ダンジョン強化計画
「――ご主人ー、レフィ様ー、朝っすよー」
「ん…………」
肩を揺すられ、眠りから少しずつ意識が覚醒する。
うっすらと眼を開けると、視界に映るのは、リューのニヤニヤ顔。
「……リューか。はよ」
「おはようっす、ご主人!いやー、朝からご馳走様っす!でも、そろそろ皆起きて来るので、イチャイチャはまた後にした方がいいと思うっすよ!」
「あ……?」
怪訝そうに彼女の方を見上げていた俺だったが、その時身体の上に重い何かが乗っていることに気が付き、視線を下ろしていく。
視界いっぱいに映る、綺麗な銀髪と、立派な角。
少し視線を奥へとズラすと、その髪の隙間から白く艶めかしいうなじと鎖骨が覗き、さらに奥にある慎ましい胸は小さく上下して、それに合わせて鼓動が伝わって来る。
――何故か俺は、レフィを抱き締めて眠っていた。
……えっ、何、これ、どういう状況?
と、同じようにちょうど目が覚めたのか、俺の上に乗っているヤツが小さく身じろぎして、長いまつ毛に彩られた瞼を少しずつ開いていき、その大きな宝玉のような瞳を覗かせていく。
やがて完全に開かれたレフィの瞳と、彼女に視線を向けている状態で動作停止していた俺の眼が、交差した。
「…………」
「…………」
しばし呆然と見つめ合う俺とレフィ。
「……お、おはよう」
「……あ、う、うむ。おはよう」
お互いよく状況がわからず、再び沈黙が支配する。
「……その……とりあえずユキ、放してくれるか」
「あっ、お、おう、悪い」
寝ている間にそうしたのだろうか、彼女の背中に回されていた腕を解くと、レフィはのろのろと俺の上から降り、のそりと俺の隣で上体を起こす。
俺もまた、レフィが下りたところで身体を起こし、寝起きでボーっとする頭を振ってから、状況を確認する。
俺達の周囲を囲むように転がっているのは、大量の酒瓶。昨日の軌跡が窺える。
しまった、流石に飲み過ぎたな……昨日の寝落ちする前の記憶があやふやだ。
寝ている間に温もりでも求めて、レフィの身体を抱き寄せてしまったのだろうか。
そして、どうやら起きているのはまだリューだけらしい。レイラはまだ部屋にいるのか見当たらず、イルーナはあどけない寝顔を見せて眠っている。
シィはスライム形態に戻っているので、眠っているのかどうかはわからないのだが、まあ身動きしていないしまだ寝ているのだろう。
リュー、いつも朝は早いんだよな。
「あと、お二人、お酒の臭いがちょっと強いので、先にお風呂入って来た方がいいと思うっすよ」
「あ、あぁ……わかった」
俺とレフィが散らかした大量の酒瓶を片付けながらそう言うリューに、俺は片付けの礼を言ってから、彼女の言葉に従って、温泉のある旅館の方ではなく真・玉座の間に備え付けられている小さ目の風呂の方に向かう。
「……って、あー……レフィ、先風呂入るか?」
「む?共に入ればよかろう。わざわざ別々に入る理由もあるまい」
いまだ寝ぼけ眼だが、不思議そうな顔で俺を見上げるレフィ。
……コイツ、前からそうなのだが、自分の裸を見られるのが恥ずかしいとはあんまり思っていないみたいなんだよな。
まあ、龍形態の時は服なんて着ていない訳だし、今レフィが服を着ているのも、全裸では肌寒いから、という理由があるからだ。
恐らく、この部屋が常夏のように暑かったら、ずっと全裸でいることだろう。
仕方ないと言えば仕方ないことなのかもしれないが、こちらとしては少々目に毒だ。
俺が彼女の肢体に興奮しそうになると、レフィがここぞとばかりにドヤ顔を浮かべてきてウザいので、絶対に表情には出さないようにしているが。
なので俺は、努めて何でもないかのような表情を浮かべて、レフィに言葉を返す。
「……まあ、じゃあ風呂入るか」
「うむ。儂の頭を洗え」
「へいへい、了解しましたよ、お嬢様」
そうして俺達は、ニヤニヤ顔のリューに見送られて、風呂場へと二人で向かって行った。
* * *
風呂を出てさっぱりし、起き出して来た他の面々と共に朝食を食べ、その後はいつものように各々がそれぞれ好き勝手に活動し始める。
イルーナはシィと一緒に草原エリアに遊びに行き、レイラとリューは日課の家事。
