森林にて
走る。
「ハァ……ハァ……」
ひたすらに。
胸に浮かぶ、恐怖と悲嘆を糧に。
思う通りに動かない足を懸命に動かし、草木をかき分け、前へ前へと進む。
目的地などありはしない。
ただ逃げるために。
背後から迫る絶望から、ただ逃げるために。
「おい、マズいぞ!あのガキ、『魔境の森』に入って行きやがった!!」
「ど、どうすんだ!!商品が無くなってどやされるのは俺達なんだぞ!?」
「んなこと言ったって、あそこに入ったら俺達が死んじまう!!何故か知らねぇが、最近は例のエンシェントドラゴンが活発に動いてるって報告例も多い!!」
「チィッ……クソガキが……ッ!!」
その会話はロクに聞こえもせず。
ただ前だけを見て、森の奥深くへと逃げて行く。
* * *
「フッ――」
グチャァッ!
「ハッ――」
ベチャァッ!
「そらッ――」
ヌブチョァッ!
「うえぇぇ、口入った、汚ぇ!」
ペッペと吐いてから、DP交換の安物の剣にこびり付いた肉片を、刀身を振って払う。
目の前にあるのは、首から先がどっかに吹っ飛んだ、何の生物だったかよくわからない首無し死体。
この身体のスペックは、想像以上に凄まじかった。
大抵の敵は、大体一撃で沈む。もうなんか、こうやってグチャッて感じに肉片がはじけ飛んで死ぬ。
というか、使っている武器が剣なので、俺としてはスパッと綺麗に斬り飛ばしたいのだが、何故か一様にしてはじけ飛び、辺り一面に真っ赤なお花を咲かせて死ぬ。
結構グロくてSAN値がゴリゴリ削られるから切実にやめてほしい。
まあそれは恐らく、俺の技術がまだまだ未熟なのが原因なのだろうが。
この安物剣を出した時に、高校の授業でやった剣道の真似事をしていたらいつの間にか剣術スキルなぞを習得していたのだが、まだスキルレベルが1であるためかほとんど効果を実感出来ていない。
なんとなーく、ちょっと動きがよくなったか?と自分で思う程度だ。
俺、素人だしな。スキルがあっても不得意なことはそんなものなのだろう。
素振りとかやってみても、レフィに「お主、それは何かの新しい遊びか?」と心底不思議そうに尋ねられるぐらいだし。泣きたい。
それと、今までまったく活躍の機会の来なかった俺の固有スキル『魔力眼』なのだが、これがここに来てようやく真価を発揮した。
これがあると、相手の魔力の流れが視えるのだ。
これがまた非常に便利なシロモノで、敵に魔法を放ってくるヤツがいたのだが、ソイツの魔法が完成する前に、どこに魔力が流れ、どこに集中し、どこに発動しようとしているのかがわかるのだ。
この眼のおかげで、急に足元から土の槍みたいなのがメッチャ生えて来るような、初見殺し感のある魔法を使うヤツが相手でも、十分に立ち回ることが可能になっている。
こんな便利な眼があることだし、俺、戦士系になるのはやめて、魔法使い系魔王でも目指そうかな。
遠距離からバンバン魔法使って攻撃仕掛けて、敵も遠距離魔法とか使ってきたら、その固有スキルで避けるイヤらしい魔法使い。
なんか、剣で敵を斬った時の刃に絡みつく肉の感触が気持ち悪いんだよね。敵がはじけ飛ぶから服も汚れるし、何よりグロい。
うむ、剣術の練習もやるが、平行してもっと魔法の練習をすることにしよう。
ちなみにその魔法に関してだが、俺はもう火魔法が全然使えなくなってしまった。
恐らく、火魔法は危険、という意識が頭に染み付いてしまったのだろう。
使ってみても、ライターからさらにランクダウンしてマッチ棒の火みたいなのしか出現させられなくなった。
まあ、いいさ。どうやら俺は『水』と『土』の適性が高いようで、そっちはちょっとずつやれることが増えてきているからな。水温の調整もバッチリだ。
まだまだ敵を倒せるような威力はないが、これから魔法は、この二属性を基本に据えて使っていくことにしよう。
「……よし、この辺りのマップも埋まったな」
そのことを確認して、俺はメニューの操作を続ける。
