強敵《1》
俺は、鋭い鎌を左右に二つずつ生やし、見るからに硬そうな甲殻を持つ、ワゴン車ばりの大きさのカマキリのような魔物の攻撃を右に左に避け、避けきれないものを罪焔で受け流すことで防御する。
攻撃の受け流し技術は、王都のオリハルコン冒険者がやっていたものを見て、実際に食らって覚えた。
まだまだ拙い技術だが、非常に重くそして鋭い、一発でも食らったら大ダメージになることは間違いないコイツの鎌の攻撃も、どうにかこうにか捌くことが出来ている。
あの戦いで、俺が得た物は多かったな。もう二度としたいとは思わないけど。
そして、その攻撃を完全に捌き切ったところで、俺は仕返しとばかりに斬りかかるも、カマキリ野郎は背中の翅を羽ばたかせることで急加速し、こちらの攻撃を避ける。
が、問題ない。
今のは最初から敵に回避行動を取らせるための攻撃だ。
「リルッ!!」
俺が名を呼ぶまでもなく、すでに俺の意図を理解していたリルが固有スキルの『神速』を用いて、一度瞬きする間に敵との距離を詰め、カマキリ野郎にその勢いのまま攻撃を仕掛ける。
「ギィイグィイィッ!!」
耳障りな悲鳴。
カマキリ野郎の右の鎌二本がリルの鋭い爪によって切り裂かれ、あんまり触りたくない色のカマキリの体液が辺りに飛び散る。
俺は、リルに一瞬意識が向いたカマキリの懐へとすかさず飛び込んで行き、罪焔を振り被った。
蟲畜生は、自身に迫る刃を無数の小さな眼で構成されたその複眼で捉えると、その攻撃の行使者である俺に対し、蟲のくせに生意気にも何らかの魔法を発動して迎撃しようとするが――しかし、それは残念ながら発動しない。
――悪いな、テメェの魔力の流れは全て視えてるんだ。
以前に、街でも使用したことのある『ディスペル・マジック』を発動して蟲畜生の魔法を無効化した俺は、ちょうど首辺りにある甲殻の薄い関節部を狙って、罪焔を振り抜く。
デカカマキリは、そのまま為す術もなく首から上と胴体部を泣き別れさせると、蟲らしくしばらくウネウネと蠢いてから、やがて倒れて動かなくなった。
「フゥ……お疲れ、リル」
罪焔を肩に担いだ俺は、頼りになるペットを労ってから、流石に蟲は食いたくないので食材としてアイテムボックスに確保することもなくカマキリの死骸のDP変換作業を行う。
そうしてカマキリの死骸がDPとなってどんどん虚空に溶けていく様を眺めながら、チラリと俺の隣で伏せっているリルの方を向く。
うーん、それにしても。
何と言うか……楽。
今のヤツ、俺のステータスより二百近くどの数値も勝っており、俺の方が優れているものなど魔力値と器用値の二つのみだったのだが、特に苦戦らしい苦戦もせず勝ってしまった。
やっぱ、リルの存在が大きいな。
リルがいるという安心感のおかげで俺も格上相手にあんまり緊張せず戦えるし、何より戦闘で取れる選択肢が大幅に増える。
しかも、リルは俺よりかなり戦闘に対する適性があるようなので、特にこちらが指示をせずとも自身で最適解を見つけ出して、自身で対応してくれるのだ。
例えば、俺がしくじって攻撃を捌き損なった時などは、瞬時にリルが固有スキルである『万化の鎖』を発動し、援護に回ってくれるおかげで、ここまでまともなダメージというダメージを食らっていない。
自身の一撃だけではトドメを刺し切れないと判断した時には、急所を狙うよりも、敵の四肢をもぐような、敵の行動の自由を奪うような攻撃へとすぐに変更し、次の俺の一撃に繋げてくれる。
マジで楽。これなら、王都で戦ったオリハルコン冒険者の時の方がよっぽど苦労しただろう。
このカマキリなんか、魔境の森で一番ヤバいヤツらが出現する西エリアに棲息する魔物だ。
まあ、その中でも大分弱い方ではあるのだが、他のエリアの魔物では、今の俺とリルのペアには敵わないだろう。
戦闘経験を積む、という意味ではちょっと物足りない気がするのも確かなのだが、リルをおいて一人で戦うなんて、戦闘を生業にしていない俺にはちょっと荷が重いし。ぶっちゃけ怖いし。
かといって、今の場所よりさらに西のエリアに踏み込んだら、一目で「あ、これアカンヤツだわ」と理解出来ちゃうような怪物化け物魑魅魍魎が跋扈しているもんなぁ……。
ここからでも奥の方に見えるのだが、どう低く見積もっても七階建てマンションぐらいのデカさのある恐竜みたいなヤツとか、どうやって倒せって言うのよ。
首回りとか太すぎて、罪焔振り切っても絶対切断出来ねぇぞ、あれ。
……今、パッと全く別のことが思い付いたのだが、罪焔に積める他の魔術回路、一つ刀身延長みたいなヤツ組み込めねぇかな。
それか、刃の先から真空刃が飛び出る、みたいなヤツ。それがあったら、あの規格外の恐竜の首も落とせるんじゃないかな。まず刃が通るかどうかわかんないけど。
……いや、攻撃系の魔術回路をもう一個追加したら、『紅焔』の魔術回路と干渉して、魔力を流した瞬間両方いっぺんに発動しちまうか?
どうなんだろうな、その辺り。試してみたことがないからちょっとわからん。
まあいいや、その辺りは帰ってからレイラと一緒に実験するとしよう。
――そんなことを考えていた時だった。
常時発動していた索敵スキルが、こちらに近付く敵性反応を示す。
「グルルルルゥ……」
と、同時、リルも敵の存在を嗅ぎ取ったようで、伏せさせていた身体を起こして一つの方向に首を向け、低い唸り声をあげる。
俺もまた、リルの横でスッと罪焔を構え――。
――やがて森の奥からのそりと姿を現したのは、リルと同じ程度のサイズの、一匹の獣。
その口からは、まるで岩をも噛み砕けそうな頑丈そうな牙が覗き、筋肉の隆起した四肢の先には刃物のような鋭利な爪が生えている。
胴体部からは、灰色の骨が幾百も重なって出来たかのような気色の悪い翼が生え、そしてソイツの持つ二股の尾は、まるでサソリの尾の如く鋭く尖っている。
ソイツは、蛇のような眦で俺達の姿を捉えると――新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、ニヤァ、と獰猛な笑みを浮かべた。
種族:マンティコア
クラス:嗜虐獣
レベル:96
……ヤバい。
敵が弱いとか思ってたせいで、強いの来ちゃった。