強敵《2》
種族:マンティコア
クラス:嗜虐獣
レベル:96
ヤバいぞ、コイツ。
ステータス格差があり過ぎて、大分見える上限の増えて来た今の分析スキルですら、種族とクラス、そしてレベルしか見通すことが出来ない。
しかも、『嗜虐獣』なんて明らかに物騒なクラスを持っている上に、そのレベルに関しては脅威の『96』。
レフィを除いて、今まで見て来た中で、最高値だ。
チッ、しまった……ヤツの来た方向がギリギリダンジョンの領域外だったせいで、接近に気付くのに遅れちまった。
出来ることなら、このまま「チャオ」と挨拶して帰りたいところだが……逃がしては、くれなさそうだな。
その眼は完全に俺達を獲物として捉えており、どう甚振るかを考えでもしているのか、余裕そうな表情で嗜虐的な笑みを浮かべている。
まず間違いなく、リルに乗って逃げたとしても、どこまでも追って来るだろう。
……逃げられないなら、戦うまでだ。
獣風情が、ムカつく顔しやがって。その毛皮、剥いでウチの玄関に置く敷物にしてやる。
――最初に攻撃を仕掛けたのは、リルだった。
俺が戦うつもりであることを察したらしく、俺が攻撃体勢に移るや否や、すぐさま固有スキル『万化の鎖』を発動、敵の足元の地面から鎖を出現させ拘束を試みる。
が、クソ生意気獣野郎は鎖を察知すると刹那、前方に跳んで避け――そのまま突っ込んで来るッ!!
即座に左右に分かれ、回避する俺とリル。
恐ろしい速度で放たれた、クソ獣の前脚でのストンピングの攻撃は外れ、叩き付けられた地面がドゴッ、と大きく陥没し、土が舞う。
……あれを食らったら、そのままミンチに転生しそうだな。
避けたリルが、すぐに体勢を整えサイドから爪の攻撃を仕掛けるも、クソ獣はヒョイと余裕そうに半歩横にずれて躱す。
と、その間に背後の死角へと回り込んでいた俺が罪焔を横薙ぎに振るうが、しかしソイツのサソリのような尾の一本が生物のようにうねりながら俺の攻撃を防御。
キィン、とまるで固い金属同士がぶつかるような音が鳴り響き、罪焔の刃を止められる。
刀身を伝わり、俺の腕に伝わって来る反動。
金属の塊でも斬ったのかと思わんばかりの衝撃で、一瞬だけ身体を硬直させてしまい、もう一本の尾がその隙を逃さんと俺の心臓目掛け一直線に迫る。
「チッ……!!」
堪らず、背後に跳び退って回避。
その下がる途中で魔力を練り上げた俺は、避けた先に着地すると同時、発動した魔法をクソ獣へと放った。
発動したのは、一番使い慣れており、最も発動が早い水龍の魔法。
数匹同時に出現した水龍は、矢のような勢いで中空を翔けると、そのままクソ獣へと到達し――。
――が、次の瞬間、クソ獣の周囲にATフィールドみたいなヤツが出現し、俺の魔法を阻む。
んなっ……なんじゃそりゃ!?
と、今度はお返しとばかりにクソ獣が凄まじい速度でこちらに飛び掛かり、前脚での払いの攻撃。
どうにか罪焔を間に挟むことで防御したものの、踏ん張りが効かず、俺の身体はそのまま後ろへと吹っ飛んでいった。
「うギッ――」
背後に生えていた大木をなぎ倒し、そのまた後ろに生えていた大木にぶつかって、ようやく停止する。
走る激痛。
手放しそうになる意識。
俺はただ根性でそれに耐えると、滲む涙で少しだけぼやける視界でアイテムボックスを開き、中からポーションを取り出して一気に呷る。
「フゥ……」
ゾンビ戦法万歳。
数秒もせずに、身体の痛みがどんどん引いて行く。
その最中に俺は、チラリと視線を下ろし……よし、罪焔は大丈夫だな。
流石『品質:測定不能』だけある。あんな攻撃を食らって、刃毀れ一つしていない。
次に、戦況を確認しようと前方へ視線を移す。
と、ちょうどリルが魔法を放ったようで、クソ獣野郎の頭上に何か光が見えた、と思った次の瞬間、視界が真っ白に染め上がる。
劈く轟音。
少し遅れて砂埃が舞い上がり、光が晴れて回復した俺の視界を再び遮る。
今のは……リルの『雷魔法』か。さっきまでは俺を確実に巻き込むから使わなかったんだろうな。
通常の魔物が相手であれば、今の一撃だけで確実にあの世行きコースなのだが――大地を大きく抉り、大惨事の跡地のようになっているそこには、無傷で立つクソ獣野郎。
砂埃が晴れ、正常に戻った視界でよく見ると、ソイツの周囲には先程のATフィールドもどきが張られており、徐々に空間へと溶けるように消えていった。
ヤツは、ニタリとムカつく笑みを浮かべると、まるでリルを挑発するようにクイッ、クイッ、と首を左右に曲げる。
まるで、「何かしたか?」とでも言いたげな雰囲気だ。
チッ……随分とふざけた防御だな。
リルの魔法を受けて無傷など、言葉の限りを尽くして罵りたいところだが――しかし、完璧な防御ではないはずだ。
今のところリルの攻撃と俺の罪焔での攻撃に対し、コイツはATフィールドみたいなのを出現させず自身の身体で避けるか防ぐかしている。
過信は出来ないが……恐らくあれは、魔法のみを防御する障壁なんじゃないか?
現に今も、リルと大怪獣バトルを繰り広げているが、リルの爪と噛み付きの攻撃は避けるか尻尾で防御するかしているものの、合間合間に挟むリルの魔法に関しては、ATフィールドもどきが防いでいる。
……試してみる価値はあるな。
俺達一人と一匹に対しても、あんな余裕綽々のムカつく表情を浮かべている辺り、恐らくこのまま戦ってもジリ貧なのは俺達だろうが……ならば、俺達以外の力も使えば良い。
「リルッ、撤退するぞッ!!さっきのところまで戻るッ!!」
そう叫ぶとリルは、数瞬だけ動きを止めてから、すぐに俺の意図を理解し、こちらに走り寄る。
俺はタイミングよくその背中に飛び乗り、一気にその場から逃げ去る。
するとクソ獣野郎は、まるでネズミを甚振る猫のように目を細め、俺達の後ろを追い掛けて来た――。