今日も今日とて、俺がしているのはダンジョン領域の拡張作業だ。戦闘を行っているのは、ついでといったところだな。
いい加減、自分の身体のスペックを把握しておくべきだろうとの判断だ。
領域の拡張作業に関しては、今のところかなり上手く行っている。山の中腹にあったあの場所から、下山するような方向でここ数日、ちまちまと拡張を続けているのだが、今の総DP収入はレフィだけの時と比べて三倍程になっている。
まあ、その溜まったDPも随時それに費やしているため、総DPは毎回ゼロに近いのだが、これは拡張し切った時の結果が楽しみだな。
「……あ?」
そうして、もはや流れ作業気味に領域の拡張を繰り返していると――何かヘンなものが、視界の隅に移る。
――最初は、ソレが何だかわからなかった。
草木の間で、地に伏して動かない、ソレ。
ところどころに血のような赤いものが付着しており、一見すると何かの死骸のようだが……そこはすでにダンジョン領域となっている場所であったためマップに敵の識別反応が映るのだが、そこに反応がある。
つまり、まだ生きているということだ。
得体の知れないものなので、少し警戒しながら近づいていき――そこでようやく、その正体が何であるかに気が付く。
ソレは――うつ伏せで倒れる、血塗れの幼女だった。
「ッ―――」
そのことがわかると同時、俺は慌ててその幼女のもとへと駆け寄り、容態を確認する。
意識は――ない。
恐らくここらの魔物にでもやられたのだろう、背中をばっさり爪か何かで切り裂かれたようで、深い裂傷がある。
まだ生きてはいるようだが……率直に言って死に掛けだな、これは。あと数分でも見つけるのが遅かったら、もうこの世の者ではなかったかもしれない。
彼女の傷の大きさを確認して俺は、即座にアイテムボックスを開き、虚空の裂け目から一本の小さな瓶を取り出した。
ええっと、確か……振りかけても効果があるんだったな。
俺はその小瓶の中の液体を、一滴も溢すことがないように、慎重に彼女の傷口へと振りかけていく。
「んぅっ……」
幼女の口から漏れる、小さなうめき声。
その液体が触れた瞬間、傷口は驚くことに、というか見ていてちょっと気持ち悪い程に結合と再生を繰り返してみるみる回復していき――やがて中身の半分程を振りかけた頃、まるで傷など最初からなかったかのように、子供の綺麗な柔肌が現れる。
死人かと見間違う程に呼吸の浅かった幼女が、今はしっかりと胸を上下させているのを確認して、俺は詰めていた息を大きく吐き出した。
フゥ……なんとかなったか。
知らず知らずの内に流していた冷や汗を手で拭い、張り詰めていた緊張の糸を解す。
今使ったのは、『上級ポーション』というシロモノだ。
効果は今見た通りのもので、例え腕とか吹っ飛んでも、これを掛けるだけでピッ〇ロさんみたくニョキニョキ生えてきたり、腹に空いていた風穴が一瞬で回復したりする、この世界の医薬品らしい。
ドン引きの効果だ。リアルゾンビ戦法とか出来そう。
これは、レフィに「お主、外で活動するなら一本ぐらい持っておいた方がよいぞ。お主の能力値は高いが、それでも敵わない輩は多数おるからの」と言われ、確かにその通りだと考え、少々お高かったが一本だけDPと交換してアイテムボックスに突っ込んでおいたのだ。
まさかこんな使い方をするとは思ってもみなかったが……たまにはレフィも役に立つものだ。帰ったらチョコをくれてやろう。
――それにしても、ひどい恰好だな。
改めて幼女の姿を見て、そう思う。
襤褸切れのような貫頭衣に身を包み、せっかく綺麗な金色の髪はボサボサ。
さっきは背中の傷に眼を取られて気付かなかったが、肌にも多数の傷がある。こっちの傷は、あきらかに昨日今日のものじゃない。
一目で、どんな境遇にあったのかがわかるような惨状である。
「……何にしても、このまま放ってはおけねーよな」