レフィもまた、昨日の会話が功を為したのか、我関せずといった様子で、布団にゴロンと転がり、二度寝を決め込んでいる。
うむ、やはりレフィはこれぐらい自由でなきゃな。
皆が自由に動き出した中で、俺は今、城から出て草原エリアを抜け、洞窟の前に来ていた。
今日は、ダンジョンの強化計画を進めようと思う。
街に行って理解したが、人間の英雄クラスの実力を持つヤツはなかなかに強かった。どうにか勝てたが、あのクラスの敵が二人になったら、今の俺では簡単に死んでしまうだろう。
人間でそれなのだ。さらに身体能力の高いらしい魔族や獣人族、亜人族が敵に回った場合、俺も負けちゃうようなヤツが出て来るかもしれない。
そしてこの世界の場合――負けはそのまま死に繋がる。
まあ、それなら先に俺のレベル上げを行った方がいいんじゃないか、って話なのだが、魔王の身体強化計画に関しては魔物狩りに勤しむしかないので、今は置いておく。
とりあえずは、ダンジョンの守りだ。
ダンジョンに襲って来るような敵が英雄クラスであった場合、既存の罠では足止めすら出来る気がしない。
倒し切る、とまでは無理かもしれないが、せめて嫌がらせしてジクジクHPを削って行き、ポーションの類も吐き出させ、半分ぐらいまでは下げられるようにしておきたい。満身創痍にまでさせられたら最高だ。
また、俺の配下の魔物も少な過ぎる。シィとリル、そしてレイス三人娘しかいない。その中でガチの戦闘で戦えるのは、実質リルだけだ。
リル程の戦闘力を、とは言わないが、もう四体ぐらいは戦える魔物が欲しい。
四体ぐらい、と考えたのは、量あるよりは、質が高い方が有効だと思うからだ。
俺もそうだが、弱い魔物など、それこそ百匹二百匹単位でいても相手にならない。それぐらいなら俺でも無双出来る。
そして、俺でそうであるならば、他の俺と同ステータス帯のヤツらも恐らく同じはずだろう。
量が効果を発揮するのは、いつかのアリどもみたいに、それこそ地を埋め尽くさん程の数がいないと意味がないのだが、俺にはそんな潤沢なDPが無いので、量を揃えるのは無理がある。
どこかの社会主義国家らしく、畑で兵士が収穫出来るなら問題ないのかもしれないが、そんな畑の野菜を戦える兵士に変える錬金術を俺は使えないので不可能だ。
それに、何と言ってもこの森はなかなかに過酷な環境だからな。最低限ここで暮らしていけるだけの強さが無ければ話は始まらん。
そんな所与の条件下であれば、量よりは質を重視した方が確実にいいだろう。
……そういや、リルが個人的に配下に置いている魔物達がいたが……まあ、それはいいか。リルが統制している限り、きっと勝手に上手く操ってくれるだろうしな。
目指すは、ダンジョンに入った瞬間中ボスが現れるような、そんなゲームバランスを崩壊させたようなダンジョンだ。中ボスを撃破しても、次に現れるのもまた中ボス、みたいな。
いや、別にわざわざ一対一で戦わせる必要もないから、敵がダンジョンに入った瞬間中ボスクラスが一斉に襲って来る、みたいな、入って来たヤツらが一様に「クソゲーだこれ!!」と絶叫するような、そんなダンジョンを作ろう。
しかも、ボス戦にもかかわらず、フィールドには殺意の高い罠がマシマシで設置されており、ボスに意識を取られ足元を疎かにしたら最後、そのままあの世行きになる訳だ。
うわぁ、やべぇ。興奮して来た。
いいね、こう……理不尽な難易度のステージ作るのって。超楽しい。
よし、これから我がダンジョンは、敵対者がもう二度と寄り付かなくなるような、英雄クラスの敵すら踏み込んだら二度と帰れなくなるような、そんな超絶鬼畜難易度ダンジョンを目標に頑張ろう。
我が家はやっぱり、安全な方がいいからね。
……ただ、安全策は考えておかないとな。イルーナ達をケガさせるのはあり得ない話だし、ネルにも好きな時に遊びに来いと言っちゃっている。
俺が味方と判断した者だけは、ダンジョンの防衛機能が作動しないようにしておかないとな。
そうして俺は、メニューと睨めっこしながら、意気揚々とダンジョン強化案を頭を捻って考え始めた。