ!!」
それが挑発の動作であると理解したらしく、クソ獣は怒りの形相で咆哮をあげると、狂ったように俺達を追撃し始めた。
「おぉ、おぉ!!いいぞ、俺はその顔が見たかった!!オラ、どうした、さっきまでの余裕はよぉッ!!」
「グルゥ!!」
「悪いなリル!!俺は生粋の平和主義者だが、同時に売られた喧嘩は絶対に買って百倍にして叩き返す主義でもあるんだ!!」
敵を挑発するなと非難めいた鳴き声をあげるリルに、俺は高らかに笑いながらそう溢す。
ちょっと血を流し過ぎたせいか、俺も色々極まって来ちゃってるが……まあ、売られた喧嘩を買うのは平和と安寧のためだからね。仕方ないね。
そのクソ獣野郎は、怒り心頭怒髪天を衝く、といった様子の、見ていて大分こちらの気が晴れるような表情で、そしてさっきよりさらに苛烈に俺達の後ろを追って来ているが――目的のポイントに到達するのも、もうそろそろだ。
目的のポイント。それは、さっき仕掛けたトラップ群の一つ。
俺とリルの魔法、例えば先程俺達が放った水や雷は、魔力で構築し、自然界の現象を模倣して疑似的に魔法として再現したものだ。
だが、ダンジョンで設置する罠は違う。
これらはDPという謎の物体を交換することにより、魔法のようにその場に出現させることが出来る訳だが、しかしDPで出現させたものは、魔力が無くなれば消えてしまう魔法とは違い、ちゃんと一つの物体としてこの世に残り続ける。
疑問の尽きない、なかなかに謎物資ではあるが……つまり、DPを消費し罠として設置した以上、それは魔法ではなく純然たる物理的な存在としてそこにある訳だ。
まあ、中には魔法を放つタイプの罠もあるのだが、今向かっているその罠は別だ。
そして、ヤツのATフィールドもどきは恐らく、ここまでの戦闘から察するに、自動発動型。
にもかかわらず、罪焔の攻撃は必ず自身で防御しているのを見るに、アレが魔法のみを弾く障壁であるという予想は恐らく外れではないはず。
であれば、純物理現象である今回の罠は、アイツに対しても有効であるはずだ。
……後は、タイミングが問題か。
無効にしてあるトラップをアクティベートするタイミングが早ければ、気付かれて避けられる可能性があり、逆に遅れてしまえばそのままトラップを踏まずに越されてしまう可能性がある。
故に、勝負は一瞬。
――やがて、風景に大した差はないものの、目標地点まで数百メートルのところまで辿り着く。
目視圏内に、そのポイントが来る。
「何だ、必死こいちゃってよぉッ!!さっきみてぇにスカした顔してニタニタ笑ってろよ!!格下相手にいいように踊らされて、もうそんな余裕は無くなっちまったか!?」
「グルルァァァッ!!」
怒りのままに激しい攻撃を仕掛けて来るクソ獣をいなし、俺は敵が正常な判断を失うことを期待して――というかまあ、心に湧き上がる衝動のままに、挑発を続ける。
――タイミングを見極めろ。
地を蹴り、木々を避け、疾駆するリル。
クソ獣が飛び掛かり、噛み付こうとしてきたのをグイ、と身を捻って回避し、そのマヌケ面に正拳突きを食らわせる。
拳を伝わる、肉を打つ感触。
――まだだ。まだダメだ。
一瞬、ほんの一瞬、敵が怯んだところでリルが罠の設置ポイントを超え、俺達とクソ獣の間にその地点が来る。
怯みからすぐに回復したヤツは、顔をこれ以上ないまでに歪め、ただ真っすぐに俺達の方を見て、四肢を躍動させ――。
――今ッ!!
クソ獣がポイントを通過する、その数瞬前のところで俺は、トラップを起動した。
ヤツは、足元に意識を向かわせることなく、そのままアクティベートされたトラップを踏み抜き――。
刹那、訪れる激しい音と光の嵐。
轟炎が立ち昇り、辺り一面を黒い赤色に染め上げる。
通常の生物ならば、余裕で死ねるレベルの爆発だが……しかし、悠長に爆風が晴れるのを待っている暇はない。
腐ってもレベル96だ。仮にこの罠で上手くダメージを与えられたとしても、少しでも猶予を与えれば体勢を立て直される可能性がある。
決めるならば、ここだ。
そう判断を下し、瞬時にリルの上から飛び降りた俺は、顔だけを罪焔を構えた両腕でかばいながら――自ら爆風の中へと突っ込んで行った。
凄まじい熱量が全身を襲い、身体のあちこちが焦げ、爆発の中に混じっていた礫が飛翔して身体に突き刺さる。
が、問題ない。
死ぬ程痛いが、痛いだけだ。
俺の身体は、まだ動く。
「シッ――――!!」
襲い来る風圧に負けんと、脚部にあらん限りの力を込めて大地を蹴り飛ばし、裂帛の気合と共に、爆風の最中を駆け抜ける。
しかして――俺は、賭けに勝った。
爆風を抜けた先に見えたのは、予想外の爆発を食らい、身体をあちこち炭化させ、白目を剥いて意識を飛ばしているクソ獣野郎。
これが駄目だったら、森の中の罠フルコースに招待して、少しずつ相手を損耗させる長期戦をやるつもりだったのだが……どうにか、上手く食らわせることが出来たようだ。
ヤツのATフィールドもどきは、発動していない。
その懐へと一息で辿り着いた俺は、右斜め上段に構えていた罪焔を振り下ろし――。
グルンと白目が動き、正気に戻ったクソ獣が俺の姿を捉える。
同時、危機察知スキルが伝えて来る、強烈な危機。
極限の状態の、一秒が何倍にも加速された時間の中で、俺の視界が捉えたのは、眼前の野郎が前脚を振り上げ、俺のドタマをかち割ろうとしている姿。
だが――俺は、止まらない。
何故ならば、王都の時とは違って、ここにいるのは俺一人ではないからだ。
「グルゥッ!!」
俺の横を、俺と同じぐらい身体のあちこちを焦げさせながら駆けていき、その鋭い牙を用いて、敵の肩に食らいつく――リル。
クソ獣の、攻撃が止まる。
罪焔が、振り下ろされる。
その刃は、俺の意思に従って正確に敵の首筋へと吸い込まれていき、一刀。
骨と肉を断つ感触。
吹き荒ぶ血の雨と共に、クルクルと回って飛んでいく首。
首を無くした、俺達を散々追い回してくれたクソ獣野郎は、ひとしきり血を降らしたところで、やがてゆっくりと倒れ――。
――そして、永遠に動かなくなった。
「――俺達の勝ちだ」